僕とアリスのアンダーランド
今日もコッツウォルヅにある村の酒場は賑わっております。
店主であるジェイコブはかつて貧しい家で生まれた男の子でしたが、この地で大変な名家として知られるポートマン家の執事として長らく仕えていました。
「ジェイコブさん、息子が今度ポートマンの世話焼きで働くことになってよ!」
「へぇ」
「おい、挨拶しろ! もしかしたら上司になっていたかもしれねぇ大先輩だぞ!」
「は、はい……」
常連客のトムはそう言って。横にいる10代半ばぐらいの少年の頭をつかんでおろしました。トムの息子、トムの木こり仕事を手伝っていると耳にすることはありましたが、その顔をみるのは初めてでした。父親に似つかない大人しい子。
「ジュースか何か飲むかい?」
「はい……いただきます……」
よく耳を澄まさないと聴こえない声で彼は返事をします。
「名前は?」
「ジョシュア」
「そうか、ジョシュア。何でまたポートマン家で働こうと?」
「家族を少しでも……少しでも豊かにしたいなと思って……」
ジョシュアのその言葉を聞いてトムは目を潤ませます。
ジェイコブもそんな彼の言葉を聞いて微笑みました。
彼はトムたち大人に言われてポートマン家へ働きにいくのでないのです。
みずからの意思で働き親への恩を返したい一心だったのです。
「私も君ぐらいの歳でポートマン家に入った。今はもう嫁がれてあそこにいないけども、アリス様というご令嬢様にみこまれてなぁ。でも、その話はややこしいか。長くなるから止しておこう。召使も召使で下っ端も下っ端の時に不思議な事があってなぁ。ははっ、だいぶ御伽話になってしまうが、どうだ? 祝杯のツマミにでも聞いてくれないか――」
ポートマン邸の裏庭の先に大きな森があります。
高い塀に囲まれたポートマン邸でありますが、盗賊たちから金品を狙われない為にも護衛を塀のまわりにつけるだけでなく深い池をつくってもいました。
「森のほうにね、地底人たちが住む世界があるの」
「アリス様、何を言われているのですか?」
ジェイコブが召使として働き始めてまだ間もない時のこと。ポートマン家令嬢であるアリスと年齢が近いということもあって、彼はお遊戯の時間をともにすることを任されていました。
「私の作り話よ! つき合いなさいよ! 真面目に聞いてくれそうなのがアンタだけなのだから!」
「は、はぁ……かしこまりました」
アリスが話すには裏庭の先に森に通ずる裏穴があり、そこを通った先に森の中にある不思議な壁画とそこにまた裏穴のような穴があると言うのです。
「村の子供たちがイタズラでつくったのでは? 秘密基地の祠のような」
「夢もクソもない話をするわね! でも、いいわ。私ってば、こないだの深夜にその穴のまでいってみたのよ!」
「えぇっ!?」
「声が大きいわよ。そうしたらね、あったのよ。本当に地底世界が。だけど普通じゃないの。地底になさそうなキラキラした世界で動物の顔した人がすごくいて。そんなキラキラした世界にずっといたかったけど、何だか怖くなって引き返したの」
「あの……作り話ですよね?」
「そうよ。どう? 面白かった?」
「いや、本当にあったことのように感じました」
「もうっ、アナタってば怖がりね。でも、いいわ。自信ついたかも」
「自信?」
「ええ。リアリティってヤツ?」
「りありてぃ?」
アリスの話はそこから面白いことが聴けそうで仕方ありませんでした。だけど、そこときに執事のセバスチャンが「おやつの時間ですよぉ~」と言うのでお遊戯の時間は終わることに。
「また今度! 続きを話すわね!」
「はい! ぜひ!」
翌日、朝からポートマン家は大騒ぎになります。
「アリス様がいない!? いないぞ!?」
アリスが邸宅からいなくなっていたのです。伯爵ご夫妻もひどく取り乱してはセバスチャンをはじめ、使いの者たちを怒鳴り散らかしていました。
「ジェイコブ、昨日のお遊戯の時に何か話されていなかったか?」
すっかり青冷めたような顔をしたセバスチャンが召使ジェイコブに聞きます。
「いえ……地底人の話をされるばかりで」
「チテイジン?」
「はい……御嬢様は裏庭の先にある森にご興味があるそうでして。その先に祠があるとかないとかで」
「何だ? その変な話は?」
「わ、分かりません。ただ御嬢様が作った作り話だと仰っておりました」
セバスチャンは溜息をつき「お前も探せ。このまま見つからなければ我々は全員クビだ」としました。
ジェイコブは考えます。もしもアリスが昨日話したことが作り話なのではなく本当の話だとしたら……
いや、そんな筈はない。裏庭には裏庭にお花のことに詳しい召使が常にいます。彼女がいない深夜でも護衛の者が重装備の鎧をまとってそこに立ちます。
でも、彼は「もしかしたら」と思って裏庭のほうへゆきました。
するとどうでしょう。そこには誰もいなかったのです。
彼は隈なく裏庭のありとあらゆるところを探しまわりました。やがて壁の下にある穴を見つけてしまいます。
「まさか……」
彼はその穴をくぐってゆきます。
その穴の先にあったのは森。彼がポートマン家にやってきた時以来に目にする木々の光景です。スタスタと歩いていくと今度は獣人のような絵が描かれている壁画を発見しました。またその下にはまたもや人が入ってゆくような穴が。
「まさか……」
今度の今度はさすがのジェイコブの頬も緩みます。
彼はその穴をくぐりました。
10分ぐらいでしょうか? 邸宅にあった穴をくぐるよりも長い穴道です。
そこにあったのはピンクの陽光に包まれた世界。空にはキラキラ光る白い星のようなモノが無数に浮かんでいます。黄昏時にみる空の色とでもいいましょうか。ジェイコブはアリスが話してきた地底世界のおとぎ話を思いだします。
「ここは?」
立ち尽くすジェイコブ。
「おや? 見慣れない顔だな?」
声がする方向を振り向くと顔から何まで体の全てを真っ白にしている道化師が真っ赤な風船を持って立っていました。
「ピエロ?」
「そういう名前じゃない。君は誰かな?」
「僕はジェイコブ・ダルク。この先にあるポートマン家で仕えているよ」
「ポートマンケ? 知らないなぁ。オイラは名もなき道化師。ブギーさ」
「そうか。ブギー。ここがどこかアナタは分かるのか?」
「ここは“ママの世界”だよ。ママの美味しいおやつになる為にオイラたち住民は日々芸を磨いている」
「おやつになる為に?」
「そうさ。美味しいおやつになる為には面白い見た目に面白い味を身につけないといけない」
「話していることがよく分からないな。アリスという女の子をみなかったか?」
「知らないね。とりあえずママに挨拶したらどうだい?」
「いや、僕はいいよ。アリス様を探しに来ただけだしさ」
「そのアリスってコがいるかもしれないぞ?」
道化師に誘われるままジェイコブは地底世界を歩くことになりました。まわりには白い円形状の建物が絶え間なく立ち並びます。そこにいる者たちは顔を鹿や豚にした獣人と言いましょうか。人らしい人はブギーぐらいです。確かに眺めているだけで退屈はしません。明らかにここは遠く現実から離れた世界ですから。
やがてとても巨大な城にいきつきます。
彼らはその城のなかに入ります。
そこにいたのはポートマン邸の見上げる高い塀よりも遥かに高く、邸宅よりも横幅を大きくする巨漢の老婆。
「ブギーかい?」
「はい。ママ。彼は地上よりここにやってきた者らしいです」
この怪獣と言っていい老婆が彼らの言うママなのでしょう。
彼女は涎を垂らして巨大な舌と牙も露わにします。
「ずいぶんと美味そうじゃないか。ご褒美にいいものをやろう。そいつをよこせ」
「やったぁ! ママに食べて貰えるぞ! 喜べ! あれ? おいっ!?」
ジェイコブはママとブギーが会話を交わしている隙に城からでてゆきました。
「はぁ……はぁ……」
彼はピンクの地底世界を懸命に走り抜けます。
「おたずねー! おたずねー! 金髪の地上人がママから逃げた! 金髪の地上人! 見つけたら私たちに至急知らせてくれ!」
金の鎧を身につけた熊と虎の獣人がジェイコブのような人間の似顔絵をみせてまわっていました。
もう追手がそこに来ているのか……。
遠目でジェイコブは自分が指名手配されていることを目にします。急いでこの世界から出てゆかなくてはなりません。
溜息をつきます。するとその時に足元から違和感が。
「つかまえた」
モグラに足をつかまれてしまいました。そのモグラは人の言葉を話しますが、それ以上にジェイコブが知っているモグラよりも遥かに大きいサイズの生きものです。これをモグラと言っていいのかも分かりません。
「クソッ!! 放せ!!」
ジェイコブは力いっぱいに片脚を振り払いました。「グワッ!」と悲鳴をあげたモグラは遥か先に飛ばされます。
怪物と言っていいほどの大きさのモグラですが、大きさに似合っているように強くはない。そんなことを思いつつもジェイコブはここへやってきた穴をさがしまわります。
しかし、一向に見つかりません。白い円形状の建物が無数に立ち並ぶこの地底世界で迷うことは樹海で迷うことと同じ。でも、ここでは厄介なことに命までも狙われるお尋ねものにまでなっているのです。
彼はきょう何度目になるか分からない溜息をつきます。
目線を落とした先にジェイコブはとんでもない物を見つけます。
「これは!?」
彼が手にしたのはアリスが気に入って履いていたガラスの靴。
だいぶ損傷が激しいですが、アリスの物で間違いありません。
「もしもし、あなたはアリスさんの知り合いですか?」
「誰だ!?」
振り向くとそこには兎の獣人。腰を曲げた老人が杖を持って立っていました。
「私はこの地底の住人です。ママから『まずそうだ』と言われて食べて貰う事も叶わずいる者。その靴はアリスさんが履いていたものです」
「名前を名乗れ! 僕を騙してエサにしようとしているのだな!」
「いや、そんなことをしても私は……宜しければ我が家に来てください。嫌なら来なくてもいい。我が家の暖炉に地上へでられる穴がありますから」
「………………」
兎の老人はそう言ってノソノソとどこかへ向かってゆきます。
ジェイコブは少し考えましたが、まわりを気にしつつ兎の老人の後を追います。やがて彼は円形状の建物の中へと入ってゆきました。ここが彼の家であるよう。
「おや、ついてきましたか」
恐る恐る彼の家のなかへと入ったジェイコブのことに彼はすぐ気づいた様子。
穏やかな様子を変えないままに揺れる椅子に座っています。
「ここから地上にでられるのか?」
「ええ。そこに暖炉があるでしょう? そこから私を追いかけて彼女もここへとやってきました」
「アリス様が?」
「様と呼ばれているとは……大層な御方だったのですね。あなたはアリスさんのご主人様か何か? 彼女がよほど大切な人と見受けられます」
「召使だ。ジェイコブ・ダルク。そのママとやらの食いものにされそうになって追われている」
「そうでしたか……ならば説明が早い。私は老後の数少ない楽しみとして地上にあがって散歩を楽しんでおりました。その私を見つけたアリス様が私を追いかけココにやってきたのですよ」
「なんとそんなことが……」
「彼女は私たちのこの世界に興味をそれは持たれまして。この地底世界の散歩にでてゆかれたのです。もちろん、私は必死にやめろと話しました。だけど彼女は言うことを聞かない。ママのところまでいったのかどうかは知りませんが、私の説得を振り切ってゆきました。そしていま、走ってこの家のなかに来て暖炉へ」
老人の兎の言うことはしっかり筋道が通っています。
なるほど。それでボロボロになった彼女の靴がある訳です。
「今さっきまでアリス様はこの世界におられたのか?」
「ええ。彼女が初めてこの世界にやってきたのはもう何ヶ月も前ですが」
「失礼を言ったね。この靴は……何の運命かまた僕とアリス様を救ってくれた」
「ほう。どのようなことがあったのでしょう?」
「僕は元々貧乏な育ちでね。彼女が落としたこの靴を彼女の名家にとどけたから召使として働かせて貰えるようになった。でも、だいぶ走り回ったのだろうな。傷だらけだ。新しい靴に変えないと」
「ふふ、まるで王子様と王女様の恋物語です。私があなたの立場にあるならば、勇気をだしてアタックしますぞ?」
「よしてくれ。アリス様が地上に戻っているならば、僕も地上に戻る。アナタと出逢わなければ、この靴がある為に彼女を探し続けたかもしれない。改めて名前を伺えるかい?」
「セバスチャン」
「セバスチャン。ふふっ」
「面白い名前でしたか?」
「いや、地上でお世話になっている上司がいて。同じ名前だった」
「そうですか。奇妙なこともあるものだ」
「何か御礼ができればと思う。余計か?」
「ええ。何もいりません。ただ、お願いと言うか忠告を。アナタもそうだけど、もう2度とここには来ないように。アリスさんにもよくよくお伝えください」
「わかった。ありがとう。肝に銘じる」
そしてジェイコブは暖炉のなかにある穴のなかへ入ってゆきました。
泥まみれになったジェイコブ。暖炉にあった穴の先にある穴はおなじく暖炉にあった穴。そこはポートマン邸の地下にある一室。
「あら、あなたもいったのね?」
泥まみれになっているアリスがそこにいました。
「アリス様……ご無事でよかった……」
ジェイコブはそう言って彼女が無くしたガラスの靴を差しだします。
「ごめんね……心配かけたね。ありがとう」
アリスはなくした靴を受けとると優しく包むようにジェイコブを抱いて撫でてくれました。それはかつて幼い時に彼が母から受けた愛のような温かさで――
そんな話があったとすっかり年老いたジェイコブはジョシュアに語ります。
話の折々でツッコミを挟んでいたトムは酒に酔い潰れて寝ていました。
「どうだい? 面白かったかい?」
「はい。もう聞き入っていました」
「何か聞きたいことは?」
「聞きたいこと……」
「何も聞かないならそれでいい。私とアリス様もそれからその世界のことは一切口にしていない。アリス様はセバスチャンにこっぴどく叱られてね。だけどその後すぐに涙ながらに彼から抱きしめられていた。家族とはそういうものなのだよ。たとえ血が繋がってなくても。でもジュシュア、誰しもがどんなに貧しくたって恵まれたって忘れちゃならないものがこの人生にはある。それが何か分かるか?」
「なんでしょう?」
「キラキラしているものに人は心を奪われるものだ。だけどそれがそうなのだと感じられるのは身近にそれがないからだ。そこに囚われることで人は自分自身を見失う。それを私もアリス様もこう呼んでいる」
ネバーランドと。
「ジョシュア、温かい飲み物をタダでやるから外にでてみろ。今日は雲ひとつもない快晴だ。その目にしっかりと無限の輝きが映るはず。そして甘ったるいモノよりも苦みのあるモノが美味しく感じるようにもなる。今夜はそんなお前さんの門出だ。騙されたと思ってやってみろ」
ジョシュアはあったかいコーヒーを片手に誰もいないテラスへ出ます。
白い吐息が舞い上がるその先にあるのは無数の輝く星々。
彼がジェイコブの言ったことの意味を分かるのはまだまだ先の話でありますが、それでも彼にとって充分な価値がそのコーヒー1杯にはあったことでしょう――
ご一読ありがとうございました♪♪♪
すごく久しぶりに童話を書きました(笑)いつぶりだろう(笑)
ギリギリ冬の童話祭に参加できました(#^.^#)
『街で噂のサンタクロース』
https://ncode.syosetu.com/n6990da/
実は本作、こちらの続編にもなります。でも、読む必要がないと言えばないかも?
そして庵ちゃんこと武頼庵氏の「すれ違い企画」にも参加しているのですね。本作は心理的なすれ違いと言うよりも物理的なすれ違いに重きをおいている感じがあります。細かく言えば色々あるんですけどね。ただ個人的に思ったのが童話って非現実的なロマンを謳うよりも現実的な見方をロマンを通じて教えてくことができる面があるなってこと。少なくとも僕はそうしがちなんですよね。ここで言うところのネバーランドってそうなんですよね。もっとも意味としては夢をみるなじゃなく囚われるなですが。まぁだけど捉え方は人それぞれ。それぞれの楽しみ方で楽しんで貰えれば何よりと思いますm(_ _)m




