第十六話 魔王と買い物
第十六話 魔王と買い物
朝日にサンサンと照らされたシェリカの家。朝特有の爽やかな空気が家の中を隅々まで満たしている。その清浄な雰囲気漂う食堂で、シェリカはたちは何故か疲れた顔をしていた。
「さっさと認めたら? その方が楽になるわよ」
シェリカが呆然としているシアとサクラに諭すように語りかけた。二人はどこか気の抜けたような表情でコクりと頷く。その手には魔王と書かれたカードがあった。魔王のステータスを二人は見たのだ。
「……無駄のない身体つきに漂う強者の気配。嘘ではないようだ……」
サクラは魔王をひとしきり観察した結果、フウとため息をついた。レベル五百というのは本当のようだとサクラは本能的に悟ったのである。気配や身体つきが常人とはわずかではあるが違うのだ。
「二人ともわかったようね。なら今から買い物に行くわよ」
シェリカは二人が落ち着いたことを確認すると、高らかにそう宣言した。それにたいして魔王が怪訝な顔をする。
「仲間探しはどうするのだ? あと一人足りぬのであろう?」
「あんたねえ、サクラにあんな格好で仲間探しをさせるつもり? みっともないわよ」
シェリカはサクラをちらっと見たあとで魔王にたしなめるように言った。その言われように顔を赤くして怒鳴ろうとするサクラ。しかし、彼女がそれをすることはなかった。
「悔しいが文句は言えんな……」
継ぎ接ぎだらけでくたびれた着物に袴。それらはもう何日も洗われていないのか、汗で黄ばんでいる。さらに、ろくに舗装もなされていない場所で生活していたためか砂などがこびりついていた。
サクラの身体自体は清潔なようだが、正直近づくのはご遠慮願いたいような格好を彼女はしていた。ちなみに、シェリカやシアがそれを見兼ねてサクラに服を借したのだが、彼女は着ることができなかった。胸がつかえて入らなかったのである。
一応、シェリカとシアの名誉のために言っておくと二人のそれは小さいどころか非常に豊かである。
「じゃあ行きましょう。買い物のお金は私がサクラに貸すわ。十日で一割で勘弁してあげる」
サクラが黙っていると、シアが懐からひよこの形をした財布を取り出した。財布はパンパンに膨れていて、ひよこのはずがニワトリのような大きさだ。
シアが財布のがま口を開けると、中には金色の硬貨が溢れ出しそうなほど詰まっていた。驚いたことに、財布の中身は全部金貨らしい。
「あんたどうやってそれだけの金を稼いだのよ……」
「皆様からのお志を私が少しずつ預かって貯めた。でも大丈夫、運用して増やして戻すもの」
シアはシェリカの質問にさらりと答えた。悪いとはまったく思ってないらしい。シェリカは神官の恐ろしさを垣間見たような気がした。
「サクラ、お金は私が払ってあげるわ。シアからは借りちゃだめよ」
シェリカはしばらくしてそうつぶやくように言った。それにサクラは黙って頷いたのだった。
★★★★★★★★
迷宮都市を中心で横切る大通り。そこはいつでも混沌とした賑わいを見せていた。石畳の広い通りにテントの露店商からしっかりした店構えの少し高級店、さらには怪しげな店まで様々な店が軒を連ねている。その通りをに行き交う人も同様でシーカーから近所のおばさん、小金持ちのオッサンまで実に種類が豊富であった。
「なかなか賑やかなところだな」
「ええ、この迷宮都市の中心だからね」
初めてここに来た魔王は感心したように辺りに見回していた。魔界にはこれだけの活気がある場所などなかったのだ。なので、彼は興味の赴くまま視線をあちこちに飛ばしている。
シアやサクラも普段はあまりこないのか、魔王と似たような感じでキョロキョロとしていた。
「おっ、あの店など良さそうではないか?」
そうやって通りを歩いていると、サクラが一軒の店を指差した。その軒先にはたくさんの服がかけられていて、中にはサクラの着ているのと似たような着物があった。サクラはそれをたまたま見つけたようだった。
「サクラが良いって言うならあそこにしましょ。魔王もシアもそれで良い?」
「私は別にどこでも構わないわ」
「余も特にこだわりなどはないな。好きにするが良い」
「そう、じゃ決定ね」
シェリカは二人の返事を聞くと、雑踏を越えて早速店へと足を踏み込んだ。魔王たちもまたぞろぞろとその後に続いていく。
店内はところせましと服やら鎧やらアクセサリーやらが積まれていて、移動にも苦労するほどであった。およそ着ることに関する物を全て集めたかのようで、統一感が感じられない。
「すいませ~ん、誰かいませんか~?」
店主の姿が見当たらなかったので、シェリカが声を張り上げた。すると、どたばたと足音を踏み鳴らしながら店主が現れた。店主は天井が低く見えるほどの大男で、異様な風体をしていた。
彼は女物と思われるピッタリサイズのワンピースを着て、頭は紫色に染めていた。髭の剃り後の残る顔には派手な化粧をしていて、全身から甘ったるい香水の匂いを漂わせている。
その張り裂けそうなほどの筋肉とド派手な化粧の組み合わせは、四人の視覚へ殴りかかった。その衝撃に、四人は言葉も出ない。
「ようこそ、服飾の店マリーへ! 歓迎するわ~」
「ど、どうも。この子の着物を探しに来たんですけど……」
シェリカは片言で用件を伝え、サクラの肩をポンと叩いた。すると、店主はサクラの身体を入念に見つめ始めた。その眼光は鋭く、サクラの身体を貫きそうなほどだ。サクラはその鬼神のごとき目つきと迫力に身体を強張らせる。
「着物じゃちょっと身体のラインがわからないわね。触ってもいいかしらん?」
「あっ、ああ! 構わないぞ」
サクラが質問にひっくり返ったような声で答えると、店主はサクラの身体を触り出した。指輪をじゃらじゃらと嵌めたゴツい手で揉むようにサクラの身体を触っていく。
「あなたやっぱりすごい身体してるわねえ。触ってよかったわ~ん。目測でサイズを決めてたらおっぱいの部分がはちきれてたわよん。まったく羨ましい限りだわ~」
「はあ……そうなのか」
一通りサイズを確認した店主は自身の屈強な胸板をさすりながら笑った。しかし、サクラはすでに上の空。店主にツッコミを入れるゆとりすらなかった。
「サイズも測ったし、さっさと服を決めましょうね~。ああでもこんなサイズは倉庫にしかないわね。しょうがない、みんなついて来て~」
店主はサクラを強制連行しながら奥に引っ込んでいくと、残った三人を呼んだ。シェリカたちはしかたなく覚悟を決めて歩き出す。しかし、一人だけ歩き出さない者がいた。
「魔王、ついて来ないつもりなの?」
シェリカが魔王にたいして恨みがましく言った。すると魔王はにべもない返事を返す。
「余は男だからな。女の服を選ぶのについて行くのは不自然であろう」
魔王の意見はごくごく普通であった。なのでシェリカとシアは殺気の篭った目つきで睨むものの、反論はできなかった。
「では、余は街を散策してくるからな。しばらくしたらまた戻ってくる」
魔王はシェリカたちにそう告げるとマリーの店からそそくさと立ち去った。そして店から少し離れたところでようやく一息つく。
「あれはあれで……勇者などよりもよほど危険だったな」
魔王はかつての勇者たちを思い出しながら、しみじみとそうつぶやいた。そして、暇をつぶすべく通りへと繰り出したのであった。