第十九話 結成、新ギルド
第十九話 結成、新ギルド
陽射しに照らされ、魔王はエルマとともに通りを東に歩いていた。二人は人波を掻き分け、どんどんと歩いて行く。遅くなったことからか、石畳を歩く足音はわずかに忙しかった。
魔王とエルマの目に、軒先にたくさんの服を吊り下げた店が飛び込んできた。さらに、その前に立っている三人の女の子も見える。その三人組は魔王たちに気づくと、すぐに歩み寄って来た。
「遅い! 何やってたのよ。私たちもう買い物ぜーんぶ終わらせて、ここで待ってたのよ!」
シェリカが勢い良く魔王に口を尖らせた。そしてサクラの肩をバシッと掴む。魔王がサクラを見てみると、紅い着物が真新しい桜色の着物になっていた。さらに腰には新しい漆塗りの鞘が見える。
「すまなかったな。いろいろとやっていたら遅くなってしまった」
「もう、今度からは気をつけなさいよ。それより、その女の子は誰?」
シェリカは魔王にひとしきり怒った後で、エルマに目を向けた。その容赦ない視線に、エルマはたじろぎ後ろに一歩下がる。そこで魔王がエルマの前に出てエルマの紹介をした。
「この者はエルマという者だ。余が仲間候補として連れてきた」
「あら、そうなの。どっかで引っかけてきたのかと思ったじゃない」
シェリカはエルマの前に移動した。それに他の二人も続く。そして、三人はエルマに次々と質問を投げかけていった。
「あなたの得意な武器は?」
「銃やな。使うだけなら結構使い込んでるから腕には自信あるで」
「そうなんだ。遠距離タイプはなかなかいないから役に立ってくれそうね。……じゃあ次の質問は……」
エルマはその後も三人の質問にそつなく答えていった。三人は徐々にに値踏みするような目から、納得したような目になる。
「いいんじゃないか、なかなか優秀そうだ」
サクラが真新しい桜色の着物を揺らして、関心したように息をついた。シェリカもその意見に頷く。だが、三人の中でシアだけはは少し懐疑的な表情をした。
「シア、なんでそんな顔するのよ。何か気にいらないの?」
「別にそういう訳じゃないわ。ただ……この娘からはサクラと同じ貧乏神の気配がする」
シアはひよこの財布を取り出してギュッと抱きしめた。その様子に、サクラとエルマは目を丸くする。
「むむっ、今のはさすがに我慢ならんぞ!」
「サクラはん、協力するで! 二人であの悪徳神官を倒すんや!」
サクラとエルマは顔を真っ赤にしてアイコンタクトをした。危険を察知したシアはすばやくその場から逃げ出していく。
「あっ、逃げた! 待て!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいないの!」
シアとサクラたちの追いかけっこが始まった。追いかけるサクラとエルマに逃げるシア。三人は混み合う人々の間をすり抜け、通りを縦横無尽に駆けていく。石畳を軽快に鳴らして、三人はずっと追いかけっこを続けていた。
「……いつまでやってるのよ。魔王、三人を止めるから手伝って」
「ああ。そろそろ迷惑だからな」
やがて周囲の迷惑を省みない三人を止めるため、シェリカと魔王もそれに加わった。それにより逆に追いかけっこは一層激化して、日が傾くまで続いたのだった。
こうしているうちに、いつのまにかエルマはすっかり四人に溶け込んでいた。そして、彼女は何の問題もなく四人の仲間に加わったのだった。
★★★★★★★★
そろそろ風が冷えてくる黄昏れ時。五人はシェリカの家の食堂に集まって会議をしていた。新たに結成するギルドのことについて話し合うためだ。ちなみに、恒例のカード交換イベントは終わっている。
「新しいギルドの名前について決めたいんだけど、何か意見のある人!」
シェリカがペンを片手にみんなに意見を聞いた。その手元には、『ギルド結成申請書』と書かれた紙が置かれている。
サクラが唇を歪めて押し殺したように不適に笑った。皆の視線がサクラに集まる。サクラはその視線の中、勿体振るように咳ばらいをした。そして、無駄に自信たっぷりに自身のアイデアを披露する。
「ふふ、こんなこともあろうかとすでに名前を考えておいたぞ。その名もファイナルギャラクティカナイトだああぁ!」
時が止まった。食堂にいるサクラ以外の全員の身体がにわかに固まり、動きを止める。絶対零度の沈黙が食堂の中を覆いつくした。サクラはその凍える時の中を、一人戸惑ったような顔をしてさまようだけだった。
「……馬鹿は放置。私はシア様親衛隊が良いと思う」
しばらくしてようやく解凍されたシアがサクラの提案を一蹴した。そして、自分の意見を述べる。その自己中心的過ぎる名前にシェリカをはじめとしてみんなはまた頭を抱えた。
「……この二人はダメだわ。あんたたちは何か意見ないの?」
シェリカは希望を込めた眼差しで魔王とエルマを見た。すると、魔王もエルマもそれぞれ考え込み始める。
「うちはそうやなあ……あかん、ネーミングセンスないから無理や」
考えあぐねたエルマは、そう言ってシェリカの方を見た。シェリカは両手を上げて、お手上げというポーズを取る。彼女もまたネーミングには自信がないようだった。
「深層旅団、などどうだろう」
魔王がぼそっとつぶやいた。みんなは話すのを止めて、食堂は水を打ったようになった。今までで唯一、まともな名前だった。
「大げさだけど良いかも。みんなはどう?」
シェリカはみんなに確認を取った。シアとサクラがどことなく不満そうではあったが、反対意見はでなかった。
「よーし、名前は『深層旅団』に決定!」
シェリカは書類にササッと名前を記入して、次の空欄を見た。そこには『代表者名』と書かれていた。
「次はリーダーを決めなきゃいけないみたいね。みんな、誰が良いと思う?」
シェリカはみんなの顔を見渡して言った。するとみんなは一斉にシェリカの顔を見る。シェリカはその反応に戸惑ってしまった。実はこのメンバーの中では彼女が一番レベルが低いのだ。
「わっ、私! それは無理よ! そりゃさ、こうやってみんなをまとめてるかも知れないけど……レベルが低くてあてにならないんだから。それよりも魔王とかどうなの?」
困惑したシェリカは魔王の方に目を向けた。他の三人もそれにつられて魔王を見る。魔王は少し唸ったが、何も言わなかった。
「レベルが高い方がリーダーに向いているのは事実。魔王はそういった点では問題ないわ」
しばらくしてシアはそうつぶやいた。その一言に、他の二人は唸らされる。二人とも魔王の実力についてはリーダーに相応しいと思っていたのだ。シェリカが乗り気でない以上、魔王が最適かもしれない。そんな考えがにわかに広まった。
「皆が推すのであれば、引き受けよう」
魔王は周囲の雰囲気を察して、リーダーを引き受けることにした。その言葉にみんなは笑顔になり、シェリカは魔王に書類とペンを手渡す。魔王は渡された書類につらつらと長い長い本名を記入していった。
魔王は名前を書き終えると書類の全体を見渡した。すると右端に割合大きな空欄があった。魔王がそこに書いてある文字を読むと、そこには『捺印欄』と書かれていた。さらに横に注意書きとして血判が望ましいと書かれている。
「最後にそれぞれの血判を押さねばならぬようだな。誰かナイフを持っておるか?」
「ナイフなら私が持ってるわ、はい」
シェリカはすかさずナイフを魔王に手渡した。すると魔王は親指を切り、紙に押し当てる。紅の指紋がはっきりと紙に残った。
それを確認したところで、魔王は隣のエルマにナイフと紙を手渡した。エルマは渡されたナイフをどこかびくびくとした様子で見る。
「チクってするの苦手なんやけど……。しゃあないな」
エルマは痛みに顔をしかめつつも、ナイフで指を切った。そしてゆっくりと血判を押す。さきほどの魔王より明るい紅の血判が紙に残った。
その後、残りのメンバーは粛々と血判を押していった。そしてついに、最後であるシェリカに順番が回ってきた。
「いよいよ最後ね。みんな、本当に後悔とかない? 今ならまだやめれるわよ」
シェリカは最後の確認をした。みんなは黙っている。それは明らかにシェリカが血判を押すことを肯定していた。
「っつう……これでよし!」
シェリカは血を指からにじませ、力いっぱい紙に押し付けた。そして、ゆっくりと指を紙から離していく。紙には五つの血判が赤々と残されていた。
今ここに、新たなギルドが結成されたのであった。