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迷宮の魔王さま 改訂版  作者: 井戸端 康成
第二章 激戦、巨大龍
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第二十七話 新たな力

第二十七話 新たな力


 静けさ漂う迷宮第五十階層。暗く、闇に閉ざされたその奥で今まさにクラスアップの儀式が始まろうとしていた。


「さてと……この娘はどんな職業が向いてるかな? ……ふぬ?」


 混沌神はシェリカの目を見つめて眉をひそめ、首を捻った。そして何度も、訝しげな顔をしてシェリカを見る。その表情と行動に、シェリカは緊張して息を呑んだ。だがしばらくして、混沌神は落ち着きを取り戻すとシェリカの職業を決めた。


「……何か妙な気配を感じたけど気のせいかしら? ……それよりもそうねえ、あなたの職業は魔法戦士が良いかしら」



「それでお願いします!」


「よし、なら早速クラスアップしましょう……」



 混沌神はシェリカの肩に手を乗せると、目を閉じて呪文を唱え始めた。魔法陣が輝き、中から光の粒が吹き出してくる。その七色の光はたちまちシェリカを中心に渦巻き、その身体に吸い込まれていった。その時のシェリカは心地好いのか、恍惚とした顔をしていた。


 光はものの数分で収まり、残さずシェリカの身体に吸い込まれた。混沌神はそれを確認するとシェリカの肩から手を離して空中でぽん、と叩く。


「これでおしまいっと。これであなたは魔法戦士よ。新たに魔法剣という技が使えるようになってるから、使ってみなさい」


「ありがとうございました!」


 シェリカはぺこっと頭を下げると、後ろに戻っていった。それを混沌神は微笑みながら見送る。そしてまた次の者を呼んだ。


「次はそこの着物の娘。こっちに来なさい」


「次は私か。はい、いま参ります」


 サクラが前に出て行くと、シェリカの時と同じように儀式が行われた。その結果、彼女は『侍』という職業に就いた。これは刀を使って戦うと能力が上がるという職業であった。


★★★★★★★★


 その後も特に何事もなく儀式は進行していった。シアもエルマも無事にそれぞれ『僧侶』と『銃士』という職業についた。シアがクラスアップする時に混沌神が『僧侶にしては……黒過ぎるかな?』とか言っていたが、それはたいした問題ではないだろう。


 こうして四人の儀式が終わった。そしていよいよ最後、魔王の順番がまわってくる。彼はシェリカたちの暖かい視線に見送られながら混沌神のもとへと歩み寄る。すると混沌神は待ってましたと言わんばかりの顔をした。


「魔王、あなたの職はすでに決まっているわ」


「ほう……。いったい何なのだ?」


「混沌魔法士よ」


「混沌魔法士? 聞いたことがないな」


 魔王はわずかに眉を寄せた。長く生きてきた彼にもそんな職業、聞いたことがなかったのだ。すると混沌神の両手が淡い光を帯びた。さらにそこから色とりどりの光の球がつぎつぎと現れる。混沌神はそれを手で弄びながら、魔王に言った。


「混沌魔法士というのは、複数の属性の魔法を重ねて使える魔法使いのことよ。実演するからちょっと見てて」


 混沌神はそういうと手の平を前に突き出した。するとさきほど出した魔力球が集まり重なっていく。光の球は一つ重なる度に稲妻を辺りにほとばしらせて輝きを増した。そこからは濃密な魔力があふれて景色が揺らぎ始める。


 やがて七つあった魔力の球が一つになった。その魔力の球は夜空にきらめく億の星のごとく光り、大海の水のように莫大な魔力にたぎる。


「この世を支えし七つのエレメントよ、我が手に集まり力を示せ! アブソリュート・ブレイク!!」


 光の球が勢いよく放たれた。光は七色の虹を迷宮の闇に描き出していく。一呼吸もたたないうちに、球は迷宮の大空間を突っ切った。そして弾丸よろしく岩壁に突き刺さり、そこから光の大洪水を巻き起こす。瞬間的に迫ってきた濁流に、シェリカや魔王たちはなすすべもなく飲みこまれていった。


「すっ、すごい……」


「この頑丈な迷宮に穴が……」


「強烈すぎやで」


 光が過ぎ去った後、五人の目の前にあったのは一直線に続く長い長いトンネルであった。一体どこまで続いているのか、その果てを見ることすらできない。しかもその壁は岩とは思えないほどなめらかで、つやつやとしていた。シェリカたちはそれを覗き込んで、にわかに顔を青くする。


 その一方、混沌神は得意な顔をしていた。俗な言い方をすればどや顔というやつであろうか。さらに魔王もにやりと口もとを緩める。彼の表情はどこか楽しそうですらあった。


「面白い技だ」


「でしょう? じゃあ早速クラスアップするわね」


 混沌神はさきほどと同じように魔王の肩に手を置き、呪文を唱えた。するとどこからか紫の靄が沸き起こり魔王を包む。魔王は一瞬身構えたが、それはどこか暖かで心地好いものであった。それゆえに魔王は構えを解き、なされるがままにしておく。


 一分だったか、はたまた一時間だったか。魔王にとって短かったような、長かったような、なんともあやふやな感覚の時間が過ぎた。儀式を終えた混沌神は、魔王の肩からゆっくりと手を離す。


「クラスアップはこれで終了よ。あとは……」


 混沌神は急に真剣な顔をした。彼女は手に魔力を帯びさせると空中に円を描く。するとどこかに通じる歪みのような穴が開き、中から古ぼけた銀の槍が現れた。槍はところどころ赤錆が浮いていて、お世辞にも綺麗なものではない。だがそれを見た瞬間、魔王の目の色が変わった。


「……これが槍か。なるほど、恐ろしい存在だな」


「へえ、少しはこれの危険性がわかるのね」


「ああ、朧げだがな」


 混沌神は魔王の返答に満足そうに頷いた。そして手にした槍をゆっくりと撫でながら魔王に説明を始める。


「そう、なら話は早いわ。これはあなたも思った通りただの槍ではない。破壊と混沌を司る最強の槍よ。ひとたび真の力を発揮すれば、攻撃対象となった存在を全時間軸、全平行宇宙から因果率レベルで抹消するわ。それが存在していたという痕跡すらもね。もっとも、今は力を封印されているからただのぼろい槍だけど」


「想像以上にろくでもない物だな。だが、それを余にどうして欲しいのだ? 出したからには何かあるのであろう?」


「勘が良いわね、ならば単刀直入に言うわ。魔王、これを預かって欲しいの」


「何?」


 魔王は鋭い目を混沌神に向けた。混沌神はいつもの飄々とした態度とは異なり、刺すような険しい顔をしている。その目は澄み切っていて曇るところがなかった。


 魔王はその真剣そのものな態度に何かを感じ取った。そして、目を閉じてしばらく考え込む。その後、魔王はゆっくりと重い口を開いた。


「良かろう、預かってやる。だが、一つ質問に答えてくれ。そなたが槍を預けたことは龍が操られていたことと何か関わりがあるのか? 仮にも神の管理する迷宮で試練の龍と呼ばれるものが操られ続けていた上に、今の槍の話だ。何かあるのであろう?」


「結論から言うと関係あるわ。だけど詳しくは言えない。私も言いたいのはやまやまなのだけどこれまた規則でね。すまないわ」


 混沌神はなんと魔王に頭を下げた。さすがの魔王もこれには面食らった顔になる。プライドの高い神、しかも最高位に近い存在が魔族に頭を下げるなどありえないことであった。


「頭を上げてくれ。神に頭を下げられるなど気味が悪い。事情はわからぬがそなたが真剣なのはわかった。槍は預かってやろう」


 魔王は無愛想な様子で混沌神に手を差し出した。混沌神はその手に向かって微笑むと、丁寧に槍を握らせる。


「……預けたわよ。良い、今は封印されていて力を発揮できないけどそれは世界で一番危険なものだわ。だから丁寧に保管して」


 混沌神は魔王に向かって最後に念を押した。魔王はその言葉に深く頷く。それを見た混沌神は安心した顔をした。その姿はだんだんと薄らいでいき、やがて神聖な気配だけを残して消える。魔王はそれを、割合真剣な顔で見送った。


「さて、帰るか。だがその前に……」


 魔王は槍を手品のようにマントの中へしまうと、シェリカたちを見回した。すると、何故か呆れたような視線が魔王に帰ってきた。


「さっきから何を突っ立ってるの?」


「……混沌神め、また記憶をいじったのか」


 魔王はシェリカの言葉にしばらく前の神殿での出来事を思い出して苦笑した。そして、どこか知りたがりな顔をして近づいてくる彼女たちをうまくごまかして煙りに巻く。


 こうしてそのあとは特に何事もなく、魔王たちは迷宮から帰還したのであった。



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