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31 たくさんで食べるごはんは楽しいです

 喜んで吠えるクロをひと撫でしてから玄関へと上がる。夏帆が一番に入って靴を脱いでいると、小さな足音がして夏帆の頬が緩んだ。


玲央れお、こんばんは」

「あーあ!」


 小さな両腕を広げ、よったよったと危っかしいが上手く歩いてくる幼子おさなご。先月に一歳を迎えた夏帆の甥だ。大きな瞳は真っ黒、少し癖のある髪の毛は少し色素の薄い茶色だ。


「おう、夏帆おかえり」


 廊下の奥から兄である樹の頭がひょいと現れる。父親にそっくりだけれど、その顔にはメガネが無い。結婚してからだいぶ太ったと思う。実家に居る頃はいくら食べても全然太らないと母が嘆いていたのに。


「夏帆ちゃん、おかえりなさい」


 頭だけ出した夫とは違い、きちんと全身が現れたのが兄の嫁だ。よたよた歩きに疲れてぺたんと腰を下ろした息子を抱き上げる。

 

「ただいま! 志穂しほさんもお久しぶりです」


◇◇◇


 台所にて、夏帆は人参をピーラーでリボン状にしていた。課せられたノルマは4本だ。その横で母は鳥刺を切って盛り付け、志穂は冷蔵庫からビールを出したりお湯のポットやコップに取り皿を運んだりと大忙しだ。


「ああ、志穂ちゃん。こっちはもういいから玲央のご飯の準備していいわよ」

「はい、取皿とかはもう一通り出したんでお願いします」


 志穂は軽く頭を下げて台所を出て行った。


「ねえ、お母さん。お父さんたちのこと、志穂さんは知ってるの?」

「知ってるわよ。すごく悩んだけど、お墓を見るのがお兄ちゃんだったから結婚する前にお話ししたの」

「お墓っていっても……ああ、アレもあるもんね」

「そう。アレがあるから。でも夏帆とテオくんが知り合いとはね」


 世界って近いのね、と母が笑って地鶏の刺身を盛り付けた皿を2つとも持って台所を出て行く。

 夏帆もリボン状になった人参を盛り付ければ完成だ。2つの大皿にはそれぞれ、細く切られた白菜に長ネギ、水菜にもやしが入っている。それを持って夏帆も台所を出た。



 大人8人と幼児1人の大所帯である。しかも異世界コンビがとても大きい。当然、居間には入りきらないので隣の客間を開け放してテーブルを出してある。くっつけて並べたテーブルの上には土鍋の乗ったカセットコンロがそれぞれ設置してあって、地鶏の刺身もそれぞれ置いてある。


 土鍋からは白い湯気がほんわりと立ち上り、部屋は出汁のいい香りが漂っている。


 紫色の包み紙は開くと、白い紙トレーに包まれた綺麗なピンク色の薄切り肉が出てくる。次郎吉が買ってきてくれたものだ。

 地元で人気の対面式の肉屋で、黒毛和牛を取り扱っているお店なのに、毎回必ず豚肉だけを購入してくる彼はさすが勇者といった所だろうか。


 地鶏の刺身を片手にとっとと焼酎のお湯割りを吞んでいる次郎吉。いつも通り割合は焼酎7:お湯3だ。その隣にはテオが座っていてビールのジョッキを片手に鳥刺を興味深そうに突っついている。


「おじちゃん、お肉ありがとう!」

「よかよか。たまには美味うまかもんをわんとね」


 にかっと笑うと次郎吉は目尻の皺がぎゅっと深くなる。昔から笑うと出るその皺は年々深くなっていっている。


「ね、カホちゃん。これも湯通ししてから食べるの?」


 夏帆が答えるより早く、次郎吉が爆笑する。


「それは刺身さしんよ。そんままタレに付けてわんね」

「う、うーーーん」


 テオはしばし悩み、切り身を箸で取り、にんにくの効いたタレに付けた後に……パクリと口に入れた。


「!」

「どうね。美味うまかろ」


 テオはこくこくと首を縦に振って次を取るべく箸を伸ばす。彼はそれはそれは上手に箸を使えているのだ。


「テオさん、お箸が使えるんですね」

「うん。こっちに来る前にミノルさんに教えてもらったんだよ。これができないとご飯に困るねって言われたから必死に覚えた」


 稔のトレーニングは大豆を皿から皿へと移すものできつかったよとテオは言い、夏帆は笑った。


 そんな二人の横をよちよちと歩く玲央が通っていく。


(あ、玲央ったら転びそう)


 夏帆が慌てて立ち上がろうとするも、ころりと玲央は上手に転がり、座っていたリアムの背中にぶつかって止まる。

 リアムが振り返ると、強面と幼子の視線が合って……玲央が硬直した。子ども受けは確実に悪そうな強面なので仕方ないが、当のリアムは少し悲しげに見える。


「リアムさんすいません。玲央、おいで」


 玲央を抱き上げたのは志穂。父がそこから抱き取ってだらしない笑みを浮かべている。母はそんな様子を見て微笑みを浮かべつつ、鍋へと次々と野菜を入れている。


(こんなに平和なのに、勇者と賢者と、異世界人が二人もいるんだよね)


 なんだかとても混沌としている。そんなことを考えていると、横からテオが夏帆をつついた。


「ね、カホちゃん。これは何?」

「これは春雨って言うんです。緑豆が原料だったような」

「へえ。白いのに」

「それもお鍋に入れて食べるんですよ」


 テオ用に固まりをひとつ鍋に入れてあげる。ついでに自分の分の豚肉も専用の割りばしで取って鍋に入れる。


「テオさん、すぐお腹が空くなら春雨いいかもですね。お腹に溜まるし」

「そうなんだ。あっちに持って帰りたいけど、基本的に物の行き来は禁じられてるからなあ」

「え、なんでですか」

「過程が無くなってしまうからね」

「!」


 王に請われた賢者は答えたそうだ。「与えられた便利な物を使うのは簡単だ。しかし簡単に与えられてしまってはそこに至るまでの成長がなくなってしまいます」と。

 便利なものを作り出すのに協力は惜しまないが、出来上がったものをただ与えるだけはしないという取り決めの元で“賢者”は知識を与え続けているのだという。


「でも、しないとは思いますけど、リアムさんやテオさんが持って帰ったら意味ないんじゃ」


 夏帆の言葉にテオは頷いた。


「確かにね。もちろんそんなことはしないけど、他の人だったらやっちゃうかも。でもそんなことはきっと起きないよ」

「なんでですか?」

「この世界に来たのは、オレと団長が初めてなんだ。呼ぶのは簡単なんだけど、送り出すのって相当難しいらしいんだよね。オレは召喚師じゃないから分かんないけどさ」


 世界に引きずり込むのは対象を選ばなければ簡単なのだという。落とし穴を作るような感じで待っておけばいいのだ。その世界の人間を元に戻すのも条件がそろえば可能なのだという。しかし、何の関連もない人間を意図して送り込むというのはとても難しいそうだ。


「だから、団長はミノルさんと。オレはジロキッサンとこの世界に2回に分けて来たんだよ」

「そうなんですか。あの穴は、小さくて良かったんですね」

「あー、そのこと、なんだけどね」


 テオが少し声を落とした。自然と夏帆はテオに近寄る。


「一か月、こっちに滞在するんだけど……良かったらその間に穴のこともこちら側からも見ておきたいんだけど」

「私は別に構いませんよ。土日……ええっと、週末はお休みなので」

「ありがとう。ミノルさんにはオレから後で話しておくよ」


 夏帆は頷いてから、不思議そうに首を傾げた。


「でも、一か月って長いですね。あちらは大丈夫なんですか?」

「うーん……」


 テオはなんとも言えない表情を首を捻った。攫われた辺境伯の娘については大丈夫らしいが、ロディとカティが一か月もおとなしく仕事をしてくれるかという不安はある。


「まあ、どのみち一か月後じゃないと帰れないらしいしね」

「大変なんですね……あ。もう春雨はいいみたいですよ」

「わ、透明になってる!」


 こんなに賑やかに晩御飯食べるのって久しぶりだと思いながら、夏帆は皿に箸を伸ばすのだった。

結婚前にそんな話されたら「!?」ってなりますよね。受け入れるのすごい。ちなみに志穂と樹は小学校からの付き合いです。


次話、お墓にまつわるアレのお話。怖くはない、はず。

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