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10 夏帆の朝ごはん

お話は主人公に戻ります。

 遮光性の無いカーテンから降り注ぐ日の光は暴力的だけど、夏の最盛期よりは随分と優しくなったと思う。温かな毛布の中で夏帆はゆっくりと手足を伸ばす。もちろん、足を伸ばすときは攣らないように注意しながらだ。


(昨日は寝言言ってなかったかなあ。一応、布で仕切ったしクロゼットは閉めてあるけど)


 ちなみに実家に帰った際の彼女の寝言の最新証言は兄のお嫁さんだ。客間で眠っていた彼女が突然体をがばっと起こし、左手で何かを掴み上げて耳元に当てた。右手は書き物をしている様子だったという。


 そしてびっくりするほどハキハキと丁寧な口調で『お世話になっております! 印刷物ならおまかせ、ぽっぽ印刷、平田夏帆です!』と、受け答えをした後に、客だか得意先だかのやりとりをむにゃむにゃと続けたのだ。ニコニコと笑顔だったが、目はもちろん瞑ったままで…。

 起きたら兄のお嫁さんが青い顔をして、心配そうに優しく、だけどもがっしりと夏帆の両手を握って、悩みがあるなら聞くよと言ってきたのには本当に参った。


 他にもたくさん寝言ネタを持っている彼女なので、不安に思う気持ちは最もだ。最近寝言を言ってないんじゃないかなと淡い希望を持ったこともあるが、その度に自分の寝言で目が覚めて寝なおすこともあるから、絶対に言ってる。

 兄も母も寝言が酷いから、遺伝的なものがあるのかもしれないと諦め気味だ。ちなみに父はイビキが最高に煩いが寝言は言わない。


 夏帆は毛布から手を出し、時間を確認しようとスマホに手を伸ばした。思ったよりも寒いことに気付いてブルリと身震いする。結構寝たなと思ってはいたけど、スマホのロック画面のいい笑顔をしたアルパカさんの上空にある時間は10:28と表示されている。休みなのだからのんびりと布団で過ごしてもいいのだけれど、いかんせんお腹が空いたし洗濯もしないとそろそろまずい。


(テオさんは、朝ごはん何を食べたのかな)


 一部を濃い蒼色メッシュが入ったアッシュグレーの髪に、薄いアイスブルーの瞳。整った顔は少し怖そうな印象だったけど、食事の時に見た彼の笑顔は少年のようだった。

 自分よりずっと若い! とてっきり思っていたのに三つも年上だというから本当に驚いた。


 夏帆は五年程ここに住んでいるが、テオはいつから住んでいたのだろう。外国人みたいだったけど日本語を上手く話していたからハーフなのかなとか、髪の毛は染めているにしてはすごい綺麗だなとか、瞳は綺麗なアイスブルーでカラコンではないのだろうなとか。そんなことを取りとめもなく考えて…。


(恋する乙女かっ!)


 夏帆は「テオさんは、テオさんは…」となっている頭の中を振り払うかのように首をぶんぶんと振ってベットから勢いよく立ち上がった。


「よし。朝ごはん、朝ごはんにしよう」


 キッチンを一旦通り過ぎてタオルを取って戻り、顔を洗ってから歯を磨き、歯ブラシを咥えたまま冷蔵庫の中をチェックする。お行儀はかなり悪いが問題ない。時間を有効に使うためだし、今は上司やお得意様、教育中の新人さんの目に晒されているわけではないのだ。


 冷蔵庫の中には昨日買ってきたばかりの食材が「おいしいよー、使ってー」と誘惑してきたが、夏帆はそれを跳ね除けて一個だけ残った古い卵と賞味期限の近くなってきつつあるベーコンを取ってキッチンへ。あとはジャガイモを一個と、切れ端入れのカゴの中から人参の切れ端を取り出した。


 歯ブラシを洗い、口をゆすいでから料理を始めようとしたが…。


「あ、いけない。忘れるところだった」


 冷凍庫を覗き込んで、小分けに冷凍してあるご飯を取り出してレンジへ入れる。


「出来上がったらすぐ食べたいもんねー」


 鼻歌交じりにジャガイモを手に取って洗い、皮を剥いて芽を取り除く。水が冷たくてまだぼんやりとしていた頭が冴えてくる。

 ああ、もう冬が近づいているな、と感じるこんな瞬間が好きだ。


 身ぐるみを剥がされてしまったジャガイモと、ニンジンの残っていた太い部分を薄い千切りにしてから、ボウルへと移して塩コショウを振った所で少し考える。何かあったっけ?

 冷蔵庫を開けて量の少なくなっていた粉チーズを取り出して振りかけると…。


「あ」


 思っていたよりもドバッと出てきて筒の中は空になってしまった。


(普段使おうと思ってる時は、なかなか出てこないくせに!) 


 まあ仕方ないやと空になった容器はゴミ箱へと放り投げ、フライパンに火をかける。ボウルの中身を混ぜている間にフライパンがいい具合に熱されてきたので油を敷いて弱火にしてからボウルの中身を投入する。


「粉チーが思ったより入っちゃったけど、大丈夫かなあ」


 今更だけど少し不安を覚えながら、しばらく待つ。のんびりとスマホのアプリをいじりながら待っているとジャガイモに透明感が出てきた。

 量はそんなに無いのでフライ返しでひっくり返す。端っこが少し崩れたけれど、これは自分が食べる用であって、お客さんに出すわけではないので気にしない。


 出来上がったらお皿に乗せて、空いたフライパンにベーコンを乗せて焼きつつ目玉焼きも作っていく。彼女の家にはフライパンはひとつだけだ。


「完成ー! お腹空いたなあ」


 小さなガレットの上にベーコンエッグを乗せれば完成だ。目玉焼きはツヤツヤと光って夏帆を誘惑している。


 使い終わったフライパンに水を溜めて、少量の洗剤を入れておく。朝食はとても美味しそう。強いて言えば彩りが足りないような気もするが、ありあわせなので仕方ない。


(夕食、何つくろうかな)


 何を作ってもテオは喜びそうだけれど、知り合って日も浅いので不安はある。


(テオさんの好き嫌いを今度聞いてみよっと)


 すぐに教えてくれそうだけど、嫌いな物があるのかな、と想像して夏帆は笑う。


 今晩は何を作ろうか。お昼ご飯もまだなのにそんなことを考えていた。



 

ガレットが大好きです。目玉焼きは半熟派です。

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