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迷宮の魔王さま 改訂版  作者: 井戸端 康成
第三章 開催、闘神祭
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第三十五話 危険な傘使い

今回は少し短めです。



第三十五話 危険な傘使い


 魔王たちが闘技場についた時、彼らの目に大変な惨状が映った。白かった舞台の上が黒く煤けて、石があちらこちらで剥がれている。それらは熱で溶けたのか、ガラスのようになっていた。光をテラテラと反射する黒いそれらは異様な迫力をもって魔王たちの感覚に訴える。


 その舞台の惨状の上に、人の残骸のようなものが横たわっていた。彼らは完全に焼け焦げて、もはや形以外には人であったことを感じさせない。その脇に残された鋼の鈍い輝きだけが、彼らが選手であったことを物語っていた。


 この世界に地獄があるならば、その見本とでも言うべき光景。その惨劇の中心に、一人の女が立っていた。黒いサマードレスを着た彼女は傘を手にしていて、その姿は晩餐会の帰りのようだった。その顔に浮かべられた微笑みは美しく、上品にして優雅。貴婦人と称するのがふさわしいものだ。


 しかしその足元には地獄が広がっている。その対比が、彼女の笑みを悍ましく危険なものへと変えていた。観客たちは微笑みの裏に凄惨なものを感じて、背筋を完全に凍てつかせている。


「これは……なんてことよ」


「あっ、あの女一体なんなんや……」


 シェリカたちはたちまち表情を固めた。目は裂けそうなほど開かれ、口には手が当てられる。色を失った彼女たちは、慌てて観客席の通路の階段を駆け降りていった。そして見慣れた着物姿の女を見つけると、すぐに走り寄っていく。着物姿の女、サクラの方もシェリカたちに気がついたようでこちらに振り向いた。


「何があったのよサクラ!」


「ああっ、シェリカか。今、最後の予選が終わったところなのだが……。見ての通りだ、あのアイリスとか言う女が魔法で他の選手をすべて吹き飛ばしたんだ!」


「魔法で? どんな魔法よ」


「手に持っている黒い傘があるだろう? あれから光線が出たんだ!」


 サクラはアイリスの方向を指差した。シェリカたちも目を細めて、傘に注目する。瀟洒で華奢な傘は細い一本の黒木のようであった。柄は艶のある黒檀のような木で、布地の部分はビロードのよう。布地に何か複雑な紋章のような意匠がほどこされてはいたが、なんと言うことのない普通の傘だ。


 シェリカたちにはとてもそれが光線の出るようなものには見えなかった。しかし魔王だけはふうむと息をつき、納得したような顔をした。


「ほう、なるほど」


「何かわかったの?」


「ああ。あの傘は布地の部分に魔法陣が印されているのだ。だから開けば魔法陣が展開されて魔法が発動する。傘から光線が出せたのはそういうことであろう」


「うまく考えたものね。それなら複雑な魔法陣が必要な大魔法も、魔力さえあればすぐに使えるわ」


 普通、大規模な魔法を使用する際には魔法陣をその場で描くか、あらかじめ魔法陣の描かれた布を用意しておくものである。この時描く場合はむろん、布を用意する場合でもしわ一つなく広げなくてはならないためなかなか面倒である。しかも一部の攻撃魔法は魔法陣に対して垂直に放たれるため、布を貼る板を用意したりせねばならずいちいち大変だ。


 しかし、傘の布地に魔法陣を描けばすべて解決できる。一瞬で布をピンと張れる上に、魔法陣の角度も調整可能。しかも板とは違って畳んでおけば邪魔にならない上に、近接武器の代わりにもなる。


 一見奇抜だが、恐ろしいほどに実用的。シェリカたち、特に魔法を多用するシアやシェリカはその事実に気づくと恐怖を感じた。彼女たちの背筋をにわかに冷たいものがたどり、心が凍る。得体の知れないものへの恐怖がそこにはあった。


「魔王、私の刀のことは考えなくても良いぞ。むろん魔王が勝てると思うならば戦うことを止めはしないが……。」


 サクラは懇願するような顔で魔王を見上げた。その目には行かないで欲しいという思いがはっきりと見て取れる。


「無理はしないでも良いのよ……」


「魔王はんのことをなんだかんだ言ってもうちらは心配なんやで……」


 シェリカたちもサクラに続いて魔王を見た。不安や心配が彼女たちの心を埋めているようで、その目は潤んでいる。しかし魔王はそんな心配症な彼女たちに、小さくも力強くささやきかけた。


「大丈夫だ、心配ない。必ず勝って戻ってこよう」


 魔王は真っすぐな目をしてそう告げると、観客席の階段を降りていった。その顔には微かな笑いが浮かべられていて、戦いを楽しみにしているようである。魔王とはやはり、戦いが好きな種族なのであった。


 魔王はしっかりと、それでいて軽い足取りで観客席から消えていった。シェリカたちはその大きな背中を熱い眼差しで見送る。


「魔王……。必ず戻ってきてよ……」


 シェリカは微かに口を開けて弱々しくつぶやいた。それはすぐに柔らかな陽射しの中に溶けていく。それはちょうど、冷たい冬の氷が春の陽光に溶けていくようであった。


 麗らかに広がる水晶の空のもと、いよいよ波乱の本選が幕を開けようとしていた……。



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