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教室の隅、多弁な沈黙

掲載日:2026/05/10

第1章 「別に」


四時間目が終わる直前、窓際の男子が小さく伸びをした。


その動きにつられるみたいに、教室全体の空気が少し緩む。


まだチャイムは鳴っていない。けれど皆、もう授業は終わったものとして扱っていた。


黒板の前では教師が何か喋っている。


進路調査票がどうとか、提出期限がどうとか。


ちゃんと聞いた方がいい気もしたが、今から聞き始めても途中からになるな、と思ってやめた。


先生の声は、エアコンの風みたいに教室に流れている。


止まると気づくけど、普段は意識しない。


「じゃあ、今日までだからな」


最後だけ聞こえた。


その瞬間、椅子の音が一斉に鳴る。


昼休みだった。


前の席の男子が振り返る。


「お前、進路どうすんの」


一瞬だけ考える。


どの粒度で答えるべきなのかわからなかった。


まだ決めてない、は本当だ。


理系寄り、も本当。


でもこの質問はたぶん、厳密な話ではない。


会話を繋ぐためのやつだ。


「……まあ、理系かな」


「あー、やっぱそんな感じするわ」


男子はそれだけ言って、別のやつのところへ行った。


会話は終わった。


俺は机の上のシャーペンを触る。


今の返答、「かな」って要らなかったかもしれない。


理系なら理系でよかった気がする。


でも断定すると、あとで変わった時に面倒だなと思った。


そこまで考えてから、別に誰も気にしてないか、と思い直す。


教室はうるさかった。


誰かが購買へ走っていく声。


机をくっつける音。


笑い声。


皆、会話に入るのが速い。


何の助走もなく喋り始められる。


あれが少し不思議だった。


俺は鞄から問題集を出す。


数学。


別に解きたいわけじゃない。


ただ、開いていると何もしていない感じが減る。


数分後、問題文をほとんど読んでいないことに気づいた。


視線だけが文字の上を滑っていた。


「ねー」


顔を上げる。


クラスの女子が教卓の前に立っていた。


文化祭実行委員を決めるらしい。


黒板に「男女一名ずつ」と書いてある。


教室の空気が、一瞬だけ静かになった。


誰もやりたがらない時の静けさだった。


「誰かやる人いない?」


いない。


でも、完全な沈黙ではない。


皆、「自分じゃない誰か」を待っている感じだった。


こういう時、誰が先に断るかみたいな空気がある。


俺は断る理由を考える。


部活は入っていない。


予定も特にない。


「向いてなさそうなので」とか言うのも変だ。


考えているうちに、


「あ、じゃあ男子は佐藤でいい?」


という声が聞こえた。


顔を上げる。


何人かがこっちを見ていた。


たぶん、反応が薄かったから否定してない判定になった。


断れなくはない。


でも今さら「嫌です」と言うほどでもない。


「……まあ、大丈夫」


言った瞬間、決定した空気になった。


女子の方はすぐ決まった。


教卓の前にいた女子が、黒板に名前を書く。


俺の名前。


その隣。


見たことはあるけど、あまり話したことのない名前だった。


「じゃ、放課後ちょっと残ってねー」


皆、それぞれ昼休みに戻っていく。


教室の音がまた広がる。


俺は問題集を閉じた。


別に嫌ではない。


ただ、少し疲れそうだなと思った。


その時。


斜め前の席から声がした。


「さっき、断ろうとしてた?」


隣の列の女子だった。


黒板に名前を書かれていた方。


「……いや」


反射で否定する。


でもたぶん、一秒くらい間があった。


彼女は別に追及してこなかった。


「ふーん」


それだけ言って、友達の輪の方へ戻っていく。


俺は窓の外を見る。


グラウンドに体育のクラスがいた。


歓声が遠くから聞こえる。


ちゃんと答えた方がよかったかもしれない、と少し思った。


でも、何をどう説明すると自然なのかは、よくわからなかった。


第2章 「断る理由を考えてるうちに」


放課後の教室は、昼間より少しだけ静かだった。


完全に静かというわけではない。


部活へ行く前の声とか、机を引く音とか、廊下を走る足音とか、そういうのは普通にある。


でも、授業中みたいに「皆が同じことをしている空気」がない。


その感じは少し楽だった。


「えっと、とりあえず座る?」


文化祭実行委員の女子――黒板に名前を書かれていた方――が言う。


教室には俺とその人、それから担任だけが残っていた。


担任はプリントを机に置きながら、


「まあ難しいことないから。クラスで何やるかまとめて、進行見といてくれればいい」


と言った。


“進行見とく”の範囲が曖昧だな、と思う。


どこまでやれば「見た」ことになるんだろう。


でも今ここで確認すると、面倒なやつっぽい気もした。


「はい」


隣から返事が聞こえる。


俺も少し遅れて頷いた。


担任はそれで説明終了だと思ったらしく、「じゃよろしくー」と出て行った。


教室に二人だけ残る。


微妙な沈黙。


気まずいというより、“何から始めれば自然なのかわからない”沈黙だった。


女子の方が先に口を開く。


「佐藤って、あんま喋んないよね」


急だったので、一瞬考える。


否定するほどではない。


「……まあ」


「でも、聞いてないわけではない感じする」


返答に困る。


どういう意味だろう、と思う。


「普通、興味ない人ってもっと露骨じゃん。スマホ見るとか」


「見てると怒られるし」


「そこ?」


少し笑われた。


たぶん冗談として処理された。


俺も一応少し笑う。


ここで無反応だと変な気がした。


彼女はプリントを見ながら、


「クラス企画、どうなると思う?」


と聞く。


「まだ何も出てないし……」


「いや、そうじゃなくて。なんか予想」


予想。


少し考える。


たぶん、このクラスは多数決になる。


で、皆そこまで熱量ないから、聞いたことある案に流れる。


「飲食じゃない?」


「なんで?」


「決めるの楽だから」


言ってから、少し嫌な言い方だったかもしれないと思った。


でも彼女は普通に、


「あー、わかる」


と言った。


否定されなかったことに少し驚く。


「なんか皆、“一番揉めなさそうなやつ”選ぶよね」


彼女は椅子に座り直しながらそう言った。


その言い方が少し意外だった。


もっとノリのいいタイプだと思っていたから。


「佐藤ってさ」


また名前を呼ばれる。


「たまに、めっちゃ考えてから喋るよね」


心臓が少しだけ止まる。


たぶん、顔には出ていない。


「別に普通」


反射でそう言う。


「そう?」


彼女はそれ以上踏み込んでこなかった。


ただ、追及しないまま、


「まあでも、その方がちゃんとしてる感じする」


と言った。


ちゃんとしてる。


その評価は、少しだけ予想外だった。


俺はずっと、“反応が遅いだけ”だと思われていると思っていたから。


窓の外を見る。


グラウンドはもうオレンジ色になっていた。


誰かの掛け声が遠くで聞こえる。


彼女がプリントを閉じる。


「とりあえず今日やることなくない?」


「……たぶん」


「じゃ、帰る?」


その確認すら、少し変だった。


でも、変に感じることをいちいち言葉にすると長くなる。


「そうだね」


立ち上がる。


鞄を持つ。


教室を出る直前、彼女がふと振り返る。


「佐藤ってさ、“言う前に考えてる”っていうより、“考え終わってから言おうとしてる”感じする」


意味を理解するのに少し時間がかかった。


返事を考えているうちに、彼女はもう廊下を歩き出していた。


第3章 「空気で決まる」


文化祭のクラス会議は、思った通りの進み方をした。


「お化け屋敷は?」


「準備だるくね」


「あー」


「じゃあ飲食?」


「何やる?」


「焼きそば?」


「去年あったくない?」


みたいな会話が、黒板の前で繰り返されている。


決まっているようで、何も決まっていない。


でも不思議と進行は止まらない。


皆、完全な正解を探しているわけじゃなく、“止まらないこと”を優先している感じがした。


俺は教卓の横で、配られたプリントを持っていた。


実行委員っぽいことをした方がいいのかと思って立っているが、今のところ特に役割はない。


隣では、あの女子――名前はまだちゃんと覚えていない――が普通に会話へ参加していた。


「射的とか楽そうじゃない?」


「景品だるそう」


「たしかに」


自然に話している。


ああいう速度で会話に入れるの、やっぱり少し不思議だった。


話題が変わるたびに、

「今この発言して大丈夫か」

みたいな確認をしていたら、多分何も言えなくなる。


皆はその確認が速いのか、そもそもしていないのか、どっちなんだろう。


「佐藤は?」


急に名前を呼ばれる。


思考が少し遅れる。


「え?」


「なんか案」


教室の視線が少しだけ集まる。


こういう時、変に黙ると“興味ない人”みたいになる。


でも適当に言うのも違う気がする。


数秒考える。


長い気がした。


「……別に、飲食でいいんじゃない」


言った瞬間、自分でも“雑な返答だな”と思った。


でも周囲は普通に、


「あー」


「まあ無難」


「楽そうだしね」


みたいに流していく。


それで会話は続いていく。


俺だけが少し取り残される。


今の「別に」は要らなかったかもしれない。


最初に否定が入ると、やる気ない感じに聞こえる気がする。


でも「飲食でいいと思う」だけだと、賛成圧力みたいで変かもしれない。


考えているうちに、話題はもう別の方向へ進んでいた。


結局、クラス企画は模擬店になった。


多数決というより、“なんとなく”。


でも誰も不満そうではない。


決まることの方が大事なんだろうなと思う。


放課後。


机を運びながら、クラスメイトたちが話している。


「文化祭って準備期間が一番楽しいよな」


「わかる」


正直、あまりわからなかった。


でも、わざわざ口にするほどでもない。


俺は段ボールを持ちながら、邪魔にならない位置を考えていた。


通路を塞がない場所。


誰かの作業スペースにならない場所。


置こうとした瞬間、


「あ、ごめんそこ使うかも」


後ろから声が飛ぶ。


「あ……ごめん」


すぐに持ち直す。


別に怒られてはいない。


でも、一回止まる。


どこに置くのが正解だったんだろう、と考える。


廊下側なら邪魔かもしれない。


窓側だと人通るし。


考えていると、


「とりあえずそこ置いとけば?」


横から声がした。


あの女子だった。


「あとで動かせばいいし」


簡単に言う。


俺は少しだけ考えてから、段ボールを床に置いた。


彼女はその様子を見て、少し笑う。


「佐藤って、毎回ちゃんと正解探そうとしてない?」


「……そう見える?」


「うん」


否定しようとして、やめる。


たぶん、完全には違わなかった。


第4章 「今、言いかけて止めた?」


文化祭準備が始まって数日経った。


教室の後ろには段ボールや色画用紙が増え、放課後になると机が勝手に移動している。


誰が動かしたのかはわからない。


でも毎日少しずつ配置が変わる。


そういう、“誰も明言してないのに進んでいく感じ”が文化祭には多かった。


黒板には役割分担が書かれている。


買い出し班。装飾班。シフト表作成。


俺の名前は、なぜか備品管理の欄にあった。


たぶん、誰かが「佐藤そういうの向いてそう」とか言ったんだと思う。


特に異論もなかったので、そのまま決定した。


向いているかはわからない。


ただ、曖昧な指示よりはマシだった。


「ガムテどこー?」


教室の奥から声が飛ぶ。


「机の横」


反射で答える。


「あったー」


それで会話終了。


こういう短いやり取りは楽だった。


必要な情報だけで終わるから。


「佐藤くん」


名前を呼ばれる。


振り向くと、あの女子が椅子を逆向きにして座っていた。


「シフト表、これで大丈夫そう?」


紙を渡される。


名前と時間が並んでいる。


抜けている人はいないか確認する。


全員入ってる。


でも、一人だけ休憩時間が極端に短い。


言うか少し迷う。


これを指摘すると、

“細かい”

と思われる可能性がある。


でも後で揉める方が面倒かもしれない。


数秒考えてから口を開く。


「……ここ、休憩短くない」


「あ、ほんとだ」


彼女はすぐ書き直した。


特に嫌そうでもない。


「助かる」


それだけ言う。


俺は少しだけ拍子抜けする。


指摘って、もっと空気止まるものだと思っていた。


彼女はペンを回しながら、


「佐藤ってさ、確認多いよね」


と言った。


責めている感じではない。


ただ観察結果を述べている感じだった。


「そう?」


「なんか、一回止まるじゃん。喋る前とか」


否定しようとして、少し止まる。


その止まったこと自体が答えみたいになってしまって、結局「……まあ」とだけ返した。


彼女は笑う。


「今も考えたでしょ」


「別に」


「絶対考えた」


なぜか断定される。


でも不快ではなかった。


その時、教室の前の方で少し大きな声がした。


「いや、それ誰が買いに行くの?」


見ると、買い出し班っぽい数人が話している。


話しているというより、少し揉めていた。


「俺、その日部活あるし」


「私も塾」


「じゃあどうすんの」


会話が止まる。


誰も悪くない。


でも誰かがやらないと進まない。


そういう種類の沈黙だった。


教室全体が少しだけ様子を見る空気になる。


誰かが折れるのを待っている感じ。


俺はその空気を見ながら、頭の中で条件整理を始めていた。


平日放課後。


駅前。


荷物量。


人数。


多分二人いれば足りる。


別に俺でもいい。


でもここで自分から言うと、

「暇な人」

みたいになるかもしれない。


いや、実際暇だけど。


でも一回引き受けると今後も押しつけられる可能性がある。


ただ、この沈黙長いな、とも思う。


考えているうちに、


「じゃあ、私行くよ」


と誰かが言った。


空気が一気に動く。


「あ、ごめん」


「助かるー」


会話が再開する。


皆すぐ元のテンポへ戻っていく。


俺だけ少し遅れてその流れを見ていた。


「佐藤」


横から声。


「今、なんか言おうとしてやめた?」


心臓が少し跳ねる。


彼女はこっちを見ていた。


いつから見ていたんだろう。


「……別に」


反射でそう返す。


でも彼女は珍しく視線を逸らさなかった。


「いや、なんか」


少し考えるみたいに言葉を探して、


「毎回、“考えてから黙ってる”感じする」


と言った。


教室の笑い声が遠くで聞こえる。


誰かが机を動かしている。


ガムテープの剥がれる音。


そういう全部の音があるのに、その言葉だけ妙にはっきり聞こえた。


返事を考える。


でも、説明しようとすると長くなる気がした。


だから結局、


「……考えすぎなだけ」


とだけ言った。


彼女は数秒こっちを見たあと、


「ふーん」


とだけ返した。


でもその「ふーん」は、

今までみたいに会話を終わらせる感じじゃなかった。


第5章 「ちゃんと考えてはいる」


文化祭準備が始まってから、教室に残る人が少しずつ固定され始めた。


中心になって動くやつ。


賑やかに話すやつ。


なんとなく手伝ってるやつ。


端の方でスマホを見てるやつ。


それぞれ自然に配置が決まっていく。


誰も指示していないのに。


その感じは少し怖かった。


俺は教室後ろの机で、備品リストを確認していた。


ペンの本数。


紙皿。


割り箸。


足りないものに丸をつける。


数字は楽だった。


足りるか足りないかがはっきりしている。


「佐藤ー、それ終わった?」


顔を上げる。


クラスの男子がこっちを見ていた。


「あと少し」


「りょ」


会話終了。


短くて助かる。


男子はそのまま友達の輪へ戻っていった。


向こうでは笑い声が上がっている。


何がそんなに面白いのかは聞き取れなかった。


でも、たぶん内容そのものより、会話の流れが楽しいんだろうなと思う。


そういうのは少しわからない。


わからないけど、否定したいわけでもない。


ただ、自分にはうまく入れないだけで。


「ねえ」


また声をかけられる。


あの女子だった。


最近、話しかけられる回数が少し増えた。


「これ運ぶの手伝って」


段ボールを指さす。


「いいけど」


立ち上がる。


中身は紙コップだった。


軽い。


二人で廊下を歩く。


沈黙。


でも変に会話を探さなくていい沈黙だった。


その感じは少し楽だった。


階段を降りながら、彼女がふと口を開く。


「佐藤ってさ」


またその入り方だ、と思う。


「なんでそんな疲れてそうなの」


少し考える。


疲れて見えてるんだ、と思った。


「別に疲れてない」


「いや、なんか常に“処理中”って感じする」


その表現は妙にしっくり来た。


しっくり来てしまったので、逆に返答に困る。


「……普通じゃない」


「普通かなあ」


彼女は納得していない顔をした。


一階の倉庫へ段ボールを置く。


戻る途中、廊下の窓からグラウンドが見えた。


サッカー部が走っている。


同じ動きを何周も繰り返していた。


「いいよね、部活って」


彼女が言う。


「やること決まってるし」


俺は少しだけ考える。


たしかにそうかもしれない。


考える範囲が限定されている感じはある。


「佐藤、部活入ってないの」


「入ってない」


「なんで?」


“なんで”は困る。


特別な理由があるわけじゃない。


でも、「なんとなく」は説明にならない気がする。


考えているうちに時間が空く。


彼女が少し笑う。


「ほらまた」


「……別に、考えてない」


「絶対考えてる」


否定しても毎回見抜かれる。


そのことに少し慣れてきている自分がいた。


教室へ戻ると、前の方が少し騒がしかった。


どうやらシフト表で揉めているらしい。


「いや、俺その時間無理なんだけど」


「でも他空いてなくね?」


「誰か変われない?」


誰もすぐには答えない。


皆、目を逸らしている。


俺は空いてる時間を頭の中で確認する。


別に変われる。


その日は予定もない。


でも、自分から言うべきか少し迷う。


ここで入ると、

“都合よく使いやすいやつ”

になる可能性がある。


ただ、このまま止まるのも空気悪い。


どっちがいいんだろう。


考えていると、


「佐藤空いてなかったっけ」


誰かが言った。


視線が集まる。


一瞬で教室の空気が変わる。


断れる。


でも今断ると、

“嫌がってる人”

になる気がした。


「……別に、変われるけど」


言った瞬間、


「あ、助かるー」


「ごめんな」


「ありがと」


空気がすぐ流れ始める。


問題解決。


皆また元の会話へ戻っていく。


俺はシフト表を書き換えながら、少しだけ後悔していた。


別に嫌だったわけじゃない。


でも多分、

最初に「別に」を入れたせいで、

少し棘のある言い方になった気がする。


“仕方なくやってる感”みたいな。


もっと普通に言えばよかったかもしれない。


「佐藤」


横を見る。


彼女がこっちを見ていた。


「ちゃんと考えてから言ってるのに、損してること多そう」


心臓が少し止まる。


そういう言い方をされると思っていなかった。


俺は何か返そうとして、


でも、ちょうどいい言葉が見つからなくて、


結局、


「……そうかも」


とだけ答えた。


第6章 「雑に通じる人」


文化祭まで、あと二週間だった。


教室の空気が少し浮ついている。


授業中も、皆どこか集中していない。


黒板を写しながら、別のグループは文化祭の話をしている。


先生も半分くらい諦めていた。


「でさ、絶対あいつ当日サボるって」


「いや、なんだかんだ来るだろ」


「来なかったら佐藤働かされそう」


突然名前が出て、一瞬だけ思考が止まる。


前の方の男子たちが笑っていた。


冗談だ。


別に悪意はない。


だから反応に困る。


こういう時、どの温度で返せば自然なんだろう。


「まあ、別に」


とりあえずそう返す。


「あー、佐藤ってなんか断らなそうだもんな」


笑いながら言われる。


俺も少しだけ笑う。


否定するほどでもなかった。


実際、断るタイミングを考えているうちに終わることは多い。


その会話もすぐ別の話題へ流れていった。


教室って、多分“止まらないこと”が一番重要なんだと思う。


内容より先に。


昼休み。


実行委員用のプリントを職員室へ持っていく途中、廊下であの女子と合流した。


「また使われてるじゃん」


開口一番そう言われる。


「別に使われてはない」


「そういう返しばっかだよね」


職員室前は人が多かった。


提出物を持った生徒が並んでいる。


俺たちも列の後ろに立つ。


前のグループが楽しそうに話している。


文化祭当日の服装がどうとか、写真がどうとか。


会話の切り替わりが速い。


「皆さ」


彼女がぼそっと言う。


「なんであんな自然に話題飛ぶんだろ」


少し驚いて横を見る。


「佐藤も思う?」


「……たまに」


「なんか、“会話成立してるから成立してる”みたいな時ない?」


その言い方は少しわかった。


論理じゃなくて、流れで会話が繋がっている感じ。


でも、多分それをいちいち確認しないから、皆あの速度で話せるんだろう。


俺は毎回、

“今この返し変じゃないか”

を考えてしまう。


だから遅れる。


「佐藤ってさ」


また名前を呼ばれる。


「頭の中だともっと喋ってそう」


一瞬、返事が止まる。


かなり核心に近いことを言われた気がした。


でも、それを認めると何か変わる気がして、少し怖い。


「……別に」


反射でそう返す。


彼女は笑う。


「その“別に”、便利だね」


列が進む。


職員室の扉が開いて、教師たちの声が漏れる。


提出を終えて教室へ戻る途中、彼女がふと聞く。


「佐藤って、将来何したいとかあるの」


難しい質問だった。


職業の話なのか、生き方の話なのかで答えが変わる。


でも多分、そこまで重い意味ではない。


「まだ決めてない」


「でも理系行くんでしょ」


「たぶん」


“たぶん”を入れた瞬間、自分で少し後悔する。


曖昧すぎたかもしれない。


彼女は少し考えてから、


「佐藤って、“決める”の苦手そう」


と言った。


否定しようとして、やめる。


決める瞬間って、何かを捨てる感じがする。


他の可能性を閉じるというか。


だからいつも少し遅れる。


教室へ戻ると、文化祭準備の続きをしているグループが見えた。


黒板に描かれたラフ案。


机の上の絵の具。


誰かが笑っている。


その中に、一人だけ少し離れた位置でスマホを触っている男子がいた。


準備に参加していないわけではない。


でも輪には入っていない。


なんとなく、その姿が少し気になった。


彼女もそっちを見ていた。


「……ああいうの、一番むずいよね」


何が、とは言わなかった。


でもなんとなくわかった。


無理に引っ張るのも違う。


放っておくのも違う。


そういう、正解の形が曖昧なやつ。


俺は少し考えてから、


「たぶん、本人もどうしたいかわかってない時あるし」


と言った。


口に出したあと、自分で少し驚いた。


わりと長く喋っていた。


彼女も少しだけ目を丸くする。


でもすぐ、


「……今の、ちゃんと佐藤の言葉っぽい」


と言った。


その瞬間。


教室の奥で、ガムテープを引っ張る大きな音がした。


その音に紛れるみたいに、俺は小さく「別に」と返した。


第7章 「長くなるから」


文化祭準備が本格的になるにつれて、放課後の教室に残る人数も増えていた。


ペンキの匂い。


机を引きずる音。


誰かのスマホから流れる音楽。


教室全体が少し散らかっていて、少し浮ついている。


その空気の中にずっといると、頭の中まで雑音が増える感じがした。


俺は後ろの机で、買い出し用のメモを整理していた。


紙コップ二百。


割り箸百五十。


ソース追加。


確認しながら書いていると、視界の端に影が止まる。


顔を上げる。


あの女子だった。


「また確認してる」


「数足りないと面倒だし」


「佐藤って、“あとで困る可能性”ずっと考えてるよね」


言われて、少し考える。


多分そうだった。


というより、皆どこまで考えてないのかがたまにわからない。


「……普通じゃない」


「それ便利な返事?」


「便利っていうか」


続きが出てこない。


説明しようとすると長くなる。


何をどこから言えばいいかわからなくなる。


彼女は隣の席に座った。


無理に会話を繋げようとはしない。


その沈黙は、あまり嫌じゃなかった。


教室の前の方では、何人かが模造紙に絵を描いている。


「これ絶対バランス変じゃね?」


「いやいけるって」


「怖すぎるだろその自信」


笑い声。


会話は途切れず流れていく。


ああいうテンポを見るたびに、少し不思議になる。


「佐藤ってさ」


また声。


「会話してる時、たまに“途中まで別の答え考えてた顔”してる」


思わず彼女を見る。


「そんな顔してる?」


「してる」


断定される。


「なんか、“もっとちゃんと説明できるけど、やめた”みたいな」


かなり近かった。


近すぎて、逆に返しづらい。


「……長くなるから」


口から自然に出た。


言ったあと、自分で少し驚く。


彼女も一瞬黙った。


多分、今までで一番そのままの返事だった。


「へえ」


それだけ言う。


でも、会話を流さなかった。


「長いとダメなの?」


俺は少し考える。


ダメ、というより。


「なんか……空気止まるし」


「そんな止まる?」


「止まる時ある」


というか、自分では止まってるように感じる。


説明している途中で、

“あ、これ求められてる会話じゃないな”

と思う瞬間がある。


そこから急に、自分だけ浮いている感じになる。


でも、それをそのまま言うのも変な気がした。


彼女は机に頬杖をつく。


「でも佐藤、たまに急にちゃんと喋るよね」


「……そう?」


「この前の、“本人もどうしたいかわかってない時あるし”とか」


覚えられていたらしい。


少し恥ずかしくなる。


別に大したこと言ったつもりはなかった。


「なんか、ああいう時だけ急に解像度上がる」


“解像度”。


その表現は少しわかりやすかった。


普段はぼやけたまま喋っている感覚がある。


細かく説明すると長くなるから、輪郭だけ置いていく。


でも、それだとたまに何も考えてないみたいになる。


「佐藤って」


彼女が続ける。


「黙ってるんじゃなくて、削ってる感じする」


教室の音が少し遠くなる。


誰かが笑っている。


ガムテープの音。


椅子の擦れる音。


そういう全部の中で、その言葉だけ妙にはっきり残った。


削ってる。


多分、それが一番近かった。


頭の中にあるものを、そのまま出すと多すぎるから。


だから減らす。


減らして、減らして、一番波風立たなそうな形にする。


その結果、「別に」とか「あー」だけ残る。


俺は少し視線を落として、


「……まあ」


とだけ返した。


彼女は少し笑った。


「今のは削りすぎ」


第8章 「何考えてるかわからない」


文化祭前日、教室はずっと騒がしかった。


机はほとんど端へ寄せられて、床には段ボールと工具と紙屑が散らばっている。


誰かが脚立を運び、誰かが看板を描き、誰かがただ座って喋っている。


皆、忙しそうだった。


でも何を基準に忙しいのかは少し曖昧だった。


俺は教室後ろで備品を確認していた。


足りないものはない。


多分大丈夫。


確認済みの欄に線を引く。


その時、前の方から少し強めの声が聞こえた。


「だから誰がレジやるのって」


またシフトの話らしい。


ここ数日、そればかりだった。


誰かが、


「佐藤できそうじゃね?」


と言う。


教室の何人かがこっちを見る。


俺は少し考える。


レジ自体は別にできる。


でも金の管理はミスると面倒だ。


確認作業増えそうだな、と思う。


考えているうちに沈黙ができる。


すると別の男子が笑いながら言った。


「ほらまた考えてる」


悪意はない。


多分ただの軽口。


でも教室の空気が少し笑う方向へ流れる。


「佐藤ってマジ何考えてんのかわかんねーよな」


誰かがそう言った。


その瞬間、妙に教室が静かに感じた。


実際には全然静かじゃない。


ハサミの音も、話し声も、椅子を引く音もある。


でもその言葉だけ変に残った。


何考えてるかわからない。


別に初めて言われたわけじゃない。


昔からたまに言われる。


だから傷つくというより、

“やっぱりそう見えるんだ”

と思う方が近かった。


俺はとりあえず、


「……別に」


と言う。


その返事にまた少し笑いが起きる。


「ほらそれ」


「“別に”しか言わんじゃん」


空気は軽い。


誰も本気で責めてはいない。


でも、うまく馴染めない感じだけは残る。


俺は少し遅れて、


「レジ、やるならやるけど」


と言った。


「あ、助かる」


それで話は終わる。


また教室は元の騒がしさへ戻っていく。


俺だけ少し遅れて、その流れに置いていかれる。


備品表へ視線を戻す。


文字が少しぼやける。


別に嫌だったわけじゃない。


実際、向こうから見れば本当にわからないんだと思う。


俺だって、全部言ってるわけじゃないから。


でも。


“考えてない”と思われるのは、少し違った。


ずっと考えてる。


むしろ疲れるくらい。


ただ、それをどう出せば自然なのかわからないだけで。


「佐藤」


横から声。


あの女子だった。


いつの間にか隣へ来ていたらしい。


「気にしてる?」


「別に」


反射で返す。


すると彼女は少し呆れた顔をした。


「今のは“別に”じゃないでしょ」


図星だった。


でも、じゃあ何て言えばいいのかわからない。


“気にしてる”と言うほど傷ついてはいない。


でも完全に平気でもない。


その中間の説明が難しい。


彼女はしばらく黙ってから、


「皆、佐藤が何も考えてないと思ってるわけじゃないと思う」


と言った。


俺は少し顔を上げる。


「ただ、“見えない”んだと思う」


教室の奥で誰かが笑っている。


ペンキの匂いがする。


窓の外はもう暗くなり始めていた。


“見えない”。


その言葉は、なんとなく正しかった。


俺は言葉を減らしすぎたんだと思う。


減らしているうちに、

中身ごと見えなくなった。


彼女は俺の手元の備品表を見る。


「佐藤って、ちゃんと説明しようとすると長いタイプでしょ」


少しだけ笑いながら言う。


俺は数秒考える。


否定しようとして。


でも今回は、やめた。


代わりに小さく、


「……まあ」


とだけ答えた。


彼女はそれを聞いて、


「ほら、今ちょっとちゃんと喋った」


と言った。


第9章 「ちゃんと喋ろうとすると長くなる」


文化祭当日が終わったあとも、教室には少し熱が残っていた。


机はまだ端に寄せられたままで、床には剥がしきれていないテープの跡がある。


皆、疲れているはずなのに妙にテンションが高かった。


「写真撮ろー」


「打ち上げどうする?」


「片付けだる……」


笑い声が絶えない。


その空気を、少し遠くから見ていた。


俺はレジ横の備品を段ボールへ戻している。


紙コップ。


割り箸。


余ったソース。


確認しながら戻していく。


減った数が合っていると少し安心した。


「佐藤ー」


顔を上げる。


クラスの男子が手を振っていた。


「マジ助かったわ、レジ」


「あー」


「絶対ミスると思ってた」


笑いながら言う。


悪意はない。


だから俺も少し笑う。


「まあ、確認してたから」


「そこだよな。佐藤ずっと確認してるもん」


その会話もすぐ流れていく。


男子たちはまた別の話題へ戻っていった。


俺は段ボールを閉じる。


“確認してる”。


多分、皆から見えてる俺ってその程度なんだろうなと思った。


静かで。


反応薄くて。


なんかずっと考えてるやつ。


それは間違ってはいない。


でも、多分少しだけ違う。


「手伝う」


横から声。


あの女子だった。


俺は「別に大丈夫」と言いかけて、一瞬止まる。


最近、その言葉を飲み込む回数が増えていた。


「……じゃあ、こっち持って」


言うと、彼女は少しだけ笑った。


二人で段ボールを運ぶ。


廊下には、まだ文化祭帰りの生徒が残っていた。


どこも少し騒がしい。


窓の外は暗い。


階段を降りながら、彼女が言う。


「なんか終わると変な感じするね」


「まあ」


「それ便利すぎない?」


また言われる。


でも声は笑っていた。


倉庫へ段ボールを置く。


帰ろうとして、彼女が急に聞いた。


「佐藤ってさ」


その入り方にも、もう少し慣れてしまった。


「なんでそんな、“言わない方”選ぶの」


俺は少し考える。


いつもみたいに、

“別に”

で流すこともできた。


でも今日は、うまくそれが出てこなかった。


沈黙が落ちる。


廊下の向こうから、誰かの笑い声が聞こえる。


文化祭の後の、少し浮ついた空気。


その中で、俺だけ時間が少し遅い感じがした。


「……なんか」


口を開く。


思ったより声が小さい。


「ちゃんと喋ろうとすると、長くなるから」


言ったあと、自分で少し後悔する。


説明不足な気がした。


でも、ここから続きを話すと本当に長くなる。


どこから説明すればいいかわからない。


どうして会話の前に確認してしまうのか。


どうして皆みたいに自然に返せないのか。


どうして一回頭の中で整理しないと不安なのか。


そういうのを全部言葉にすると、多分重い。


彼女は黙って聞いていた。


否定もしない。


急かしもしない。


だから逆に、少しだけ続きが出る。


「なんか……皆、普通に喋ってるけど」


言葉を探す。


「俺、たまに、“これ言ったら変かも”とか、“今この返し違うかも”とか、ずっと考えるから」


途中で、自分が何を言ってるのかわからなくなりそうになる。


でも彼女はまだ聞いている。


「で、考えてるうちに、別にどうでもいい会話だったりするし」


少し笑う。


自嘲みたいな笑いだった。


「だから削る。なるべく変じゃないやつだけ残す」


廊下の蛍光灯が少し白い。


沈黙が落ちる。


やばい、喋りすぎたかもしれない。


急にそう思う。


多分今、かなり面倒くさいやつみたいになってる。


頭の中で後悔が回り始める。


やっぱり言わなきゃよかったかもしれない。


すると彼女が、小さく言った。


「そりゃ疲れるでしょ」


その返答は、少し予想外だった。


もっと、

「考えすぎじゃない?」

とか、

「気にしすぎ」

とか、

そういう方向だと思っていたから。


俺は何も返せなかった。


彼女は壁にもたれながら続ける。


「でも、佐藤って別に冷たいわけじゃないんだね」


その言葉で、胸の奥が少しだけ詰まる。


冷たく見えている自覚はあった。


興味なさそうとか、やる気なさそうとか。


でも、本当は逆だった。


気にしすぎるから黙っていただけで。


彼女は少し笑う。


「なんか、“何も考えてない人”じゃなくて、“考えすぎて省略してる人”だった」


その言い方が妙に正確で、少し困る。


俺は視線を逸らしながら、


「……長かったでしょ」


と言う。


すると彼女は即座に、


「うん。ちょっと」


と答えた。


思わず笑ってしまう。


本当に少しだけ。


彼女も笑う。


廊下の向こうでは、まだ誰かが騒いでいた。


文化祭はもう終わったのに、学校だけまだ少し熱を持っている。


その中で俺は、

初めて少しだけ、

“削る前の言葉”を誰かに渡した気がした。

第10章 「半拍遅れて」


文化祭が終わった次の週、教室は急に静かになった。


後ろに積まれていた段ボールは消えて、机も元の位置へ戻っている。


黒板の端に残っていた装飾用テープの跡だけが、少し名残みたいに残っていた。


皆、文化祭の話をまだ少ししている。


でも熱はもう引き始めていた。


「写真送ってー」


「打ち上げの時のやつ?」


「それそれ」


会話はもう次へ進んでいる。


文化祭自体が、少しずつ“終わったこと”になっていた。


俺は窓際の席で、ぼんやり外を見ていた。


グラウンドでは体育の授業をしている。


前にも見た光景だった。


ただ、前より少しだけ音が近く聞こえる気がした。


「佐藤」


名前を呼ばれる。


振り向く。


あの女子だった。


「プリント回して」


「あー」


受け取る。


前へ回す。


それだけのことなのに、少し間ができる。


彼女はそれを見て、小さく笑った。


「まだ考えてる」


「……別に」


反射で言ってから、少し止まる。


彼女がこっちを見る。


俺は一瞬だけ迷って、


「いや」


と言い直した。


その一言だけで、妙に喉が引っかかる。


「考えてないわけじゃない」


言ったあと、教室の音が少し遠くなる。


別に大した発言じゃない。


ただの短い返事。


でも、自分の中では少し違った。


前なら、多分「別に」で終わらせていた。


削って。


削って。


何も波立たない形だけ残して。


でも今は、その途中を少しだけ出せた。


彼女は数秒こっちを見てから、


「うん」


とだけ返した。


変に驚きもしない。


褒めもしない。


ただ普通に受け取る。


その反応が、少しだけありがたかった。


昼休み。


前の席の男子が振り返る。


「佐藤、進路どうすんの結局」


前にも聞かれた質問だった。


あの時の自分を少し思い出す。


どの粒度で答えるべきか考えて、

無難な言葉だけ残した。


今も、完全に答えがあるわけじゃない。


でも今回は、少しだけ違った。


「理系かな」


そこまで言って、一瞬止まる。


男子はもう次の話題へ行きかけていた。


でも俺は半拍遅れて続ける。


「……考えるの好きだし」


言った瞬間、自分で少し驚く。


教室の空気は止まらなかった。


男子は普通に、


「あー、たしかに」


と返しただけだった。


それだけ。


本当にそれだけだった。


でも、その“それだけ”に少し驚く。


もっと変な空気になると思っていた。


もっと説明が必要だと思っていた。


でも実際には、

少し言葉を増やしたくらいで、

世界は別に壊れなかった。


窓の外で風が動く。


カーテンが少し揺れる。


教室では誰かが笑っている。


変わらない景色だった。


俺自身も、多分そこまで変わっていない。


相変わらず考えすぎるし、

喋る前に止まるし、

頭の中ではずっと会話を編集している。


多分これからもそうだ。


でも。


“全部削らなくてもいい時がある”


ということだけ、少しわかった気がした。


前の方で誰かが騒いでいる。


また教室の空気が動き始める。


俺はその流れを見ながら、少し遅れて立ち上がった。

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