第十四話 貧乏侍サクラ
第十四話 貧乏侍サクラ
太陽がやや沈んできた黄昏れ時。夕日に照らされた白亜の神殿の中で、魔王とシェリカは固まっていた。二人は石になったように動かない。それをシアは奇異な眼差しで見ていた。
「どうしたの? この私が仲間になってあげても良いって言っているのよ」
シアはからかうように、なおかつやたらと偉そうな態度で言った。それにたいしてシェリカは苦笑いをして応える。
「……こいつと相談するから少し待っててね」
シェリカは魔王を引っ張り通路の端に移動した。そして魔王と額を寄せると、ひそひそと話し合いを始める。もちろん、シアに聞き取られないように細心の注意を払いながらだ。
「あの子、仲間にして大丈夫かしら? どこからどうみても金の亡者よ」
「余にもそのように見えるが……他にいないのだから仕方ないだろう」
「うぅ、そこを言われると……妥協せざるおえないわね」
話し合いはものの十秒で終わった。そもそも残念なことだが、話し合う余地などなかったのだ。シェリカは蒼い瞳を燃え尽きたようにしてシアに向き合う。
「ありがたく仲間に迎えさせてもらうことにしたわ。私はシェリカ、こっちが魔王。これからよろしくね!」
シェリカは満面の営業スマイルを浮かべて、空元気いっぱいに挨拶した。それに続いて魔王も会釈をする。すると、シアもまたお世辞いっぱいの笑顔で答えた。ただし、ニコッではなくニタッといった笑顔だったのだが。
「ではあらためて、よろしくね。……ふふふ」
二人はどことなくぎこちない握手をした。続いてシアは魔王とも握手をする。その後、三人は顔をほころばせて柔らかく笑いあった。
こうして三人は曲がりなりにも仲間になったのだった。
★★★★★★★★
宵闇に沈む迷宮都市。その南の地区に魔王とシェリカは来ていた。さらにシアも神殿にさっさと届け出を出して二人について来ていた。シーカーの支援も仕事としている神殿は、神官がシーカーになることを修行の一貫として認めている。だがそれでも、手続きに丸一日はかかるはずなのだが……。不良神官シアは仕事をサボったらしい。
三人が来ていた南地区はいわゆるスラムである。そのため街はボロボロで通りの石畳みは剥がれ、地面が露出していた。さらに周囲の建物は煉瓦が欠け放題、壁に落書きはされ放題。いかにも浮浪者らしきボロを纏った人間や、髪の毛を尖らせた男たちが闊歩していて治安は最悪だ。
「ねぇ……。あんたの知り合いのシーカーってこんなところに住んでるの?」
シェリカが疑わしげな顔をしてシアに尋ねた。三人がこんなところに来ていたのは、シアの情報があったからだ。いわく、仲間になってくれそうな知り合いのシーカーがここにいると。
「大丈夫。私の記憶力はパーフェクト」
「そうなの? ならいいけど……」
眉を歪めて自信たっぷりな様子のシアに、シェリカも魔王も胡散臭いと思いつつも納得した。二人は眉を寄せながらもシアについて歩くのを続ける。
三人がそうしてしばらく通りを歩いていると、一軒の酒場が見えてきた。壁に落書きがされていて、看板は傾いている。その中からはきつい酒の匂いと、がやがや馬鹿騒ぎをする男たちの声が漏れてきていた。
「確かここにいるはず」
蹴られたのだろうか、外れかかった酒場の扉をシアが指差して言った。シェリカと魔王は騒然としている酒場の様子に顔をしかめる。まるでどこかの闘技場のような雰囲気の場所だった。
「本当にここなの? だんだんあんたの紹介しようとしてるシーカーの素性が心配になってきたわ」
「余も少しばかり……ううむ」
「ふふ、それについては心配いらないわ。ばか正直で凄い美人の侍よ」
「侍? へえ……珍しいわね」
シェリカは興味津々な目をしてシアを見た。侍といえばここから遥か遠い東方の剣士のことである。迷宮都市には世界から人が集まるといっても、珍しい存在には違いなかった。
侍ということばには魔王も聞き覚えがあるようであった。彼はどこか遠い目をして虚空を見据える。昔のことを思い出しているようである。
「ふむ侍か……。だが侍といえば堅物な者が多かった覚えがあるな。それがどうしてこのような街におるのだ?」
「なんでも宿で寝ている間に路銀と刀を盗まれたんだそうよ。私が彼女と知り合ったのも、私が困ってた彼女にお金を貸してあげたのがきっかけ」
「そうなんだ。運の悪い人もいるのね……。ってあんた神官なのに人に金貸したの?」
「ええ。悪い?」
「悪くはないけど……。ちなみに利率はどれくらい?」
「トイチよ」
--ダメだこの子。シェリカはとっさにそう思った。そのため彼女は黙り、しばらく沈黙が訪れる。
するとその時、酒場の中から激しく言い争うような声が聞こえてきた。
「おいこらてめえ、なに人の服に水をかけてくれてんだおらあ!」
「それはそっちの言い掛かりだ。私は知らん」
「ああん? なめとんのかわれえ! 外に出やがれ!」
怒号とともに、女が外に突き飛ばされてきた。継ぎ接ぎだらけの紅の着物と藍の袴を着た女だ。彼女は艶やかな長い黒髪を肩に流すと、吊り目がちな目で宿の中を睨む。その様子は一幅の掛け軸のようで様になっていた。
女が吹き飛んできたすぐ後に、中から大男が出てきた。男は着物の女よりも頭二つ分ほども背が高く、がっしりと筋肉のついた身体をしている。
男は下品な笑いを浮かべ、剣を手でぶらぶらとさせていた。それを女は貫くような眼差しで睨んでいる。まさに一触即発。いつ戦いが始まってもおかしくない。
「た、大変! 魔王、助けるわよ!」
「待て、あの女はできる。わざわざ我々が手を出すまでもない」
魔王はそういうと唇を少し上げて微笑んだ。シアも着物の女の実力について何か知っているのか、ニタニタと笑っているだけだ。シェリカは二人の様子に、助けに行くことをやめて見守ることにした。
「サクラ、お前の腰にあるのが刀じゃなくてただの竹の棒だって俺は知ってんだぜ? 痛い目みたくなかったらさっさと金払いやがれ。……まあ、金がないようだったらその身体でも良いけどな!」
男が女ことサクラの波打つ胸を見て、よだれを垂らしそうなほど鼻の下を伸ばした。そしてその大きな果物ほどありそうな膨らみに勢い良く手を伸ばす。しかし、サクラはその手をぴしゃりと払い退けた。
「誰がお前など相手にするか」
「いいやがったな! 後悔してももう遅いぜ!」
男は大きく剣を振りかぶった。サクラも腰に手をかけ、刀を少しだけ引きだす。だが、鞘から見えたのは銀色の輝きではなく茶色の物体だった。
「マジでそれでやり合うつもりか? まあいいぜ、お前が怪我するだけだからな!」
男は気合いと共に剣を振り下ろした。人の背丈ほどもあろうかという巨大な鋼の塊が空を切り、唸る。その重量に見合う破壊力を持つであろう剣がサクラに向かって突き進んでいった。だが、サクラはそれを見据えても逃げることはなかった。
シェリカはその脳裏を過ぎったサクラの末路に耐え兼ね、目を閉じた。キシンと鉄がぶつかったような音が彼女の耳をつく。その直後、地面に何かが落ちたような音もした。
「そんな馬鹿な……嘘だろ……」
しばらくして男のつぶやくような弱々しい声が聞こえてきた。シェリカはその声に、何事かと固く閉じていた目を開ける。すると……
「なんで剣が真っ二つになってんのよ……」
中心を、くっつけたらまた一つに戻りそうなほど美しく分かたれた剣。それを見て地面にへたれこみ、口をぱくぱくさせている男。そしてそれを見下ろしているサクラ。シェリカの目にありえない光景が飛び込んで来たのであった。