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迷宮の魔王さま 改訂版  作者: 井戸端 康成
第三章 開催、闘神祭
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第四十話 憑かれた女

第四十話 憑かれた女


「決まったアァ! 一回戦第一試合は魔王選手の勝利です! 皆さま、どうか魔王選手に拍手を!」


 司会の男はその場で立ち上がると、マイクを振り上げて叫んだ。それに応じて観客たちも一斉に立ち上がり魔王に盛大な拍手が送られる。数万の観客たちは総立ちとなり、地鳴りのような拍手が響いた。それにはときおり歓声も混じり、魔王に暖かい応援の数々が捧げられている。


 シェリカたちも例外ではもちろんなく、魔王に向かって声の限りに叫んでいた。普段はあまりしゃべらないシアまでもが声を張り上げている。四人は身を乗り出しながら、魔王に手を振って必死にアピールしていた。


 魔王はシェリカたちに気づくと、手を挙げて笑った。いつもの得体の知れない笑いではなくどこか温かみのある笑みだ。彼はそうしてシェリカたちの声援に応えると、舞台からさっと下りていく。そして闘技場の端にくると、彼は観客席との間にある高い壁にけだるい様子でもたれたのだった。


「え~、ただいまから舞台の復旧作業を始めますので第二試合は三十分後からとします。繰り返します……」


 司会の男がそう連絡すると、通用口から次々と作業員が現れた。彼らは手際よく瓦礫の除去などを進めていく。魔王はその様子を壁にもたれてぼんやりと眺めていた。昼下がりの太陽に照らされた、細くなった目はいかにも眠そうだ。


 するとそんな魔王にどこからか現れたアイリスが近づいてきた。彼女は長い金髪を揺らしながら、そっと魔王の傍に立つ。魔王は横を向いて彼女の整った顔を見ると、怪訝な顔をした。


「何だ?」


「時間がありますから、少しお話でもと思いまして。私と話すのは嫌ですの?」


「いや、そんなことはない。余も暇をしていたところだ」


 魔王は苦笑すると、アイリスの方に改めて向き直った。アイリスは自らの方を向いた魔王の顔を軽く見つめると、冷え冷えとした笑いを浮かべる。そして彼女はからかうような口調で話をはじめた。


「あなた、さきほどの戦いでずいぶんと手間取ってましたけど……。私にはわかりましたわよ? あなたはまだほとんど力を出していない」


「ああ、そうだ。一割と少しといったところか」


「やっぱりそうですのね。でもどうして? わざわざ長引かせることないでしょう?」


「あの男の技が面白かったからな、興がのった」


 アイリスは一瞬、目を細めた。わずかにだがその身体から殺気がにじむ。だがすぐに彼女は気を取り直すと、魔王にゆったりとした口調で語りかけた。


「私はああいう技は嫌いですわ。弱さをごまかすためにしか思えない」


「ほう、ということはそなたは弱いことは嫌いか?」


「ええ、罪だと思ってます」


 きっぱりとアイリスは断言した。そこに一切の躊躇いや思考はなく、その考えが身体全体に染み渡っているようだった。魔王はその毅然としたアイリスの顔を見ると、不意に目を逸らして上を向く。眩しい陽射しに目を細めているその顔は、遠い過去に思いを馳せているようだった。


「……余もそういう考えだった。だがある時から何を持って強いのか、何をもって弱いのかがわからなくなってしまってな。だから今は何でも受け入れている」


「へえ、なら今はずいぶんと寛容ですのね。何でも受け入れるその寛容さが混沌に合っているのかも知れませんわ」


「……余が混沌に属すると知っていたのか?」


 魔王は眉を吊り上げた。その目は鋭くなり、射るような眼差しがアイリスに向けられる。魔王の周囲は殺気立ち、底冷えのするような雰囲気となる。


 アイリスはそんな魔王の殺気をものともしなかった。彼女は至極優雅な立ち振る舞いで、懐から手の平より少し大きい程度の袋を取り出す。彼女はそれを顔の前に掲げると、なにかに憑かれたような光の無い目をして言った。


「この袋の中には私がユリアス様より預かった至宝がおさめられておりますの。それが私に教えてくれるのですわ。あなたが混沌の加護を受けていると」


「物の意思が分かるのか?」


「もちろん。今、この至宝の意思と私の意思は同調しておりますわ。だからあらゆることがわかるんですのよ」


「悪いことは言わぬ、そのような物はユリアスに返すが良かろう。そなた、憑かれておるぞ」


 魔王は袋の中から背筋をそばだたせるような気配を感じていた。聖なる物のようだが深遠の闇を感じさせる気配。強烈な光に射す陰のようなそれは、魔王をしても奇妙で気味が悪かった。アイリスが手にしている物の正体はわからないが、ろくな物ではないことだけは魔王にもはっきりとわかった。


 アイリスはそんな魔王からの忠告を聞くと、何故か笑いはじめた。けたけたと笑うその様子はどこか魂が抜けてしまっているようで、そこに彼女の意思を感じることはできない。もはや完全に、なにかの意識に乗っ取られているようであった。


「あははっ、返せですって? これは素晴らしい力を与えてくれるんですのよ! たとえユリアス様が返せと言っても、もう手放しませんわ!」


「ふむ、ますます精神を犯されているな。急いで返さねば取り返しがつかなくなるぞ。それで良いのか?」


「しつこいですわね、殺しますわよ? 最近の私は少しばかり凶暴ですの。さきほども予選の選手をみなごろしにしたおかげで、少し落ち着いていたのですから!」


 アイリスは傘を手にすると、魔王の首筋に突き付けた。光なき目をして殺気を放つその姿からは、すでにさっきまでの余裕は失われている。彼女は今にも、魔王の首を傘で刺しそうであった。


 魔王はアイリスからすっと身を引き、距離を取った。もはや手遅れだと悟ったのだ。彼は疲れたような顔になると、アイリスに告げる。


「どうやら遅かったようだな。もはや戦うしかないらしい」


「もとからそうではありませんか? まあでも、もし私が恐いのならば棄権して下さっても構いませんわ。もっとも、あなたが混沌の加護を受けている限りそのうち殺しますけどね……」


 アイリスはそう言い残すと、どこへともなく去って行った。その後ろ姿を、魔王は眉間にしわを寄せて見送る。ちょうどその時、舞台の整備が終わり第二試合が始まったのだった……。



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