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星降る丘の

作者: 常盤緑

 天の川。

 宇宙に数多に存在する星々が光の帯となり、夜空に南北の橋を架ける。

 ある二人の運命を引き裂いたその川は、俺にはとても、美しいものには見えなかった。




 七月七日。僕の誕生日の次の日。僕は唯一無二の大親友と大喧嘩をした。口論。僕は友達の怒った姿を初めて見たし、僕も初めて友達に腹が立った。

 ただ、星を見に行きたかった。あの綺麗で、世界中の綺麗な光を集めても作り出せないような、そんな星々の輝きを見せたかった。ただそれだけのことだったのに。



「完全に迷った」



 ふて腐れた僕は、一人で星を見に近所の山に登る。

 この山は、昔まだ姉さんがいた頃一緒に星を見に来た場所だ。



 そのころはまだ、星なんて眺めても感動の一つも覚えなかったころで、それでも無理矢理、暗い山道を歩かされた。まだ小さかったあの頃の僕にはとても長い道だったことだけは嫌に覚えてる。

 


「着いたよ」



 いつ着いたか分からなかったが、そこは確かに丘だった。

 息を切らし、正直何もかもダルかったあの頃の僕でも、空を見上げた時、衝撃を受けた。 

 空一面に瞬く星たち。

 何より印象的だった、空に架かる橋。

 天の川。

 ここまでの道のりの苦労さを払拭させるにはあまりにも鮮烈な星の輝きは、今でも目蓋を閉じれば鮮明に思い出せる。多少の美化はされているだろうが。



 それが姉さんと見た最後の風景だった。



 次に気づいたときは布団の中で朝を迎えた。

 姉はその日の夜に忽然と姿を消していた。

 

 警察への捜索願。近所の人の目撃情報。そして、僕のあの日の夜の出来事。


 警察はお手上げ。近所の目撃情報は皆無で、僕の出来事もただの夢として処理された。


 あの日一体夜に何が起きたのか、それは七夕の夜の暗闇とともに消え去った。


 それから毎日その山へと足を向けたがその山道にすら入ることができず、あの星を、天の川を見たあの丘へと辿り着くことができなかった。




 姉が消えて10年間、調べて分かったことがある。

 それは、あの山の地形状、丘というものが存在しえないということだった。

 そして、この街ではあれほど綺麗に星が見えないということだった。

 そりゃそうだ。自分の家からそこまで遠くない山であれほど綺麗に見えるのだったら、この自分の家からでも多少なりとも見えるはずだと、子供の頃でも分かってはいた。

 それでも諦め切れなかった。

 あの時見たあの星は、姉と一緒に見たあの星は、幻想でも幻覚でもなく実際にこの目で見たんだって。とても諦め切れなかった。




 10年後の七月七日、親友を連れてもう一度山を登ろうと決めた。もし今日あの丘に辿り着けなかったら、僕はもう諦めよう。姉さんに会うことも、あの天の川を見ることも。そう心に決めて親友にこの話をした。



「いや、行かねえよ」

「今日だけでいいんだよ。頼む、付き合ってくれよ」

「その、あまり言いたかねんだけどさ――――」


 絶対に無理だよ、それ。





 一人で山を登って一時間半。半ギレ気味で山を登り続けたが、一向にあの山道に出ることはなかった。それどころか帰り道すら分からなくなっていた。



「完全に迷った。まあ、一日ぐらいなら野宿もできるかな」

「おまえさ、後先ぐらい考えろよ」

「え、ちょ、なんで、どうして、おまえここにいるんだよ」



 後ろから来たのは、息を切らし、汗でぐしょぐしょになった親友の姿だった。



「いや、やっぱり悪いこと言ったなって思ってさ。ごめん、今日は最後まで付き合うよ」

「こっちこそ。ごめん。こんなことに、無駄なことかもしれないことにつき合わせて」



 その後二人で笑った。明かりだって僕とコイツの持ってる懐中電灯だけで、街灯すらない真っ暗闇の山の中で、それでも僕たちは笑った。



「じゃあ、行こうか。親友」

「そうだな。親友……、って、なあこの道ってこんなにちゃんとした道だったか?」



 僕はこの道に見覚えがあった。10年前の記憶なんて当てになるものじゃないけれど。それでも心で感じる。この道は通ったことがある。そうだ、あの山道だ。

 僕らは駆けた。今までの疲れすら吹き飛ばし、一本道を風のように駆け抜けた。



「着いた、ここだ。ここだ!」

「ここって、どこだ?」



 だだっ広い空間。この山では到底ありえない景観。辿り着いた。10年前のあの場所に、辿り着いた。



「なあ、あそこにいる人ってさ――――」

「姉……さん? 姉さん!」




 七月七日。世間では七夕だといって短冊を飾り願い事をしているのだろう。

 どこかよく分からない、来た方法すら分からないこの場所で、確かに一人の少年の、10年来の夢は叶った。

 




 その日俺は気づいたらベッドの上で寝ていた。優雅に二度寝をかました俺は薄れゆく意識の中考えた。 明日アイツと今日見た星空のことを語り合おう。そうだそうしよう。

 俺は楽しみな明日のことだけを考えて眠りについた。



 次の日アイツは消えていた。姉さんに会えてとても嬉しそうに笑っていたあの顔はこの街には存在しなかった。




 俺は嫌いだ。

 アイツと姉さん。そして、アイツと俺。

 二人の運命を引き裂き続けたその川は、俺にはとても、美しいものには見えなかったら。

 俺はあの星で出来た川が嫌いだ。

 それでもその川をまた見ることができれば、あの丘に辿り着ければ、またあいつに会える気がする。

 そうして今日俺はまたあの山へ登る――――あの星降る丘を目指して。




ありがとうございました。そしてすいませんでした。

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