〜M・M・O〜
──ゲームで本気になってはいけないのか?──
〈第1話:マーケティング・ミーツ・オーバーフロー〉
二階に上がって部屋のいつもの位置の机にはいつもの位置のゲーミングパソコン。生活サイクルが変わろうが俺はほぼ毎日これと対峙している。
『MMO』
知ってか知らずか知らない訳もなく製作サイドはこんなイニシャルの名前のゲームを打ち出した。初見時には成程これはまあGJと思ったりしたものだ。そしてフルネームが、
『マーケティング・ミーツ・オーバーフロー』
ってのが気になったものだ。マーケティング?RPGとかじゃないのね。つーかオーバーフローは勘弁だろ。的なヤツね。まータイトル聞いてそうゆう一悶着あるっていうのは悪いどころか、俺は感心するね。やべえ、この垂れ流し照れるな、一体なんなんだ。
まあそんなケツが青い俺を経たりなんなりコツコツやって、俺もいっぱしのMMO(『マミ夫』って略すヤツが多いのはなんなんだよ、いや俺もですけど、『マミーを日に三本飲む夫』みたいじゃねえか)プレイヤーになりまして地道にお店経営やりながら、やれランクがミッションがグループがっつってそれはカワイイこと頑張らせてもらっている俺なんですけども、しかしアレだな。
相当コミュニケーション力上がったよな。
ネット上で?
いや、両方。
中一ん時にクラスのゲーム好きの話を盗み聞いて一週間で始めたんだけど、その後そいつらとの話が、これがまあ捗る捗る。マミ夫の話だけじゃないよ?俺もそんなフリークって訳でもなけりゃ、マミ夫ばっかりだと話の展開にも限界があるじゃない。いずれにせよ、他人と喋る機会が増えたって訳ね。それが特別途切れたりせずに今、二年。
どうにも流行り廃りというのは避けられないらしくて、前述のゲーム好きな知人の中でも三人くらいはマミ夫卒業しているんだけど、このマミ夫なかなかしぶとくて、未だに続けてる方が多数派(知人調べ)だったりするのね。他のゲームじゃスタート数年後にはもっと過疎るもんなのに立派なもんだよな。ここはマーケティングというジャンルの若干のニッチっぷり(失礼だろ)の妙というか(褒めてんのか俺?)
今日も今日とて、マミ夫のマイデータの現状確認ですよ。3軒目の店もよく成長してきたし、ここはもうトリッキーな4軒目行こうかな?なんてね。いや、迷わず行こう。
元祖本店は『武器屋さん』。破綻世界の勇者様相手にせっせこせっせこ売りつける訳ですな。思えばあのちーちゃい僅か4ブロックから始まったんだよなあ、俺の経営ライフは。4ブロックってもう東京の激狭い食べ物屋みたいなもんだよな。それこそ費用(現実のじゃなくて向こうの金ね)も掛からないけど収入(左同)も細々……仕方ないけど。最初はひたすらに慎重にやっていた。特に『警備』はその時可能な最大限を心掛けてね。ゲームなんだからもっと豪放磊落にやれよって、今の自分に伝えたいよ。 俺のちまちました内の初めの1クールの間も脱落者(やめたらしい人、データ消去、他色々)はいた。初心者も何人かやめていた。多分肌に合わなかったんだろうね。つまらんとは言わせねーぞおめー!
その一方、俺が所属するグループの俺含めた6人は今のところ誰も脱退していない。中には上位三桁ランカーの『あるじ』さんのような怪物までも所属していて、
あれ、新着メッセージが溜まってる。
8件も。多いな。古い方から読もう。
まずは件名からしてすぐにわかる『運営からの定期クエ案内』だ。しかし、もう7件が酷く気になるので本文は飛ばす。 2つ目。なんだこれ。
『あるじ』さんからだ。プレゼント?
「『占いの館(図案)』をプレゼントされました」だって。わあ、トリッキーな4軒目。
そうじゃない。何かがおかしい。
まずマミ夫では店そのものの譲渡はできない(マミ夫内の通貨――チェカによる売買は可能だが料金設定には制限がある)。これは複アカの悪用による、悪質なステータスの引き上げを阻止すべく定められたシステムである。
だが、この『店(図案)』は譲渡ができる。この図案というのは、イベントで手に入れることもあるが、手持ちの店を初期化して得ることもできる。図案と必要チェカを引き換えにようやくプレイヤーは『店』を建てる。
そして図案と費用を基に一から作られた店も当然、初期ステである。
俺は知っていた。『あるじ』さんが所有していた『紛れもなく、手を掛けていたであろう占いの館』を。
それを初期ステに帰してまで何の脈絡もなく手放す、というのが異常事態なのである。
いや、手紙にはかつてのそれを初期化したものとは一つも書かれていない。イベントで取得した図案が不要と感じたなら無理に持っていなくてもいいし、その図案を他人に譲渡しようという流れは至極自然である。
まだ早とちりだ。続く三枚目を読む。
「『旅館(図案)をプレゼントされました』」
先刻以上に胸が締め付けられる。『あるじ』さんが保有していた旅館は一時期、エリア最高の黒字を出していて、規模にして108ブロックが縦に4階層という凄まじく豪勢な物件である。そんなはずはない。マウスを持つ手にうっすら汗を感じ、ズボンの膝の位置に持っていって拭う。
次のメールも『あるじ』さんからのものであった。
「突然のメールになってしまい本当に申し訳なく感じています」
そんな、
「私、あるじは今日をもってマーケティング・ミーツ・オーバーフローを引退します。このアカウントも近い内に削除します。皆さんと同じグループで活動するのが本当にずっと楽しくて、名残惜しくもあるのですが、つまりは円満な引退です。くれぐれも誤解なさらぬように……今までお世話になりました!ありがとう!!マミ夫メンのみんなマジで最高!!!!」
予想通りだった。アカウントを消すから持ち物を配った。それだけだ。 返事が、レスがまだ書けていないじゃないか。 急いで打ち込む。
「こちらこそお世話になっってばっかりでした。思えば僕をグループに誘ってくrたのもあるじさんでしたね。初心者で右も左もわからずでしたが今では一丁前にクエスト参加したり本当に楽しさを知りました。なんならアカウントだって残して気が向いたら来てくれたりしてほしいなあとも、なんにせよありがとうございました!あるじさんこそ最高ですよ!!!!!!」
何とか打ち終えて送信。その後グループ内のあるじさんのステータスを探しに行った。アカウントはまだ残っていた。
122181位。
秒を追う毎に彼の順位は下がっていく。俺の五桁を軽々切って、その時まで。
アバターを屋外へ繰り出して彼の許へ、グループは同じでも本拠地は隣のエリア。
以前の品揃えの良さげな50ブロックの呉服屋は、売り飛ばすことも図案化することもできない『初めの4ブロック』に縮こまっていた。
彼のアバターはその真ん中にぽつんと立っていてそこはかとなく哀愁を漂わせる。3日前までの彼とのログは、平和そのもの。嵐の前の静けさだったのか、と思う。
『本当にやめるんですね』思わず話し掛けた。
一分くらい経って向こうの返事が表示された。
『そう』『今までお世話になったね』『わざわざ来てくれてありがとう!』最早、考えを改めるつもりはない。間違いなく彼はやめるつもりだ。
果たしてどう返したものか見当がつかない。キーボードをぎこちなく打ってはバックスペース。こんなことしても意味がない。わかっているのに。
『色々考えさせてごめん』『それだけで嬉しいよ』こちらの様子を覗きでもしているのか、彼は俺の堂々巡りを言い当てた。気を酌んでさえくれている。
『』『申し訳ないです』『一緒にやっていて楽しかったので』なんとか振り絞るものの、ごくありふれた言葉しか表示されやしない。己のボキャ貧ぶりを呪った。
『そうだ!』『今度ブログ来て!』『暇人ICBM、で見つかるから』『これからは更新滞るかもだけど』
暇人ICBM。アイフォンを使ってググると、上から三番目に見つかった。これがあるじさんのブログなのか、初めて知った。
もっと早くに見つけるべきだったんじゃ。
『見つかりました!』『絵も描いてらっしゃるんですね』『なんと細かい……超絶技巧や』
『キモい絵でしょw』『趣味でやっててね』『次なにか描けたらまたうpするよ』
そこだけは、何気ないやりとりだった。俺はただそれだけが欲しかった。
『それじゃそろそろ引退します!』気付けばそこには自分の他に三人のメンツのアバターが集まっていて4ブロックは忽ち満杯になった。各々が『ありがとう!』『ブログ観ます!』『お元気で!』と声を掛けていた。
『ありがとうございました!』自分もそうメッセージを叩き込んだ。
暫くあるじさんのアバターが動かないでいる内に俺を含めた『四人』は店の外に追い出された。外観には既にあるじさんの店は失せていた。
『いい人だったな』『俺なんか助けられっぱなしでさ』同じグループの『凶刃』さんと『苺バンヅ』さんと『あきーら』さんが、口々に彼への追憶が湧き出す。さようなら『あるじ』さん。そうだ。ついにアカウントを消して完全に引退したのだ。
『本当は上位三桁ランカーとして』『今後ともリードして欲しかったっていうのもあるけど』苺バンヅさんは言った。確かにその通りだ。あるじさんのような存在はグループにとっても実にありがたく、その支えがなくなるというのは大きな損失ではある。
『それでも俺達がちゃんと』『引き継いでいかなきゃな』あきーらさんの言うことももっともだ。事実、あるじさんが抜けたといってもそれで崩れるような脆弱なグループではない。あるじさんの置き土産だってある。これからの再発進にも弾みがつくというものだ。不安はないといっていいはずだ。
ところで、もう一人のメンバー『悠河』さんはどうしたのだろうか。あるじさんの引退に駆けつけられない、何か他の大切な用事があったのだろう。それは不運なことだ。メッセージくらい送るべきか。
メッセージといえば、新着の残り半分が未読だったなと思い返し、ホーム画面に戻って読み進めることにする。更なる未読が二通届いていたが時間軸に沿って古い方から。
悠河さんからだ。
『AQUAさん、あるじさんの引退の話がついさっき来たんだけど、これ多分ただ事じゃない』
ただ事じゃない?当たり前でしょう、実質リーダー的な存在のあのあるじさんの引退だぞ。
『あるじさんが、っていうのもあるけどそうじゃなくて、聞いたことないか?裏で噂の『三桁狩り』だよ。俺はその、午前中からパソコンに張り付いてゲームできるあの警備員やっていて、例に漏れず昨日今日も徹夜してたんだけど』
悠河さんはグループ一番のマミ夫フリーク。とんでもない時間にインしていたり徹夜して活動しまくったりする猛者で、やり手っぽい雰囲気は感じるのだが、なぜかランクは四桁を上下に征徨う程度(自分よりは滅茶苦茶高いが)で燻っている不思議なプレイヤーである。及びニのつく警備員(ヤのつく自営業的な)である。
『そしたら、忘れもしない午前三時台。いつも通りホーム画面からあの人の百番台とかいう神ランク拝みに行こうとページに飛んだら、あれ三万台あれ四万台と秒単位で爆下げしてんの。おかしいじゃん?一週間何もしなくて五百とか下がるのはたまにあるけど秒単位で万だよ?絶対何かあると思ったんで店を見に行ったらさ。一斉砲撃だね。一人一日一回しか使えないはずの他店への『妨害工作』があるじさんの店それぞれにズバズバ飛んできてんの。なるほどなって思ったもん。マジで『マーケティング・ミーツ・オーバーフロー』だなっていう緊急事態でさ、あの人も流石に二十七時台はインしてなくてやられたい放題なのね。それからだよ、引退宣言が回ったのは。俺は底辺妨害厨だけどこれには関与してない、ログ見りゃわかる話だけど。全く自重しないヤツがいて最悪だよ、なんせ身内がやられるだもの……』
三桁狩り。あるじさんがそんなのに追い詰められたなんて。それは衝撃的だった。
そもそも『妨害工作』自体はこのゲームをスリリングなものにするための正当なシステムである。チェカと引き換えに『おもちゃ屋』のような店で買うことができる。使用制限は一人一日一回まで。種類は多様で、チェカを盗む『小金無心』や風評被害を与える『タムロボ』といったようなものがある。悠河さんは自他共に認める妨害厨で、毎日これを他店に仕掛ける。ただし、この妨害を防止するシステム『警備』もまた存在し、『備品屋』のような店でやはり購入できる。小金無心には『虫除け』が利いたり、そもそもタムロボは『従業員』の人数いかんで侵入を防げるので、被害を受けてばかりという訳ではない。ちなみに自分のグループのメンバー以外の警備の配備内容は知らされないため、妨害側も成功するかわからないまま妨害を仕掛ける羽目になる。
しかし、あるじさんのように大勢に詰め寄られた場合、警備で全て防ぎきるというのは厳しい。厳重な警備を敷こうともその警備の耐久値は少しずつ摩耗していくので、ステータスがわからなかろうが数の力業でランク三桁の相手にも攻撃を通すことができてしまう。これが『一斉砲撃』の『三桁狩り』だ。
手紙にはさらに被害の内容が書いてあった。甚大な額のチェカの簒奪、陥落した風評、減りすぎた従業員、備品の損害。これこそがこのゲームの本当の姿であったのだ!と言わんとするようなプレイヤーの悪夢であった。
ぞくぞくと背に寒気を感じ、依然残る五通の未読の次の封を切る。鬼が出るか蛇が出るか、何が出ようがおかしくなかった。
またも悠河さんからの手紙だった。
『妨害のログに』
『苺バンヅ』
『の名前を見た。あの畜生が黒幕ということだ。否定できやしない。このスクショを見ろ!』
画像には『苺バンヅさんの 悪漢豆!』とあった。
『悪漢豆』とは、強烈な風評被害効果と備品破壊効果と、それとは裏腹な耐久値を2削るだけの対処のしやすさで有名な妨害である。だが、この攻撃が『通らないはずがない』
なぜなら同じグループのメンバーの配備は――――
〈第2話へ〉