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第二話

「それで?」

 私は脱衣所の外に水瀬君を正座させて尋問にとりかかった。

 壁に「只今、混浴のお時間です」と看板があったから、水瀬君がわざと女風呂に入ったんじゃないことだけは証明された。

 でなければ、血風呂ブラッティバスに沈めてやるんだから!

「で?何故、水瀬君がここに?」

「商店街の福引きで当たったんだよ」

「へえ?誰と来てるの?」

「と……友達」

 何故か水瀬君は歯切れが悪い。

「へぇ?まぁ、そうしてあげる」

「あ、ありがとう……」

 ほっとした顔になる水瀬君。絶対、何かを隠しているのははっきりしている。

 それを私は信じてあげたフリをすることに決めた。

「じゃ、葉子も心配だし。明日にでもまた」

「あ、やっぱり、葉子ちゃんも来てるんだ」

「やっぱり?」

「な、なんでもないよ!言葉のアヤ!」

 慌てて口元を抑えた水瀬君。

 どうして水瀬君って、こうもウソが下手なんだろう。

「せめて、どの部屋に泊まっているかだけ教えて」

「えっと……椿の間」

「そう。私は楓だから」

 私は部屋に戻ることにした。

「おやすみなさい」

「お、おやすみなさい」

 立ち上がり、そそくさとその場を立ち去ろうとする水瀬君に、私はクギを刺した。

「でもね?水瀬君」

 私は言った。

「商店街の福引きは、一等一本だよ?」



 なんだろう?

 水瀬君のあの態度。

 

 何かを隠している。


 絶対、ヘンだ。


 まさか……。


 いや。

 そんなはずはない。


 私は、それだけは否定した。


 ガラッ。


 お風呂はまた後にしようと思って開けた扉の向こう。


 そこは楓の間。


 しん。と静まりかえった薄暗い室内。

 フットライトだけつけた室内。

 そこには―――


 誰もいなかった。


「―――葉子?」


 返事はない。


 部屋を出るまで葉子が眠っていた布団はものけのからだった。



 ドンドンドンッ!!


 ドアが壊れるんじゃないか。という勢いで乱暴に叩きまくった。

 壊れたらドアが悪いんだから!

「ま、待ってください!」

 叩く音に負けないくらいの勢いで室内でもドタバタ音がしているが、そんなことは知ったことではない。

 ガチャッ。

 空いたドアのチェーンを引きちぎって、開けた本人を部屋から引きずり出した。

 案の定、水瀬君だ。


「探して!」

私は水瀬君の首を鷲掴みにして怒鳴った。

「葉子が!」

「葉子ちゃんが?」

「いないのよ!」


 浴衣姿じゃ動きづらいでしょ?

 その一言で私は一度部屋に戻った。

 確かに、動きやすい服に着替えるべきだ。

 そう、思って部屋に戻ったら……。


 ゴソゴソ。

 何かが私のバッグを漁っていた。

 人じゃないのはすぐにわかった。

 サイズが小さすぎる。

 丁度、葉子の持ってきたクマのぬいぐるみと同じサイズ

 ……違う!?

 私はじっとそれを見た。

 間違いない。

 バッグを漁っているのは―――

 葉子のぬいぐるみそのものだ!


「あ。いけね」

 私に気づいたんだろう。

 ぬいぐるみがそう言って、慌てて逃げだそうとする。

 その手には―――。


「待ちなさいっ!」

 スパンッ!

 ぬいぐるみの後頭部に私の投げつけたスリッパが叩き付けられ、ぬいぐるみは床に力無く落ちた。

「い……痛い……」

 ぐいっ!

 もう怖いモンなんてないっ!

 オバケはたくさん見てるし、いまさらぬいぐるみが動いた所で驚くもんか!

「何?何してるの?」

「ヒッ……これはお姉さま」

 ぬいぐるみが怯えた声で言った。

「人のブラジャーで何してるのか、そう聞いたのよ」

「へっ!今更隠し立てなんてしねぇ!煮て喰うなり焼いて喰うなり、好きにしてくんな!」

「じゃ、遠慮なく」

 私はポットを持ち上げた。

「へっ!?お姉さま?な、何を!?」

「熱湯消毒」

「やめてぇぇぇっ!ぬいぐるみゴロシぃぃぃっ!」

「黙りなさいっ!―――葉子はどこにいるの!?」

「口が裂けてもいえねぇ!」

「じゃ、裂いてあげる」

 私は力任せにぬいぐるみの口を上下に引っ張った。

「ゴゴゴメンナザイ……ダズゲデ……」

涙ながらに許しを請うぬいぐるみに、私は言った。

「とにかく、さっさとブラジャーから手を離しなさい!」


 それからしばらく後のこと。

 私は旅館の裏手の山道を歩いていた。

 手には水瀬君から借りたペンライト一本。

 これだけが灯りの全て。

 暗い森の中、いくら葉子のためと思っても、やっぱり怖い。

 水瀬君がいなければ、絶対これないような場所だ。


「成る程……今日だったんだ」

 ぬいぐるみに先導させた水瀬君は、ちょっと驚いた。という顔で言った。

「へぇ。左様で」

 どこまでも江戸っ子なぬいぐるみは、頭を下げて言った。

「眷属集会はこの季節の満月の夜と決まっておりますので」

「ああ」

 水瀬君につられる形で見上げたのは、本当に大きなお月様。

 まん丸でキレイ。

「でも、水瀬君」

 私は水瀬君の袖を掴みながら訊ねた。

「葉子、何しに?」

「というか、桜井さんがここに来たこと自体、すべてが仕組まれたことなんだよ」

「えっ?」

「景品も、葉子ちゃんが一等出すのも、すべてが、ね?違う?」

「……左様で」

 そうか。

 私は不思議と納得した。

 全部が狐たちによってお膳立てされていた。

 葉子がここに来るために……。

 そういうことなんだ。

「ねぇ、さっきから聞きたいと思っていたんだけど、このぬいぐるみ、何?」

「葉子ちゃんの眷属の一匹」

「手前、九尾の狐の一の子分、マルといいます。姐さん」

「マル……ねぇ」

 私はあきれ顔で言った。

「一の子分が主の目を盗んで下着ドロしてていいの?」

「そ、それはいわねぇでくだせぇ!」

 オロオロしだすマルを前に私は言った。

 なんだか可哀想になったから、言ってあげた。

「ま、葉子の相手してくれてるんでしょう?なら、大目に見てあげるわ」

「あ、ありがとうごぜぇますっ!姐さん!」

「……何故に姐さん?」


「桜井さん」

 水瀬君が不意に足を止めた。

「ライト消して―――ここから先は危険だよ」

 何が?そう聞こうとしたけど、水瀬君に口元を塞がれた。

 しん。と静まりかえる世界。

 風に乗って耳に届くのは―――。


 お囃子の音?

 

「今日は、狐族が葉子ちゃんを出迎える一大イベントなんだ。そこを人間が侵したとなれば大変なことになる」


「そうですぜ」

 マルも言う。


「今日は、葉子様……天狐様復活祝いと、あの戦争で死んだ狐族の慰霊の祭りも重なっています。手前共狐族にとっては何より大切な一日で」


「わ、わかった」

 私は頷いた。

「葉子が大切な日を迎えているっていうなら、姉としてそれを台無しにするようなことしないわよ」



 水瀬君から気配消しの護符を借りて、岩陰からのぞいた光景。


 それを一生、私は忘れないだろう。


 すり鉢状の窪地に無数の狐たちが集まってどんちゃん騒ぎをしていた。


 ある者は笛。

 ある者は太鼓。

 多くは酒を酌み交わす。


 人のそれと変わらぬ光景。

 人ではなく、ただ、狐が代わりに騒いでいる。

 ただ、それだけのことだけど―――。


 規模が違いすぎる。


「だ、大体、何匹位いるの?」

「およそ……2万匹。白狐びゃっこ金狐きんこ銀狐ぎんこ黒狐くろこ……もう日本全国のお歴々がお集まりで」

「そんなスゴイの?葉子って」

「お歴々にとっては最強、最高の上を行かれるお方です。それだけに皆、こうして集まって。手前はともかく、この辺の狐たちは大変だったと思いますよ?酒や食べ物用意して」

「全部、水瀬家で手配してるし、特にお歴々用の酒は皇室から特別な御下賜品だよ」

「へえ!それはそれは……」

 マルは言った。

「ここにいる連中は、人間に味方した連中です。それを」

「人間だって義理堅いのはいるよ」

「連中、嬉しいでしょうね。戦であれだけの犠牲払ったのは無駄じゃなかったっていうまたとない証明だもの」

 そうか。

 あの戦争で苦しんだのは、人間だけじゃないんだな。

 野に棲む獣や空を飛ぶ鳥、水に棲む魚達だって、たくさん犠牲になったはずだ。

 廃墟ばかりを見ているとぼやけてしまうけど、人間ばかりが犠牲を払ったと思うこと自体がマチガイなんだな……。

「―――あっ」

 びっしり集まった狐たちの中に、ようやく見つけた!

 多分、一番の上座なんだろう。

 赤い絨毯みたいな布の上、まるで王様が座るような豪華な敷物の上で丸くなっているのは―――。

 金色とも銀色とも、白ともとれる不思議な輝きを放つ毛並みを持つ、小さな狐がいた。

「あれが、九尾の狐―――葉子ちゃんだよ」

 水瀬君が言うからには間違いない。

 やっぱり、葉子は狐なんだ。

「水瀬君」

 私は言った。

「帰ろう?」

「いいの?」

 水瀬君はちょっと驚いた顔をしたけど、


「私にとって、葉子は葉子。狐だろうが妖怪だろうが、関係ないの。あの子が家族の一員でいてくれる限り、私にとって、そういうものなの」

 そう。

 私にとっての葉子。

 それは家族なんだ。

 狐だろうが何だろうが、そんなことは問題ない。

 大切なのは、絆なんだから。


「葉子だって、これを見せたいってわけじゃないんでしょう?」

「まぁ……それは」

「だったら、知らん顔してあげる。お姉さんはそれ位の余裕がなくちゃ」

 私のウィンクに水瀬君は苦笑しながら頷いた。

「そうだね……わかった。帰ろう。もう遅いし」


 その途端―――


「人間だぁっ!」

 あちこちでそんな叫び声が聞こえた。

「見つかった!?」

「僕達じゃない―――ちっ!」

 私を抱きかかえた水瀬君、一気に森を飛び抜ける。


 ヒュンッ!

 ヒュンッ!


 木々がものすごいスピードで迫る!


 怖いっ!

 妖怪の集会よりこっちの方が絶対怖いっ!

 

「連れのことも考えてよぉ!」

 たまらず叫んでしまうけど……それより大変なことが起きているのは間違いない!


 それは、森を抜けた所。


 誰かが何匹もの大きな狐に取り囲まれている!


 人間だ!

 さっきの狐たちが言ったのは、この人なんだろう。

 大変だ!

 狐は狐でも、妖狐だ!


「日菜子っ!」


 ―――えっ?


 水瀬君が誰かの名前を言った。


 水瀬君、私を抱きかかえたまま、狐たちの包囲網から強引に“その人”を抱きかかえると、空に舞った。


 狐たちが地面で私達を睨み付けて唸っている!


 私、敵になっちゃった!?


「今回の儀、取り仕切りし信濃飯縄山の楓殿の盟友、水瀬家が嫡男、水瀬悠理です!」


 ピタッ。


 狐たちが途端に「お座り」の状態になった。


「連れが礼を失したことをお詫び申し上げます!この不始末、いずれ別の席にて改めてお詫び申し上げる。その旨、楓殿他、お歴々にお伝えいただきたい!」


 ……ど、どうなるの?


 なんだか、森の方がすごいザワザワしてる!

 確か……2万匹だっけ?

 妖狐が2万匹!?

 じ、冗談!

 何が来てるかなんて、考えたくない!


 「……」

 狐たちは立ち上がって森の中へ消えていった。

 そして、

 ザワザワザワ……

 森のざわめきも、風が収まったかのように静かになっていく。


 た……助かった。



 ため息が三つ。


 いつの間にかマルはいない。


 一つは私。

 もう一つは水瀬君。

 そして?


 私は水瀬君に抱えられているもう一人を見た。


 スゴイ綺麗な娘だった。


 長い髪。つぶらな瞳。整った顔立ち。年の頃は私達とたいして変わらない。

 学校の子じゃない。

 でも、どこかで見た娘だった。

 芸能人じゃないし……。

 私の視線に気づいたんだろう。女の子


 脅威が去った後、私は自分の部屋に戻るフリをして二人を残して建物の影に隠れた。

 

 二人がどうなるか心配だったから。


 案の定、口げんかが始まった。


 まとめると、

 女の子は、水瀬君が私と一緒に出たことが心配だったらしい。

 それを、水瀬君は無謀だと叱っている。

 水瀬君と女の子は、何があっても部屋を出ないと約束していたらしいけど、女の子としてはそれで納得することは出来ないだろう。

 何だか腹が立ったから、私は足下の石を掴んで力一杯水瀬君めがけて投げつけた。


 ガンッ!


 うんっ!

 ナイスコントロール!


「ゆ、悠理!?」

 突然のことにオロオロする女の子と蹲る水瀬君の前に、私は顔を出した。

「水瀬君っ!」

 私は怒鳴った。

「女の子に何言ってるの!?」

「さ、桜井さん?」

「この子とどういう関係かは聞かないけど、他の女の子とどこか、しかも夜中に、あまつさえ、夜中に出かけるって知って、心中穏やかでいられる子なんているもんですか!」

「ぼ、僕が悪いの?」

「悪いっ!」

「ど、どうして?」

「ちゃんと説明したの?何が起きていて、自分が何をするか―――普段から、それで信じてもらえるように努力してた!?してないでしょう!?水瀬君のことだから!」

「ず……図星!」

「大体、こんな夜中の暗い道を女の子が歩く、しかもあんな妖怪に囲まれるなんて、どんだけ怖いことかわかってるの!?」

「……返す言葉もございません」

「それだけの思い詰めていたの!こういう時は、心配してくれてありがとうって一言そう言えばいいのよ!」

「は……はい」

 水瀬君はおずおずと女の子に頭を下げた。

「心配かけてごめんなさい……ありがとう」

 女の子は、きょとん。とした顔をした後、微笑んで言った。

「―――はい♪」



 翌日、

 「!?」

 私は飛び起きた。

 臭い!

 な、何!?この臭い!

 とにかくと思って窓を開けた。

 外気を取り入れてようやくわかった。


 お酒臭い!


 まさかと思って、私は葉子の布団を見た。


 いた。


 愛らしい私の妹が、ぐっすり眠っていた。


 ……とにかく、お酒臭い匂いをプンプンさせて。


 起きてからが大変だった。

 どこの世界に4歳児で二日酔いになる子がいる?

「頭痛い」

 ぐずりながらそう言う葉子に、私は冷たく言い放った。

「胃薬飲んで!この薬も!二日酔いの効能があるっていうから!」

「苦いのヤダぁ……」

「自業自得!」

 葉子がもう一度眠るまで側で見守って、それから私はご飯を食べた。

 葉子の分は仲居さんにお願いしたらお粥にしてもう一度持ってきてくれるという。

 感謝!


 しばらくしてロビーに出た。

 

 カフェラウンジの適当な席についたら、頼んでもいないのに紅茶を出された。

 うわっ。かなり高級なんじゃないの?これっ!って位の豪華なカップに注がれた紅茶。

 頼んでないと言ったら、「あちらの方からです」と示された。

 そこにいたのは、昨晩の娘だ。

 私は紅茶を持ってその子の席に移動した。


 物静かというか、恐ろしいほど気品のある子だ。

 今まで見たことのないタイプの子。

 本当の上流階級のお嬢様って感じだ。


 日菜。

 その子はそう名乗った。

 それがウソだと、私は知っている。

「日菜子……じゃないんですか?」

「!?」

 紅茶に伸ばされた手が一瞬止まり、カップに指先が触れた。

「昨日、あなたのこと、水瀬君はそう言っていました」

「……そう、ですか」

 少しだけ、頬が赤くなる日菜子さん。

 カワイイ娘だとおもう。

「昨夜、お詫びもせずに失礼いたしました」

「ああ。あれですか?気にすること、ないですよ。あなた、何も悪いコトしてないんですから」

「葉子さん……今は?」

「二日酔いで寝込んでいます」

「ふふっ……この宿の宿泊客の方も相当が二日酔いだそうで」

「そうなんですか?」

「ええ。水瀬が薬を煎じて飲ませてますけど……本当、お酒なんて何がいいのか」

 そう言って遠くを見る日菜子さんの顔を、私は知らずに見つめていた。

 ……育ちなんだろうか。負けそうになるほどキレイだ。

 私は日菜子さんのキレイの理由が、女の子としてわかっている。

 口には出さない。

 日菜子さんのキレイの理由。

 それは―――


 恋をしているから。


 水瀬君のような鈍感にはわかんない女の子の変化。

 恋をした女の子にだけ許される魔法。

 それが、日菜子さんをキレイにしているんだ。


 ―――えっ?


 私はここまで来てようやく相手が誰かわかった。

 えっ!?


 ひ、日菜子って……ま……まさか……。


「あ……あの」


 どうしよう。

 私、なんて人相手にしてるんだろう!


 私は恐る恐る訊ねた。

「もしかして……日菜子殿下?」


 私の顔をじっ。と見た日菜子さん(様でもダメ!?)は微笑んだ。


「クスッ……誰だと思ったのです?」


「し、失礼しました!」


 もう最敬礼モノ!

 どうしよう!

 不敬罪モノだよ!?


「ふふっ……構いませんよ?」

 そう言ってくれた時、私は全身の力が抜けた。

 た、助かった……。

「ライバル同士、身分なんて関係ありません」

「―――へっ!?」


「話は散々聞いています。桜井美奈子さん?」

「はっ!?はいっ!?」

「そんなに固くならないで下さいな。どんな障害をも乗り越える、芯の強い女の子と聞いています。そんな子のとる態度ではありません」

「お、恐れいります」

「私相手に敬語すら不要です。普通でいいですよ?」

「ど……どうも」

「水瀬のこと、好きなんでしょう?」

「なっ!?」

「どうなんです?」

私はじっと日菜子殿下の顔をみつめた後、言った。

「好きです」

「クスッ。やっぱり、そうですね」

「あの?」

「私は身分も肩書きも何も関係ないと思っていますし、そんなものに頼るつもりはありません」

 日菜子殿下は不思議なことを言い出した。


「でも、あなただって、学校という、水瀬に一番近い所……私が絶対に手に出来ないモノを持っています」


 何が言いたいんだろう?


「つまり……互いにアドバンテージはあるし、ハンデもある。そういうことです」


「……殿下、まさか」


「ええ♪」


 満面の笑みを浮かべた日菜子殿下は言った。

「私は今日、帰りますけど、あなたに会えて本当によかったです。あなたに宣戦布告出来るんですもの♪」


「せんせん……ふこく?」


「ええ。私は一人の女の子として悠理が好きです。ですから、あなたとはライバル。とっちゃっても恨みっこなしですからね?」


「……」

 ぽかん。としていたと思う。

 微笑む殿下に、私は言い返してしまった。


「逆でも……絶対に恨まないでくださいね?」


 頷くと同時に出された手を、私は握った。

 そう。

 この手の相手は、一人のライバルでしかない!

 肩書きじゃない!

 何でもない!

 お互い、同じ人を好きになったライバルなんだから!





 ライバル……。


 瀬戸さん。

 日菜子殿下。

 他にもいるかもしれないけど……。


 でも、私は日菜子殿下の去ったラウンジで決意を決めた。


 誰がライバルでもいい!

 私は私の想いにウソをつかないだけだ!


 それしか出来ない。

 何もないんだから。

 何もない立場の強さを、私は証明してみせるんだ!


 よしっ!


 とりあえず……何しよう?


 うんっ!せっかく温泉に来てるんだから、やっぱりお風呂だお風呂!

 

 玉の肌になって、水瀬君を見返してやるんだから!



 そして、部屋に戻った私は、またもや下着にちょっかいを出していたマルをぶちのめし、葉子の面倒を見て……。


 本当に実感した。


 道は遠いなぁ……。

 いろんな意味で。


 

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