2 悲哀の星夜
ナクシアは何故セレストが自分を買い出しに誘ったのかを理解した。
今現在、ナクシアはセレストの買ったパンや肉、野菜を持たされている。
――つまり荷物持ちだ。
ナクシアは何故この場についてきてしまったのだろうかと後悔しているが、今更もう遅い話である。
そう後悔しながら歩いているうちに、いつの間にかスラム街に入り、セレストの家が見えてきた――
――しかし、何かが違かった。
綺麗に整えられていた薄いクリーム色のレンガは所々崩され、家の内部が見えてしまっている。
また、木製の扉は見事に破られ、周囲にはその破片や砕かれたレンガ片が散らばっている。
セレストもその異変に気付いたのか、地を強く蹴り、駆け出した。
その表情は不安に満ち満ちている。
「――待ったァァァ!それ以上進んだら、こいつ等の命は無ェぞ!」
途端にドスの効いた声が辺りに響き渡る。
そして、その奥には山刀を肩に掛けた蛮族さながらの男が下卑た笑みを浮かべていた。
男は右肩には肩甲とボロボロの衣服を纏い、ツンツンと尖った顎鬚を蓄えている。
また、よく見るとその後ろでは数人のこの男の部下であろう男達が同じく下卑た笑みを浮かべている。
その中には、以前ナクシアがとっちめた牛頭の大男と一本角の大男も交じっていた。
そして、その部下らしき男達の前には数人の子供が縄できつく一つに縛られていた。
「やめてッ!」
セレストは先ほど男が叫んだ言葉の意味をようやく理解した。
「ぐへへへへ、どうしようかな?お前等だって、俺の部下を散々虐めただろう?
どうにも、二人を縛って火で炙って、その様子を笑って見てたらしいな?」
どうやら、あの二人の大男は少々話を盛り過ぎたらしい。
ナクシアが二人の大男を鋭い目つきで睨みつけると、大男達はひぃ~と声を上げた。
セレストもこの件について何か言いたげだったが、彼女は何も言わず、ただただ歯を食いしばっていた。
言った所で何も変わらない。いや、それでは火に油を注ぐと判断したのだろう。
すると、再びリーダー格の男が口を開いた。
「もしこいつ等を返して欲しいんなら、俺達の要求を素直に呑むことだな」
しばらく時間をおいてから、リーダー格の男はにやりとして再び口を開く。
「もし……従わなかったら……――分かるよな?」
そう言うと、リーダー格の男は縛られた子供達へと近付き、山刀を振りかざした。
「やめてェェェェッ!」
セレストは力一杯叫んだ。
が、一向に男の山刀は振り下ろされそうにない。
男はセレストを見て、再び下卑た笑みを浮かべた。
「待てよ?俺はただ単に山刀を挙げただけだぜ?ふはは、そんだけこのガキ共が大事なんだ……なッ!」
リーダー格の男は縛られ無抵抗の子供達を蹴りつけた。
硬い靴底は子供達の柔い肌を打ち、子供達の頬からは鮮血が流れ出る。
途端に今まですすり泣いていた子供達は更に大きな声で泣き叫び始めた。未だ幼い子供にとっては普通の事だろう。
しかし、リーダー格の男には情けなどの感情はまるで無いようだった。
「――うるせェェェェ!ちっとは静かにしやがれェェェ!」
男の硬い靴底が再び子供達に打ち付けられる。
(何かしたい……助けてあげたい……――でも、それは出来ない……!)
セレストは心の中で泣き叫んだ。
それが彼女に出来る唯一の方法だったのだ。
――すると、一陣の黒い暴風がセレストの横を駆けていった。
黒い暴風――ナクシア――は凄まじい勢いで男達に向かっていくと、腰に差した長剣の柄に手を掛け、瞬時にそれを抜いた。
引き抜かれた細長い鋼の刀身は血肉を喰らわんと、鋭い光をその身に宿す。
「……猛る黒狼の銀爪……!!」
ナクシアがそう呟いたと同時に長剣の刀身は黒いオーラを纏った。
そして、ナクシアはリーダー格の男の前まで来ると、長剣を右上から左下に斬り下ろす。
リーダー格の男はあの二人の亜人の大男には劣るものの、相当な筋肉の持ち主である。
だが、ナクシアの振り下ろした長剣はリーダー格の男を無いもののように難無く斬り裂くと、勢いはそれだけに留まらず、振り下ろした長剣の切っ先の地面を大きく抉った。
「な……何者だ……?お前…………」
リーダー格の男は斬られて半身になりながらも、掠れた声でそう言い終わると絶命した。
残された数人の男は動揺しながらもそれぞれの武器を構えた。
が、その間にも立て続けにナクシアは数人を斬る。
一人残された牛頭の大男は愛用らしき血の染み込んだ棍棒を落とし、膝を落とした。
その眼は恐怖からか焦点が定まっておらず、身体はがくがくと痙攣している。
これでは攻めにも防御にも転じる事は出来ず、逃げる事さえままならないだろう。
ナクシアは鮮血の滴る長剣をかしゃん、と構えると、地を強く蹴り出した。
「うわぁぁぁああ…………」
牛頭の大男は先ほどと同じく難無く斬られ、微かな呻き声を上げた。
しかし、その声は誰の耳にも届く事は無く、牛頭の大男は静かに息絶えた。
「――ふぅ……これで終わっ……」
「――――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
一仕事終えて、ため息を吐いたナクシアの耳を新たな叫び声が鋭く突いた。
途端にナクシアは振り返る。
そして、ナクシアの視界に入ったのは、よろよろと倒れそうになりながらも曲刀を片手に持った男と、それに怯える子供達だった。
「へっへっへっはっは…………もう、お前は……もう、終わりだ……ぜ…………」
男は力の抜けた声で言い終わると、曲刀を振り上げた。
突如、辺りに響く子供の恐怖と不安に染まった叫び……。
――――そして、辺りにはザクシャ!という鈍い音と膨大な鮮血が飛び散った。
◆
――――あれから、どのくらいが経過しただろうか。
ナクシアもセレストもあの時の事はよく覚えていない。いや、人間は嫌な記憶は頑丈な倉庫に鍵をかけてしまうというが、そうなのかもしれない。
ただ、あれは途轍もなく残酷で非道な大惨事だった。
さっきまで生きていたあの子供達はもう……いない。
セレストは温もりの消えていく子供達を抱きしめ、そう感じていた。
(私が……私があの時に荷物持ちとして……いや、そんな考えでナクシアを連れて行っていなかったら……今頃、この子達は…………!)
対して、ナクシアもまた自責の念に駆られていた。
(俺が……あの時に止めを刺していれば……!)
二人はごつごつとした地面の上に寝転がり、それぞれの事を考え思っていた。
辺りにはナクシアが殺した数人の遺体が転がり、濃い血の臭いが立ち込めている。
だが、そんな事は二人には物ともしない。
そうして、時間だけが過ぎていった。
「――ねぇ?星が……綺麗だね……」
唐突にセレストがそう言った。
話せるという事は相当精神が回復したのだろう。それとも、ただの現実逃避か。
ナクシアもそれを聞いて、夜空を見上げる。
確かに満天の夜空に輝く無数の星は見事に美しく綺麗なものである。ただ、それがどうしたというのか。
「……あぁ、それがどうした?」
「……あのさ?私……あの星は死んじゃった皆だと思う事にしたんだ…………変かな?」
「……変じゃない、普通だ」
「うふふ、ありがとう」
セレストは少し笑うと、話を続けた。
「実はね、私……孤児なの……。ほら、孤児って奴隷と同じような扱いを受けてるでしょ?それにあの時も…………本当はあの男達に食料を格安で売られて……そしたら、後々私が孤児だって分かった瞬間、値段を大幅に上げて……それに対して反論したら、酷い暴行を受けたんだ……」
「……両親は……どうしたんだ?」
「…………――『神裁戦争』で死んじゃったよ……。憎い神の炎で…………」
「……色々と苦労してたんだな」
「うん……」
そうして、しばらくの沈黙が流れる。
そして、セレストが新たな話題を提示しようとした時――
「――俺も色々隠してた……」
「え?」
セレストは目を丸くして、ナクシアを見る。
すると、ナクシアは話を続きを語った。
「分かってただろうが、俺は元『神衛帝国騎士隊』だ」
「も、元?」
「……あぁ、元だ。数週間前にクビになった……」
「な……何で?」
「……教官に歯向かったんだ。ある日、俺は教官の悪事に気付いた。確か……賄賂での地位向上とか、役職保持とか色々あったな。それで俺はその教官に訓練中に問い詰めた。そしたら、追い詰められた教官が言ったんだ、『誰か、この反逆者を討て!討ったら、地位も名誉も何でもやる!だから、俺を助けてくれェェェェ!』ってな……。それに怒りがこみ上げてきて俺は奴を斬った。ただし、手加減はしてたけどな。でも、右腕を切り落としてしまって……戦績から処刑は免れたんだが、即クビだった……」
「……そうだったんだ。道理で何も喋ろうとしない筈だよね」
「…………それだけじゃないんだ」
ナクシアはまるで自分の罪を神の前で打ち明けるかの如く、話を続けた。
「……俺も……親がいないんだ…………」
その言葉を聞いた瞬間に、セレストの表情は驚愕に染まった。
下顎はがくんと沈み、口が開いたままになっている。
「な、ナクシアも両親がいないの!?」
ナクシアは今度は言葉に出す事は無く、頷いた。
「うそ……ナクシアにも両親がいなかったなんて…………!じゃぁ、ナクシアの両親もあの憎き神の力で……!?」
すると、ナクシアは今度は首を横に振った。
「違う……神なんかじゃない……人間にだ……!俺が8歳の頃、ここの近郊の家に軍勢が押しかけてきた。その時は丁度『神裁戦争』の真っ只中、俺は一瞬徴兵だと思ったんだが……その兵士の手には光線銃が握られていた……。奴等は徴兵なんかじゃかった……俺達を……家族を殺しに来たんだ…………!」
「な……何で!?『神裁戦争』の時だったら、人手が必要なわけでしょ?何で大事な人手を自ら無くすような莫迦な真似するのさ!?」
「人間は愚かで欲深い……。どう生きたって邪な事や都合の良い事ばかり考える……。あの時も…………徴兵に来られた家が次々に言ったそうだ……『そういえば、あのジャスティレッジさんのお宅の息子さん、神の末裔なんですって……!だから、徴兵なんかより、あの家の息子さんを殺した方がこの戦争は収まるんじゃありませんか……!?』ってな。勿論そんな事は嘘だ。しかし、政府もこの神の爆撃に成す術が無かったんだろう…………奴等は……奴等は……奴等は、そんなほらを鵜呑みにして…………俺の家族を殺しやがった……!…………だから、俺は己の弱さを憎み……あんな惨事はもう二度と起こさないように……神衛帝国騎士隊に入った…………」
ナクシアはそう言い終えると一息吐いてから、ぼうっと虚空を見つめた。
セレストは驚愕と哀れみに似た感情を抱いた。
「……――――そう……だったんだ。ごめん、私何も知らなかった……なのに、色々訊いちゃった……本当に――」
謝罪の意を述べようとしたセレストの言葉を、ナクシアの新たな声明がそれを遮った。
「…………謝るな。お前にその必要は無い……」
「……あ、ありがとう」
セレストは率直な意見に顔を赤らめると、照れくさくも言葉を返した。いや、それは彼女の意思に関わらず、唐突に出たものだった。
「――よし!じゃあ、お互いの秘密を共有できた事だし……今日はもう寝よっか。明日も早いし」
「あ……明日ッ!?」
ナクシアは予想外の発言に目を大きく見開いて、思わず叫んでしまった。
すると、セレストはまるで当然の事のように平然と答える。
「え?だって、一緒に旅するんでしょ?お互い行く当ても無いじゃん?…………ほら、私の家だってもう壊れてこの有り様だし……皆ももうここにはいないし…………。まぁ、そういう事で一緒に旅するって決めたの!」
ナクシアは即答した。
「…………――駄目だ、俺の旅は長く険しく厳しい……。危険だって数え切れない程ある。そんな中にお前を連れては行けない……」
「…………じゃあ、私はこれからどうすればいいの?」
セレストはがっくりと項垂れ、ぼそっと言い放った。
「そ……それは……」
ナクシアは答えが見つからず、思わず言葉を濁してしまった。
しかし、ナクシアは先ほどの言葉を消し去るように、静かに訂正する。
「――――危険な旅になるぞ……覚悟は良いか……?」
「今まで生き延びる為にスリだって盗みだってやったよ?そんなの元から承知だよ!」
セレストは嬉しそうに何度も頷いた。
「…………――――明日の朝早くにここ、ポルトを出発だ。分かったら、さっさと寝ろ」
「――うんっ!」
二人は星空という屋根の下、砂利という布団に寝転び、床に就いた。




