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迷宮の魔王さま 改訂版  作者: 井戸端 康成
第二章 激戦、巨大龍
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第二十六話 神と職業

第二十六話 神と職業


 龍との戦いを終えた魔王。彼はくるりと龍のいた場所に背を向けると、仲間のもとへと歩き始めた。だがその時、魔王の頭の中に声が響いた。それは様々な音の混ざりあった、不協和音の権化とも言うべき声であった。


「龍討伐おめでとう~」


「混沌神か。何のようだ?」


「まあまあ、そんな怖い声しないで。龍を倒したあなたとその仲間にちょっとしたプレゼントがあるだけよ」


「プレゼント?」


 魔王は少し驚いたような顔をした。彼は頭を上げて、どこかに潜んでいるであろう混沌神に向かって疑わしげな視線を送る。すると、けらけらと薄気味悪い笑いが聞こえた後、混沌神の言葉が返ってきた。


「そうよ。迷宮ができた遥かいにしえの昔よりの決まりでね、試練の龍を倒した者にはその者にふさわしい力を神から授けるの。今回は龍を倒したあなたたちのパーティー全員に、神を代表して私が力を授けるわ」


「どのような力なのだ? ろくでもないものならいらぬが」


 魔王は口元をにやりと歪めて問い掛けた。混沌神はその問い掛けにわずかばかり心外そうに答える。


「人間たちが職業とかクラスとか呼んでいるものよ。肉体を改造してより戦いやすい身体にするの。例えば戦士という職業につけば力が強くなったり身体が頑強になったりするわ。まあ、身につけておいて損はない力よ」


「ほう、かつての勇者どものようだな」


 魔王はかつて自らを襲ってきた勇者を捕らえた時、似たようなものの話を聞いたことがあった。昔のこととは言え、自らを倒そうとした者たちと似たようなことをするとは-- 魔王は自らに起きようとしている事態を皮肉に思って苦笑した。


 魔王がそうしている間に、混沌神はその姿を現した。紫にたなびく靄のような一カ所に集まって人の形をなす。神殿の時とは違い明瞭な姿をとった混沌神は、まさに精緻を極めた人外の美貌を誇っていた。白く揺れる衣にたっぷりと蠱惑的な曲線を描く身体。顔は彫りが深く、高く抜けた鼻と大きな瞳がえもいわれぬ魅力を放っている。


 姿を現した混沌神は、手頃な大きさの岩に腰掛けた。そしてけだるい様子で長い足を組むと、魔王に向かって言う。


「儀式を早く始めたいからさ、あそこにいる女の子たちを呼んできてくれない?」


「わかった、呼んできてやろう」


 魔王は今度こそシェリカたちの方へと歩き出した。そしてほどなくして彼は防御魔法による光の壁の前に到着する。すると魔王が来たことに気づいたシアが魔法を解除した。魔法陣が消えて、壁もすぐに無くなってしまう。


 壁が無くなった瞬間、シェリカが魔王に抱き着いた。彼女はそのまま少し赤く充血した目で魔王の顔を見上げる。魔王は訳がわからず混乱をきたした。


「どうしたのだ? 目も赤くなっているが」


「べっ、別に何でもないわよ! ……それより、あの人が何かを待ってるんじゃないの?」


 シェリカはずいぶんと慌てた様子であった。言葉は噛んでばかりで様子がおかしい。だが、混沌神を待たせる訳にもいかないので魔王はすぐに用件を告げた。


「ああそうだ、忘れかけておったな。……四人とも、あそこにいる混沌神が呼んでいるぞ」


「こっ、混沌神さま!」


 四人の顔つきが変わった。みんな揃って目を見開き、驚いた様子で混沌神の方に振り向く。混沌神は四人の視線に、含みのある笑いでもって応えた。


「あれが混沌神さまか……。ごっつい美人やなぁ。せやけどあんま神様らしくないな……」


「うーん、確かにあの笑いはな。シアみたいだ」


 エルマとサクラは共に複雑そうな顔をした。だがその時、シアの鉄拳が二人の頭に炸裂した。景気の良い音がして、二人の頭ががくんと揺れ動く。


「……不謹慎。くだらないことを言ってないで移動しましょう」


 シアはすたすたと、魔王たちよりもさらに一足先に混沌神のもとへと歩いていった。それを見た魔王やシェリカたちは急いで後を追いかけていく。数十秒も経たないうちに魔王たちは全員、混沌神の前に揃った。


「全員揃ったようね。それじゃああらためてはじめまして、私が混沌神よ。今日は五人に職を授けに来たわ」


 シェリカたち四人の顔が固まった。彼女たちはきょとんとして混沌神に無垢な目を向ける。彼女たちが何も言葉を発しようとしないので、辺りに重い沈黙が現れた。だが、その沈黙はすぐにシェリカによって破られることとなった。


「……職業を授けるってもしかしてクラスアップのことですか? でもあれは五百年前に絶えたと聞いたことがありますけど……」


「クラスアップのことよ。絶えていたのは別にできなくなったという訳ではなくて、誰もクラスアップの条件である龍討伐をしなかったから。一応、龍討伐をしたパーティーの一員であるあなたたちは大丈夫だわ」


「やっ、やったぁ!」


 シェリカたちは歓喜に包まれた。五百年絶えていた伝説の儀式を執り行ってもらうのである、喜びもひとしおだろう。四人は互いに笑いあってしばしお互いの幸福を喜びあった。


「はいはい、喜ぶのは良いけどそこまでにしなさい。私は忙しいんだから。それでは早速……」


 どこか呆れたような顔をした混沌神は、地面に指で大きな円を描いた。すると円が青く輝き、円周から複雑にして幾何学的な文様が中心に向かって広がっていく。光輝く文様は瞬く間に円の中を埋め尽くしてしまった。


「よし、オッケー。さてと、まずはそこの紅い髪の子。こっちに来なさい」


「はい!」


 シェリカはかくかくと硬い動きで歩いた。そして混沌神に誘導されるがままに魔法陣の上に乗る。魔法陣は混沌神の特徴を反映したのか絶えず靄のようなものを出していたが、シェリカは問題なくその上に乗れた。


「それじゃ、クラスアップの儀式を始めるわ」


 混沌神の口から儀式の開始が宣言された。すると、シェリカの身体を緊張が走り抜けて背筋が硬直したのだった……。



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