4 陰の真と覚悟
――ナクシア、セレスト、カルトの三人がアミナテロに着いた時、もう空は深いオレンジに染まって、夜の帳が降りようとしていた。
しかし、街のざわめきは衰えず、行く行く者を夕焼けの光が照らしている。
「す、凄い……!」
セレストはあまりの驚きに感嘆の声を漏らした。
だが、それも無理は無いだろう。何せ、『神裁戦争』の後に発展を遂げた街の中では圧倒的に活気付いていたからだ。
そんな驚嘆しているセレストにカルトは自慢げに言った。
「ふふふ……凄いでしょ?実はこの街は10年前の機械都市を基盤に作られたんですよ!」
「き、機械都市!?機械都市は『神裁戦争』によって一つ残らず滅ぼされたんじゃないのか!?」
ナクシアの怒号にもよく似た声に、カルトは自慢げに言葉を返す。
「はい、確かに『神裁戦争』で機械都市……いえ、全てが滅ぼされました。……でも、私達はその機械都市の残骸を苦心して集め……このアミナテロを作ったのです!」
確かにこの街の建造物は塔のような不思議な形をしている。しかし、それが機械都市の残骸で形成されていたとは思わないだろう。
すると、遠くからカルトを呼ぶ声がした。
「――カルト!白鬼はどうした!?」
その途端、自慢げに話していたカルトの表情が一変し、見る見るうちに絶望の色に染まっていく。
そんなカルトの元へ一人の男が足早に歩み寄ってきた。
男はカルトの上司らしく、服装はカルトと何ら変わりは無い。
「――おぉ?この人達は……!?」
「こ、こちらはえ、えっと……し、白鬼に襲われていたのを、ぼ、僕が助けたんです……」
カルトは極度の緊張からか、声は震え、殆ど声になっていない。
「そうか、こちらの方も白鬼に……。そういえば、自己紹介がまだでしたな。私は白鬼討伐隊中隊長を務めるアカザという者です。……――お二人ともお怪我はありませんか?」
二人が頷くと、アカザは話を続けた。
「おぉ、それは良かった。しかし、このままでは白鬼に襲われて亡くなる方が出るのも時間の問題です……」
カルトはまるで上司の呪縛から解き放たれようとするかの如く、話を切り換えた。
「……――あっ!そういえば、もうこんな時間だ!二人は白鬼討伐隊本部で泊まっていくと良いと思いますよ!」
二人は困惑しながらも、せかせかとその場を去っていくカルトについていった。
◆
ナクシアにはずっと胸に引っかかっている事があった。
それは道中で遭遇した白鬼の事である。
ナクシアは白鬼に会った時から大きな既視感を感じていた。
――白鬼……。
――いや、違う。
――奴は白鬼なんて名前じゃない。
――奴の名前は…………
――――……白銀の聖なる守護神獣、ファフナー……!
そんな心の声が自分に向けられているような気がして、ナクシアは身体を起こした。
傍らの窓の奥は未だ闇に包まれている。
セレストはまだ寝ているだろう。
そう思いながら、ナクシアは初めて自分の服が汗でぐっしょりと濡れている事に気付いた。
ドクドクと激しく脈打つ鼓動は周囲にも聞こえるのではないかというほどにまで大きく感じる。
――そして、ナクシアは何かしらの不吉な予感をその身で感じ取った。
「……気のせいだと良いが…………」
ナクシアはため息と共にそう呟くと、一度深く深呼吸をしてから、身体を横にした。
だが、その不吉な予感は彼の警戒を研ぎ澄まし、眠気さえも感じる事は無かった。
◆
「――――た、大変だァァァァァァァァァァァ!!」
唐突な喧しい叫びによって、二人の睡眠は妨げられた。
ガンッ!という何かをぶつけるような音と共に、走る足音が部屋へ流れ込んでくる。
「おい!良い夢の中悪いが、白鬼がこの街付近でも確認された!この前の最大接近位置よりも3キロもこっちへ近付いてやがる!」
半醒半睡のまま話を聞いた二人の眠気は吹き飛んだ。
ドアは開けっ放しになっており、目の前には初めて見る顔の青年が立っている。
青年も白鬼討伐隊の一員なのだろう。
だが、その服装はカルト、アカザとは違って、前衛のようである。
動き易い革鎧と鉄製のプレートメイルを装備し、そして何よりも腰には棍棒が携えられている為、前衛であるのは間違い無いだろう。
そして、その身体は小刻みに震えている。
セレストが何事かと問おうとした時、青年は重い口を開いた。
「俺……今から、最前線で戦わなきゃいけないんだ……」
青年のその一言にナクシアが口を出した。
「戦う事が恐いのか?自分で選んだ道だ――」
「――自分で選んだんじゃない!徴兵なんだよ……!」
青年の胸の奥からの叫びは二人の心にも響いた。
セレストは戸惑いながらも訊いた。
「……ちょ、徴兵……!?」
「あぁ……徴兵だ。――白鬼討伐隊はな?大きく二つの奴等に分けられる……。一つはカルトみたいな志望者。もう一つは……俺達みたいな徴兵された奴等さ」
「街の住民はそれに対して反論しないのか?」
「……――昔はそうだった。でも、大隊長のゲオルクには誰も逆らえなくなった。……反論した奴等を武力で片っ端から押さえ込んでいったんだ……。……――そんな訳で今じゃこの街は白鬼討伐隊の支配のままさ」
二人はこの街の隠された真実を知り、動揺を隠せなかった。
すると、青年は再び重い口を開いた。
「……こんな話して悪かったな。でも、余所者にこれだけは知ってて欲しかったんだ。……――もう行かねぇとな。……じゃあな」
青年の声音は徐々に涙によって崩れていき、最後は涙で顔をぐしゃぐしゃにし、部屋を出ていった。
――――その足で……戦場へ…………。
二人はしばらくの間立ち直る事が出来なかった。
――敵は『神』だけではなかったのだ。
――『人間』も敵だったのだ。
神の裁きは人間の罪を償わせる事は出来なかったのかもしれない……。
二人は魂が抜けたように座ったまま虚を見つめ、ただただ時が過ぎるのを待った。
此度の戦の結末を知る為だけに…………。
◆
喧しい討伐隊の声。
走りゆく者の足音。
装備特有の金属音。
――そして、悲しむ者達の悲痛な叫び。
二人ははっと意識を戻した。
どれほどの時間が経っていたのだろうか?
朝日の昇っていた窓の風景はいつの間にか夕焼けへと変わっている。
今回の戦いの結果を二人は騒がしさから、既に悟っていた。
ナクシアとセレストは立ち上がり、静かに部屋を出た。
荷車に積まれた膨大な屍。
今は亡き者にに最後の別れを告げる者達。
そんな大衆の中を二人は必死に掻き分けた。
――戦場へ駆り出された青年を探す為に。
やがて数分後、あの青年は見つかった。
――勿論、生きてはいなかった。
玄人さえ死んだ戦……。そこに素人が駆り出されれば待っているのは『死』のみである。
横たわる亡骸の隣で一人の中年の女が泣きじゃくっていた。
恐らく彼の母親だろう。
そんな中、ナクシア達も青年の前で膝を地に衝け、青年に祈りを捧げた。
それに気付いた母親はナクシア達に声をかけた。
「あなた達は……ダーンのお友達……?」
そんな無理した笑みを浮かべた顔からは、とても深い悲しみが見て取れるようだった。
「……俺はナクシア、こっちはセレストって言います……。――彼……死んじゃったんですね……」
それを聞いた途端、ダーンの母は今まで抑えていた何かが溢れ出たかの如く、怒鳴り散らし、二人に罵声を浴びせた。
「――あなた達に何が分かるのよっ!あなた達は良いわね、徴兵されなくって!どうせ、徴兵で駆り出されてそのまま死んでしまったダーンを嘲笑いに来たんでしょっ!?」
言い終わったと思えば、ダーンの母は再び、更に大きな声を上げて泣きじゃくった。
セレストは突然の出来事に呆然としていたが、ナクシアはダーンの母の耳元に顔を近付けると囁いた。
「――仇は討ちます……」
ナクシアは何事も無かったかのようにその場を立ち去っていった。
セレストもはっとして、ナクシアに小走りについていく。
ダーンの母は泣くのを止め、ナクシアに微々たる希望を胸の奥で託していた。
◆
討伐隊の目前に唐突に現れた青年はこう言った。
「――白鬼討伐を……俺にも手伝わせてくれ…………!」
遅れてやってきた少女も口を開く。
「え!?ナクシア、白鬼討伐を手伝うの!?じゃあ、私も一緒に手伝うよっ!」
討伐隊中隊長であるアカザはそんな二人の言動を侮辱した。
「は!?君らは何を言ってるんだ!?……白鬼討伐を手伝う?君らは白鬼に殺されかけたんでしょう?そんな素人が出るようなヤワな戦いじゃない!……気持ちは嬉しいですが、今回は結構です……!でも安心して下さい、もう少し忙しくなくなったら入隊志望で真っ先に入れてあげますよ。まぁ、それまで我々討伐隊が白鬼を倒してなかったらの話ですがな……ハッハッハッハ……!」
そんな中、ナクシアは表情一つ変えず、再び言った。
「……俺も手伝わせてくれ」
だが、ナクシアの決意がアカザに伝わる事は無く、アカザは再度侮辱した。
「あなた達は死にたいのですか?いい加減にして下さい!こっちは忙しいのです!あなた達のような戦闘慣れしていない素人に任せる戦いなどありません!!」
セレストはその言葉に腹を立て、大声で喚いた。
「何よ!折角戦いを手伝ってあげようと思ったのに、それを一から罵るなんて!それにねぇ、ナクシアは弱くないよ!神衛騎士隊の――」
「――もういい、セレスト。行くぞ」
ナクシアはセレストの言葉を止めて、その場を去らんと踵を返した。
その時、アカザは驚いた口調で叫んだ。
「――神衛騎士隊……?まさか、あなたは神衛騎士隊の方なのですか!?」
ナクシアは振り向きもせず、アカザの言葉を訂正した。
「元……だ」
それを聞いた途端、アカザの表情は一変し、言葉を続ける。
「な、なら先に言って下さいよ!――しかし、あなたは良いとして、お連れの方は……?」
「い・く!絶対行く!足手纏いにならないようにするから!良いでしょ!?」
セレストは必死に説得を試みた。
「でも……こんな年端のいかない子供を連れて行くというのは……」
「こいつは俺が面倒を見る。それなら、連れて行っても良いか……?」
「あ……それなら、別に問題はありませんが……」
アカザがそう言った時、アカザの元へ険しい表情をしたカルトが駆けてきた。
そして、息を切れ切れに口を開いた。
「――はぁ……はぁ……はぁ……た、大変です!し、白鬼が……再び暴れ出し、被害は甚大……!」
「な、何!?白鬼が!?――よし、小隊を3つ、中隊を2つ、出撃させろッ!」
「はいぃ!?さっきの戦いでは小隊は4つ、中隊は4つ、大隊も1つ出撃させたんですよ!?いくら前回の戦いで弱っているとはいえ、白鬼はそう易々と勝てる相手ではありません!!」
「いや、今回は討伐隊だけではない。こちらの方々も参戦して頂く!」
カルトはそう言われ、二人を見た。
「……冗談ですか!?この方達は白鬼に襲われ、あと一歩で殺されるところだったんですよ!?そんな方達にこの重大な戦闘を任せるのですか!?無駄死にするだけですよ!!」
「そう悪く言うな。彼は神衛騎士隊の一員だぞ?さぁ、分かったら、出撃指示をしてこい」
「あ、あなたは神衛騎士隊だったんですか!?さっきはすみませんでした……。よ、宜しくお願いします」
カルトは軽い挨拶をして、出撃指示をしにその場を去った。
すると、アカザはナクシア達にも出撃を命じた。
「では……我々も行きましょうか。こちらへ来て下さい」
アカザは二人を案内し、本部である建物を出ると、そこで立ち止まった。
「戦地へは遠い。こいつを使って下さい」
アカザがそう言って指を差した先には、ダチョウのような姿をした鳥が数匹居た。
全身を艶のある黒の羽毛で包み、翼や突出した尾羽の先だけは薄い黄色の羽毛に覆われている。
また、戦闘用なのか特殊な形状をした甲冑を身に纏っている。
「あ……あれは……フォルスか!?」
「えぇ勿論。神衛騎士隊の方にはそこまで珍しいものではないでしょう?」
「だが……今も昔もフォルスはその走行速度と獰猛さから戦闘用に高値で取引されてきたんだ。神衛騎士隊は国が運営しているからまだしも……街単位でここまでやるとはな……」
「まぁ驚くのも無理はありませんかね……――しかし、早く出撃しましょう!新たな犠牲者が出るのも時間の問題です!」
アカザはそう言って、フォルスに跨った。
ナクシアとセレストもそれに続く。
――そして、三人は手綱を強く握り締め、戦地へと足を運ぶのだった。




