第二十八話 闘神祭へ向けて
今回は主に敵サイドの話です。
第二十八話 闘神祭へ向けて
龍との戦いの翌日。一晩かけて戦いの疲れを癒した魔王たちは、シーカークランへと来ていた。いつもの受付嬢に、龍を倒したことを報告するためだ。
五人は混み合うクランのカウンターにつくと、早速報告をするべく受付嬢を呼ぶ。するとたまたま仕事がなかったのか、彼女はすぐに現れた。
「ああ、魔王さんたち! おはようございます。今日は何の用ですか?」
「この間の龍のことでな」
「あれのことですか……。やっぱり無茶でしたよね。いいですよ、気にしてませんから」
「いや、きちんと倒して来たぞ。ほれ」
魔王はマントの中から大きなメロンほどもある魔力球を取り出した。受付嬢は驚きのあまり、その魔力球に顔をぶつけそうなほどの勢いで近づける。そのとき彼女は目をぱちくりさせていて、口も半開きになっていた。
「この色といい大きさといい……。これ間違いなくボスのものじゃないですか! ほっ、本当に龍を倒してきたんですね!」
「ああ。間違いなくな」
魔王は少し誇らしげに微笑んだ。その後ろでシェリカたちもいたずらっぽく笑う。すると受付嬢は五人の様子を見て、みるみるうちに顔をほころばせていった。
「良かったです~! まさか皆さんがあの厄介な龍を倒してくれるなんて! でも私にはわかってましたよ、皆さんならやってくれそうな気がしたんです! だから……」
受付嬢は耳に響くような大きな声で、次から次へと言葉を発した。洪水のごとく溢れ出したその言葉は、たちまち周りのシーカーたちの耳に留まった。噂好きなシーカーたちはすぐにひそひそとざわめき始めて、魔王たちの方ににわかに視線が集まってくる。
「すげえなあいつら、聖銀が断った依頼を達成したのかよ」
「そうらしいな。まったくたいした奴らだぜ」
「しかも話を聞いてれば無名の新設ギルドじゃねえか」
クランにいたシーカーたちの話題は、たちまち魔王たちのことで独占された。無名の新設ギルドが、最強と謳われた聖銀騎士団が受けなかった依頼を成し遂げたのだ。シーカーたちが驚愕して騒ぎ始めたのも当然だった。
そうしてクランの中は騒然とした雰囲気に包まれた。だが、そんなクランの端の方で苦い顔をしている集団がいた。彼らは全員胸に銀のブローチを輝かせている。そう、聖銀騎士団だ。
「魔力の反応からもしやと思っていましたが……。彼らは五体満足な状態で完全に龍を倒したようです。これでは計画は失敗ですよ」
ユリアスはその刃のような翡翠の瞳で騎士団の面々を射抜いた。その眼光の鋭さには屈強な騎士団のメンバーたちもたじろぎ何も言えない。気まずい沈黙がユリアスを中心として沸き起こった。
しかしその時、一人の女がユリアスに向かって一歩前へと進み出た。色白で長い金髪をした妖艶な女だ。彼女は手にした傘をかつかつと鳴らしながら前に出ると、ユリアスにうやうやしく頭を下げる。そして、甘い溶けるような声でユリアスに告げた。
「ユリアス様、確かに今回の計画は上手くいきませんでした。現に半死状態になっているはずのシェリカたちがぴんぴんとしております。しかし……」
「しかし、なんですか?」
「一定程度は今回の計画も成功したのではないでしょうか」
「ふふっ、これは面白いことを言いますね、アイリスさん……」
ユリアスは口元を押さえて笑うとアイリスの目を見た。ユリアスの絶対零度のごとく冷たい視線が容赦なくアイリスに襲い掛かる。だが、その常人なら一瞬で気絶しそうなプレッシャーにアイリスは軽い調子で応えた。
「今回の計画は龍に再起不能までシェリカたちを痛めつけさせた上で死霊術を解除、ぼろぼろになったシェリカたちに槍を継承させるというものでした」
「ええ、そうでしたよ。混沌の継承者が試練の龍と戦いその最中に龍が死ねば、龍の死因がどういう理由であれ、継承者の状態がどういう状態であれ、混沌神は盟約により槍を渡さなければなりませんからね。今回はそれを逆手に取った計画でした。ですが……」
ユリアスは忌ま忌ましげに魔王たちの方に視線を向けた。そこには受付嬢の話にうんざりしながらも、至って元気そうな魔王たちの姿があった。決してユリアスたちが想定していたような、再起不能な様子ではない。ユリアスはそれを改めて確認すると、唇を血が出るほど噛み締めた。
「きいぃ……! 連中はああして元気そうにしてますよ! 本来なら再起不能なほどぼろぼろになっているはずだったのにね……。これのどこが成功なのですかアイリスさん?」
「ユリアス様は連中をずいぶんと過大評価しているように私は思います。特にあの魔王とかいう男には異様なほどに。ですが私が思うに連中はたいした脅威ではありません。連中が健康であれ、瀕死であれ槍は奪えるでしょう。ですから、計画は成功したも同然かと」
「ほう……ではアイリスさん。あなたはあいつらに勝てるのですね?」
「間違いなく勝てます」
アイリスはきっぱりと断言した。その言葉は余裕に満ちあふれていて、その目は確かな確信に輝いている。その瀟洒でゆとりのある彼女の態度は、彼女の自信のほどをユリアスにも感じさせた。
「わかりました、自信がおありのようですね。良いでしょう、あなたに良い機会を与えます。今度の闘神祭にあなたが聖銀騎士団の代表として出なさい。もしそれであなたが、きっと出場するであろうあの魔王とかいう男に勝てたら、あなたに団長職をおゆずりしましょう」
「本当ですかユリアス様!?」
「もちろんですよ。あと、ついでに『杯』も貸して差し上げましょう。その力をいくら使っても構いませんから、必ず勝つのですよ」
「必ずや……」
アイリスは片膝をつき、緊張した顔をしてユリアスに頭を垂れた。ユリアスはそれに深い頷きでもって応える。
こうしてユリアスたちの話が終わった時、ちょうど魔王たちの方も受付嬢の長すぎる話が終わった。魔王たちは微妙にやつれたような表情をしてクランから出ていく。ユリアスはそれを見ると、アイリスたちに後をついて行かせた。そして自分は近しいわずかな団員だけを残して一息つく。
「ふぅ……。アイリスさんもあれでなかなか単純でしたね。まさかあれほど期待通りに動いてくれるとは。これで危険なことをやらなくて済みますよ」
「どういうことですか、ユリアス様?」
ユリアスのつぶやきに、近くにいた団員が驚いた顔をして聞き返した。するとユリアスは目を細めて、いつものように薄気味悪い笑みを浮かべる。
「単純なことです。私はあの魔王とかいう男に杯の力を使わないで勝つ自信がなかった。だからアイリスさんを上手く利用して、闘神祭に私の代わり出てもらったのですよ。杯は大きな力を使って不安定で使うわけにはいかないですし、かといって負けるわけにもいかないですからね」
「なるほど……。しかしそれならアイリス様ならなおさら勝てないのでは」
「素の状態ならば勝てないでしょうね。しかし、杯の力を使えば勝てるでしょう。そのために杯を貸し出したのですから」
「えっ……さきほど杯は不安定で使えないと言いませんでしたか?」
団員の顔に困惑の色が浮かんだ。彼は目を白黒させてああでもない、こうでもないと考え始める。するとそんな団員の姿にユリアスはけらけらとからかうように笑った。
「杯は使えないわけではありませんよ。危険性さえ考えなければ」
「ユリアス様、もしやアイリス様を捨て駒にするお積りなのですか……?」
「捨て駒とは失礼ですよ。彼女は我々の未来のための尊い犠牲となるのですから。……さて、闘神祭が楽しみですねえ……ほほほほほ!」
ユリアスは高笑いを始めた。彼女の翡翠の瞳は狂気に燃えていておよそまともではない。さらにその全身からは真冬の冷気の固まりのようなオーラがあふれていて、とてもまともには見えなかった。彼女の近くにいた団員たちもその破滅的な気配を恐れてユリアスからわずかに距離を取る。
このようにして、魔王たちの意図しないところで事態は着々と次の戦いへと向かっていたのであった。
一応、今回までで改訂も終わり一区切りです。次回からは第二章、闘神祭編となります。