第三十四話 シア的食事法
第三十四話 シア的食事法
魔王とシェリカたちは闘技場から出て、街へと繰り出した。すでに日は中天へと差し掛かりつつあり、街は人であふれている。あちこちに出た屋台から美味そうな匂いがながれてきては、四人の鼻を刺激した。
「早く何かを食べないと。お腹が空いてたまらないわ」
「そうねえ、どこが良いかしら」
腹をさすりながら不満を言ったシアに、シェリカは少し困ったように言った。だが、すぐに良い店を思い出した彼女は曇らせた顔をまた明るくする。
「ヒヨドリ亭に行きましょ。あそこなら昼からやってるし、なにより空いてるわ」
「ちょっと待て、マスターがいないのに営業してるわけなかろう」
「えっ、どうして魔王がそんなことを知ってるのよ」
シェリカはぽかんとした顔をして魔王を見た。すると魔王は彼にしては珍しく呆れたような顔をする。またそれに加えて、シアたちも冷ややかな視線をシェリカに送った。
シェリカは三人の態度に戸惑った。彼女はあたふたと顔を右に左にと移動させる。そうしていると、エルマが訳知り顔でシェリカに説明を始めた。
「あのなシェリカ、闘神祭で解説してたミスターXとかいうじいさん。あれ間違いなくヒヨドリ亭のマスターやろ。うちはマスターにあんまり会ったことないけど、見てすぐ分かったで」
「あれ……そう言われて見れば似てたような……」
シェリカはミスターXと名乗った胡散臭い老人の姿を思い出した。確かにサングラスを外せば、マスターに良く似ていなくもない。そう思ったシェリカの顔はたちまち曇っていった。
「……困ったわね。そうなるとどこもいっぱいよ」
あたりの店はどこもかしこも行列ができていた。しかも行列は時間が経つに連れて短くなるどころかどんどん伸びている。どの店に入ったとしても、ざっと一時間以上は待たねばならなさそうであった。
別に時間があるのならば待てば良いのだろう。だが魔王は本選に出場しなければならないし、シェリカたちもその応援をしなければならない。困ったことに使える時間は限られていた。しかしそんな時、思いもよらぬ人物が四人の前に救世主として現れたのだった。
「やあ君たち、また会ったね!」
四人の前に現れた人物はなんと、カルマーセであった。彼は朝とは違うがやたら光る白銀の鎧に身を包み、長い金髪を盛んに撫でている。しかしその二枚目半程度には整っていた顔はすっかり赤く腫れて、前歯が一本抜けていた。彼の今の顔を端的に総評すると、かなりの間抜けだ。
「ナンパ男!」
「おバカがうつるわ……近づかないで」
「そんなボコボコの顔で格好つけてもなぁ……格好悪いで。というか試合はどうしたん?」
「そこにいる男も強いようだけど、僕はそれ以上に強いからね。あっという間に勝負がついたのさ。……ところで君たち、何か困ったような顔をしてたようだけどどうかしたのかい?」
カルマーセは気障ったらしくシェリカたちに尋ねた。シェリカたちは一瞬、眉をひそめるものの隠すほどのことでもない。すぐに元の顔に戻ってカルマーセに困っていた理由を説明した。
「ご飯を食べようと思って出てきたんだけどどこも混んでてね。それで困ってたのよ」
「ハハン、そういうことかい。それなら僕は良い店を知っているよ」
「えっ、本当?」
「ああもちろんさ。稲穂亭というレストランなんだけど、味も雰囲気も最高でこういう時でもごみごみとしないよ。どうだい、これから四人でランチでも? もちろん僕の奢りさ」
カルマーセは自信たっぷりに言った。さらに胸元からさりげなく薔薇を取り出して、シェリカの手に握らせる。その顔は緩み切っていてだらしがなかった。
シェリカたちはカルマーセの態度に引いてしまった。しかしここでシアが二人の前に出て行く。そしてにたにたとしているカルマーセと話しを始めた。
「良いわ。ただ四人じゃなくて五人になるけど良い?」
「五人だって?」
「私たちにもう一人仲間がいたのは覚えてるはず」
「もちろん覚えてるさ。あれだけの巨……失礼、美人だったんだからね。あっ、なるほど。彼女も来るから五人なのか」
「ふふふ……」
シアはただ怪しく笑っただけだった。決してそうであるとかは言っていない。しかしカルマーセはその笑いを肯定の意味だと捉らえて、話をどんどん進めていった。
「そうかい、彼女も来るのか。ならば早く行って待っていた方が良いね。ほらっ、こっちだよ」
カルマーセは通りを東に抜けて、稲穂のマークを掲げたレストランの前に移動した。その店はいかにもといった立派な店構えで、大理石をふんだんに使っている。さらにその店先のカウンターには、えんび服を着た執事のような男が立っていた。
「さあ、ここだよ。入りたまえ」
カルマーセは店の重いガラスの扉を開けると、中から手招きした。四人はカルマーセに促されるまま店の中に入っていく。そして数十分後……。
「着物の娘は来ないし、野郎はついてくるし……どうなってるんだ……」
「私はただ五人になるってことと、仲間が他にいると言っただけ。サクラが来ると勝手に勘違いしたのはあなた」
店の勘定を終えて青い顔をしているカルマーセに、シアはどこまでも冷たく告げた。カルマーセはその言葉に目を細めるものの、文句は言わない。彼は筋金入りのフェミニストだったのである。
だが彼はここで、自分にとってストレスを発散するのに都合よい相手を見つけた。この集団の中で彼以外には唯一の男である魔王だ。
「くっ……こうなったのは君のせいだ! きっと本選でメッタメタのギッタギタにするから覚悟していたまえ!」
カルマーセは魔王をバシッと指差して、響くような大声で宣言した。そしてそのまま何故か闘技場とは逆方向に走っていく。しかしその時の魔王は腹が膨れて眠くなっていたので、カルマーセの宣言をほとんど聞いてはいなかった。
こうしてカルマーセに食事を奢らせたシアやシェリカは、ご機嫌で闘技場に戻っていこうとした。だがその時、体を揺らすかのような爆音が空に轟いた。シェリカたちは身を固めて立ち止まり、辺りを見回す。
道行く人々もそのほとんどが足を止めていた。時が止まったかのように人々は固まり、闘技場の方向に視線を向けている。さきほどの爆音は闘技場の方から響いてきたようであった。
「予選で何かあったのだな。急ぐぞ」
すっかり眠気の取れた魔王。彼は呆然とした顔のシェリカとシアの手を掴むと、闘技場に向かって走り出した。その後をエルマも急いで追いかけてゆく。闘技場からは煙が上がっていて、何か良からぬ事が起きたようだった……。