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19 伝説の勇者さま

「遅かったな、ファイエット副団長」

「団長が早すぎるんですよ。オレだって二番目じゃないですか」


 丸い円卓に腰を据えた強面の壮年男性に入室早々、声を掛けられたテオは渋面を作る。大理石で作られた円卓にはリアム・パストーリ竜騎士団団長の姿しか見えない。


 短く切ってある黒い短髪だが、毛先にいくにつれて濃い赤色へと変化するグラデーションがかった珍しい髪色だ。何よりも特筆すべきは左頬に走る古傷だろう。当時はかなり深く抉ったのではないかと推測できる。瞳は濃いグレーでいつも油断なくあたりに目を光らせている。


「リアムー! ちゃんと二人とも連れてきたよっ!」


 カティが駆け出し、イスに座ったままの強面の壮年男性に飛びつく。少女が飛びついたくらいではびくともしない強面の男性は、少しだけ口元を緩めて己の相棒である火竜の燃えるような色の頭を節くれだった大きな手で撫でた。


「カティ助かった。竜騎士団が一番に馳せ参じねば名折れになってしまうからな」


 この円卓に召集があった場合には、騎士団で一番の機動力を誇る竜騎士団が座っていなければならない。リアムが竜騎士団に所属した三十年間耳にタコができるほど言われ続けた言葉だ。そして竜騎士団団長となった今では部下たちに口うるさく伝えている言葉でもある。


(本当、カティ殿には甘いよね…)


 そういうテオだってロディに関しては根本的には甘い。竜騎士というのはそういう生き物なのだ。


「パストーリ団長、状況が知りたいのですが」


 テオは団長席の斜め後方--副団長が座る席へと腰掛ける。ロディとカティの席は無い。竜という生き物は契約者以外の人間にはほとんど興味を示さないので会議になど参加できないのだ。

 竜たちを無理やりに会議に参加させることは簡単だが、発言はおろか、眠っていたり、ちょっかいをかけたり竜同士の無駄話から口喧嘩が始まりブレスが吐かれたという過去の事件を省みて、竜たちは自由に会議の外にて待つようにという規則が決まってから随分と経つ。

 

 ロディとカティは歴代の竜の中でも人間好きな方だが、会議には全く興味が無いので始まる前にはいつも通り勝手に外へと出て行くだろう。彼らの仕事はここに相棒を運んでくることでほぼ終わっているのだ。


「俺にも緊急招集の理由は分からん。だが、ジロキッサンも会議に参加するらしい」

「勇者様が召喚されているんですか…となると魔王関連なんですかね」

「しかし、魔王は…」


 リアムは何か言いにくそうにしたが口を閉ざす。彼は竜騎士団団長として勇者の一行と旅をした経歴を持つ。二十年以上前の勇者事件に縁の深い人物だ。



「確かに最近は魔物の動きが活発化している。お前も身をもって分かっているだろうが…」

「はい。寝る間を惜しんであちこち飛び回ってましたから」


(やっと自室に戻って、湯を浴びて。かわいこちゃんと雑談でもして癒されようとしたら緊急招集ときましたけど)


 なかなか、思う通りには運ばないものだとテオは思う。


「騎士団の検分では新しい魔王が生まれるのでは、ということだったが。もしかしたら少し違うのかもしらんな」

「と、言われますと?」


 リアムは深いため息を吐いて首をゆっくりと横に振った。


「俺の口からはこれ以上は言えん。今回はミノルも来ると言っていたが」

「ああ、賢者さまもいらっしゃるんですか」


 テオはほっと胸を撫で下ろす。勇者一人だけだと不安だが、賢者も一緒となれば心強い。テオは勇者が…その、少しだけ苦手だった。


「件の勇者騒動で各国の術者により大量の勇者が召喚されたものだが、魔王を…あー…この世界から…あー…消したジロキッサンだけが勇者と語られるのだから皮肉なものだな」

「ああ、勇者召喚事件ですね。現在は限られた条件でしか許可されてないんでしたっけ。でも当時の勇者たちの気持ちも分かりますよ…突然に異世界に召喚されて魔王を倒してとか言われても困りますよね」


 リアムの鋭い瞳がテオをギロリとにらみつけた。しまった、失言だったかとテオは口を押えたが叱責は飛ばなかった。


「そうだな。だからこそ、ジロキッサンとミノルは伝説になったのだな」


 勇者様ご一行の話をすると、壮年の竜騎士団長の眉根には深い皺が刻まれる。


(困難な旅だったんだろうな。団長も古傷まで作って)


 勇者様ご一行は、この国---アルクール国から出立した。勇者ジロキッサンと、賢者ミノル。それに同行したのはアルクール国随一の魔法使いジョゼット、竜騎士団団長リアム、現騎士団長ヴァレール、当時の王子であり、現在の王であるレオパルド・ヴィ・アルクールだと聞いている。


 誰も倒すことができなかった魔王を、ジロキッサンとミノルは亜空間にある魔王城へ到達し、そこから数日で倒したのだと伝え聞く。何をどうやったのかは全く伝わっていないが、現に魔王の脅威は去ったのだ。

 

 どうやって倒したのかと各国が注目する中で、後に王となった当時の王子は『国家機密だ』とのたまったのだという。国内外からブーイングが巻き起こったらしいが、今だにその秘密は守られている。


 扉の外から人の話す声、そして軍靴が廊下を踏み歩く音が響いてきた。どうやら各自お揃いらしい。テオはロディを見る。


「わーかってるって。オレだって会議とか興味ないし。カティ、行こう」

「リアムのそばには居たいけどー、ジロキッサンには興味ないから行くね! リアムー、がんばって」


 にこやかに手を振るカティを半ば引きずるようにしてロディは退室していった。廊下の声が少し小さくなったのは彼らとすれ違ったからだろう。食堂のオバサマたちとは違って、彼らは竜の恐ろしさをよく知っている。


(さて、勇者様に会うのは久々だ。蛇が出るか鬼が出るかな)


 テオは背筋を伸ばして席に座り直す。そして腹へそっと手を当てた。


(願わくば、腹の虫が鳴りませんように…)

勇者ジロキッサンに会いたいですか?


残念。次話は少し時間が進んで夏帆に戻ります。

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