第二十四話 恐怖は二度あり!
第二十四話 恐怖は二度あり!
「やあああ!」
サクラは魂からの叫びとともに流星のごとき光となった。その身体は迷宮の洞窟を一直線に飛び、光の道を形作る。黄金色に輝く刃は龍の巨大な身体に煌々と光る線を描き出した。
一本、二本と光の線は増えて交わっていく。そしてサクラが地面に降り立った時、線は黄金の輝きに満ちた五亡星となっていた。星は龍の身体に消えることなき刻印の如く刻み込まれ、その身体を焦がしていく。
「キギャアアア!!」
龍はこれが最後とばかりに咆哮し、迷宮の洞窟を揺らした。だが、その身体に刻まれた星の輝きは増していくばかり。無駄な抵抗であった。
「……滅びよ」
刀が鞘にしまわれた。刹那、星の頂点が輝き、白い光がほとばしる。閃光は結び付いて金色であった星を白に染め上げた。
純白の爆発、鳴り響く轟音。龍の身体が光に飲み込まれて、迷宮その物を吹き飛ばすような爆音が鼓膜を裂く。暗闇に白く燃えた星の光が、迷宮の中のすべてを飲み込んでいった。
その焼き尽くすかのような光の洪水に、すでに岩陰へと待避していた仲間たちも思わず目を閉じた。そして龍の方を向いて割れんばかりに叫びを上げる。
「サクラはんやり過ぎやで!」
「まぶしっ!」
「ほう……これはなかなか大したものだ」
四人の麻痺した感覚がようやく戻る頃、爆発は収まった。そこには威風堂々たる龍の姿はすでに無く、代わりにその身体の無惨な破片だけが飛び散っていた。
「ふう……にゃんとか倒せたぞ」
龍の死骸を背にして、サクラが仲間たちの元へと帰ってきた。その足はふらふらで、舌すら満足に使えていない。仲間たちはそんな彼女を優しく抱き留めて、ねぎらいの言葉をかける。
「サクラはん、助かったで! みーんなあんたのおかげや」
「私もあなたには頭が上がらないわね」
「私も同感」
サクラは仲間たちの優しい言葉に目を潤ませた。感極まって今にも泣き出しそうだ。その時、魔王が追い打ちをかけるように小さくつぶやいた。
「言っただけのことはやった。ゆっくりと休むがよい」
サクラの涙腺に限界が来た。彼女は頬を濡らしながら、仲間たちに感謝の言葉を述べる。その顔はとても晴れやかであった。
「あっ、ありがとうみんにゃ……私はうれしいぞ」
サクラのネコのような言葉を聞き、みんなは盛大に笑った。普段、堅物な印象が強いサクラなだけにネコ語なのはとても笑えたのだ。
そんな風にみんな揃って談笑していると、シアがそわそわとし始めた。彼女はみんなを見回すと、こっそり岩の陰から出ていく。背中を丸めて抜き足差し足、忍び足というような感じで。その手にはひよこの財布が抱えられていた。
「魔力球を回収……」
シアはスウッと龍の残骸の散らばる位置まで来ると、目を皿のようにして魔力球を探し始めた。その目にはお金のマークが浮かんでいて、魔力球をネコババする気満々だ。ところがそこに見慣れた魔力球は無く、代わりに血のように紅い奇妙な文字が刻まれた骨しかなかった。
「これが龍の魔力球? 骨にしか見えないわ……」
シアはその妙な骨を手に取ると顔をしかめた。魔力球というのはその名前の通り球体だ。こんな骨のような形をしたものなどシアには見たことも聞いたこともない。
だが魔力球らしきものはこれの他にはない。なのでシアはしばらくその場でこの骨を持って帰るかどうか考え込む。
「さっ、もう今日は帰ってパーティーでもしましょ! あれ……シアは?」
シアが考え込んでいると、シェリカがシアのいないことに気づいた。彼女に続いて他の三人もシアを探し始める。すると、魔王がすぐにシアの姿を見つけた。
「何をやっておるのだ。帰るぞ」
「ちょっと待って」
シアはとりあえず骨を財布に押し込んだ。太ったひよこがさらにはち切れそうになる。魔王はそのひよこの財布を見て眉をひそめた。
「シア、今それに何か入れなかったか?」
「……別に何も入れてないわ……」
「いや、何かを入れたはずだ。妙な魔力を感じる」
シアは沈黙した。罰の悪そうな顔をしてただじっとしているだけだ。すると、ひよこの財布がもごもごとうごめき始めた。そしてそれは限界以上に膨らむと、突然弾け飛んでしまう。飛び散った金貨の姿に、シアの顔が青ざめた。
「ひっ、ひぃ!」
「いかん!」
魔王はシアの元へと駆け寄り、その身体を抱き抱えた。そして急いでその場から逃げていく。財布を弾き飛ばした骨が宙に浮かび上がった。骨に刻まれている紅い文字が生きているかのようにのたうち、揺らめく。その様子はちょうど、脈打つ血管のようであった。
「あれは一体なんや!」
「何なのよあれ!」
洞窟の奥に移動していたシェリカとエルマ、そしてその手に抱えられたサクラが戻ってきた。三人はそれぞれ宙に浮く骨に視線を向けている。その時、彼女たちの大きな目は限界近くまで開かれていた。
「あれはおそらく呪術に使う核だ。あの様子からすると死霊術だろうな」
魔王の一言に、四人は凍りついた。死霊術というのは、死体を蘇生させて操る呪術のことである。これが使われているということは、龍はすでに死んでおりその死体を何者かに操られていたということだ。しかも厄介なことに、死霊術というのは核を破壊しない限り解除されない。つまり、核を破壊しなければ死体はいくらでも再生するのだ。
「死霊術ですってぇ! 誰がそんなことを!」
「わからぬが恐るべき術士であろうな。あれだけ完璧に龍を蘇生するとはそもそも人間にできるかどうかすら怪しい。……まあ今はそんなことは良い。あれを何とかせねば」
魔王はそういうと鋭い視線で骨の方向を見た。骨を中心としてすでに無数の血管が網の目のように伸びている。それらは一定の感覚で脈打ち、その周りにはわずかながらも筋肉が再生し始めていた。
「くぅ……どうするのよ! サクラはもう戦えないし、私たちだけじゃ火力不足よ」
絶望に染まったシェリカの声が洞窟に響いた。その叫びに他の仲間たちも顔を俯けて何も言えない。魔王もまた、複雑な顔をして黙っていた。
そうしているうちに龍はどんどんと再生していった。骨格や筋肉が次々と再生され、辺りは血に濡れていく。骨と筋肉ばかりで構成されたその紅い姿は悍ましく、そして醜かった。だが、その表面をめがけて飛び散ったオリハルチウムのかけらが張り付いていき、龍は元の勇姿を取り戻していく。
「グオオオ!」
八割がた再生した龍が空気を貫くような雄叫びを上げた。咆哮が天井を轟かせ、地面が震える。復活したことにより、龍の叫びは以前よりさらに凄みを増したようであった。それを聞いたシェリカたちはたまらず恐怖におののく。その顔は青くなっていてまったく生気がない。
だが、魔王だけはその雄叫びを聞いて覚悟を決めたような引き締まった顔になった。そして、凛とした口調で四人に告げる。
「サクラには悪いが……。どうやら余が戦うべき時が来たようだ」