18 氷竜と火竜
月夜を遮る大きな影。それは空をゆっくりと旋回して、騎士団宿舎の中にある広い訓練用広場に重い地響きを立てて着地した。土が深く抉れてテオは額に手を当てて溜息を一つついた。また、砂を運ばなくてはならない。
「…ロディ、召集だ」
『知ってるよ。カティに炎吐かれた』
薄い水色の竜は嫌そうに尻尾をバタンと振った。グラウンドの砂がぶわっと舞い上がる。
「寝ているロディを起こせるのはカティくらいだもんな」
『睡眠は安全運転の為に必要なんだ』
ロディは不機嫌そうに、大きな口から白い吐息を吐きだした。近くに立ったままだった伝令兵が青ざめて一歩後ずさる。
「ああ、伝令ご苦労さま。あとはオレとロディで行くから問題ないよ」
『テオ、城に行けばいいのか?』
「騎士団長殿の召集らしいから城だな」
竜騎士団副団長であるテオの仕事場は街にある騎士団の駐屯場だ。しかし、今回の緊急招集をかけたのは各騎士団を纏め上げる騎士団長だ。彼は王城に詰めている。
テオはロディの胴に巻かれた鞍から下がったロープを手繰って背中を登り、騎乗する。
「あ、キミ離れてたほうがいいよ」
テオの言葉に、伝令兵は慌ててグラウンドの端のほうへと走り去り、綺麗な姿勢で直立して敬礼をとった。安全な距離が取れたのを確認してテオは手を振り返してからロディに声をかける。
「いいよ、ロディ。行こう」
『しっかり捕まってろよー!』
ロディは羽を広げる。体躯は薄い水色だが、広げた羽は濃い蒼をしている。力強く上下させてから鉤爪のついた逞しい前足でぐっと地を蹴った。ふわりとした浮遊感と共にゆっくりと上昇していく。ある程度の高さまで上ると空を滑るように滑空を始めた。テオはしっかりと手綱を握って竜の体へと身を寄せた。
背中へと設置された手綱をしっかりと握る。これは竜を操るためではなく、落ちないようにするためのものだ。
竜騎士とは竜を操る者ではなく竜に気に入られた者を指す。竜に選ばれた者は地位や男女に関係なく騎士団に所属することが義務付けられる。幼竜であっても竜の力は大きすぎる。
竜騎士になる多くの者は、騎士を目指して鍛練をしていくうちに竜騎士に憧れ竜を探しに出た者が多いのだが、イレギュラーで竜に好かれてしまってやむを得ず竜騎士になった者も少数だがいる。
テオはそのイレギュラーだ。当時五歳だった彼は少年姿のロディに懐き、一緒に遊んでいるうちに契約を結んでしまった。しかし、テオは幸運なことにごく自然に騎士になりたいと願って竜騎士として成長した。
『王城、着いたよ』
「ああ、いつもの石畳の上に降りてくれ」
テオの指示に従い、城の上をぐるぐると旋回していたロディはゆっくりと降下を始める。テオの大きな友人は飛ぶのはとても速いのだが、着地がとてもヘタクソだ。テオはいつも内心冷や汗をかいている。
(ロディ、高いものは壊さないでくれよ)
手綱を祈るように握ったテオの心配とは裏腹に、実に優雅にロディは石畳の上へと降り立った。
「あれ? なんか着地上手くなってないか」
『ふふーん。いつも上手だし』
氷竜の得意げに広げられた大きな鼻穴からプシュウ、と息が漏れる。
その様子に、なんだ。まぐれかと気付いてテオは竜の背から滑り落ちる。
「王城へ向かう灯がいくつかあったね。まだ集まり切っていないみたいだ」
上空から見た時に馬に乗っているであろう早く移動するランタンの灯りを見た。他の騎士団各位も召集がかかっており、集合にはもう少し時間がかかりそうだ。
「まあ、オレが運んであげたし当然だな」
竜の輪郭がぼやけ、次いで少年の姿が現れる。もちろん鞍は着いていない。年のころは十二、三歳程にしか見えないが百歳を超えているれっきとした竜である。彼は得意満面でテオに近寄ってきた。
「ロディは私の次に早いからね!」
甲高い女の子の声にテオが振り返り軽く目礼をする。視線の先にはピンク色…失礼、ロディと似たデザインの竜族の衣装から伸びた飾り紐をシャラシャラと鳴らして駆け寄ってくる少女の姿。衣装は濃いピンク、薄いピンク、中間のピンク…あとは時々白色といった布が幾重にも重ねられている状態で、本人の髪の毛は燃えるような赤色だ。
「早かったね! でも今日もリアムの勝ちだね!」
「カティ殿には勝てませんよ。パストーリ団長はもう中に?」
「うん。リアムが二人が来たみたいだから迎えに行けって。私はロディのお迎えよりもリアムの近くに居たかったのになー」
会話を聞いていたロディは口を尖らせてそっぽを向いた。そんなロディの手を無理やりに取ったカティは、室内へとぐいぐいと引っ張っていく。苦笑いを浮かべながらもテオは二人の後をついて歩き出した。
(ロディ…お前の五十年越しの想いはいつ伝わるんだろうな…)
「ほら! ノロマのロディ。早く行くわよ」
「うるさいなー。カティが早すぎるんだよ! っていうか手離せって!」
「ロディが遅いから手を引いてあげてるんでしょー」
手を引くことにぎゃーぎゃー文句を言う、だいたい百五十歳の相棒。踊るように手を引くだいたい二百歳越えの竜騎士団団長の火竜。見た目は少年とそれより年上の少女の二人を、後方より着いて歩くテオは生暖かい笑みを浮かべた。
(オレが生きている間に、成就するといいな…)
ロディとカティ。騎士団には年若い竜しかいません。