不穏な空気(2)
グランは芦戸に近づきつつ、口を出現させる。
その能力を見ても驚きもせず、逆に笑みを浮かべた。
「見た事ない能力ですね、もしかして学都外の方ですか?」
「余裕ぶってたら食われて死ぬよ……!!」
口を大きく開け、食われる目の前まで近づいた瞬間。
さっきまでそこにいたはずの芦戸が、グランの両足・腰・後頭部と一秒弱で蹴りを入れた。
時差で攻撃の反動を受け、前に倒れるグランは何が起こったのか理解できなかった。
「い、今の一瞬で何が!?」
「ぐっ……」
芦戸 光。
名門校竜帝高校の二年生で陸上部、カースト《A》ランクの超能力者。
能力名は神速。自分の四肢全ての反射神経や運動量、全ての速さの概念を極限まで上げることができる。
竜帝の神速者とも呼ばれている彼女を知らない者はいないらしい。
十王は知らなかったが。
そんな最強の彼女が今、妖怪と戦っている。
「ここはカーストによって決められているんですよ。見たところ貴女の能力は《B》ぐらいですかね?」
「このっ……!!!」
遠回しに煽られたと感じたグランは口を無数に出現させ芦戸に放った。
だがそれも軽々しく、余裕を見せつつ避けていく。
全て避け切った後、足音を立てずにグランに近づいた。
「負けを認めますか?」
「……」
グランは歯を食いしばり、何も言い返せなかった。
圧倒的な力、今のグランには手足も出ない。
と言うよりかは十王との対決で体力を消耗している為、思った力を出せないのが現状だ。
「……今日は引いてあげます。次こそは必ず……!」
グランはその場で飛び、暗闇に消えていった。
完全に見えなくなった時、十王は疲れがどっと押し寄せその場で倒れる。
「ちょ、大丈夫ですか!聞こえていますか……返……を!」
駆け寄る芦戸が十王に声をかけるも、次第に聞こえなくなっていくと同時に視界も暗くなっていく。
十王風馬のクリスマスは、最悪なイベントと化した。
翌日。
スズメの鳴き声でハッと起きる十王。
知らない匂い、知らない音、知らない場所。
だが見覚えのある光景であることは間違いない。
ここは病院だ。十王はすぐに昨日の記憶を思い出す。
大きい口、妖艶な美少女。崩れるアパート……次々とフラッシュバックしていく。
「……そうだ!妖怪……!」
「お、起きたか」
ベッドの横には医者が座っており、椅子に座りながらこちらを向く。
足を組み、カルテを見ながら医者は話し始めた。
「君、少し変な能力を持っているね。あらゆる超能力を無効化する能力……おまけに受けた分の負担を貰うときた。大きな力にはそれなりの代償を得なければならないのがよく分かる能力だね」
十王の能力を淡々と語り始める医者。
それに対し頭が回らない十王はとりあえず今の時刻を聞いた。
補習の時間を過ぎればまた先生にどやされるのが目に見える。
「……今何時すか」
「午前九時過ぎ、安心しな。学校には休む連絡はしてある。しかし君補習生とはねぇ」
「なんでもお見通しかよ!少しは患者に気を使えよな!」
「ハッハッハ、元気だね。そんだけ元気なら今日ぐらいには退院出来る。……っとその前に、少し待っていてくれ」
医者は立ち上がると、病室を出た。
出ていくのを見ると深く溜息をつきながら自分の右手を見る十王。
「あの妖怪、俺の能力は狭間から生まれたとか言ってたよな……狭間って何なんだよ……」
考えても考えても理解ができない。
十王は両手で頭をかきながらベッドに再び寝転ぶ。
狭間……妖怪の完全解放……現世の物でもなく妖怪のものでも無い……。待て待て、じゃあ俺は何だ……?
何者なんだよ、俺って……。
天井を見ながら考えていた時、ドアの音が思考と妨げる。
医者は椅子に座り、十王にあるものを渡した。
「お待たせ、君の能力に興味が湧いてきてね。ある薬を作って見たんだ」
「……薬ぃ?」
「君の負担を軽減する薬、まぁ簡単に言うと鎮痛剤だね」
「……何円取るつもりなんだ?」
医者はその言葉を聞いた瞬間、口角を上げ話を続けた。
「普通の超能力者はデメリットが存在しない。水や火を出せれば大抵の事は出来る。でも君の能力は打ち消すだけでなく……その分負担がかかるというそのおかしな能力に興味が湧いてきた。だから医療費は取らない」
「……変な医者だな」
「よく言われるよ、ちなみにその鎮痛剤は飲めば一時間は続くようになってるから、無くなったらまたここに来るといい」
病院の外で最後に発した医者の言葉を思い出しながら、薬を一粒飲む。
飲んだ瞬間に軽減されたという実感は無いが、まぁいつも通り生活していたらそのうち分かるだろうという感じで家に帰る十王だった。