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12 タイミングの良い男

「良かった。丁度出来上がった所で、どうしようかなと思ってたんです」

「あはは、オレってタイミングいいねってよく言われる」

「そういう人って居ますよね。うらやましい」


 クロゼットへと入り、ラップをした皿を穴へと入れる。


「はい、どうぞ! 出来立てほかほかですよ」

「わ! 何これ。めっちゃおいしそう」

「テオさんは白ごはんありますか?」

「シロゴハン? ええーっと、多分ない」


 多分という言葉に夏帆は首を傾げたが、一人暮らしの男性ならば炊飯もしないのかもと思って炊飯器からごはんをよそってくる。


「すいません、お茶碗は一つしかなくって小さいのになってしまうので、こちらの丼に入れちゃいました」


 穴をギリギリ通れる丼。テオは受け取ったが熱かったらしく驚きの声を上げた。


「あ! すいません、炊き立てだってお伝えするの忘れてました。大丈夫ですか?」

「大丈夫、少しびっくりしただけだから」


 心配した夏帆が穴に顔を寄せると、返事をしようとしたテオがひょこっと顔を出す。顔と顔の間が10センチ程しか離れていなくて夏帆は一瞬固まる。テオも少し固まってから、薄いアイスブルーの瞳をぎこちなく逸らす。頬が少し赤いが、大慌てで飛びのいた夏帆が気付くことはなかった。


「あー、ごめんね。びっくりさせちゃった」

「いいいいいいえ! 大丈夫です。こんな顔を近づけてすいません!」

「いやー、心の栄養を貰ったけど」


 テオの冗談なのか本気なのか分からない言葉に夏帆は頬をぼっと染め、ゴホンと咳払いをしてわざとかしこまった口調で説明をした。


「ええっと、本日のディナーは手羽元のコーラ煮とサラダ、新米の炊き立てご飯になっております」

「へえ、美味しそう…開けてもいい?」

「温かいうちにお召し上がりください」


 そう言いながら、夏帆もクロゼットの中だけどラップを開ける。もちろん、テーブルを入れれる程は広くないので積み重ねたボックスの上がテーブル代わりだ。今度この上に可愛いランチョンマットでも敷こうと思う。いつも踏み台替わりに使用している折りたたみ椅子がクロゼットに片づけてあるのでそれを出す。


 テオも準備ができたのだろう。座ったらしい彼と、イスに座った彼女の目線の間に穴が丁度来ていい感じだ。


「あ、ゆっくり食べられるね」

「はい。テオさんとも目線が合っていいですね」


 二人は目を合わせてにこっと笑った。夏帆が両手を合わせたのを見て、テオも慌てて手を合わせる。


『いただきます』


 二人の声が綺麗に重なり、食事が始まった。


「この肉美味しいね。鳥の肉?」

「そうですよ。手羽元…ええっと、羽根の付け根あたりですね」

「何の鳥?」

「え? 鶏ですけど」


 夏帆の問いに感心したように頷くテオ。彼の手は止まらない。丼の中の手羽元たちが次々と骨へと姿を変えていくのを夏帆は少し慣れたけれどやっぱり驚きをもって見る。


(羽根の付け根がこの大きさならドゥドゥ鳥よりは随分小さそうだけど、美味しいなコレ)

(あ、そっか。海外では七面鳥とかいるんだっけ)


 七面鳥と鶏ではそもそもの大きさが全く違うことには思い至らなかったらしい。夏帆は自分の中で納得してそそくさと箸を進めた。実は、今年は新米を炊いたのはこれが初めてなのだ。小分けして冷凍してあるご飯は新米ではない。やっと残っていた米が無くなって新米に切り替えたところだったので、本当にテオはタイミングがいい男なのだろうなと思った。


「この…ええっと、白いゴハン? すごい美味しいね」

「良かった! 今年の新米らしくて。実家の両親が育てているんですよ」

「へえー。カホちゃんは一人でそこに住んでるの?」


 その言葉に夏帆は笑い出した。


「あはは、テオさんたら可笑しい。そこにって、テオさんもこのアパートに住んでるじゃないですか」

「あ…えっと。うん。ソウデスネー」


(カホちゃん、なんかおかしいなとか思わないんだろうか)


 テオは乾いた笑いをし、気付かない夏帆は話を続けた。


「両親はここから一時間くらい離れたド田舎に居ますよ。お兄ちゃんとお嫁さんが近くに住んでるので安心して、私はここでのんびり一人暮らしです」

「へえ。カホちゃんはお兄ちゃんいるんだ。料理も上手だし、お姉ちゃんなのかと思ったよ」

「小さい頃、お父さんとお母さんが忙しくって。帰りが遅かったので私と、近くに住んでたおばあちゃんがお料理担当だったんですよ」

「そっか。素敵なおばあちゃんだったんだね」

「はい。今でも大好きです」


 懐かしそうに夏帆は目を細めた。今はもう亡くなってしまったけれど、心の中にはおばあちゃんが居てくれて笑いかけてくれる。そして夏帆の苦手な小さな缶に入った白いパッケージのサイダーと、茶色い瓶に入った黄色い炭酸ドリンクをくれるのだ。


「テオさんは、ご家族と離れておひとりでここに?」

「え? ええっと…そう。一人でここにね。仕事が不規則だし、いつ緊急呼び出しがかかるか分からないからね」


 テオは何の仕事をしているのだろう。高校の友人がSEになったと言っていたが、呼び出しが頻繁で大変だとか言っていたなと夏帆は考えながらご飯を口へ運ぶ。なんで新米ってこんなにおいしいんだろう。


 テオの食べる手が止まったので穴の向こうを覗き込むと、肉はもちろん、ごはんもサラダも空っぽだった。


「え! もう食べ終わっちゃったんですか」

「うん。すごい美味しかった」


 夏帆はしばし考えた。実は、あと3本残っているのだ。お弁当に入れようかと思ってラップをしてキッチンに置いてある。明日のお弁当とテオを天秤にかけると簡単にテオの方へと傾いた。


「…まだ、ありますけど。食べます?」

「!」


 テオの薄いアイスブルーの瞳がキラキラと輝いた。目は口ほどに物を言うとは本当だったのだなと思う。


「い、いや! でも、それはカホちゃんの明日のご飯とかじゃないのかな。大丈夫だよ。気にしないで」

「……じゃあ要らないんですね」

「……」


 テオの視線がすーっと明後日の方を向く。とっても、とっても悲しそうだ。幻覚かもしれないけれど、垂れた尻尾と耳が見えた気がした。


「ふふ、意地悪言っちゃいました。食べて下さい。持ってきますね」

「!」


 テオの尻尾と耳がピンと立ったように見えた。もちろん、そんなものは生えていないのだけれど。


くすくすと笑いながら、空になったテオの丼を受け取ってキッチンへと向かう。


 食費が上がるだとか、明日の弁当に入れる物が無くなるとか。そういう損得関係なしに夏帆は接してしまう自分に少しの戸惑いは覚えたけれど、テオの喜ぶ顔を見るとこちらまで笑顔になる。それも悪くないと思うのだった。


夏帆ちゃん、リアル隣人に会う前に気付くといいですね。

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