第四十四話 仮面魔導士
第四十四話 仮面魔導士
「お待たせしました、ただいまより第三試合を開始致します! 第三試合はコウラン選手対ルーミス選手です! それでは試合はじめ!」
司会の男はそう叫ぶと舞台から駆け降りていった。代わりに二人の女が舞台の上に上がってくる。片方は仮面をかぶった少女、もう片方は胸元の開いたチャイナドレスを着た東洋風の美女だ。
「一撃で灰にしてあげますです!」
「まあ恐い! でも簡単にはいかないわよ?」
ルーミスは付けていた白い仮面を、素早く紅いものと取り替えた。彼女は取った仮面を懐にしまうと魔力を練り上げ、手の平に火の玉を造る。赤々と燃え立つ炎の塊が次々と生成されて、コウランの元へ飛来していった。
飛来する火の玉を一通り交わすと、コウランは胸元から緑の扇を取り出す。彼女は一瞬でそれを開くと、思い切り仰いだ。
「むっ、風の魔法具ですか!」
扇から猛烈な風が放たれた。それに吹き飛びそうになるローブを抑えつけると、ルーミスは顔をしかめる。彼女がすでに放った火の玉はすべて掻き消されてしまった。暴風は砂や埃を巻き上げて竜巻のようになり、ルーミス自身も吹き飛びそうな状況となってくる。
そんな中、ルーミスは今度は黄色の仮面をつけた。その次の瞬間、彼女の指先から青い稲妻がほとばしる。稲妻は独特の轟音を響かせながらコウランのドレスを焦がしていった。コウランの顔がたちまち驚愕に歪み、凍てつくような眼差しがルーミスを射抜く。
「雷! あなた二属性の魔法を無詠唱で使えるの!」
「正確にはそうじゃないですが、まあ似たようなものですよ!」
ルーミスは指先から雷を次々と放った。コウランはその光をなんとかすれすれで交わしながら、ルーミスに接近していく。くるくると回るようにして身体をずらしていき、コウランはルーミスの目の前まで近づいてきた。
ルーミスはコウランが接近してくると後ろに下がった。だが、雷は命中率に難があるのかある程度以上には離れない。着かず離れず、二人はダンスでも踊るような状態となった。人が五人くらい入れるくらいの距離を開けて、二人は互いを出し抜こうとステップを踏みながら死の舞を踊る。
「これではラチがあかないのですよ! だから遊びはここまでにするです!」
互いに千日手となってきたところで、ルーミスは雷を弾幕代わりにして素早くコウランから離れた。コウランはめちゃくちゃに放たれた雷をかわすので精一杯で、ルーミスに近づけない。そうしてある程度離れることに成功したルーミスは、またもや懐から青い仮面を取り出した。彼女はそれを手際よく装着すると今度は手から鋭利な氷柱を打ち出す。
金属質な音を立てて、弾丸並の速度で迫った氷柱。それをコウランは完全にはかわせなかった。わずかに移動の遅れた彼女の純白のふくらはぎを氷柱がかすり、柔らかな肉をえぐる。肌を破られたそこからはすぐに紅い鮮血が滴り落ちて、舞台の石を紅く変えた。コウランはその醜い傷を見るとたちまち眉をひきつらせる。
顔を強張らせたのはコウランだけではなかった。試合を見ていた残りの選手や一部の観客たちも彼女と同様に、背筋を冷やす。シェリカとシアもその一部に含まれていたようで、彼女たちは揃って青い顔をした。
「あっ、あの女三属性の魔法を無詠唱で使ったわよ! 一体どうなってんのよ!」
「……私にはわからないわ。だけど恐ろしいわね」
普通、上級の魔法使いでも詠唱を完全に破棄するのは難しい。一部の天才と呼ばれる者たちが成功する程度だ。だがそれも加護を受けた属性か、自分が先天的に得意とする属性に限られる。そのため三属性の魔法を完全無詠唱で自由自在に使いこなすルーミスは天才を超えて化け物とすら言えた。
魔法を得意としているシェリカとシアはすぐにそのことに思い至り、肝を冷やした。だがその時、パーティーの中でもっとも魔法を得意としているはずの魔王はそうではなかった。彼は青くなる代わりにフムフムと頷き、満足そうな顔をしている。シェリカとシアはそんな魔王に、心底不思議そうな顔をした。
「魔王? 何かあったの?」
「いや、あの魔法使いの戦い方が面白いのでな」
「面白い? どんな風によ?」
「あの女、戦闘中に得意属性を変えているのだ」
「えっ!」
シェリカとシアは慌てて手すりに寄り掛かると、舞台の上のルーミスの姿をよく確認した。彼女の姿に特におかしな点はない。だがすぐにシェリカはあることに気がついた。彼女ポンと手をつくと、どうだと言わんばかりの顔でまだわからないシアに説明をする。
「シア、仮面よ! あの女は着けてる仮面によって得意属性が変わるんだわ。赤なら炎、黄なら雷、青なら氷が得意属性になるのよ」
「なるほど、だからいちいちあの女は戦闘中に仮面を着け変えていたのね。確かにこれなら全部説明がつくわ」
シアとシェリカは互いに納得すると、もとの表情に戻った。そして再び試合の流れに注目する。二人が集中を取り戻したちょうどこの時、試合の方も動きがあった。どうやらコウランもこのことに気がついたようだ。
「……わかったわ、あなたその仮面で属性を補助してるのね。だったらこれでどうかしら?」
ルーミスの視界を埋めるような熾烈な攻撃をかわしたコウランは、胸元から二本目となる赤い扇を取り出した。彼女はそれを先ほど持っていた緑の扇に重ね合わせる。そして二つの扇が淡い光を放った瞬間、彼女は空を地面にたたき付けるように扇であおいだのだった。