「古都の夢」 12
引き立てられてきた“賊”を見て、一番驚いたのは恵だった。
「真理さん!桐生さん!それに・・・腹黒」
もはや名前でも呼んでもらえなくなった京極の影が心なしか薄れている。
「みんな、どうしてここに?」
「お知り合いですか?」
いつの間にか戻っていた乙姫が恵に声をかける。
「はい、お二人は、私の連れです。もう一人は・・・どうでもいいですけど」
「そうですか・・・」
乙姫は真理たちに向きなおり、厳しい視線を送る。
「・・・先ほど確認しましたところ、“門”が開かれていました。あれは、あなたたちの仕業ですか?」
「え?“門”?ひょっとして、“鳴金”起きちゃったんですか?」
恵がいかにも残念そうな顔をする。
「いや、これは夢だから“起きたら鳴金が成功する”って予知?」
「恵ちゃん、違うんだ!これは、夢じゃない!」
桐生が必死の形相で呼びかける。
「桐生さん、そんなにムキにならなくても・・・」
「恵さん、本当なの!今私たちがいるのは・・・“竜宮の夢”!」
「なるほど、こないだの記憶とごっちゃになってるんですね。それにしてもこの夢、本当に良く出来てるなあ」
ことの重大さが伝わらず、真理と桐生は焦りを感じ始めていた。このままでは・・・まずい!
と、京極が乙姫に話しかけた。
「・・・竜宮庵現当主、京極夢路でございます。あなた様は、“常世の国”の神でいらっしゃいますか?」
憧れと崇拝が混じった目でまっすぐに乙姫を見つめる。
「其方か。ようここまで参られました。私は神ではなく、其方らが“常世の国”と呼ぶ竜宮の乙姫でございます」
京極が驚いた顔で問い直す。
「それは・・・それはあなたの本当の名前ではありません。京極が代々仕えるのは、夢の世界・・・夜を司る月の神」
真理が、桐生が、そして恵が。呆気にとられた顔で京極を見る。
「・・・お会いしとうございました、月詠様」
◇◇◇
誰も、言葉を発する事が出来なかった。乙姫・・・月詠に対峙する京極は膝をつき深々と頭を下げ、文字通り神に祈っている。静寂を切り裂いたのは恵だった。
「えーと、これ、どういう展開?乙姫様が月詠様で、腹黒の神様?ボチボチ目が覚めてくれないかな・・・」
恵の声が聞こえなかったのか、京極は頭を下げたまま月詠に語りかける。
「夢の中での神託、初めていただいた日より忘れたことはございません。約束の日である今日、御願いにお応えし、あまつさえ御尊顔を拝めるとは。この京極夢路、もはや思い残すこともございません」
「月詠様のお願いって・・・何?」
京極がゆっくりと恵に向きなおり、酷薄な視線を向けながら告げる。
「・・・おまはんが、月詠様に代わって竜宮の乙姫になる事どす」
「え、それって夢の中の話じゃ・・・」
「察しの悪い小娘やわあ。まだ分からんの?そこの姉さんが言わはったやろ?今、うちらがおるんは“竜宮の夢”なんえ。分からんのやったら、分からんままそこに座っときなはれ」
「え?え?この人何言うてんの・・・?真理さん、ちゃうよね?・・・桐生さん、嘘やんなあ?」
真理も桐生も喉元に薙刀を突きつけられたまま、目線だけで恵に真実を伝える。
「そんな・・・嘘や・・・嫌や。私、乙姫様なんかなりたない・・・」
恵の頬に涙が流れる。何か言おうとする京極を押し留め、月詠が優しく恵に語りかける。
「・・・黙っていてごめんなさい。でも、これはあなたの望んだ未来。無理強いをするつもりは無かったの・・・」
肩を抱き、子供をあやすように優しく、そして残酷な事実を告げる。
「・・・それにあなたはもう、竜宮のものを召し上がってしまった。その時より常世の時が始まり、現世では他の人たちと同じように歳を重ねる事はできない。戻っても、喪失の苦しみに苛まされるだけ・・・」
どこまでも優しく、美しい声で言葉を紡ぐ。
「だから、こちらにいらっしゃい。ここでは、誰もあなたを傷つけたり、苦しませたりしない・・・」
恵は肩を震わせながら泣き続けている。涙が一滴、床に落ちた。その瞬間。
ドーン!
突如、竜宮を震わせるような爆音が響き渡った。それも一発二発ではない。誰もが何事かと狼狽える中、真理と桐生の動きは素早かった。
縛られていたはずの縄を断ち切り、衛兵を突き飛ばす。奪い取った薙刀を構え、背合わせに切先を向ける。光が反射し、白銀の弧を描く。
「さあ、反撃開始よ!」
「イエス、マアーム!」
人間チームの反撃が始まった。
◇◇◇
2025.7.27 竜宮城・無限回廊
時は少し遡る。
先の見えない廊下を歩いていると、真理のスマホにSOPHIAからのメッセージが届いた。
「・・・何だろ?」
立ち止まり、画面を確認する。チラッと京極を見やり、疲れてへたり込んでいるのを確認すると桐生に目配せし、無言で画面を見せる。
「・・・これって!」
「・・・然るべき時に、然るべく。抜かりはない、ですって」
「俺、無事戻れたらアマテラス様にポテチ一箱寄進するわ」
「あと、これも持っといて」
京極に見えないよう、小型のツールナイフを手渡す。
「・・・時々思うんすけど、先生なんでこんなもん持ってんの?」
「淑女の嗜みよ」
「絶対違う」
ナイフをポケットに忍ばせ、桐生が京極の方を伺う。
「・・・あいつには、知らせなくていいんすか?」
「SOPHIAによると、それも然るべき時に然るべくなるって。ここまで来たらSOPHIAの神託を信じましょ?」
「・・・AIの神託か。先生さっき、“人間はAIの奴隷じゃない”って言ってませんでしたっけ?」
「それはそれ、これはこれ。ダブスタは女のアクセサリー」
「ひどい名言だ」
どちらからともなく笑い、気持ちを入れ直す。
「・・・んじゃ、そろそろ行きますか。京極さん、休憩はもういい?」
のろのろと立ち上がる京極に声をかけ、先を目指す。
「今回の花火は、どんな色かしらね?」




