10 新たな出会い
ナクシアは振り下ろされた剣を紙一重でかわした。
既に日は高く昇っている。窓から差し込む光がその事を物語っている。
ナクシアは最早、防戦一方である。
思い起こせば、白鬼と火花散る戦いを繰り広げたのは昨日の夕刻から夜更けまで。その後もゲオルクと戦い、見事勝利を勝ち取った。
流石にこの三度の連戦は難があったといえよう。
ナクシアはあれから一睡もしていない。気力も集中力も失せ、今は重い瞼を持ち上げて剣をかわしていくのがやっとである。
しかし、カルトを倒さねば街の住民の平和が脅かされる事となる。
神裁戦争によって大きな被害を受けた今、ここまで活気の溢れる街は珍しい。それを失ってしまうのはあまりに惜しかったのだ。
すると、カルトの大振りな第二撃が迫ってきた。
(くそッ……!かわせそうにないな……)
ナクシアは長剣を構え、それを受け止めようとした。
だが、今のナクシアにはその衝撃さえも大き過ぎた。両手が痺れ、長剣を床に落とす。
その隙を見計らって、カルトは今までの鈍さとは想像も付かないスピードで一閃した。
その途端にナクシアの睡魔はどこかへ消え失せ、代わりに激痛が全身を駆け巡る。
かっと開かれた視界にはカルトが薄笑いを浮かべている。
「フッ……これで終わりだな――」
カルトがそう言い終わる前にナクシアはその場から駆け出した。生きる為には仕方無かったのだと、自分に何度も言い聞かせる。
外では騒ぎを聞き付けたのか、住民達が剣や槍、石、農具までも手にして構えていた。
「や、奴は!?」
住民の質疑にナクシアは歯を食いしばったまま、ゆっくりと首を振った。
いや、その答えは言わなくても分かっていただろう。傷口を押さえる手は真っ赤な血に染まり、衣服も流れた血で汚れている。
その様子を見て住民達は項垂れた。だが、皆が皆、そうではない。
「おい!本部に火を放て!あいつごと焼いてしまおう!」
一人の青年の言葉に住民達の士気が再び鼓舞された。
住民達は次々と家に戻り、釜戸の火を松明に移した。そして、住民達は手にした松明を次々と本部へ投げ込んだ。
たちまち火は広がり、カルトは本部ごと業火に包まれた。その規模だけあり、周囲に振り撒く火の粉と熱気は尋常ではない。
その炎はカルトを焼き尽くすには十二分に思われた。
だが次の瞬間、ナクシアはある事に気付いた。――どっと立ち昇る火柱や燃え広がり方が少し不自然だという事に。
本部の建物を燃やす炎は微かながらも螺旋を描いている。
「皆、逃げるんだ!早く!手遅れになるぞ!!!」
いち早く危険を察したナクシアはありったけの声で叫んだ。無理に声を出した為か、胸の傷が開いてしまったが、命を落とす事と比べればこれくらい何とも無い。
彼の叫び声を聞いた住民達の間で動揺が水紋の如く広がっていく。数秒のざわめきの末、数人の住民がその場から走り出した。更に、その様子を見た他の住民達も釣られるように後に続く。
その時、辺りは爆風と猛火に包まれた。逃げ出す住民達が次々と、背後から押し寄せる熱風に吹き飛ばされていく。
勿論、ナクシアも例外ではなかった。
そして、薄れゆく意識の中、彼は見た。
――業火の中心で薄笑いを浮かべるカルトの姿を。
◆
ナクシアはどこからか聞こえてくる鳥のさえずりに身体を起こした。
「ううっ……」
まだ傷は癒えておらず、身体に走る痛みに顔をしかめる。ふと傷口を見てみれば、包帯には血が滲んでいるものの、傷口は塞がっているようだ。
(包帯……?)
すると、ナクシアの元に一人の青年が駆け寄ってきた。
「――あぁ、ダメダメダメ!まだ傷が治ってないんですから!」
どうやらこの好青年がナクシアの傷の手当てをしてくれたようだ。
周囲を見回してみれば、ナクシアは今、建物の中に居る事も分かった。
「あ、僕はウルカロスって言います!」
「ナクシアだ、よろしくな」
ナクシアはウルカロスに握手を求めた。ウルカロスも満面の笑顔でそれに応える。
「ここは……?」
「この前、アミナテロへ買い出しに行ったんです。でも、アミナテロは焼け焦げて、跡形も無くなっているし、周囲は焼け爛れた死体ばかりが転がっているし……。そんな中、まだ虫の息のナクシアさんを見つけて、ここへ運んで来たんです」
「他に生きている奴は居なかったのか?」
「ええ。全身が火傷で爛れていないのもナクシアさんだけでしたし……」
確かにそう言われてみれば、ナクシアはあれだけの爆炎に包まれたのに対し、火傷はどこにも負っていない。全く以って奇妙な話だ。
すると、ウルカロスが本題に入った。
「アミナテロで何があったんですか?」
その問いを聞くなり、ナクシアは俯いた。だが、しばしの静寂の末、ナクシアが重い口を開いた。
「俺でも詳しい事は分からない。ただ……」
「ただ?」
「アイツが……カルトがやったんだ」
そして、言い終わるとナクシアは再び頭を垂れた。
「カルトというのは……?」
「白鬼討伐隊の一員だ。大隊長のゲオルクを倒した途端、人が変わった。……いや、あれはアイツ自身じゃない……!」
ウルカロスは更なる詮索を考えたが、これ以上の疑問は迷惑だと自重した。
しかし、ナクシアは再び口を開いた。
「ウルカロス、ここに剣はあるか?」
「は、はい!でも、何の為に?」
「俺はカルトを倒さなねばならない。何故か、そう感じるんだ」
ナクシアの瞳は固い決意に燃えていた。
そんなナクシアの姿を見るうちに、ウルカロスも決意を決めた。
「――ぼ、僕もついて行って良いですか!?」
ナクシアはひどく驚いた。しかし、無理も無い。
実力の程も分からぬ青年を過酷な旅に連れて行くなど、少々冗談が過ぎている。
「ダメだ、お前を連れて行くことは出来ない」
「で、でも……僕も一緒に戦いたいんで――」
「――何の為に!?命を粗末にする事は無いだろう!」
ウルカロスはナクシアに諭され、落胆の念から下を向いた。
「じゃあな、手当てをしてくれて感謝する」
ナクシアはそう言うと上着を着て、部屋を出た。
だが、次の瞬間、彼は更なる驚きを覚える事となる。
「――こ、ここは教会なのか!?」
ナクシアは驚嘆のあまり声を漏らした。そして、その口は中々塞がらない。
何故なら、今の世界、教会は途轍もなく珍しいものなのである。というのも、『神裁戦争』の後、多くの者の憎悪の矛先は神へと向けられた。そして、その神を崇める場所であった教会の多く――というより、殆どが火を投げ入れられたり暴徒に壊されたりしてしまったのだ。
故に今や教会というものは半壊状態で残っていたり、名前や瓦礫だけが残されている。
しかし、ナクシアが今居るこの教会はとても綺麗な状態を保っているのだ。窓にはヒビ一つ入っておらず、整然と並べられた椅子も大きな傷みは見受けられない。
ウルカロスはゆっくりと、部屋を出たナクシアの方へ歩いていった。
「ええ勿論。ああ、でも確かに今時教会は珍しいですよね。――教会や神は嫌いですか?」
「いや、特に。だが、お前はこんな所に居て大丈夫なのか?」
「――ここに居ると凄く落ち着くんです。何だか、いつでも神様が見守って下さっているようで」
「珍しいな。今の世の中、神を良く思う人間が居るなんて……」
「あはは、そうですよね。でも、神様っていつでも正しい事をしていると思うんです。神様が『神裁戦争』を起こしたのも、元は人間が悪かったからでしょ?神様はダメな事は怒るけれど、しっかり救いの手を差し伸べて下さっていると思うんです」
「余程の信者のようだな。――ところで、剣はどこだ?」
ナクシアは眉間に皺を寄せて、辺りを見回した。
「あっ!すみません、今すぐに取ってきます!」
ウルカロスはそう言いながら、足早に別の部屋へ入っていくと、少ししてから一本の長剣を持って帰ってきた。
ウルカロスはそれを申し訳無さそうにナクシアに差し出した。
「すみません……ここではこれが限界で……」
ナクシアは長剣を受け取るなり、目利きをするようにまじまじと見つめる。そして、ナクシアは長剣を一振りした。
「問題無い。剣まで引っ張り出してきてもらって、すまないな」
ナクシアは剣を鞘に戻すと、それを腰に差して、教会を後にした。
踏みしめるような重い足取りは彼の決意の現れか。
そんな中、頭に浮かぶのは別れた仲間――セレストの事だ。
セレストはあれからどうしているだろうか?
同時にカルトの事も気掛かりだ。彼の脳内で最悪のシチュエーションが繰り返される。
(早くカルトを倒さないと……)
そんな中、ナクシアの耳に小さな話し声が入ってきた。
「あの教会ですかね?」
「あぁ、今じゃ教会なんて殆ど無いからな。あれで間違い無いだろう」
「しかし、手掛かりが無さ過ぎますよね。翠の瞳で黒い軽装備の男ですってよ?」
「バカ野郎!そういう難しい仕事を引き受けるのが俺達『影統べる者ら』だろうがよ!」
「まぁ、相手は選ばないで良いらしいからな。情報が漏れたら厄介だ。とりあえず片っ端から殺っていこう」
そう言い終わると同時に少し離れた茂みから、仮面を身に付けた三人の男達が教会へ向かって走り出した。
黒にも似た深い藍色の装いは暗所での目視は難しいだろう。それは男達が暗殺者である事を表していた。
(まさか……あいつらの標的は……!――ウルカロスが危ない!)
ナクシアは地面をありったけの力で蹴り出した。走っている最中にもナクシアは剣を抜き、戦闘態勢を整える。
そして、ナクシアは見る見るうちに近付いてくる教会の扉を斬り付けた。直後、扉に斜めの線が走り、そのまま吹き飛んでいく。
しかし、彼の目の前に広がったのは驚きの光景だった。
「浄罪の洗礼!!」
ウルカロスは淡い白光を纏った剣の一撃で敵を貫いた。その足元には既に息絶えた仮面の男が倒れている。
「……あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
刻々と迫り来る死に恐怖した、たった一人の残党はウルカロスに背を向けて逃げ出した。
だが、その先に立ちはだかるのはナクシア。
仮面の奥で恐怖と驚愕の織り交ざった表情を浮かべたまま、男は真っ二つに斬り裂かれた。
「あ、ナクシアさん!大丈夫ですか?」
血に濡れた剣を数回振りかざすナクシアの元に、十字剣を背中の鞘にしまったウルカロスが早足に駆け寄ってきた。
「あぁ、問題無い。それより、ウルカロスも中々剣術は達者なようだな」
「ええ、一応一年前までは神衛帝国騎士隊と戦っていましたからね」
「……!何故?」
「一般には神衛帝国騎士隊は尊敬されていますけど、彼ら、神を信仰しているだけでも襲撃してくるんですよ……」
「……すまなかった」
ナクシアは申し訳無さそうに俯いた。その様子を見て、ウルカロスは大体察したようである。
「……ナクシアさんも神衛帝国騎士隊なんですね」
「……前まではな」
「え?」
ナクシアは今までに起こった事を全て話した。
神衛帝国騎士隊の辞職を余儀無くされた事。セレストと出会った事。白鬼を倒し、白鬼討伐隊を壊滅させた事。カルトの魔の手によって、多くの命が失われた事……。
「そうだったんですか。セレストさん、無事だと良いですね」
「ああ。それより、旅について来ても構わないぞ」
「あ、有難うございます!」
しかし、この時、セレストが『影統べる者ら』に攫われた挙句、死闘を繰り広げているとは、ナクシアは予想もしなかった。
離れ離れになったナクシアとセレスト。その双方を繋ぐ『影統べる者ら』。
果たして、彼らの目的とは一体何なのだろうか?




