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2 わらしべ長者になりました

名前は次話です。ごめんなさい

 ひょいと体を屈める隣人。彼女は息をひそめていたが、ここで発見されてしまえば黙って見ていた不審者である。それどころかストーカーと騒ぎ立てられてもおかしくは無い。


(こっ、ここは、不可抗力だったことをお知らせしなくてはっ…!)


「ご、ごめんなさーーーーい!!! 気が付いたら穴が開いていまして。私のせいかもしれないですけど、わざとじゃないんです、ごめんなさいっ!!」


「!?」


 いきなり壁の向こうから女性の声が聞こえて驚いたのだろう。隣人の動きが一瞬止まって穴から少し体が離れた。恐る恐る、といった風に穴を覗き込む隣人。サラサラのアッシュグレーの髪。襟足に一か所だけ、くっきりと深い蒼のメッシュが入っている。瞳の色は薄いアイスブルーだった。


(やばい!! これ、私が一生関わらないでいいタイプの怖い系イケメンじゃん! ごめんなさい!)


 彼女は、実を言うと少しだけ…いや。本当はかなり男性が苦手だった。中学の時にクラスメイトの男子に延々からかわれたり、二年間も意地悪をされた挙句、卒業間際に「好きです」と言われて理解できず、男性に苦手意識が付いた。しかし、今は関係ないので話を戻そう。


「え、あれ? 隣の人?」

「はい、そうです! 穴を開けたのはごめんなさい。私も今気付いて確認していた所なので…。あのっ! 何も悪いことはしてませんからっ!」


 その場に正座して頭を下げる勢いだったけれど、それをしたら穴を覗けない。背筋を伸ばして深々とお辞儀をした。誠意が少しでも伝わるように祈る。


「ええっと…そうなんだ。ごめんね、オレも穴に今気付いた。今朝までは開いていなかったと思うんだけど」


 見た目の割にとっても優しい雰囲気の人だった。


(てっきり、怖い人かと思ったけど、大丈夫そう…?)


 怒って我が家のインターホンを連打されるかとビクビクしていた彼女は、ほっと胸を撫で下ろした。


 よくよく見ると隣人はまだ若そうだ。まあ、髪の毛をあれだけ染めてカラコンまでしているのだから自由業か学生か。仕事をしつつのバンドマンとか、そういう感じかなと目星をつける。


(私の二つ三つくらい下…二十歳そこそこと見た)


 ちなみに彼女は二十三歳。高卒で小さな会社の事務職についたごくごく平凡女子である。大学へも専門学校へも行かずに社会に出た彼女は、成人式の時点で「え? なんか年老いてない? 大丈夫?」と言われた、ちょっと萎びた二十三歳だ。


「勤務前に制服をそこに掛けていたから取ったんだけど。その時には…うん、開いてはなかったな」


 記憶をたどって確信したように隣人が頷き、彼女はがっくりと肩を落とした。

 今朝まで穴は開いて無かった。そして彼がずっと仕事に行っていたのなら間違いなく穴を開けたのは彼女だろう。


「ええっと、お隣さん」

「ふあい」


 絶望感から間抜けな返事をした彼女に、隣人は言いにくそうに伝える。


「人の生活に踏み入るようで申し訳ないんだけど、何か焦げ臭いよ。火を使ってる途中とかじゃないよね?」

「いえ、特に火を使っては……あ!!」


 彼女は慌てて立ち上がりキッチンへ向かう。


「あああ! しまったぁあ! パンが真っ黒にっ!!」


 今晩食べる予定だったバゲットは片面が真っ黒の炭になっていた。


 彼女のトースターはとても古い。実家にあった古いトースターをそのまま貰ってきたのだ。ちなみに実家のトースター置き場には新品が鎮座している…。

 古いトースターは温まりが遅い。いつもわざと時間を長めにセットしているので、今回のような事故が起きてしまうのだ。


 サラダだけを手に取って、彼女はしょんぼりと穴の前に戻ってきた。


「パン、焦げちゃいました」

「ああ…パンの焦げる臭いだったんだね」


 隣人はアイスブルーの瞳を思案気に瞬かせ、ちょっと待ってと言ってクロゼットから出て行った。すぐに戻って来た彼の手には茶色い薄紙に包まれたバゲットが握られていた。


「これ、良かったらどうぞ」


 そう言って、穴の向こうからバゲットを通してくれた。彼女の頭はギリギリ通らないくらいの大きな穴だからバゲット一本くらい余裕で通る。反射的に受け取ってしまったが、はっと我に返る。


「え、いいんですか」

「今日はおかずを調達できなかったから二本買ってきてたんだ。だから気にしないで」


 なんてことだ。焦げたスライスバゲットが丸々一本のバゲットに変身した。


「ちょ、ちょっと待っててくださいね!」


 彼女は慌ててキッチンへと走った。親戚の結婚式の引き出物にもらった、彼女のアパートの中で一番素敵な小皿を取って部屋に戻ると、さつま揚げにマヨネーズを添えてサラダも盛り合わせてラップする。


 穴の前に戻ると彼はおとなしく待っていてくれていたので、小皿を穴から通して渡した。


「おかずが無いと言われていたので、良かったらこれを食べて下さい」

「え? これはキミの晩御飯なんじゃないの?」

「私の分はまだあるので大丈夫です。それに、大きなバゲットを一本丸々もらっちゃいましたし」


 バゲットを穴の向こうに見えるように大きく振ると、隣人は笑みを零した。


「ありがとう。お腹ぺこぺこで、パンだけじゃ辛いなと思っていたんだ」

「少しだけですけど。お皿はまた機会があった時でいいので」

「おいしそうだね、これ」

「さつま揚げとサラダだけですけど」

「サツマアゲ…?」


 不思議そうな隣人に彼女もさつま揚げを知らないのかなと首を傾げるがすぐに納得した。彼の髪の毛は染めたような色だけど、目は本物っぽいし日本人離れした美形だ。彼はきっとハーフか外国人なのだろうと。


 結局、夜も遅いし、また今度壁の穴については話し合うことにして、その日はお開きになった。

さつま揚げは少し焼けてる方が好きです。

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