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踏切の音

作者: 浜里 香子
掲載日:2026/07/26



カン、カン、カン、カン――。



住宅街に響く、踏切の警報音。

その前に立つ、一人の女子高生。

腕時計と遮断機を交互に見つめながら、つま先が落ち着きなく動く。


……もう二十分じゃん。早くしてよ。


時間ぎりぎりに家を出る彼女にとって、この踏切が毎朝の難関だった。



カン、カン、カン、カン――。



容赦なく鳴り続ける警報音。

腕時計の秒針だけが、刻一刻と進んでいく。


もう。いつまで待たせるの。


気づけば、手は遮断機のバーに触れていた。

少しかがめば、向こう側へ行ける。

そう思って、一歩踏み出した、そのとき。



カン――。



音が止んだ。



え……?



次の瞬間。



ガンガンガンガンガンガン!!



まるで金属を叩きつけるような轟音が、鼓膜を揺らした。


「っ!」


咄嗟にしゃがみ込み、耳を塞ぐ。



ガンガンガンガンガンガン!!



けれど、全く意味がないくらいにその音は耳に響いてきた。



ガンガンガンガンガンガン!!



……うるさい。

後ずさると、音が遠くなった気がした。

震える手で耳を離す。



カン、カン、カン、カン――。



聞こえてきたのは、いつもの警報音だった。

恐る恐る顔を上げると、そこにあったのは見慣れた通学路だった。

遠くで点滅する信号機も、車の走る音も、揺れる木々も、いつもと何一つ変わらない。

さっきまでの異変だけが、世界から切り取られたように消えていた。


ただ、一つだけ。



カン、カン、カン、カン――。



警報音はまだ鳴り続けていた。


……何なの、一体。


一キロ程先にある駅の方を見ても、電車が来る気配は全くない。

そもそも本当にそこに電車はあるのか、目を細めてもよく見えなかった。


……まだ耳が反響してる。ここを通るのはもう止めよう。


そう決めると、駅の方へ駆け出した。



――



「……なので、みなさん気をつけてください」


学校に着いた頃、朝のホームルームが終わろうとしていた。

息を整えつつ、廊下の隅で身を潜めるように立ち、教室の様子をうかがう。


「起立、礼」


「ありがとうございました」


椅子が引かれる音。

友達同士の話し声。

教室が一気にざわつき始めた、その瞬間。


今だ。


窓際の自分の席へ滑り込んだ。

椅子を引いて腰を下ろし、肩からリュックを外して机の横に掛ける。


セーフ。


誰にも声をかけられていない。

どうやら、うまく紛れ込めたらしい。

小さく息を吐き、窓の外へ目を向けると、さっきの踏切がふいに頭をよぎった。


……あれは、何だったんだろう。

私が下を通ろうとしたから?でも、今まで何人も見たことある。あんな音、聞いたことない。

私だけ、何でだろう。変なの。

そうだ。ミキちゃんなら、「何それ!」って笑いながら聞いてくれるかもしれない。


そう思って、席を立った。


……あれ。


窓際の一番前。友人が座るその席へ目を向けると、そこには誰もいなかった。

机の横には、いつも掛かっているはずのリュックもない。


休み?

珍しい。体調でも崩したのかな。


不思議に思いながら、自分の席へ戻る。

椅子に腰を下ろしたところで、気づいた。


……あ。

ミキちゃんがいないなら、今日、話す人いないじゃん。




――




終わりのホームルームを告げる声が聞こえると、真っ先に席を立ち上がった。

足早に廊下へ出る。


……退屈だった。ミキちゃんがいないだけで、一日がこんなに長く感じるなんて。

明日は会えるといいな。


そんなことを考えながら、校門をあとにした。



カン、カン、カン、カン――



西日に照らされた踏切に、警報音が響く。

電車が目の前を走り抜ける。

吹き抜けた風が髪を揺らし、車両は夕焼けの向こうへ消えていった。

遮断機がゆっくりと上がる。


……渡って、いいんだよね。


朝の出来事を思い出し、少し躊躇う。

また渡れなくなったら、そう考えてようやく一歩踏み出した。


……


……何もない。よかった。


踏切を渡り始める。

線路の真ん中まで来た、そのとき。



カン。



……え。



カン、カン、カン、カン――。



……嘘。まだ渡り切ってないのに。


ゆっくりと遮断機が下り始める。

慌てて駆け出した。

渡り終えると、肩で息をしながら振り返った。

遮断機は下りている。

けれど、電車は来ない。

しばらく待っても、警報音が鳴るだけだった。


……やっぱり、この踏切変だ。

朝は変な音が鳴るし、電車は来ないし、誰も……。


誰も、いない。


周りを見渡すと、そこには人影一つなかった。


よく考えたら変だ。朝はギリギリだったからわかる。でも、帰りはいつも何人か通るはず。

……偶然?いや、違う。

あの警報音も、電車が来なかったことも、全部この踏切で起きている。私が知らないだけで、この踏切には何かあるんだ。

なんだか気味が悪い。明日からは、別の道も考えた方がいいのかもしれない。


いつもより早い足取りで家へ向かった。




――




「ただいま」


玄関から声をかけるが、返事はない。


お父さんはまだ仕事かな。

お母さんは買い物にでも出かけているのかもしれない。


靴を脱ぎ、廊下を歩く。

リビングの扉を開けると――


「あ、お父さん」


ソファに座る父の後ろ姿が見えた。


「もう仕事終わったんだ。お母さんは?」


父は身じろぎ一つせず、テレビを見つめている。


「ねぇ……」


声をかけようとした、そのとき。


「――昨日午前八時二十分。〇〇駅付近の踏切で――」


ちょうど、あの踏切のニュースが流れていた。


「あ、そうそう。この踏切、今日ずっと変でさ」


「無理に線路を渡ろうした高校二年生の――」


「テレビつけないでって言ったでしょ」


母の声に、父は無言でリモコンへ手を伸ばす。

テレビの画面が暗くなった。


「あ、お母さん、キッチンにいたんだ。ただいま」


母は振り返らない。

水道の音だけが、静かなリビングに響く。


「………聞こえないよね」







私の声。







カン、カン、カン、カン――。







ガン。


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