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迷宮の魔王さま 改訂版  作者: 井戸端 康成
第一章 来訪と出会い
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第九話 換金所にて

第九話 換金所にて


 薄暗い鍾乳洞のような迷宮第十階層に魔王とシェリカはいた。彼らの周りには無数の黒い球が散乱していて、シェリカはその様子に唖然している。その目は飛び出しそうなほど開かれていて、口も半開きだ。


「さすがレベル五百……あれだけの群れを一撃とはね……」


 しばらくして精神的に復活したシェリカは呆れ果てたようにつぶやいた。魔王が魔法で倒したキラーバットはたしかに弱いモンスターだ。だが、数十単位で一掃しようとしたらかなりの大魔法が必要だろう。とても、今のシェリカには無理な芸当だ。


 数値の上ではわかったつもりであったが、この出来事でシェリカは改めて魔王の力を認識した。そして微かな畏怖と大きな頼りがいを感じるのであった。


「これで邪魔はいなくなったな。先へ進むぞ」


「ちょっと待って! 魔力球を回収しなきゃ」


 魔王が先へ進もうとすると、それをシェリカが呼びとめた。そして彼女は腰に付けているポーチに落ちていた球をどんどんとほうり込んでいく。魔王はその様子を物珍しそうに見ていたが、やがて小さな疑問を抱いた。


「こんな球をそんなに集めてどうするのだ? それに、どうしてそのポーチは膨らまない?」


 魔王はシェリカのポーチを指差した。すでにその体積以上に球が詰め込まれているはずのポーチは何故か膨らんでいない。シェリカはこりゃだめだとため息をつくと、魔王の質問に答えた。


「はあ、戦闘力は最強だけど知識はルーキー以下ね。仕方ない、教えて上げるわ。この球は魔力球と言ってクランで換金できるのよ。だから集めてるの。で、このポーチはシーカー愛用のデラックポーチ。魔法が掛けられていてどれだけ物を入れても膨らまないし、重くもならないのよ」


「なるほど、それならば余も手伝ってやろう」


 魔王はそう言うと、球を集めるのを手伝い始めた。二人でやればさすがに作業は速く、たくさん落ちていた球もあっという間に少なくなっていく。


「これで最後だ」


 魔王が最後の一つをポーチに入れた。シェリカは辺りを見回して他に落ちていないことを確認すると、立ち上がって腰をぽんぽんと叩く。


「全部拾えたようね。それじゃ先に行きましょうか」


 シェリカはそう言うとまた歩き出した。魔王も後から続いていく。二人で歩いていくその様子は娘とそれを後ろから見守る父のようだった。


 その後は特に何事もなく探索は続いた。シェリカや魔王は軽い足取りで迷宮の奥へと進んでいく。時々現れるモンスターたちも、シェリカの剣と魔王の魔法の前に、またたく間に魔力球と化していった。


 そうして迷宮を探索している時の魔王は散歩しているかのようだった。いや、散歩よりも緊張感がなかったかもしれない。なぜなら彼がいつも散歩していた魔王城周辺には、野生の上級モンスターたちがうろうろしていたのだから。


「もう帰らない? もう足と集中力が限界よ」


 迷宮第二十階層。そこのクリスタルの前で、ついにシェリカがそう提案した。彼女はパンパンに張った足を抑え、辛そうにしている。魔王がいるからそれほど負担はなかったにしろ、一度に十階も潜ったのはやはりきつかったのだろう。


「仕方ないな。戻るか」


「ええ、すまないけどそうしましょ」


 シェリカは申し訳なさそうにうなずいた。こうして魔王とシェリカは今日の探索を終え、地上に戻ったのだった。


★★★★★★★★


 シーカークランの中にある換金所。迷宮で手に入る魔力球をはじめとするさまざまなアイテムを換金できるそこは、今日もシーカーで賑わっていた。三つあるカウンターをシーカーたちが入れ替わり立ち替わり利用している。そこへ、魔王とシェリカがやってきた。


「あら、この間の魔王さん!」


 魔王たちが向かったカウンターに座っていたのは、いつかの受付嬢であった。彼女は魔王とシェリカの姿を確認すると、にっこりと微笑む。


「そなたはいつぞやの受付嬢か。換金もしているのだな」


「はい、そうですよ。クランも人手が足りなくて。あなたこそ、そちらの女の子はお仲間ですか?」


「まあそんなところだ」


 魔王と受付嬢はそのまま談笑を始めそうな雰囲気になった。だが、その流れをシェリカが打ち切った。彼女は魔王の前に出ると、カウンターの上にポーチを置く。


「そんなことは良いわよ。それよりこれ、換金して」


「はい、少々お時間を……あらら、ずいぶん集めましたね」


 受付嬢はポーチをひっくり返すと、その中に入っていた魔力球の数に目を丸くした。そして虫眼鏡を取り出してひとつひとつ確認していく。


「全部で百二十三個、十二万三千ルドになりますね。……ふう、しかしよくこれだけ集めましたね。って魔王さんなら出来ますか」


 受付嬢は一瞬訝しげな顔をしたが、相手に魔王がいたことを思い出した。魔王だったら何が起きても不思議ではない。


 受付嬢は気を取り直すと、カウンターの中から袋を取り出した。そして金貨を十二枚と銀貨を三枚シェリカに手渡す。シェリカはその金額に顔をほころばせた。


「結構あったわね。今日はこれでご馳走でも食べるわよ」


 シェリカはホクホク顔で換金所から出て行こうとした。するとその時、換金所の中の雰囲気がにわかに変わった。そして換金所の入口付近にいたシーカーたちがざわめき始める。


 魔王やシェリカが何事かと入口の辺りを見てみると、そこには十人ほどの異様な雰囲気のシーカーたちの姿があった。いずれも歴戦の強者という雰囲気を放っていて、鎧や服に揃いの銀のブローチを嵌めている。魔王が目を凝らして見ると、ブローチは杯とそれに巻き付く蛇をあしらった物であった。


「また嫌な連中が……。魔王、行くわよ」


 彼らの姿を見ると露骨に顔を歪めたシェリカ。彼女はささっと魔王の手を引いて換金作業をしている彼らの後ろを通り抜けようとする。


 だがその時、集団の先頭にいた女が後ろを歩くシェリカに気づいた。そして彼女はシェリカたちの前に立ち塞がる。ちょうどシェリカと同じくらいの年の女で、水晶のような水色の髪と翡翠色をした瞳、そして何より顔に張り付いた仮面のような笑みが特徴の女だった。


 女はシェリカの前に立ち塞がると、少し目を見開いた。そしてシェリカの後ろにいる魔王を何回か見ると、耳にかかる甘ったるい声でシェリカに話しかける。


「おやおや、私たちを無視していかれるお積りでしたか? まったくずいぶん私たちのことがお嫌いのようですね。……それより、そちらの方はもしかしてあなたのお仲間ですか?」


「そうよ、悪い?」


「いえいえ、逆ですよ。私はむしろ私たち聖銀騎士団の誘いを頑固に断り続けていたあなたに、果たして仲間なんてできるのか心配していたくらいなのですからね」


 女は形の良い薄い眉を寄せた後、すぐに芝居がかった動作でおどけて見せた。シェリカはそれを見た途端、きつい目つきで女を睨む。だが、女は軽薄な笑いを浮かべるだけだった。


「心配ありがと。でもこの通り、ちゃんとできたわ。……もう忙しいから行くわね」


「そうですね。ではご機嫌よう」


 シェリカは何か言いたそうな魔王を引っ張って換金所から出た。そして拳をにぎりしめ、顔を真っ赤にする。そのただならぬ様子に魔王はシェリカに質問をした。


「あの女は?」


「あいつはユリアス。一応最強と言われてるギルド聖銀騎士団のリーダーよ」


「ほう、ならどうしてそんなに仲が悪いのだ?」


「あいつは気味が悪いのよ。それで生理的に合わないというかなんというか……。それに私の親が有名なシーカーだったからか、やたら熱心に自分のギルドに勧誘してくるし。でね、それを断り続けてたら仲が悪くなったというわけよ」


「そういうことか。たしかにあの女は得体が知れないからな」


 そういうと、魔王はユリアスの目を思い出した。人間のものであるはずのその目からは、何故か魔族にも似た邪悪な気配が感じられていた。加えてその身体からもどこか形容しがたい違和感を魔王は感じている。シェリカは無意識にそれらを感じてユリアスを避けていたのだろう。


「もうあんな奴のことは気にしないで置きましょ。お腹も空いたし、早くご飯を食べたいわ」


 少しして機嫌を直したシェリカが魔王にそう告げた。魔王もそれにたいして素直に頷く。彼も腹は空いているようだった。


 こうして意見の一致した二人は夕食を食べるべく街へと出て行った。だがその二人の姿を後ろからユリアスが目を細めて睨んでいた。


「あの男……どうにも気になりますねえ。ちょっと試してみましょうか……」


 ユリアスの微かなささやきは虚空に消えていった。そして、そのつぶやきに魔王やシェリカが気づくことはなかった。



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