第十八話 マップメーカー
第十八話 マップメーカー
けだるい昼下がり。うっとうしいほどに太陽が輝いている。だがここ迷宮都市の商店街では、そんな元気過ぎるお天道様にも負けない活気が満ちていた。しかし、その片隅の店で一人の少女がどんよりとした雰囲気を醸し出していた。
「あかん、今日も売上が全然ないで……」
テーブルの上に置かれた数枚の銅貨と大量の地図。少女は栗色の髪を髪をかきあげ、がっくりと肩を落とした。
少女の名前はエルマ。この店で地図を売るマップメーカーである。マップメーカーというのは迷宮に潜って地図を作り、それを売る者のことだ。だがそんな彼女は今、生活の危機に直面していた。
要はお金がないのである。
「ふう、あんなわけわからんモンスターさえでなければなあ……」
エルマは遠い目をして忌ま忌ましげにつぶやいた。五十階層に現れた岩龍というモンスター。このモンスターのせいで彼女はうまくいっていなかった。
彼女が入っていたパーティーは岩龍を恐れ、五十階層を目前に事実上解散。仕方なく彼女自身も新しいパーティーまたはギルドに所属しようとしたが、中途半端なレベルのせいで仲間ができなかった。しかも彼女はサポート担当だったので一人では潜ることもままならない。
なので今まで作りためた地図を売っているのだが、低い階層の地図のため売れ行きは低調そのもの。これではため息の一つや二つ出ようというものである。
「しゃあない、もういっぺんクランで仲間を探してみるか……」
思い立ったらすぐ実行。エルマはテーブルをバンと叩くと、店を畳む準備を始めた。地図を丁寧にしまい、準備中と書かれた札を手に取る。
するとここで重苦しい空気で満ちていた店内に、爽やかな風が吹き込んできた。エルマは頬を撫でた風に入口の方に振り向く。
男が立っていた。鮮やかな紅のマントを着て、つやつやと輝く漆黒の杖を持っている。その色白で涼やかな顔は間違いなく魔王のものであった。
「いらっしゃい! うちの商品は全品良心価格や! たくさん買っていってな!」
エルマは丸められた地図をすばやく広げると、満面の笑みを浮かべた。すると魔王は少々申し訳なさそうな顔をする。
「悪いが余は客ではない。人を探していてな、立ち寄っただけだ。……すまぬがこの辺りでかわいい娘を知らぬか?」
「なんや……」
エルマはくたびれたように座り込んだ。そして、指でまっすぐ前を指差す。その指はちょうど、向かいの店を指していた。
「向かいのランド商店、そこのマゼンダお嬢様がここらで一番美人や」
「そうか、世話になった。そのうちに何か買いに来ることを約束しよう」
魔王はエルマにくるりと背を向けて歩き出した。エルマは疲れたように椅子に身体を埋める。
しかしここで、エルマの頭でパチっと何かがひらめいた。彼女は慌てて店から出て行こうとする魔王を呼び止める。
「ごめん、ちょっと待ってくれへん。今思ったんやけどな、かわいい女の子なんかをどうして探してるんや? まさか……ナンパでもするん?」
「いや、そういうことではない。ギルドのメンバーを探していてな。占ってもらったところこの辺りのかわいい娘が仲間になると言われたのだ」
エルマの目の色がにわかに熱を帯びた。彼女は魔王に近づき、上目遣いに彼の瞳を見つめる。
「ははん、なるほどそういう訳かいな。それなら前言撤回っ! ここらで一番美人なのはうちや。うちを仲間にしておくんなはれ!」
「……凄い熱意だが……ふうむ」
魔王はエルマの容姿を良く確認した。栗色の流れるような髪と猫のように愛らしい輪郭をしている顔。その大きな琥珀色の瞳は澄み渡り、一点の曇りもない。さらにプロポーションも、胸元の布地が押し上げられていることなどからかなり良いようだった。
この辺りで一番の美人というのもあながち嘘ではないようだ。
「確かに美人だ。だが、そなたがさっき言っていたマゼンダという娘も気になる」
魔王はエルマが仲間かも知れないと思った。だが一応、マゼンダという娘も見ておこうと思い、店から出て行こうとする。しかし、彼が店を出ることはなかった。エルマに腕を掴まれたのだ。
「待った待った! あんたが探してるのはギルドの仲間やろ?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたのか?」
「マゼンダは確かに美人やけどシーカーではないんや。そやからその占いに出てきたのはうちや、間違いない!」
「確かにそれならそうかもしれんな……」
魔王は顔を伏せて、少し考え込むような顔をした。それを見たエルマは、ここぞとばかりに勢い良くしゃべりかける。
「うちはな、こう見えても魔銃っていう珍しくて強力な武器を使ってるんよ。だから仲間にして損はないで!」
エルマは腰に着けたホルスターから黒光りする物を抜き放った。それはL字型の棒でレンコンを貫いたような形をした武器だった。その見慣れない形に魔王は興味を引かれてそれをまじまじと眺める。
「なかなか見ない武器だな」
「ふふっ、そうやろ。これはうちの父ちゃんがまだ若い頃に……」
そこからエルマの長い話が始まった。彼女の口はぺらぺらと動き続けて、止まることが全くない。魔王はその濁流のような逆らいがたい勢いに徐々に飲み込まれていった。
「……でな、この武器は……ってしゃべり過ぎてもうたわ。こらあかん」
エルマはふと時計を見て、いつのまにか自分の武器の自慢になっていた話を終えた。その時にはすでに、エルマが話を始めてから一時間が経とうとしていた。
「……魔銃が凄いのはよくわかった。良かろう、そなたを仲間にしようではないか」
魔王はポカンとしたような顔でエルマに言った。途中で疲れて半分寝ているようである。だがその魔王の言葉にエルマは拳を上げて、快哉の叫びを上げる。
「ありがと! うちはエルマ、マップメーカーや。ほなこれからよろしくな」
「余の名は魔王、よろしく頼む」
二人は顔を見合わせると互いに笑いあった。そして手を出し合い、がっちりと固い握手を交わす。
こうして、魔王としては騙されたような気がしないでもなかったが、エルマがギルドの仲間になったのだった。