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迷宮の魔王さま 改訂版  作者: 井戸端 康成
第三章 開催、闘神祭
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第三十七話 必殺! 残影剣

第三十七話 必殺! 残影剣


「ふふっ……。行くよ!」


 カルマーセが歯を光らせて笑うと、その姿が霞んだ。まるで砂漠に揺れる蜃気楼のようにカルマーセの姿が消えうせる。それとほぼ同時に魔王は神業的な速さで杖を振り上げた。


 鋼をぶつけたような荒々しく激しい音が闘技場に響いた。魔王の杖から紅い火花が散り、白銀の刃とカルマーセの姿がわずかに霞む。だがそれも一瞬、彼の姿はすぐにまた虚空に溶けた。


 そこから人間の感覚を超えた戦いが続いた。常人の目には影しか見えないほどの速さで動くカルマーセと、それを杖一本で捌く魔王。その戦いは観客を初めとする周りの目には、まるで魔王が杖で空を激しく叩いているようにも見えた。カルマーセはほとんど彼らの目には見えない領域で魔王に攻撃しているのだ。


「カルマーセ選手、信じられないほどのスピードです! これは魔王選手、スピードに手も足も出ないといった状況でしょうか。ミスターXさん、どう思われますか!」


 司会は椅子から立ち上がって叫ぶと、となりのミスターXに勢い良くマイクを差し出した。それをまたミスターXは引ったくるようにして自らの口に寄せる。そしてもっともらしく咳ばらいをしてから話をした。


「いや、押されてるのはカルマーセの方じゃな。よ~く魔王選手を見てみい」


「へっ?」


 司会の男は額に手を当てて、舞台の上に目を凝らした。しかし視界に写るのは姿すら霞むほどのスピードのカルマーセに、一方的に攻撃されているようにしか見えない魔王だけだった。それゆえ彼はミスターXの真意をはかりかね、疑わしげな目を何度も向ける。しかしその一方で、ミスターXの言葉の意味を瞬時に理解した者もいた。


「なるほど……。そういうことか」


 サクラは魔王の様子を見て、納得したように手をぽんと叩いた。どうやらミスターXの言葉の意味がわかったようである。彼女はフムフムと頷くと感心したような顔になった。すると隣に座っていたシェリカやエルマが身を乗り出してサクラに迫ってきた。


 ちなみにこの時、シアはいなかった。試合前に倍率表と書かれた板を抱えてどこかに出かけていたのだ。……一応、シアの職業は神に仕える神官である。


「何がわかったんや、サクラはん?」


「そうよ、一人だけ納得してないで私たちにも教えてよ」


「魔王の足元を見てみるんだ。そうすればシェリカやエルマにもすぐに分かる」


「足元……? どれどれ」


 シェリカたちは魔王の足元を注意深く見た。二人ともシーカーとしての優秀な視力を遺憾無く発揮して、魔王の足元を見つめる。二人の目はさながら望遠鏡のように、魔王の足元にある小さな埃の存在すら彼女たちに伝えた。そうして魔王の足元を見ていると、二人はすぐにあることに気がついた。


「砂が積もってる……?」


 どこからか風で飛ばされてきたのだろう。魔王の足元には結構な量の砂があった。それがうっすらと、白い舞台に浮かぶ島のように魔王の周りに積もっている。その島には魔王がつけたと思われる足跡がいくつかあった。


 しかし島にはそれ以外のどんな足跡も残っておらず、ずいぶん綺麗に整っていた。魔王が動いたならば掻き消されてしまうであろう、風の波紋などまでくっきりと残っている。


「はは~ん、さすが魔王はん。押されっぱなしに見えるけど実際には遊んでるんやな。あの場所から一歩も動いてへんもの。砂でわかったで」


「ああ、その通りだ。……見てみろ、魔王は余裕だがカルマーセはもう息切れしてきたぞ」


 サクラは前の手すりに身体を預けて、前のめりの姿勢で舞台を指差した。シェリカとサクラもすぐに身を乗り出して確認をする。すると舞台の上にはさっきまでよりかなり動きが遅くなったカルマーセがいた。


「ぜえ……はあ……やるじゃないか……。ここまで僕の攻撃を受けきるとはね。パパン以外では君が初めてだよ……」


 カルマーセは真っ赤な顔をして息も絶え絶えで魔王にいった。その足はふらふらと震えていてかなり苦しそうである。剣もすでに下ろされいて、軽く叩かれただけで倒れてしまいそうな様子だ。しかし、魔王はそんなカルマーセの様子などお構いなく、かなりきつい言葉を彼に告げた。


「それなりに速かったが一発一発が軽かったからな。あれなら杖でいちいち受けずとも単純に耐えることだってできた」


「なんだとォ!!」


 カルマーセの顔がにわかに青く染まった。だがそれも一瞬ですぐさま赤みを帯びていく。顔はあっという間に灼熱のマグマのように熱く赤くなり、頭から湯気が出た。その全身はかくかくと細かく震えて鎧がかちかち音を立てる。


 そうして燃え立つ炎のように怒りに染まったカルマーセは、いきなり大声で笑い出すと魔王を睨みつけた。


「ふふふ、いいだろう! 君は僕を怒らせた。その事実がどんなことか、君に今から教えてあげよう!!」


「……三流魔族に良くこんな連中がいたな」


「さっ、三流! 魔族というのは知らないが僕が三流! きっ、貴様ァ! 絶対に許さァ~ん!」


 カルマーセは渾身の叫びとともに、再び姿が消えるような速さで動き出した。怒りが疲れを忘れさせているらしい。それにたいして魔王もまた瞬時に杖を構えるものの、剣がそれにぶつかることはなかった。


 魔王の目には、だんだんと速度を増しながら彼の周りを回っているカルマーセが見えた。その一見すると無駄にしか見えない行動に魔王は首を傾げる。


 魔王が首を傾げていると、カルマーセの速度はいよいよ最高点に到達した。つむじ風が起きて、魔王の髪を吹き上げていく。魔王はその髪を抑えるとさらに疑問を深めた。カルマーセの真意を彼はまだ掴みかねていたのである。


 だがここで奇妙な現象が起きた。無数に見えたカルマーセの残像が、次々と重なっていくのだ。ひとつひとつと重なっていく残像は、重なる度にはっきりとしていき、やがて本物のカルマーセと区別がつかなくなっていく。そしてその残像が四つにまで減った時には、魔王の目にもカルマーセが四人いるようにしか見えなくなっていた。


「ははは、どうだい? 僕の必殺技『残影剣』は。僕が四人いるようにしか見えないだろ。本物がわからないから君にも手だしはできないよ! ハ~ハッハッハ!」


 四人になったカルマーセによる、いつもの四倍は寒い高笑いが闘技場に響き渡った……。



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