第四十一話 修羅と忍び
第四十一話 修羅と忍び
「お待たせしましたァ! ただいまより第二試合を開始させていただきます! 第二試合はクレイル選手対フウタロウ選手です!」
司会の男が、修繕の終わった舞台の上で絶叫した。それと同時に舞台の両端からクレイルとフウタロウが舞台の上へとあがる。試合の開始を待たされていた観客たちはにわかに色めき立ち、闘技場に活気が満ちあふれた。あちらこちらから応援の声が上がり、旗や横断幕が翻る。
魔王はそんな熱狂渦まく闘技場の通路を素早く走り抜けていった。階段を駆け登り、通路にはみ出した観客たちを掻き分けながら全速力で闘技場を走り抜ける。そしてどうにか、選手の二人が動き出す前にシェリカたちの元にたどり着いた。
「あっ、魔王! どうしたのよ」
「シェリカに一つ聞きたいことができてな。ただ、遅くなったから試合を見てからにしよう」
「そういうこと。じゃあみんな、場所をちょっと空けるわよ」
シェリカが促すと四人は少しずつ場所を詰めて、魔王が座る場所を確保した。もとからゆとりを持って長椅子に座っていたので一人分くらいはなんとかなったのだ。魔王はそうして長椅子の通路側に空けられたスペースに細い身体を押し込む。
「ちょっときついけど大丈夫ね。あっ、いよいよ始まるわ」
シェリカは声を上げて舞台を指差した。それはちょうど、司会の男が舞台から下りていくタイミングのことであった。いよいよ舞台には選手の二人だけが残されて、緊張が高まっていく。一触即発、今にも激しいぶつかり合いが始まりそうであった。観客たちも高まる緊張に息を呑み、闘技場が一瞬だけ静かになる。
「はっはははァ! さて、まずは貴様を蜂の巣にしてやろうか!」
「……笑止」
クレイルはコートの中から大型の魔銃を取り出した。彼は一抱えほどもあるそれを正面に構えると、神業のごとき速さで引き金を引いた。軽快な発砲音が続け様に重なりながら響き渡り、黒い銃口が絶えることなく白い光を放つ。
無数の魔弾が筋を描き出しながらフウタロウに迫った。さながら雷のようなそれらは、刹那のうちに接近してフウタロウの身体を穿とうとする。しかしその瞬間、その身体が遥か上空へと舞い上がった。
「陰影流・刃雨」
フウタロウの手から無数の手裏剣が放たれた。黒雲のようなそれらは重力に従い、舞台めがけてまっすぐに降り注ぐ。濃密な密度をほこる手裏剣の群れは、激しい雷雨のような音とともにクレイルの頭上近くへと至る。
「かァっ!」
「……何?」
クレイルはコートから何かを取り出して上に放り投げた。直後、黒い楕円形をしたそれは手裏剣とぶつかり爆風を巻き起こす。嵐を倍にしたような風が舞台上空を吹き荒れて、手裏剣の雲はあとかたもなく消し飛ばされる。
手裏剣は散り散りになって闘技場に降り注いだ。観客たちは巻き添えを食うまいと椅子の下に隠れたり、頭を何かで隠したりする。観客席はある種の恐慌状態に陥った。観客たちの怒号や悲鳴がこだまして状況すらもよくわからなくなっている。それはシェリカたちも例外ではなく巻き込んでいた。
「サクラならきっと大丈夫!」
「うわああ! 私を盾にするなあぁ!」
「シアはん何をやっとるんや! 椅子の下に避難するで!」
エルマが逃げ遅れたシアとサクラを強引に椅子の下へと引っ張り込んだ。二人はもつれたり、椅子に肩をぶつけたりしながらも何とか避難に成功する。二人はぶつけた場所をさすりながらほっと息をついた。
「よしこれで大丈夫……。あれ、魔王はどうしたのだ?」
「そうね、姿が見えないわ」
「ああ、魔王なら大丈夫だとか言ってそのまま座ってるわ」
シェリカは自分の脇に垂れているマントの端を掴んだ。それを見たサクラたちは尊敬したような呆れたような、何とも表現しがたい顔をする。いくら大丈夫だとは言え、刃物の降り注ぐ中で座っているのは少し呑気過ぎるように彼女たちには思えた。
一方の魔王はそんなシェリカたちの考えをよそに試合を集中していた。彼の目はクレイルやフウタロウの動きを追って、右へ左へと視線を走らせている。観客たちが大騒ぎをしていようが、それに関係なく試合は進んでいるのだ。
「もらったァ! バインドハァーンド!」
クレイルは身体を弓なりに反らせて右腕を大きく振りかぶった。その次の瞬間彼の腕は唸りを上げて振り下ろされ、その手の部分が弾丸のように飛び出していく。
飛び出した右手は繋がれている鎖を鋼の蛇のように揺らしながら、宙を飛んだ。カシャカシャと耳障りな金属音を鳴らしてその鋼の魔の手は、バランスを崩して動けぬフウタロウのもとへと向かっていく。
「くっ……!」
フウタロウは身体を無理矢理にねじ曲げた。上半身が下半身に対してありえない角度で曲がって、どうにかクレイルの手の軌道からはずれる。だがやはり身体にかかる負担は大きかったのか、その口からは苦悶の声が漏れて曲線を描いていた眉は真一文字になってしまった。
しかしその甲斐あってクレイルの手はフウタロウの身体を捕らえることはなかった。手はフウタロウの身体のあった場所をすり抜けて、虚空を掴む。それを見たクレイルは、観客にも聞こえるような大きさの舌打ちをした。彼はそのまま鎖を巻き戻して手を元に戻すと、人を殺せる目ですでに地上に戻っていたフウタロウを睨みつける。その目は醜い感情で燃える炎のようであった。
「見苦しく足掻くやつだ。あそこで捕まっておれば楽だったのを」
「……勝たねばならぬからな。だが、真正面から挑んだのでは不可……。ここは忍びらしく行くとしよう」
フウタロウの指が盛んに動き出した。彼の指は互いに絡まりあいながら次々となにかの形を現わしていく。数が増えて見えるほどの速度で、指は踊るように素早くなめらかな動きをした。
「陰影流・影隠れ」
フウタロウの小さくも重みのある声が響いた。すると彼の身体は晴れた日の雪のように、溶けてどこかに消えてしまったのだった……。