11 やったね! 4等賞でした
狭いベランダに干された洗濯物を見て、夏帆は満足げに頷いた。寒いので完全には乾かないかもしれないけれど、ずっと部屋に干していても邪魔だし、少しは乾くだろう。
洗濯物を畳むのは大嫌いだが、洗濯かごの中身を空っぽにするのは楽しいし、洗濯物を干すのも大好きだ。
「乾いたら魔法みたいにシュルシュルルーって、勝手に畳まれて収納されればいいのにな」
室内に戻って窓を閉め、バッグから財布を取り出す。革に綺麗な蝶が一羽舞っているだけのシンプルな長財布の中には、職場のパートのオバサマ達より頂いた抽選補助券が入っている。
「平田さーん、これ1枚もらっちゃったんだけどいる?」
「私も1枚だけ持ってるけど、期限も近いしあげるわ」
くじを引くには5枚必要で、彼女たちから頂いた(押し付けられたともいう)券は2枚。夏帆が元々持っていた券は3枚。期限は本日日曜日までと書かれている。
正直、このお店はいつも行く場所とは違って、少し遠い場所にあるので、車を出してまで行って残念賞だったらと思うとげんなりするが、オバサマたちは何が当たったか教えてねーと笑顔だったので夏帆も笑顔ではい、と答えるしかなかったのだ。せっかくの好意なのだし、無駄にはできない。
(どうせやることもないし、行こうかな)
一週間分の買い物はもう済ませてある。買い足すものもないが、せっかく遠い場所まで行くのだから、ついでに洋服でも見てみようかなと思いながら夏帆は出かけることにした。
◇◇◇
夕方。重たい段ボールを抱えた上に小さな買い物袋を乗せて、ヨロヨロとアパートの階段を上る夏帆の姿があった。
彼女の抱えている段ボールは両手で抱えられるサイズだけど、なかなかに重たい。それもそのはず、コーラ1.5リットル8本入りの4等賞を引き当ててしまったのだ。
(4等賞だ! やったーって大喜びした私の気持を返してー!)
残念。1等賞は旅行券、2等賞はクオカード、3等賞は店の商品券からの…4等賞は驚きの重量級だった。大きな音で鐘がカランカランと鳴らされ、大きな段ボールが出てきた瞬間は正直固まったが、4等賞ー!! と叫ばれて我に返った。引き攣る笑顔で受け取り、重たいでしょうと気を使われてカートに乗せてお持ち帰り準備をされてしまったら、もう…。
(ううー、せめて5等の2リットルのお茶6本セットなら良かったのに)
どの道、重たいものを運ぶならお茶のほうが良かったのに。甘い炭酸類を飲まない夏帆にとっては、もはや罰ゲームだ。
なんとか自室へと持ち帰り、玄関へと置いて一息つく。段ボールを開けてみると…見事に8本並んでいて少し感動した。
「8本あるから、4本はパートさんたちにお渡ししようかな。あとの4本は今度、実家に持っていこ」
夏帆の実家は、このアパートから一時間程離れた距離にある。時間的には近く感じるが、信号のほとんどない山道を飛ばして一時間なのだから結構遠い。
「あ、しまった。4本会社に持っていくからそのまま車に入れておけば良かったんだ」
今更気付いて夏帆は額に手を当てて溜息を吐いた。しかしその場合は剥き出しの同じラベルのペットボトルを四本両手に抱えてアパートを歩くのかと想像すると、すごく恥ずかしかった。誰かに見られたら『そんなにそれ(コーラ)が好きか』と絶対思われる。全然そんなんじゃないのに、勘弁して欲しい。
(もし、テオさんに見られたら恥ずかしすぎて死ねるね…)
でも、彼は外国人だからコーラ好きかも。と誤った先入観で、欲しかったらあげることにしようと思った。
買い物袋を彼女は持ち上げる。思いがけない強敵を倒すべく、彼女は手羽元を購入してきたのだ。手羽元12本で500円というお買い得品だった。
コーラの箱は悩んだけれど、キッチンの足元に置いておくことにする。彼女のシックな部屋にはこの段ボールは存在感が凄いけど、気にしない。手を洗い、うがいをガラゴロとしてから上着をハンガーにかける。クロゼットの奥にあるカーテンで仕切られた穴は暗いようだ。
声をかけられたらすぐに分かるようにクロゼットは開け放し、部屋とキッチンを繋ぐ扉も開けておく。
(さっき窓を見たら電気が着いてなかったもんね)
テオも出かけているのだろう。でも、夕食の約束は一応しているので戻ってくるはず。ちょっと軽そうだったけど、約束を破るような人には見えなかったし…。そう思って食事の準備に取りかかることにした。
せっかくなので、お米は新しく炊く。母が送ってくれたばかりの新米だ。無洗米なので少しだけ洗って水を多めに炊飯しておく。もちろん早炊きで。
手羽元は、火の通りを良くするために包丁で切れ目を入れてから塩コショウをし、熱したフライパンで皮目からコンガリと焼いて行く。表面がだいたい焼けたら…。
「じゃーん!! 今なら水のように使えちゃうよ」
足元の段ボールから記念すべき1本目を取り出す。キャップを開くとシュッと音がして、この音を聞くのも久しぶりだなあと思う。
鶏肉が浸る程まで入れて蓋をする。しばらく煮詰めるのだ。本当は卵も入れたかったけれど、卵は大切な毎朝のお供なので減らしたくないし、手羽元だけでお腹いっぱいになりそうだと判断して諦める。
(思ったより消費できなかったなあ…。半分以上残ってる)
少し期待とは違ったけれど、仕方ない。残った分は今晩飲むことにしようと思う。コーラを飲むのは数年ぶりでちょっとドキドキする。
あとはサラダを作るべく冷蔵庫を開ける。新しいレタスと、少し古いサニーレタス。少し考えたがまだ十分大丈夫だろうと判断し、サニーレタスとキュウリ、半分残っていたトマトを取って冷蔵庫を閉めた。
サラダを2つの皿へと盛り付けてテーブルへと運んだ頃にはフライパンの汁…コーラだったものからはぐつぐつと音がしてきた。
「あ、美味しそう。ちょっと味見してみよっかな」
ふーふーと冷ましてペロリと舐めてみてから、少し悩んだけれどお砂糖とお醤油を少し足す。コーラで煮込むけどそんなに甘くならないのはいつも不思議だ。
焦げないように注意してタレを絡めて、皿へと盛り付ける。もちろん穴を通る幅の深めの丼に入れた。帰ってきているか不明なので一応ラップをしておく。
使ったフライパンを水で満たして洗剤も混ぜてから、料理をもって部屋に戻ると…。
「あ。テオさん」
「こんばんは、カホちゃん。お言葉に甘えて貰いにきちゃった」
クロゼットの奥の穴から、少し離れた場所にイスを置いて座る、笑って手を振るテオの姿があった。
コーラ大好きな方ごめんなさいっ…!!特に他意はありません。
夏帆はお茶と紅茶(無糖)とお水を普段は飲んでます。
時間がかかりましたが、次話は晩ごはん。