表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮の魔王さま 改訂版  作者: 井戸端 康成
第一章 来訪と出会い
17/44

第十七話 予言

第十七話 予言


 陽射しに照らされた迷宮都市の大通りを、魔王はあてもなくぶらついていた。雑踏の中を速くなったり遅くなったりしながら、気のむくままに歩いている。周囲の人々は特徴的な格好をしている魔王に、時折足を止めたりしていた。しかし、魔王はそんなことは気にせずに商店を冷やかして見たり、いちいち店員に質問してみたりと街を満喫していた。


「うぬ?」


 そうしてしばらく時間をつぶしていると、不意に魔王は妙な魔力を感じた。彼は足を止めるとくるくると辺りを見回してみる。すると、通りの脇にある小さな店の中に妙な気配を感じた。賑わう通りにあってそこだけ人気のない、何とも古びた店だった。その店が気になった魔王は導かれるように中へとはいっていく。店の入口の古びた扉が軋み、微かに埃が舞った。


 店の中には濃密な魔力が漂っていた。足元さえおぼつかないほど暗い店の中を、魔力特有のぬめるような気配が満たしている。その密度たるや、魔界の中心にも匹敵するほどだ。


 魔王はどこからこの膨大な魔力が発生しているのかと、注意深く店の中を観察した。端に置かれた揺らめく紅い蝋燭に、店の中心に鎮座している透き通るような水晶球。いちいち怪しいこれらを魔王は一つ一つ見てまわった。


「おや、いらっしゃい。変わった気配のお方が来たもんだねえ」


 魔王が店の中を見ていると、奥の扉から老婆が出てきた。その腰は曲がり、手足は枯れ木のよう。顔には渓谷のごときしわが刻み込まれていて、百年は生きていそうであった。


「そなたがこの店の店主か?」


「ほほ、そうですよ。わしが店主のアガリアじゃ」


 老婆はしがわれかすれた声で名乗ると、水晶球の前の椅子に座り込んだ。そして、魔王に向かってにんまりと微笑む。


「何か占って欲しいことがあるだろう? そうだね、その顔だと人を探しているね?」


 老婆はからかうような調子でそういった。その言葉に魔王は愉快そうに唇を歪める。老婆の言葉は見事的中していた。


「確かに人を探している。だがすまないな、今は手持ちがないゆえ占ってもらうことはできぬ」


 魔王は少し残念そうに言うと、店から出て行こうとした。だが、それを老婆が止める。その口調は穏やかだったが強かった。


「待っておくれ、お代ならいらないよ。あんたは面白そうだからね、特別にタダだよ」


「それはありがたい。頼むとしよう」


 魔王は申し出を受け入れ、老婆の向かい側の椅子に座った。すると、老婆が水晶を貫かんばかりに睨みつける。


「この水晶をじっと見ておくれ。それだけで良いからの」


「こうか?」


 魔王は水晶を正面に見据えた。すると、吸い込まれるような感覚が魔王を襲う。それはちょうど眠りに落ちるような感じで、不思議と不快ではない。


「ふむ、見えてきたぞい。どうやらあんたは仲間を探しておるようじゃな。あっておるか?」


「ああ、そうだ」


「では続けよう。あんたの仲間となる者はどうやら女の子のようじゃの。なかなかの別嬪さんが見えるぞ。それで肝心の今おる場所は……なんじゃ、すぐ近くではないか。この通りを西に数分歩いたところにおるようだ」


 老婆はそれだけのことを魔王に告げると、目を水晶から放して占いを終えようとした。魔王も不思議な感覚から解放され、立ち上がろうとする。すると……


「キャアア!」


 老婆が不意に金切り声を上げた。そして、気が狂ってしまったように手を何度も振り上げてテーブルを打ち鳴らす。魔王は驚いて老婆を押さえ付けようとした。すると、老婆は糸が切れたようにテーブルに臥してしまう。


「大丈夫か? しっかりするのだ」


「槍と杯……秩序と混沌。相克する力……」


 突き刺す刃物のような声であった。老婆の口から発せられる声は鋭い氷のつぶてとなって魔王を襲う。さきほどまでとはまったく異なる雰囲気に、魔王は身体を固くして老婆の話に耳を傾けた。


「始源の神の子になるは一人。汝、混沌の後継者にして槍の担い手は、秩序の後継者にして杯の担い手より杯を奪うべし。槍と杯、二つをあわせこの世の深淵にありし台座に備えよ。されば汝、始源の神の力を得ん」


「混沌はわかるが槍とはなんだ? 余はそのような物は知らぬ。教えてはくれぬか?」


「すべては明らかになる。時を待たれよ」


 老婆の身体から何か朧げな物が抜けた。魔王は倒れた老婆の肩を揺すり起こしてみる。すると老婆は起き上がり、身体を伸ばした。そして目を擦りながら魔王をみると、何故か顔を歪める。


「あんたまだいたのかい? ほら、未来のお仲間が西で待ってるよ。早く行っておあげ」


「覚えておらぬのか?」


「何のことだい?」


「知らぬほうがおそらくそなたの身のためだろう」


 魔王はそれだけ告げると、老婆の店から出て行った。そして西へと歩く道すがら、老婆の予言に思いをめぐらす。


「混沌はおそらく混沌神の加護。槍というのはわからぬが、杯は聖銀騎士団と関係がありそうだな。すると秩序の神の後継者というのがユリアスか。だが……」



 魔王は大きなため息をついた。秩序の後継者というのは秩序の神の加護を受けた者だとみて良いだろう。しかし魔王が神殿で聞いた話では、それに当てはまりそうなのは大昔にいたジーク・アルハルトなる者のみ。人間であるユリアスが数百年も生きていることなどありえないので、話が矛盾していた。


 神殿での話を話してくれた男の知識不足だとするのは簡単だったが、それはないように魔王には思われた。人というのは過去のことより現在のことを重視する物だ。数百年前の人間のことを知っていて、現在生きているユリアスのことを知らないなどまずありえないだろう。


「……不毛だな」


 散々考えたあげく、魔王はそうつぶやいた。そして頭の中を切り替える。いずれわかることだと老婆も告げていたので、魔王はそれで問題なしとしたのだ。


 こうして思考の海からあがった魔王は通りを西へ歩いて行った。まだ見ぬ五人目の仲間を探して……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ