五
「何故火を放つのです」
今にも耳鳴りがし始めそうな世界に言葉が響いた。私のものではない者の声が、無音をつんざいて。
「何故火を放つのです」
「…………」
「何故火を放つのです、放つとどうなるのですか。放てばどうなるのですか、放てばあなたはどうするのですか。放たなければならないのですか、放てばよいのですか」
「…………」
「理解しかねます」
「…………」
「それには意味があるのですか、価値があるのですか、命運でもかかっているのですか、宿命か何かですか、必要悪ですか、必要善なのですか」
「…………」
「冬です」
「…………」
「冬に火を放ってどうなるのですか、その火は何ですか、何を暗示しているのですか、ロマンチシズムですか、それともただの放火魔?」
「…………」
「つまらないです」
「…………」
「この程度の風に吹かれるだけで靡くような火を大層大事に抱えて何がしたいのです?」
「…………」
「皆つまらない、つまらない、つまらない」
「…………」
「…………」
男は一字一句釘を打つように間を持たせてじっくりと突き刺してきた。今にも殴り掛からんとする獰猛な視線、重く殺した声、底には轟々と怒りが燃えていた。けれど、言葉の重みに反し男には悪意もなければ、敵意もなく、あるのは激しい憤りと自己嫌悪のように思えた。
よき理解者と思しき男は途端恐ろしい生き物に変貌した。あっと言う間に化け出たこれはなんだ。私のヒロイシズムが男に眠っていた怪物を呼び覚ましたのだろうか。いや、私は鍵を壊してしまっただけに違いない。この男が怪物を飼い慣らしていただけことに、私が気づかなかっただけだ。
「私はどうすればいいと思うの」
「…………」
男は再び唇を真一文字に結ぶと、寒さに悴み膨れ上がった指を折り畳みながら、老人のように微かに腕を振るわせて炎へ伸ばした。ちらちらと燃え盛る灯りに眩しそうに目を細めると、親指と人差し指でまるで摘み取るように優しく行き先を塞ぐ。
私の後輩はそのまま二本の指の腹を擦るようにして、赤い火を摘み取った。
「…………」
先ほどの語りは別の口が行った言わんばかりに、再び沈黙を守りながら下からこちらをねめつける男。染み着いて剥がれない仏頂面がもたらす眉間の皺が更に迫力付けていたが、不思議と恐怖は沸かない。私が携帯ライターをしまうと、男はふんと鼻から短く息を吐いて、二本の指の腹を擦り合わせて火傷の有無を確かめているようだった。何も口にしないが、どうやら火傷はせずに済んだらしい。男はすっと手を降ろした。
指が微かに震えていた。
「次に逃避行を試す時は、暖かい日にしようか」
「……」
「この樹に林檎が実る前、秋よりも前のうんと暖かい季節だ」
「…………」
「やるなら、つまんねえ春」
「…………」
「…………」
「…………またですか」
こうして一面燃える事なく終わる復讐がこれまで幾度も私の町を壊して、私の町を再び築き上げてきた。思い出にもならない、つまらないだけの二人の世界破壊。壊した振りをするだけのくだらぬままごと、ごっこ遊び、臆病者の犯行。
これが私たちのつまらない青春群像劇だ。




