第三十三話 怪しい選手たち
第三十三話 怪しい選手たち
魔王は闘技場を揺さぶるような大歓声と拍手の中、悠々と舞台から降りていった。彼はそのまま解説席の方に移動すると、未だに興奮した様子の司会の男にそっとささやく。
「本選が始まるのはいつ頃になる?」
「ええっと、一時半頃を予定しておりますが」
男は少しばかり面喰らったような顔をして魔王に答えた。すると魔王は、空を見上げて太陽の位置を確認する。太陽はまだ中天に差し掛かるわずかばかり前であった。
「ならば一時頃までに戻ってくれば出かけても問題ないか?」
「ええ、構いませんよ。ですが時間までには戻ってきて下さいね」
「もちろんだ」
魔王は怪しげに笑うと、闘技場の壁に円く空いている通路に向かって歩き去って行った。司会の男はその背中をどこかぼんやりと見送る。だが一方で、魔王の背中に鋭い眼差しを送っている者たちもいた。
「思わぬつわものがいたぜ……! はははっ、ユリアスが出なくてがっかりしてたがこれは面白いかもなぁ!」
闇色のロングコートで身を包んだ男が、狂気を孕んだ笑いを上げた。その顔は蒼白で紫がかっており、瞳は血走ったような紅である。だがその紅い瞳には力がなく、人工的な冷たさにあふれている。
さらにこの男のシルエットには違和感があった。コートの右腕に当たる部分が異様に膨らんでいるのだ。しかもコートが風で揺れるたびに、膨らんでいるあたりから鈍い鉛色の光が現れる。実を言うとこの男の目は義眼で、右腕も鋼でできた義手であった。
この修羅のような男は、地獄からの叫びのような悍ましい笑いを続けていた。すると、近くにいた少女がうんざりとしたようにゆっくりと男に振り返る。膝までかかる深緑のローブとフードで身体をすっぽりと隠した少女は、不気味な仮面を被っていた。白くのっぺりとした、笑いの表情の仮面である。
「少しうるさいのです。黙れです」
「こりゃあ、ずいぶんと可愛い声のお嬢ちゃんがこんなとこにいたもんだ。……だが俺にはわかるぜ、お嬢ちゃんの強い魔力がよ。おめえ、どこぞの有名な魔法使いだな?」
「戦士で盲目なのによく当てたですよ。そうです、私はギルド紅杖魔法団の団長ルーミスです」
ルーミスは誇らしげに胸を張った。仮面に陽光が当たって、複雑な陰影が生まれる。それはちょうど、仮面の笑いの表情を強調しているようだった。男はその自信に溢れたルーミスの様子を知ってか知らずか得心したように頷いた。
「やっぱりな、あの魔法使い系では最強のギルド紅杖の団長か。道理で馬鹿みたいな魔力のわけだ」
「ええ、それに私の魔力は紅杖でも歴代最強なのです。ですから優勝間違いなしなのです!」
「はははっ、大した自信だなぁ! だがそう簡単にはいかないだろうぜ」
男はずいっと顔を回した。紅いガラスの瞳が、周囲を威圧するようである。その時、男の口もとは歪んでいて微かな笑みを湛えていた。だがそんな男の態度に、ルーミスは不服そうな声を出した。
「どうしてなのです? ユリアスさんは出場しませんし、いつも準優勝しているあなたは去年の決勝で眼と右腕を失ってるのですよ。さきほどの男は強そうですが、私の優勝は間違いないのです」
「甘い、甘いなぁ……。俺の見立てではお嬢ちゃんぐらいの強さの奴は、俺たちとさっきの男の他に四人はいるぜ」
「そんな訳……ない!」
ルーミスはそう吐き捨てるように言うと、ドタドタと足を踏み鳴らし歩き去っていった。それを見た男はますます顔を歪め、壊れたような醜悪極まる笑い声を響かせる。
「はははっ! 子供だなぁ! だが予選が終わったら分かるだろうぜ……ふははぁ!」
★★★★★★★★
男が狂ったように笑っている頃、魔王は観客席にやってきていた。そして、数万もの観客の中からシェリカたちの姿を探している。どこもかしこも似たような服装で埋め尽くされた観客席の中を、彼は舞台の上から見ただいたいの位置だけでシェリカたちを探していた。
しかし、彼は意外なほど早くシェリカたちらしき姿を見つけた。大群集の中でもひときわ目立つ神官服の一団。その真ん中に挟まるようにして彼女たちがいたからだ。
「おい」
「あっ、魔王! 戻ってきたのね」
「みなで昼食を取ろうと思ってな」
「そうね、早く出かけないと今日は混むからね。じゃあみんな行きましょうか」
シェリカたちは出かける準備を始めた。彼女たちは席を立って荷物をまとめ始める。だがその時、シェリカたちの近くに座っていた神官長が慌ただしい彼女たちに声をかけた。
「どこかに出かけられるのかな?」
「あっ、はい」
「そうか、いや実は我々もそろそろ出かけなければならなくてね。席から離れるのであれば、誰か一人を場所取りに残しておくと良いだろう」
神官長はそう言い残すと、神官たちを引き連れて去っていった。すると空いた席にすぐに人がなだれ込む。またたく間に人で埋まった空席に、シェリカたちは顔を青くした。
「これは絶対に場所取りがいるわね……。誰か一人が残らないと」
シェリカは目を細くして、隣の三人に目をやった。すると彼女たちは困惑したように互いに顔を見合わせる。
「うっ、うちは困るで! 対人戦闘力なんてあれへんから」
「私もよ。この群集を追い返す自信はないわ」
二人は揃ってサクラを見た。そして、じっと見つめるような熱い眼差しを彼女に送る。サクラはそれに戸惑ったような顔をしたが、二対一では彼女に勝ち目がなかった。そうして彼女は悔しそうに顔を歪めると、開き直ったように言った。
「……くっ、仕方ない……。私が留守番をしよう。その代わり、何か食べ物を買ってきてくれ」
「わかった。買ってくるからよろしく」
「ああ、任せておいてくれ」
サクラは大きな胸をどんと叩いた。豊かな膨らみが誇らしげに波打ち、たぷたぷと音でも立てそうなくらいだった。シェリカと魔王たちはそんなサクラの様子を確認すると、早速昼食を食べに出かけたのであった。