第三十一話 予選開始!
第三十一話 予選開始!
開会宣言がなされ、闘技場の熱気は最高潮に達していた。数万の群衆が沸き立ち、歓声が響き渡っている。さらに闘技場の近くから花火が打ち上げられ、いやがおうでも雰囲気は盛り上がっていった。
司会の男は宣言を終えたマルトから魔法具を受け取ると、その金網の部分を軽く叩いてみる。そうして調子がおかしくなっていないことを確認した彼は、再び声を上げた。
「続きましては大会の予定について申し上げたいと思います! 本日は今から準備ができ次第予選を開始、予選が終わりましたらお昼休憩を挟みまして、本選の準決勝までを行わせていただきます! そして明日の朝十時より、決勝戦を開始致します!」
「うおおお!!」
「それでは予選の準備に取り掛かりますので、しばらくお待ち下さい」
司会の男は舞台から下りていった。それと入れ代わりにつなぎを着た作業員たちが現れ、てきぱきと予選の準備をしていく。実況と横に書かれたテーブルが舞台の脇に置かれ、飾りつけの花などが撤去されていった。
舞台で予選の準備か着々と進行している頃、魔王は選手控え室にいた。アーチ型を多用したホールのような広い控え室は、出番を待つ屈強な選手たちでいっぱいだ。魔王はそのむさ苦しい選手たちに辟易したのか、部屋の端にある小さな窓の近くに寄り掛かっている。
こうして魔王が渋い表情をして窓からの風に吹かれていると、控え室のドアが開けられた。開いたドアの隙間から、さきほどの司会の男がバタバタと入ってくる。
慌ただしくやって来た男は、手に穴の開いた箱を抱えていた。彼はその箱を控え室にあったテーブルにドンと置くと、選手たちの方をざっと見渡す。
「え~と、選手の皆さん。今から予選のブロック分けを行いますのでここにあるクジを引いて下さい」
「クジ引き? そんなもん去年はやらなかっただろ」
「今年は出場者が多いので予選の方式を変更したんです。去年までは総当たりのトーナメント方式でしたが、今年は八つのブロックに分かれてのバトルロワイヤル方式となりました」
「ほう、そりゃあいいや! つまらねえ奴との試合をいちいちやらなくて楽だぜ!」
逞しい体つきをした一部の選手たちは豪快に笑うと、一斉に魔王の方を見た。さきほどから一人で風に吹かれているこの優男風の選手を、彼らは気に入らなかったのだ。彼らは魔王に近づくと、嫌らしい笑みを顔いっぱいに浮かべる。
魔王はそんな選手たちの下品な嘲笑に、睨むことも文句を言うこともしなかった。ただ黙って、さきほどまでと同じ態度を貫くのみである。馬鹿は相手にしないに限るのだ。
「こいつ怖くて何も言えないのか? ガハハ、気の弱い奴だぜ。みんな、もうこんな奴ほかっておいてさっさとクジを引こうぜ」
選手たちは魔王の態度を勝手に都合良く解釈すると、大声で笑いながら去っていった。騒がしさから解放された魔王は、若干疲れたような顔をしてクジを引きに行く。
その時、一人の選手が彼に近づいていった。長い傘を手にし、黒いサマードレスのような服を着た艶っぽい女だ。魔王はその色香の溢れるような姿に、どこか見覚えがあった。
「すまんが、どこかで会ったか? 余ははっきりと覚えておらぬが……」
「直接話すのは初めてですわ。でも、私はいつもユリアス団長の陰にいましたから、顔自体は何回も合わせてますよ」
「ああ、ユリアスの脇にいたあの。名前はなんと言ったかな?」
「アイリスと申します。お見知りおきを」
「アイリスか。余は魔王だ。……して余に何の用だ?」
魔王は怪訝な顔をしてアイリスに尋ねた。するとアイリスは冷ややかな視線を一瞬、さきほどの選手たちに送る。そして魔王に向かって含みのある笑みを浮かべた。
「いえ、あなたがあの馬鹿たち相手に黙っていらしたから気になりまして。あなたなら睨むだけで、黙らせるぐらいできるでしょうに」
「馬鹿は下手に構うとよりうるさく騒ぐからな。ほかっておくに限る」
「ふふ、たしかにそうですわね、私も同感です。……それでは健闘を祈っておりますわ。もっとも、私が祈らなくとも大丈夫でしょうけれど」
アイリスはそういうと、甘い香りを残して歩き去っていった。魔王は彼女の後ろ姿に鋭い目を向けるが、すぐになんでもなかったような表情に戻る。そして彼も、クジを引くために司会の男のもとへと向かった。
「あなたで最後のようですね。さあ、引いちゃって下さい」
魔王が前に立つと、男は箱をズイッと押し出してきた。最後だというのに球はまだいくつか残っていたのだ。参加者がちょうど八で割り切れる数ではなかったのだろう。
魔王は球を手早く何の気なしに引いた。そうして出てきた球には一と書かれている。魔王からそれを受け取った男は、番号を確認して紙に書き留めた。そして軽く魔王に会釈して、舞台の方に走っていく。魔王はその後を一人、ゆっくりと舞台へと移動したのだった。
★★★★★★★★
長い準備時間の間に、闘技場の中はどこかおだやかな空気になっていた。待ちくたびれた観客たちの目は、おだやかな陽気に緩んでいる。特にシアなどは、船をこいでサクラに怒鳴られたりしていたほどだ。
そんな最中、舞台の上に司会の男が戻ってきた。さらに選手らしき姿が舞台の周りに現れる。闘技場の空気がにわかに慌ただしくなって、観客席の空気も一変した。
「お待たせしました! 準備の方が完了しましたのでただいまより予選を開始したいと思います。ではまずルールの説明から。今回のこの予選は本選に出場する八つの選手枠を賭けて争われます。出場した八十三人の選手たちはそれぞれ、第一から第八まで八つのブロックにすでに分かれて頂きました。そのブロックから各一名、合計八名の代表者をバトルロワイヤル形式にて決定するのです!」
男の告げた方式は、これまでの闘神祭の予選とは違っていた。観客たちはにわかに色めき立って様々な話を始める。どうして方式が変わったのか、自分の贔屓の選手に影響はないかなど、その話の内容は実に多様であった。
だが、そんな観客席の動揺はすぐに収まった。方式が変わった影響などやって見ればすぐにわかるし、何よりみんな早く戦いが見たかったのだ。観客席のざわめきは急速に消えていき、変わりに待ちわびるような視線が舞台の上に注がれる。
その観客たちの意を汲んだのか、司会の男はすぐに実況と掲げられた席についた。さらに隣の解説席に、どこからかスーツで決めた胡散臭い雰囲気の老人を呼び寄せる。そして彼は、さっそく予選開始に向けたアナウンスを始めた。
「それでは予選第一ブロックの試合を始めたいと思います。この試合に参加する選手は、バルム、メイスト、ケインズ、スルベム、オービス、コール、マイラ、ゴルドン、タリム、キャロル……えっ……プロイス・フリ」
「魔王で良い」
「あっ、そうですか。では魔王選手の以上、十一名です。ではさっそく選手入場!」
名前を呼ばれた選手たちは、次々と舞台に上がっていった。観客席から熱い声援が出場選手たちに飛ぶ。その中には当然、シェリカたちのものもあった。
「魔王、頑張って!」
「絶対勝つんやで~!」
「お前が負けるなどありえんだろうが……頑張るのだぞ!」
「……予選はかませ犬ばかりだから応援するのもやる気が入らないわ……。でも一応頑張って」
一人やる気がないようだったが、おおむね気合いの入った応援を送ったシェリカたち。魔王はそれに手を軽く振って応えた。だが、そんな魔王に一人の選手が忌ま忌ましげな目を向ける。その男はさきほど魔王を笑っていた一人だった。
「女とつるんで……これだから優男はダメなんだ。この試合で俺がお前に、ほんとの強さってやつを教えてやろう」
男は腰に手を当てて、魔王の額をビシッと指差した。魔王はそんなわかってない男に疲れたような顔をする。その魔王の態度に男は沸騰したように赤くなり、今にも魔王に殴りかかりそうになった。その時……
「皆さん、準備は良いようですね。試合開始です!!」
実況の男の渾身の叫びとともに、戦いを告げる鐘が鳴り響いたのであった……。