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隣人・瀬田貴恵の場合  作者: askaK
30/39

30、隣人・瀬田貴恵の大晦日

 師走も終わる、一年の最終日、大晦日。

 クリスマスの後から一斉に始めた大掃除もようやく終わり、米沢家の兄弟たちは、リビングに置かれたこたつに集まっていた。

 貴恵もおせち料理の仕込みを終えて、こたつに暖を取りにきたところである。

 今日は大晦日ということで、年中多忙にしている貴恵の母、桃子も早めに仕事を終えて切り上げるという。せっかくだから親子水入らずで二人でお茶でもしましょうと、母親から珍しい誘いがあったため、貴恵も早めに仕事を終わらせた。母親と約束した五時までは、まだ一時間近くある。


「いや、無理だろ。飛べない飛べない」

 一日中付けっ放しにされているテレビの画面を見て、桂一郎が呟いた。

 ブラウン管の内側では、バラエティ番組の大晦日スペシャル編という奴が、三時間ほど流れ続けている。

 芸人たちが体を張って、百万の賞金を獲得するために挑戦していく姿を見ながら、米沢家の兄弟たちは、こたつでミカンとコサージュを手に握り締めていた。

「俺、飛べない方に、3コサージュ」

「僕も飛べないのに3コサージュ」

「あたしも飛べないのに……6コサージュ」

「じゃあ、俺は飛べる方に6コサージュ」

 彼らが手にしているコサージュは、三月の卒業式において卒業生の胸に飾られるものだ。花に緑の棒を差し、ビニールテープで安全ピンと葉をつけて固定することによって、一つのコサージュが完成する。彼らはバラエティ番組を眺めながら、ひたすらコサージュ作りに励んでいた。

 これは二学期の最終登校日に、桂一郎が学級委員の白根から預かってきた仕事である。ざっと百五十は作らねばならず、しかも簡単そうに見えて、意外と細かく面倒臭い。安全ピンが小さいために、固定に使うビニールテープが関係のないところに付着してしまわないように留意しなくてはならないなど、肩の凝る作業なのである。

 それをこたつを囲んで四人の少年少女が淡々とこなしている光景は、傍から見れば滑稽であろう。

 ブラウン管の中では、どこまで本気なのかわからない、最近売れ出したばかりの芸人が、目的に向かって走り出す。芸人は踏み台を強く踏みしめて、広い溝を問い越え、なんと対岸へと着陸した。

 ぱぱぱーん、と軽快なファンファーレがテレビの中から鳴り響き、「百万円獲得!」の文字がテロップで光る。

「ええええっ!?」

 こたつを囲む三人の声が重なり、一人勝ちした伶二郎が笑った。

「ほら、俺が言った通り、飛べたじゃん。はい、俺の分の6コサージュ、一人2個ずつ。よろしく」

 伶二郎は自分の前に置かれた未完成のコサージュの山の中から六個を取り出し、桂一郎、貴恵、清四郎の前に放った。

 こんなふうに、先ほどから、四人は意味のない賭けをずっと続けている。

 コサージュは先ほどから賭けが終わるたびに行ったり来たりを繰り返しているため、結局誰が一番多いというわけでもなく、均等であった。

 バラエティ番組は、本日何十回目かのCMにと切り替わったところである。スポンサーが多いのか、とにかくCMの多い番組だ。

 彼らも、本気で番組の内容を見ているわけではなくBGMとして流しているだけなので、文句はない。

「きー姉、時間平気?」

 伶二郎が、大きく伸びをしながら聞いてきた。こたつに座って前屈みになり、細かい作業を続けているために、背中や腰が大分痛んでいるらしい。

「んー、まだ平気。五時に駅だから。あと三十分はやってく」

「じゃあ、英くんと入れ違いになるね。あと三十分くらいで帰るって言ってたから。お父さんとみー姉はまだ帰って来ないだろうけど」

「じゃあ続きは英三郎にやってもらう?」

「英三郎にこんな細かい作業は無理だろ」

 伶二郎以外の三人も、CMに合わせて一旦休憩、とばかりにコサージュを投げ出し、それぞれ伸びをした。少しでも血を巡らせたくて、体をあちらこちらに伸ばす。

 その中で、一番に休憩を切り上げ、再び作業に戻ったのは、清四郎だった。さすがに若いだけあって、筋肉も高校生三人衆より柔らかいらしい。

「桃子さんもいれば、さっさと終わっただろうにね。きー姉と桃子さん二人で揃って出かけちゃうんだもん。足手まといだよ」

「足手まとい? 手が足らないとかじゃなくて?」

 日本語の使い方を指摘すると、清四郎は「あれ?」と言って首を傾げた。それを受けて笑いながら、貴恵もこっそりと首を傾げる。


 桃子と貴恵は、決して不仲な親子ではなかった。が、二人きりで出かけたことは、ほとんどない。

 桃子はとにかく仕事が忙しく、休日以外は家にいることなどまずなかったし、休日に家にいたとしても、ほとんどを睡眠時間に費やしていた。

 それにもし出かけることがあっても、桃子と貴恵と二人きりで外出することはない。外出の予定があれば、米沢家の一家と一緒に全員で外に出た。瀬田家のみでの用事など、今まで、なかったと思う。


「……なのに、急に二人で会おうなんて……何の話をするつもりなんだろ」

 ぼそりと本音を呟くと、清四郎が目を丸くした。彼はコサージュを作る手を止めて、ずり落ちて来た眼鏡を持ち上げながら、当然のことのように言う。

「お父さんとのことじゃないの?」

 末っ子四男清四郎にそのようなことを言われて、貴恵は言葉に詰まる。

 お父さんとのこと、つまり、それは、米沢家の父由郎と、瀬田家の母桃子の間に「なにか」があるということだ。それを白状するために、桃子は娘の貴恵を呼び出したという。

 「まさか」と咄嗟に貴恵は否定をするが、コサージュの山の向こうでは、桂一郎も伶二郎も「そうかもしれない」と頷いていた。

「そんな……だってそれなら、私だけじゃなくて、みんなに話すべきじゃない」

「まずはきー姉に言っとこうってことじゃん?」

「貴恵が一番驚きそうだもんな」

「実際にきー姉が一番戸惑ってるし」

「そんな……」

 再び、貴恵は言葉を失った。

 突然の母からの呼び出しに、何事だろうとは思っていたものの、由郎とのことを告白されるとは予想だにしていなかった。故に、心の準備ができていない。

 コサージュを作る手の動きが完全に止まってしまった貴恵を横目に見やり、不思議そうに尋ねてきたのは桂一郎であった。

「つーかさ。前から思ってたんだけど、貴恵は、父さんたちのことに、反対なわけ?」

「反対……って、わけじゃないけど……」

「そ。ならいーけどさ」

 桂一郎はあっさり納得をして、緑のビニールテープに手を伸ばした。

 貴恵は複雑な心持ちで俯いたまま、やはりコサージュ作りを再開できずにいる。


 ――別段、反対というわけではなかった。

 だが、「はいそうですか」と米沢家の兄弟たちのようにすんなり受け入れるのには抵抗がある。

 だって、ずっと、米沢の母は文子だったではないか。

 確かに文子は次男の伶二郎とともに田舎に住んでいた時期も長かったから、共に過ごした時間はそれほど長くはなかったかもしれないが、だからと言って、ずっと一緒にいた桃子が母親になることに、どうして彼らは抵抗を抱かないのだろう。

 それとも、こんなことを考えて悩んでしまう貴恵の方がおかしいのだろうか。

 こんなことを考えてしまうということは、貴恵は反対をしているということなのだろうか。


 考え込んで口を噤んでしまった貴恵に対し、フォローを入れたのは、伶二郎である。

「ま、きー姉の戸惑いもわからないわけでもないけどね」

 伶二郎は一度コサージュから手を離し、ミカンを手に取るとオレンジ色の皮をむきはじめた。

「反対はしないし、むしろいいとは思うけど……不思議だよな。もう何年も一緒に暮らして来て、しかも父さんと桃子さんは幼馴染だから、それこそ数十年の付き合いだろ? それでも恋人にもならず、夫婦にもならなかったのは、そういう感情が互いにないからだと思ってたけど。もし、そういう関係になろうとしてるんだとしたら、何を思って今更、とは思う」

 そう小さく吐き捨てた彼の声は、低い。


 伶二郎には、伶二郎の思惑がある。

 その思惑を半端に知ってしまっている貴恵は、やはりどうしようもなく、唇を結んだ。

 他人に対する「想い」というものに関して迷いを抱いている伶二郎にしてみれば、父親たちの関係性は興味深いものだろう。


 そして貴恵には、貴恵の思惑がある。

 貴恵には、なんとなく、母親桃子と由郎の関係性が、互いに抱く感情が、わからなくなかった。それを言葉にすることは難しいが、とにかく、彼らの間にある感情は、決して夫婦の間にあるようなそれではないと思うのである。

 だからこそ、違和感を拭えない。

 彼らは夫婦になんて、なるはずがないのに。


 テレビの中では、長いCMが終わり、再びバラエティの放送が継続されたところである。

 いずれにせよ、これ以上考えても仕方がない。

 答えは、母親が持っているはずだ。

 時刻はまもなく、四時半を過ぎようとしていた。約束の時刻まで、もう少しだ。

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