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22 お客様のようです

15分遅刻しました。ごめんなさい。

◇◇◇


 起きて顔を洗って、歯磨きをしてから居間へ行くと母はもう起きていて台所で何やら作っている。


「お母さん、おはよ」

「夏帆、おそよー」


 時刻はもう九時を指している。母の返事に苦笑いを返し、台所へと向かう。


「いい匂い」

「残り物で悪いけど、昨日の豚汁あっためてるよ」

「豚汁大好きだから嬉しいよ」

 

 母に返事を返して、汁椀とご飯茶碗を用意しようと食器棚を開ける。


「あ、クマちゃんのお皿も取って」

「はーい」


 平田家のくまちゃんのお皿とは、一人前用のハンバーグや生姜焼きに使用される平皿のことだ。ちょっとリアルなクマのエプロンをしているお母さんと、同じくちょっとリアルな子グマがプリントされている。かなりの年季物なので薄くはなっているし、全部で6枚あったのが今ではたった2枚しかない。


「チルドから鮭取って」

「はーい」

「あ、バターとシメジも」

「ほいほーい」


 言われるがまま冷蔵庫から取り出して調理台に並べて行く。母はフライパンを温めてサラダ油を薄く敷いて鮭を並べる。


「あれ? お母さんもまだ食べてないの?」

「うん。テレビ見てたらこんな時間だった」


 そんなことを言いつつ、実家に帰ると母がなるべく一緒に食卓についてくれることは知っている。夏帆は母に気付かれないように小さく笑みを零した。


「あんた、まだお米はあるの?」

「うん。一人暮らしだしそんなに使わないから。ありがとう」


(テオさんが居るとすぐ減っちゃうけどね)


 そんなこと言っても説明に困るだけなので伏せておく。

 夏帆はシメジに手を伸ばして石づきを切り落としてほぐしていく。


 鮭の焼ける香りと温め直した昨日の豚汁の香りが辺りを漂い始め、夏帆の鼻孔をくすぐる。

 母は鮭を強火で焼く傍らで、醤油、酒、みりん、砂糖を小さな容器に入れて混ぜて合わせ調味料を作る。そして夏帆のほぐしたシメジを鮭の隙間にぱらぱらと落として調味料を流し込んで蓋をした。


 人の料理を見るのは好きだ。まるで魔法のよう。


「夏帆、台所寒くない? 炬燵に入ってていいのに」

「ううん。レシピを盗んでいる所なんでお構いなく」


 夏帆の言葉に母は笑みを浮かべ、小さなサイコロ状に切り分け済のバターを二個取った。母はバターを使うのが大好きなので、大きな塊をあらかじめ切り分けて容器に入れ、必要な時にすぐ使えるようにしているのだ。


 母がそっとフライパンの蓋を開けた。


「!」


 醤油の良い香りに夏帆の頬が緩む。汁がぐつぐつとしているフライパンに母は無造作にバターを投げ込む。菜箸で形崩れしない程度に汁を絡めてから火を止めた。


 調理台に並べられたクマちゃん皿の上へと盛り付けていく。一人一切れでシメジは多めだ。


「めっちゃおいしそう」

「タマネギも入れたかったんだけど、昨日の豚汁に全部使っちゃったのよね」


 母は残念そうだが、これでも十分においしそうだと伝えて炬燵へと運ぶ。母が豚汁をついで夏帆が白ごはんをよそって出来上がりだ。


「いただきまーす」

「どうぞ」


 夏帆の声に母が上機嫌に答える。

 鮭はとってもいい香りだったし、とっても美味しかった。


(ギリギリ秋の味覚…!)


 カレンダーはもうじき十二月だ。

 そして思い出す。テオに会えないうちに十一月が終わってしまうと。


(…今年中には会えるといいな)


 そんなことを思いながら残り物の豚汁を口に運ぶ。二日目とあってジャガイモはほろほろでおいしいし、いい塩梅に出汁が染みている。


(私が作る豚汁と何が違うんだろう)


 おばあちゃんに言ったら『愛情かな』と笑われそうだと夏帆は頬を緩めた。祖母は亡くなったが、こうやって自分の中にはしっかりと息づいているのが嬉しい。


◇◇◇


 食事を終え、夏帆はスウェットから普段着に着替えた。薄い茶色のフレアスカートに白い大きめニットだ。このニットはお気に入りなのだけれど毛玉がすぐできて困る。毛玉のできやすさは値段に比例するのかなと思う。


 炬燵でのんびりとテレビを見ていると外から車の音とクロの嬉しそうな声が聞こえてきた。


「あら、お父さんが帰ってきたみたい」


 母がいそいそと炬燵から立ち上がる。夏帆の両親は仲良しだ。休みは二人で一時間ドライブをして映画館まで行くし、近所のおばさま情報によると仲睦まじく手を繋いでデートもしているらしい。父は恥ずかしいらしく、夏帆は一度も目撃したことはないが。


 父が帰ってきたのなら夏帆も出迎えなければ。そう思って炬燵から立ち上がって母の後を追って廊下を歩くと…。


「あらら! 随分とお久しぶりねえ」

「はい。奥様もお元気そうで何よりです」


 玄関から聞こえてきた父ではない男性の低い声に夏帆は足を止めた。


(あれ? 誰だろう…)


「あれれ…? リアム、ちょっとやつれて…人相がまた悪くなった?」

「…誰のせいだと思っているんですか」


 聞こえてきた日本人名とはかけ離れた名前に夏帆はますます首をかしげる。


(どうしよう、ご挨拶すべき?)


 しかし、母と客人は旧知の仲らしく軽口をたたいている。これに割って入るのは至難の業に思えたのでこっそりと回れ右をして居間の方へと戻ることにする。夏帆の家の廊下は横に真っ直ぐに伸びており、玄関にきちんと出ないと姿が見えないのがいいところだ。


 居間の窓からはクロを構い倒す父の姿が見える。やはり父が連れてきた仕事仲間か旧知の友といったところなのだろうと目星をつける。

人相の悪い、リアムさん。

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