ひっぱりイカの話
ある広い海に、ひっぱりイカがいた。
そいつがなぜひっぱりイカかというと、目にとまったものを何でもご自慢の前足でひっぱってしまうからだ。
ひっぱりイカはとにかくはた迷惑な奴で、いたるところに被害者がいた。ちょろっと足の先をつぼから出してくつろいでいたタコや、砂の中にもぐっていたヒラメ、友達とおしゃべりをしていたイソギンチャクに、お腹をすかせて小さな魚をねらっていたウツボ。みんなひっぱりイカにしっぽや足をひっぱられ、いまいましい思いをしたことがある。
ぽかぽかとあたたかい春の午後、大きなクジラが海面にぽっかりと浮かんで、おひるねをしていた。
ところが、そこに例のイカがとおりかかった。イカは、空と海のはざまでのんきにゆれているクジラのしっぽを見るなり、ごめんも言わずに(こいつはいつも言わない)力任せにひっぱった。
ひっぱる時だけ、このイカはものすごい力を出す。クジラはいきなり冷たい水の中にひっぱりこまれて、びっくりしてしまった。それまで見ていたオキアミの夢も、台なしだ。
かんかんに腹を立てたクジラは、イカを怒鳴りつけた。
「何だってお前さんは、わしらの邪魔ばかりするのかね」
イカはけろりとして答えた。
「だって、面白いじゃないか」
そして、クジラの鼻先にスミを吹きつけ、逃げていった。
ひっぱりイカにすっかりおかんむりの生き物たちは、集まって仕返しをすることにした。
ワカメをたくさん集め、あみこんで一本の太いロープにした。そして。リュウグウノツカイほどの長さのそれを、マグロに持たせた。
マグロは、みんながこっそり見守る中でイカに近づき、これみよがしにワカメのロープを振ってみせた。
ひっぱりイカは、すぐに気がついた。
「やや、あれは」
さっそくひっぱろうとして前足をのばしたが、マグロはさっとロープを振ってかわし、一目散に逃げ出した。さあ、ひっぱりイカはその後を追いかける。ひっぱるのにおあつらえ向きのロープなんて見てしまったら、ほうっておくわけにはいかないのだ。
ところが、マグロはだれよりも早い。じきにイカを軽々と引き離し、姿も見えなくなった。イカはあきらめ、つまらない気持ちで上を向いた。
するとどうだ、銀色の小さな釣り針が、海にさしこむ陽光を受けてきらきらと輝いている。イカは迷いなくぐいと針をひっぱった。ところが、反対にイカの方が強い力でひっぱられてしまった。
イカはどんどん上にひっぱられてしまう。負けじと海底の方にひっぱりこもうとするのだが、イカだけの力ではイカんともしようがないらしい。
こっそり岩の陰から見ていた生き物たちはだんだんイカのことが心配になり、こそこそと相談した。
「イカのやつ、何やってるんだ?」
「つり針にひっかかったんだろう」
「わー、それはさすがにかわいそう!」
いくらいたずら好きのイカでも、イカ焼きやイカリングフライになるのはやり過ぎだ。
ウツボやタコ、マグロにカレイは、イカの足をひっぱった。イカは両方向からひっぱられ、にょーんと伸びてしまう。
イカは笑った。
「わっはっは、これじゃまるで「ひっぱりだこ」だ」
「うるさい!!」
ばかなことを言うイカを全員が怒鳴りつけ、えっさほいさとひっぱった。イカはさすがにちょっと反省し__しっかりにぎっていた釣り針をぱっとはなした。
そのいきおいで、みんなイカもろともふっとんだ。砂の中に頭からつっこんだ生き物たちを、イカは思う存分ひっぱり出してやった。
イカは、どうしようもないやつだ。昼寝している時やえものをねらう大事な時にしっぽをひっぱられると、かちんとくる。
それでも、大事な仲間ってやつなのさ。




