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17 テオさんは、何者ですか

 自室の玄関に入り、後ろ手でドアを閉める夏帆。しばし呆然と立ちすくみ、自分の足元を見ていたけれどはっと我に返る。


(そっ、そうだ! テオさん…!)


 彼女にしては珍しく、玄関にサンダルをぽいぽいっと脱ぎ捨てて白い買い物袋を持ったままクロゼットへと駆け寄る。


 そこには、夏帆の設置した簡易のカーテンが下がっている。出た時とは違って閉められてしまっていることに不安を感じながらもゆっくりと近づく。


 隣の人は在室していた。にもかかわらず、穴の向こうには光は感じられない…。


 夏帆は意を決してカーテンを開けると…そこには見慣れた穴の向こう側、ごはんを美味しそうに平らげるテオが居るいつもの場所だ。ただ、今はそこにはテオの姿はなかったけれど。


「よ、良かった、夢じゃないー」


 力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみ込む。


(私の頭がおかしくなったのかと思ったよう…)


 よく分からないけれど、本来は、隣室には先ほど会話した隣人が住んでいる。しかし、穴はそこには繋がっていない。と、いうことはこの穴は他の場所に繋がっていてそこにテオがいるということなのだろうか。


(で、でもそうとしか考えられないんだけど)


 バカバカしいと思いながらも穴を覗き込もうとして驚いた。


「え? 私の頭が入る…。穴が大きくなってるの?」


 夏帆の頭が穴を通るのだ。肩はギリギリ通らない。


 失礼かなとは思いながらも好奇心には逆らうことはできなかったので、頭をテオの部屋へと入れる。


(私のクロゼットより随分広い…テオさん、いいお部屋にいるんだなあ)

 

 そして、夏帆の鼻をくすぐるいい香り。


(テオさんは素敵な柔軟剤を使ってるなあ)


 夏帆の頬は思わず緩むが、クロゼットの外…遠くから話し声がぼそぼそと聞こえてきて顔を引き締める。テオのそんなに低くない声と、低くて大きな声。片方は外から話しかけているらしく、大声を張り上げている。


「状況は分かった。ロディは?」

『ロディ様はお休み中らしく…』

「叩き起こしてきていいよ」


 苛立ったテオの声を初めて聞いて驚いた。夏帆の知っているテオは、初対面こそ怖く見えたけれど、くしゃっと笑うと少年のようで、いつもお腹がぺこぺこだ。そして、美味しい物を食べると幸せそうにアイスブルーの瞳を輝かすのだ。


 この時になってやっと夏帆は気付く。彼のことで知っていることは名前と、仕事が不定期なこと。いつもお腹を空かせていることだけだと。


(もっと色んなことを話せば良かった。そうしたら、もっと早く気付いたのかもしれないのに)


 穴から頭をひょっこりと出して落ち込む自分は情けない。そう思って頭を引っ込めようとした時だった。


 ガチャリ。


 クロゼットが開かれ、明かりが差し込む。逆光で表情がよく見えないが、テオだ。夏帆の大切な隣人は思っていたよりも背が高い。慌てた様子で話しかけながら入ってきた。


「カホちゃん、ごめん! ちょっと急ぎの用事が入っちゃって」

「テ、テオさん!!」

「!?」


 頭をこちら側にひょっこりと完全に出している夏帆はテオの姿を見て固まり、そんな夏帆を見てテオはしばし硬直する。


(え? 穴が広がったってことか?)

(わー! テオさんの制服ってすごい恰好いい。なんか軍服みたいな…)


「え、ええっと、よく分かんないんだけど。緊急招集がかかってしまったんで行くね」

「あ! テオさん! テオさんって何者なんですか!」


 扉の外では男性の声がテオを呼んでいる。


(副団長…ってテオさんのことなのかな)


 一体、ここはどこの国なのだろう。状況を把握できない夏帆にテオは笑いかけ、壁からひょっこりと出ている頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「わわわ!」

「オレは、オレ。夏帆ちゃんの隣人だよ。遠い場所に住んでいるけれどね」


 テオの温かく大きな手が頭から離れる。ボサボサになった頭をぶんぶんと振ってから、恨めし気に見上げた。頭を離れた手に寂しさを感じるのは気のせいじゃないことに、もう夏帆は気付いている。


「…テオさん、また会えますよね…?」

「必ず。またご飯作ってくれる?」

「私が作らないと、餓死しちゃいますからね」

「あはは、ありがとう。…必ず、説明はするから」


 テオと夏帆の視線がしっかりと合う。そんな二人の会話を叩き壊す勢いで扉がダンダンと叩かれた。


『ファイエット副団長!! 団長に殺されますって!!』

「分かってる、もう行くよー!」


 テオは舌打ちをしてから返事をする。行儀が悪いなと夏帆は思ったけれど、口には出さなかった。扉の外の声は泣き出しそうだ。


「ごめん、行ってくるよ」

「はい。行ってらっしゃい」

「…ぷっ! あはは、まさか壁から頭だけ出した女性に行ってらっしゃいを言われる日が来るとは思ってなかった」

「……だって、穴が大きくなってたんですもん。あ、待ってこれ…」


 夏帆の頭がひっこめられ、代わりに栄養ドリンクが一本出てくる。


「!」


 テオが受け取ると夏帆の頭が再び出てきて笑いかけた。


『ファイエット副団長!!』


「…怒ってますよ」

「うん。またね、カホちゃん」


 最後に夏帆の頭をぐしゃぐしゃっとひと混ぜしてから、テオはクロゼットを出て行ってしまった。閉められたクロゼットと、パンと手を叩く様な音の後に電気が消える。扉を開けて、閉める音。


『早く行きましょう』

『ロディは起きたの?』

『カティ様が行かれたので大丈夫かと』

『あー…』


 二人の話す声と、靴の音が遠くなる。

 そして、何も聞こえなくなってから夏帆は頭を自分の室内へと戻した。


 正直なところ、上手いこと誤魔化されたと思う。でも、誤魔化されてやろうと思った。


(テオさん、またご飯食べましょうね)


 穴のカーテンを閉めて、クロゼットを出た。なんだか寂しく思ってテレビを付けると、最近話題の芸人がコントをしていてテレビの中は大盛り上がりだった。どっと沸く画面の中の会場を静かに眺めながら夏帆は考えを巡らせるのだった。

待つ夏帆、出かけるテオ。


次話は少しだけテオのこと。

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