第十一話 巨大龍、復活!
第十一話 巨大龍、復活!
魔王の迷宮初探索から一週間が経った。あれから二人は順調に探索を続け、今日も朝から迷宮に潜っていた。
「エイ! ヤアア!」
薄暗い鍾乳洞のような迷宮第二十七階層。岩だらけで狭く水の滴るそこで、シェリカと魔王は襲い掛かかってきたモンスターと戦っていた。暗闇にあるわずかな光で剣先が煌めき、魔王の杖が風を切って唸る。剣が光り、杖が唸るたびに二人を襲う小さな黒い影は、血と命を散らしていった。
二人に襲い掛かっているのはダークゴブリンというモンスター。黒い小さな子供のような姿をしていて、岩陰から飛び出して攻撃してくるモンスターだ。だが小さな身体に反してその腕力は強く、手に持つこん棒での打撃が厄介なモンスターである。
それをシェリカと魔王はさきほどからずっと相手にしていた。迫るこん棒を巧にかわし、すれ違い様に剣や杖での一撃を放つ。そうして一体一体、倒しているのだがなかなか数が減らない。相当大きな群れに当たってしまったようだ。
「魔王、私はもうちょっと限界よ! 一人でなんとかできる?」
「任せておけ」
腕が動かなくなってきたシェリカは魔王に後を任せた。後を任された魔王はシェリカの前に立つと、杖を構えて呪文を紡ぎ出す。
「カッター・ストーム」
暴風と風の刃が放たれた。刃は硬質な音を奏でて、死神の鎌よろしくダークゴブリンに襲い掛かかる。またたく間にゴブリンの外皮は裂かれて血や醜悪な肉が飛び散り、迷宮の岩が紅に染め上げられる。何だったのかわからぬほど原形を留めなくなったゴブリンたちは、すぐに魔力球へと姿を変えていった。だが、キラーバットとは違ってゴブリンには多少の知恵があった。いくらかのゴブリンがすばやく岩陰に隠れて、吹き荒れる破壊と殺戮の嵐をやり過ごしたのだ。
「逃げるか。ならば……」
魔王の口が今度は違う呪文を紡いだ。辺りの空気がゾワリとして、ダークゴブリンたちはギャアギャアと奇声を上げる。そして手にしたこん棒を次々と魔王に投げつける。だがそんなもの通用するはずもなかった。
「ファイア・フロッド」
魔王の杖から炎が巻き起こった。炎は迷宮の中を赤々と照らし、熱の大洪水を起こしていく。ゴブリンたちはまたもや岩に隠れてやり過ごそうとしたが、圧倒的な熱波の前に岩の盾は役に立たなかった。竜巻のように渦巻く業火は岩ごとゴブリンたちを飲み込んでいく。その炎の前にゴブリンの身体はたちまち焼け焦げた。炭と化した外皮は崩れ落ちて、沸騰した血が身体中から吹き出す。吹き出した血は蒸発して、辺りに鼻が効かなくなりそうなほどの鉄の匂いが充満した。その地獄の中で、ゴブリンたちは魂を凍えさせるような断末魔を上げて、魔力球になっていった。
「終わったな」
魔王は血と肉の焦げた臭いに顔をしかめながら、そうつぶやいた。その言葉に後ろにいたシェリカもホッと一息つく。そのとき彼女の顔は青く、さきほど繰り広げられた光景に衝撃を受けているようだった。
「……ずいぶんたくさん居たわね。普通は出ても四匹がいいとこよ」
「他のモンスターにも良く遭遇したからな。何かあるのやも知れん」
しばらくたった後で魔力球を拾いながら、シェリカと魔王は眉を歪めた。いつもと比べてその数が多過ぎるのだ。モンスターというのは変化に敏感だ、こういう場合は何かある。嫌な予感を二人は覚えた。二人の背筋がひんやりとする。
その後二人は、大量に現れるモンスターたちに辟易しながらも、三十階層まで潜った。そして、シェリカが集中力と体力が限界を迎えたので二人は今日の探索を打ち切ったのだった。
★★★★★★★★
二人が迷宮から帰ろうとしていた頃、迷宮第五十階層を一つのパーティーが探索していた。男一人に女三人という編成の彼らは、こなれた様子で迷宮を奥へと進んでいる。
迷宮第五十階層というのは三つの空間が連なるような形をしていた。最初のクリスタルが安置されている空間に、下へと下がるためのクリスタルがある空間、そしてその二つの空間の間にある巨大な空間だ。
その四人のパーティーは、今ちょうど始めのクリスタルがある空間を抜けて、中央の空間へと差し掛かるところであった。空間と空間の間にある人に倍する大きさを誇る鉄の扉をこじ開け、彼らは中に入っていく。
「り、龍ですぅ~!」
彼らの目に小山のような龍の姿が飛び込んできた。わずかな光にもぎらつく刃のような牙に、燻し銀のような鱗。その身体は小山のように大きく背中の上に人が数十単位で乗れそうなほどだ。さらに生物として圧倒的なまでに高位のその存在は、極地の風のように凍てつくプレッシャーを放っていた。
その姿を見た神官服を着た少女は顔を強張らせて叫んだ。だがそれを見ていた戦士とおぼしき男は、キザな笑いを浮かべると少女の頭をくしゃくしゃと撫でる。そして、余裕ぶった態度で少女に言った。
「あの龍はもう何百年もああして寝ているんだそうだ。動くことはないよ」
「はふぅ……そうなのですか。なら安心ですぅ」
少女は頬を朱く染めて安心したような顔をした。男はそれを確認すると悠々とした態度で歩き始める。その後を、神官服の少女を含めた三人の少女たちはどこかふわふわとした足取りでついていった。
その時、彼らの足元がわずかに揺れた。四人の間に緊張が走り抜け、彼らは歩くのを止める。まさかと思って彼らは恐る恐る龍の方を見た。
すると、眠れる龍の下に魔法陣が浮かび上がっていた。紫に揺らめく光を放つそれは、巨大な龍を煌々と照らしだしている。そこからあふれる膨大な魔力は洪水のように辺りを満たしていった。
「やばくないですか、フレイトさま! 」
「だ、大丈夫だ! それにもし襲ってきたとしても俺が守ってやるからな!」
パーティーの少女たちがすがるような目で見つめると、フレイトことさきほどの戦士はどこか寒い笑いを披露した。そして、腰の剣を抜くと龍に向かって構える。だがその腰は引けていて、とても勝つ自信はないように見えた。
その間にも自体はどんどんと悪化していた。魔法陣からあふれ出す魔力の量は増え、地面の揺れは大きくなる。数百年の歳月をかけて龍の身体に積もっていた埃や砂はあらかた舞い落ちて、その中から銀に輝く身体が現れ始めた。
そしてとうとう、龍の瞼が動き出した。数百年もの間、閉じられ続けていたそれがゆっくりと開いていく。その中からは白い光と殺気がほとばしり四人の身体を石のごとく固めた。殺気と魔力が交錯して辺り空中にバチバチと青い火花が咲く。
やがて、完全に目を開いた龍はギシギシと金属が擦れあうような音を出しながら起き上がった。その身体は数百年の停滞から解放されて生命力がみなぎっていた。
「グァオオオ!!」
天へ届きそうな咆哮が迷宮内に轟き、空気が激震した。地面はわずかに裂けて天井から石が降り注ぐ。その雄叫びをまともに聞いた四人はその場にへたり込んだ。こうして龍が、実に数百年もの眠りから目覚めたのであった。