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アタッカー No.18

作者: 来間タロー

----- 登場人物紹介 ------


石上 勇気 (主人公)

開花 陽子 (主人公のクラスメイトで 片思い中の女子)

中本 真一 (主人公とは幼馴染)

岡 順汰 (高校生になって初めてできた友人)

岩田 京子 (高校女子バレー部 開花の親友)

植部 明美 (開花のクラスメイトで良き理解者)

森河 哲 (高校の用務員で 生徒に何かとアドバイスする)


----- 物 語 ------


(1) チャレンジャー誕生 --------------------------------------


中学を 卒業したばかりの 少年少女達が 緊張した面持ちで、高校の 入学式に出席している。

いよいよ これから 高校生活が 始まるのだ。今までの 子供社会ではなく、

大人社会への 助走が 始まろうとしている。


同じ中学から B高校へ 入学したのは7人で、ほとんどが バラバラに クラス分けされた。

そして、長く退屈な 入学式が終わり、教室へと移動する。

石上 『1年5組、ここか』


教室では、近隣の 生徒間で 自己紹介が 始まり、お互いに よろしくと 言っている。

周りを 見渡すと、全員が 知らない生徒で、皆 他の中学から来ていた。


いや、一人 見覚えのある顔があった。

同じ中学だった 植部 明美だ。お互い 顔と名前は 知っているが、会話したことは無い。

とりあえず、挨拶だけでも しておくか。そう思い、植部に近づく。


石上 『よ、よう 植部さん、同じ中学だった 石上だよ。同じクラスだな、よろしく。』

植部 『えっ、アンタ 同じ中学だっけ? ゴメン、知らなかった。』

石上 『‥‥』茫然と立ち尽くす。


次の瞬間、周囲から どっと笑う 男子達の声と、クスクスと笑う 女子達の声で 盛り上がった。

盛大な 笑いから 逃げるように 自分の席に戻る。


石上 ( やっちまった。知らなかったのかよ、びでーな。)

すると、隣の席の 男子が 声を掛けてきた。


隣の男子 『おい、お前やるな。入学初日に ナンパかよ。』

石上 『違うって、あの子は 同じ中学の‥‥』


隣の男子 『まあ、いいから、いいから。結果は 見事に 撃沈したけど、

その勇気だけは 尊敬に値する。』

石上 『だから、そうじゃなくて‥‥』


隣の男子 『俺は、岡だ。よろしくな チャレンジャー。』

石上 『ああ、俺は石上。よろしくな、人の話を 聞かない岡。』


入学初日から 笑われた俺は、自己紹介 するまでもなく『チャレンジャー』として、

クラス中に 名前を知られた。まったくもって、心外だ。




(2) 恋の予感 -----------------------------------------------


入学 二日目 朝の教室

俺が 教室に 入ってすぐ、岡が やってきた。


岡 『ウッス』

石上 『よう』

岡 『あ~、今日から 授業が 始まるな。かったるい。』

石上 『お前、高校は 授業を 受けに来る 処だろう。』


岡 『言うねえ、チャレンジャー。勉強に 自信が あるのか?』

石上 『まあな。』

   (元々、中学の成績では ワンランク上の 高校を狙えたが、安全策で 今の高校に 決めた。

    だから、ここでの 成積は 上位に 入るはず。)


岡 『ほ~、結構な 事だな。お前、部活は やらないのか?』

石上 『ああ、中学でも やってなかったし、特にやりたい 部活は無いからな。

    それに、部活に入ると 先輩との 上下関係が 厳しいだろ。

そういうの 苦手なんだよ。岡は、もう決めたのか?』


岡 『俺は バスケ部に入る。小学校の時から やってるしな、バスケが 好きなんだよ。』

石上 『そうか、頑張れよ。』

岡 『おう』


------------------------


退屈な 午前中の 授業が終り、昼休みになった。

俺と岡は 食堂に入り、メニューを見る。


岡 『大した事ないな。さすがは、学食。でも値段は安い。問題は味だな、美味いかな?』

石上 『お前は グルメ番組の レポーターか?』


岡が ボリューム満点の 日替わり定食の 大盛りを選んだ。

俺は、同じ定食の 並み盛りにした。


岡 『むっ、意外と 美味いな。量も多いし、結構やるぞ、この学食。』

石上 『そうだな。』


すると、そこへ 横から 上級生が 割り込んできた。


上級生A 『お前ら、一年生だな。ここは 俺たちの 場所って決まってるんだ。他へ行け。』

石上 『えっ、そんな決まりが あったんですか?』


上級生B 『早くどけよ。殴られたいのか?』

岡 『すみません、知りませんでした。今日が 初めてなもので。石上、行こうぜ。』


仕方なく、席を立った。周りを見ると、同じように 追い出される 一年生たちが居る。

どうやら、毎年 入学の時期になると 見られる 恒例の風情らしい。


しばらくの間 周囲を観察して、空席を探す。

そして、一番奥の 片隅で 冷えた昼食の 再開となった。


石上 『くそ、威張りやがって。』

岡 『だな。まあ、仕方ないさ。これが 社会の 上下関係ってモンだ。

俺たちも 来年、新入生を 追い出して やろうぜ。』

石上 『‥‥』


すると、行き場の 無さそうな 女子3人が 隣にやってきた。


女子A 『あの、ここ空いてる?いいかな?』

岡 『ああ、いいぜ。お前たちも 追い出されたのか?』


女子B 『そうなの、他に場所がなくて。あれ、岡君と石上君か。』

岡 『なんだ、同じクラスの 植部たちか。』


そんな訳で、同じ痛みを持つ クラスメイト達との 愚痴大会とも思える昼食が 始まったのだが、

その中に一人 無言で食べる 女子がいた。


植部 『開花さん、さっきから、黙ってるけど、気分悪いの? もしかして キレてる?』

開花 『そうじゃないけど、もっと他に 楽しい話題が ないかなって‥‥』


まったく 同感だ。せっかくの 食事に 愚痴ばかりでは 美味くない。

良く見ると、ショートカットが 良く似合う 可愛い子だった。ラッキー。


岡 『そうだな。楽しい 話題というと、昨日 ヒーローが 誕生したよな?』

開花 『あ~、チャレンジャー の事ね。』


そう言って 皆が 俺の方を見て、ニヤリと笑う。


石上 『なんだよ、その話は やめてくれよ。誤解だって。』

岡 『いや、思春期真っ只中の 若者にとって 決して 忘れる事は できないネタだ。』


開花 『植部さん、実の処 どうなの? 石上君とは 本当に 同じ中学だった?』

植部 『う、うん。どうやら そうみたい。』


岡 『なんだ、面白くねー。このネタは もう使えないじゃん。』

石上 『よし、疑いが 晴れてスッキリしたよ。このネタは 今日限りで 封印すること。』


そうして 時間が 過ぎて行き、始めは 不快だった 昼休みも、終る頃には 楽しいひと時となった。

特に、開花さんと 会話が できたのは 思わぬ収穫だ。今日はツイてるぞ。



---------------------------------


放課後、帰宅する者や 部活の見学に行く者、友人と話をしたりして 暇潰しをする者が居る。

帰ろうとする俺に、岡が 話しかけてきた。


岡 『石上、部活 見学 行かないのか?』

石上 『ああ、部活に 興味無いし、帰るよ。』

岡 『そうだったな。』


そこへ、意外にも 開花さんが 混ざってきた。


開花 『あら、石上君は 部活やんないの?』

石上 『まあね。開花さんは、何部に 入るか もう決めたのかい?』


開花 『うん、私は バレー部に入る。子供の時から ずっとやってきたし、面白いよ。』

石上 『へー。』


岡 『石上も 何か 始めればいいのによ、高校から 始めるケースも よくあるぜ。』

開花 『チャレンジャーなのに 部活には 挑戦しないの?』

石上 『そ、その呼び方は、やめたまえ。』引き攣る顔で注意する。


植部 『開花さん、そろそろ 見学行こうよ。時間だよ。』

開花 『うん。』『じゃね、バイバイ。』

石上、岡 『おう、バイバイ。』


今まで、女子からは まったく相手に されなかったのに。

開花さんと 会話が出来た上、バイバイか。いいな~、高校生活って。思わずニヤける。


岡 『石上、お前、開花に 惚れたな。』

ドキッ


石上 『うっ、何を 言い出すんだ。言いがかりは 止せ。』

岡 『真っ赤な顔で否定しても、説得力が無いぞ。』


石上 『お前、この話を ネタにして また俺を からかう気だろ。』

岡 『いや。俺は 部活でも 恋愛でも 真剣に立ち向かう奴を からかったりしない。』


石上 『岡、お前 意外と 良い奴だな。』

岡 『おう、そこんとこ、よ~~く 覚えて おきたまえ。』



(3) 初夏の頃 -----------------------------------------


5月 下旬になり、一年生は 高校生活にも 慣れてきて、友達も 増えてきます。

部活を 始めた者は、毎日 厳しい練習に 耐えて頑張っています。


そんな中、部活はおろか、アルバイトもしない、彼女もいない、暇だけは 十分ある自分に

何か 煮え切れないものを 感じるようになりました。これで良いんだろうか?


今朝もトボトボと 教室に向かっていると、幼馴染みの 中本が 声を掛けてきた。

中本とは 家が近所で 小学校からの 付き合いになる。


中本 『よう、石上。しばらくだな。』

石上 『おう、久しぶり。元気か?』


中本 『いやー、部活の練習が 厳しくてな、ついて行くのが 精一杯だよ。』

石上 『この高校の サッカー部は 強いからな、半端な 練習じゃないだろうな。

考えただけで ゾっとするよ。』


中本 『お前は 部活やってなくて、毎日 何やってんだ? 暇じゃないか?』

石上 『暇じゃないよ。やる事は有るぜ。』


中本 『家でゲームやったり、TV観たり、エッチな 雑誌読んだり‥‥』

石上 『探るな!』大方当たってるので、反論出来ない自分が悔しい。


中本 『やはり、そんな 暮らしで 楽しいか?もっと 青春しようぜ。

部活とか 恋愛とか アルバイトして 何か買うとか。

二度と 味わえないぞ、この高校生活は。』

石上 『何だそれ。おっさん みたいな事を 言うじゃねえか。』しかし、正論だ。ムカつく。


中本 『何も 良い事だけが 青春じゃない。辛い涙も 青春だぞ。』

石上 『む、さては ハートブレイクだな。』


中本 『そうだ。見事に 木端微塵となったよ。でも、悔いは無い。』

石上 『本当かあ?』


中本 『ああ、こればっかりは どうしようもないし、クヨクヨしても 仕方がない。

また、次の恋に 期待だな。』


石上 『青春してるねー。羨ましいよ。』

中本 『お前は まだ 坊や だから、理解できねえだろうな。』



石上 『む、で、誰なんだよ、相手は?』

中本 『お前の クラスに 開花って子が 居るだろ?』


ドキッ 急に心拍数が跳ね上がる。


石上 『お、おお、い、居るな。』

中本 『その子だよ。何しろ、明朗活発で可愛い、人当たりも良くて 友人も多い。』


石上 『完璧だな。さぞ 人気が あるだろう。』

中本 『ああ、噂では 学年人気No.1 らしい。』


石上 『お前、随分 高望したな。そりゃ、無理だろう。』

中本 『高嶺の花だとは 思ってたよ。でもな、ずっと、胸の内に 秘めておくより、

いっそドカンと 吐き出して、撃沈した方が スッキリするんだよ。判んねーかな?』


石上 『男として 尊敬するよ。』悔しいが、今の 自分には 出来ない。

中本 『失恋もな、初めての時は ショックで 死にたい 位だったけど、

何度も 繰り返すと 怖くなくなるぞ。大体、失恋が怖くて 恋ができるかっての。』


石上 『おっしゃる 通りです。』くーっ、自分が情けない。



(4) 恋のスタイル ---------------------------


7月になり 決まって 出てくる 話題は、もうすぐ 夏休み。

夏休み になる前に 恋人を作るか、夏休み中に 恋人を作るか、意見が 分かれるようですが

同じ学校で 恋人を作るなら、前者。そうでないなら 後者のケースが 多い様です。


ところで、根性無しの俺は、学年最高峰の花に 手を出す 勇気はない。

せっかく、クラスメイト という都合の良い ポジションにあり、ソコソコ 仲良く会話も出来ている。


苦労して 告白し、秒殺されて、今後 会話が 出来なくなる くらいなら

このままの方が‥‥しかし、本当に それで良いのか?


一学期 最後の日 -----


岡 『やっと、今日で 授業が 終わりだな。いやー、長かった そして 辛かった。』

石上 『明日からは 待望の 夏休み。』


岡 『そうだな。一か月以上も 君の顔を 見れないなんて 残念すぎるよ。』

そう言って、岡は 開花の方を 不敵な 笑いで見る。


開花 『あらー、私もあなたに 会えないのは 寂しいわ。眠れない夜が 続きそう。』

    開花も 不敵な 笑いで返す。


石上 『しらじらしい。気持ち悪いから 他でやってくれ。』

植部 『あれー、石上 ヤキモチ? 可愛いトコ あるのね。』


開花 『まあ、嬉しい。私に ヤキモチ 焼いてくれるの? 石上く~ん。』とウィンクしてくる。

石上 『お前ら、この暑さで 頭 イカれたんじゃないのか?』


岡 『その通り、通知表を 見た瞬間に 脳が ぶっ飛んだ。』

植部、開花 『どひゅーん。』


入学して 3カ月が経ち、こういう くだらない会話が ごく自然に できる程 仲がよくなった。

この中では皆 異性とは 思っていないのかも知れない。お互い名前を 呼び捨てで呼んでいる。


植部 『ところで、岡は 彼女できた?』

岡 『いや、俺は 硬派だからな。バスケが恋人さ。』大きく胸を張って自慢する。


開花 『へー。イマドキ 硬派ね~。』不敵な笑いをする。


岡 『何だよ、開花こそ 彼氏が いないくせに 告白してくる 男どもを

次から 次へと バッサリと 切り捨ててるじゃんか。』


開花 『よく 知ってるわね。誰から 聞いたのよ!!』大声になる。


植部 『なにしろ 学年人気No.1だそうで、そりゃー 噂にもなるわよ。』

石上 『うむ。散っていった 野郎どもは、それはそれは 見事な最期だった。』


開花 『うっるさいわね!私を バレーより 熱くさせる 男が居ないだけよ!!』硬派だ。

岡 『他人の事より 植部は どうなんだ? 彼氏は いるのか?』


植部 『‥‥』

石上 『いやー、照れるな。』と、ボケてみると。

ドカッ 植部の 素早い 蹴りが 俺の 脛に入った。


石上 『痛っ~ ジョークだろうが!』

植部 『アンタたちのような 坊やには、乙女心が 判らないわよ。』


岡 『たちって、何だよ 石上なんかと 一緒にすんなよ。』

植部、開花 『一緒だっつーの。』


石上 『岡、光栄に 思えよ。』

岡 『ショックで 熱がでそうだ。』


岡は、バスケットボール部で インターハイ出場を目指し、日夜 練習に 励んでいるので

恋愛を するつもりはないらしい。結構、人気があるのに もったいない。


開花は、理想が 高いらしく 恋人が できないようだ。妥協は したくないらしい。

植部は、どうやら 好きな男子が いるみたいだが、進展は していない様子。


皆、思春期 真っ只中。それぞれの 恋愛観があるようだ。

そして、それぞれの 夏休みが始まった。


(5) ナビゲーター ---------------


夏休み 学校では 熱心な部活や 成積の悪かった 生徒の補習があり、少人数だが 人は居る。

岡も開花も 部は違うが、それぞれの部で 頑張っていた。


そんな日下がり、開花とは クラスは違うが 同じバレー部の

岩田京子が 開花陽子と 弁当を 食べていた。


京子 『陽子、この調子じゃ レギュラー取れそうね。』

陽子 『どうかな。もちろん 狙ってはいるけど、先輩たちも必死だし、そう簡単には‥』


京子 『絶対 大丈夫よ。陽子は、一年の中じゃ ズバ抜けてるし、中学大会でも

良いトコまで 行ったんでしょ。秋には 一年生レギュラー誕生ね。』

陽子 『うん、サンキュー。頑張るよ、京子も 頑張りなよ。』


京子 『私は無理。練習に 付いていくのが 辛くて、それに 陽子みたいに センス良くないし。』

陽子 『ちょっと、どうしたのよ、京子らしくない!アンタ 最近 元気無いよ。』


京子 『‥‥』少し 頬を 赤くする。

陽子 『むむ、その表情。さては、恋に 落ちたな。』


京子 『かもね‥‥』

陽子 『うわーっ、裏切ったな。私たち、恋をしない 掟でしょ。あー、これで 友達一人減った。』


京子 『だって‥‥』

陽子 『何が だってよ、いつの間に そんな女の子らしくなった訳?油断も隙もありゃしない。』


京子 『人を 好きになることは、自分では コントロール できないものよ。』

陽子 『ふーん。それは、それは。結構なお話で。』憮然とする。


京子 『バレーは 好きなんだけど、彼の事を 考えると、厳しい 練習が辛くて・・』

陽子 『ムカつくなあ、その女の子らしい仕草。じゃ、部活辞めて、彼とイチャイチャしてなよ。』

そう言いながら、ガツガツと弁当を食べる。



京子 『それが できれば 悩まないよ。』ほとんど弁当を食べない。

陽子 『何で?色気出して、今のように 乙女らしい 仕草で迫れば・・』自信たっぷりに言う。


京子 『私、陽子みたいに 可愛くないし。』

陽子 『そんなもん、男の好みでしょうが。

京子の彼が、京子の事を 可愛いと思えば、京子は 可愛いのよ。』


京子 『そうかな?‥』

陽子 『そうに 決まってる!で、一体誰よ、京子を ここまで 乙女にした野郎は?』


京子 『サッカー部の‥‥』頬が真っ赤になる。

陽子 『サッカー部の?』イライラしている。


京子 『‥‥』弁当を 箸で 突きながら、モジモジしている。

陽子 『早く言わないと、京子の 弁当まで 食べるよ。』


自分の弁当を 済ませた陽子は、京子の弁当を 箸で威嚇してくる。


京子 『‥中本くん‥』下を 向いたまま、恥ずかしそうに呟く。

陽子 『あー、やっぱり。彼かっこいいし、人気あるもんね。それに、一年で 既にレギュラー

取ったらしいし、ライバル(恋敵)が 多そうだね。』妙に納得する。


京子 『うん、最大の ライバルは‥‥』じーっと陽子を見る。

陽子 『何よ?』少し焦ってくる。ドキドキ。


京子 『中本君は、以前、陽子に 告白したんだよね。』鋭い目に変わる。

陽子 『‥‥そ、そうだっけ?』ドッキ、ドッキ、ドッキ、ドッキ‥


京子 『隠したって 無駄。皆 知ってるよ。陽子が 彼を 振った事も。』

陽子 『‥‥』顔面硬直、心臓バクバク。


京子 『私と同じ クラスの子が この前 中本君に 告白したら、好きな人がいますって断られた。』

陽子 『それが 私とどういう‥‥』


京子 『関係大アリでしょ。中本くんは、まだ陽子の事が 好きなんだから。』

陽子 『でも‥‥』


京子 『ウン。判ってるよ。陽子は悪くないし、陽子には どうしようもないってことも。

    彼が 陽子を好きな事も どうする事もできない。』ポトリと京子の涙が弁当に落ちた。


バレー部の先輩 『よーし、昼休みは 終わりだ!午後も 気合入れて 行くぞ!!』

京子、陽子 『ハイ!』


陽子 『京子、くじけないで 頑張ろう。』

京子 『うん。』



-----------------------------


午後になると、俺は 夏休み恒例の 花壇への 水まき当番として 登校してきた。

適当に 水をまき、小鳥たちに 餌をやる。


校舎に 囲まれた花壇では、部活中の 生徒たちの かけ声や 楽器の音が 聞こえてくる。

体育館では、バレー部、バスケット部が グランドではサッカー部や野球部、陸上部が練習している。皆 頑張っているんだな。俺は、何やってんだろ。溜息がでた。


自分で 何を頑張れば良いのかが 判らない。部活だと 先輩や監督が 色々アドバイス してくれるが、

個人の恋愛には コーチが居ない。自分の力で 手探りして 行くしかないのか。


カーナビのように 俺専用の 恋愛ナビゲーターが 欲しいものだ。

あー、退屈な 夏休みだ。心の中で 叫んでみた。



(6) 偉大な先輩たち -----------------------------------------


石上 『水まき 終りました。後、道具は 元に戻してます。』用務員室で 用務員に 伝えた。

用務員 『ハイ、御苦労さん。気を付けて 帰りな。』


石上 『ハイ、失礼します。』と帰ろうとしたが、用務員さんが 持っている物が 気になった。

石上 『何ですか、その手に 持っている物は?』


用務員 『見~た~な~。』怪しい形相で近寄ってくる。

石上 『えっ、いやその、何か 見えたような 気がしたんですけど、気のせいでした。』

用務員 『そうだろ、そうだろ。君は 良い生徒だ。』急に仏のような優しい顔になる。


何だろう、如何わしい物では なさそうだが、気になる。木製の オモチャのようだ。

そうか、用務員さんは、良い歳をして オモチャで遊んでいた。それを生徒に 見られたので

脅かしてきたという訳か。それなら、怯える事は無い。どうせ暇だし 尋ねてみた。


石上 『それは木の オモチャですね。誰にも 言いませんから 安心してください。』ニンマリ顔

用務員 『馬鹿野郎、そんなんじゃねえ!!』鬼の形相になった。


石上 『えっ、でも それは どう見ても 木製の‥‥』

用務員 『木製には 違いないが、オモチャだなんて とんでもねえ!』結構怒っている。


石上 『そんなに 怒られるような事、言いましたか? 偶然 目に入った物を 聞いただけなのに』

用務員 『あっ、怒鳴って申し訳ない。しかし、これは 見なかった事に してくれないか?』


石上 『それが何か、簡単に 教えてくれたら、忘れますよ。』

用務員 『まったく、最近の 生徒は しっかりしてやがるな。判ったよ。』


用務員さんから 木製のナニを 渡してもらい、観察する。

片手に 乗る程度の ミニチュアサイズで、ピアノのようだ。


石上 『へ~、旨く できてますね。用務員さん、木工細工が 趣味なんですね?』

用務員 『もう気が済んだろ?』そう言うと、パッと、木製ピアノを奪い返す。


その時、微かに 金属音がして、用務員さんは、しまった という顔をした。


石上 『何です、今の音は?』

用務員 『何でも いいだろ。見せたんだから、約束通り もう帰ってくれよ。』


石上 『まだ、それが何か 説明して貰ってませんが‥‥』

用務員 『まったく、しつこいというか、君は 暇なのか?』


石上 『はい、暇で暇で 帰っても やる事がありません。』情けない事を自慢した。

用務員 『絶対に 秘密を守れるか?』怖い顔で迫ってくる。

石上 『約束します。』そんな大げさな物だろうか?


用務員 『これはな、ハンドメイドの オルゴールで、世界に たった一つ しかない物だ。』

石上 『オンリーワンですか? きっと 高いんでしょうね?』


用務員 『技術の授業で 余った材料を 使ったからな、元は タダみたいなものだ。

それに、卒業生が 自分で作った物だから あまり綺麗な 出来栄えではない。』

石上 『それを そんな秘密にしたり、大事に扱う 理由が 判らないのですが。』


用務員 『コレにはな、卒業生の 魂が 込っているんだよ。』真剣な表情に変わる。

石上 『先輩の 大事な 想い出なんですね?』

用務員 『そうだ。』ふっと、溜息をつき、安心した表情に変わった。


そうか、先輩が 自作した オルゴールを きっと 卒業記念に プレゼントされたんだ。

それを 大事に 保管してたって訳か。良い話じゃないか。何も 隠す事ないのに。


用務員 『君なら 大丈夫そうだから、全部 話そうか。』そう言って意味深な顔をする。

石上 『はい、聞きたいです。お願いします。』


用務員 『コレはな、数年前 ある先輩が 好きな人へ プレゼントする為に自作した オルゴールだ。

何度も 失敗して 作り直して、やっと完成した。


でも、残念なことに 受け取って貰えなかった。先輩は コレを 捨てようとしたが、

捨てるくらいなら 此処に置いて行けって事で 現在もこの用務員室に あるって訳だ。』


石上 『切ない 話ですね。』

用務員 『そうだな。こればっかりは、どうしようもない。実はコレ 1個だけじゃないんだ。』

そう言って、奥の棚から オルゴールを 取り出してきた。全部で8個ある。


用務員 『歴代の 先輩方の 作品たちだ それぞれ 個性が 出ているだろう?』

石上 『はい、微妙に 形が違いますね。』


用務員 『人間と同じだよ。似ているようだが、同じものは無い。一つ一つ、微妙に 異なる。』

石上 『すると、8人の先輩が 自作のプレゼントを 受け取って貰えなかった‥‥』


用務員 『まあ、そうだな。中には、せっかく 何カ月も掛けて 魂を込めたのに、

渡そうともしない先輩もいた。


理由を聞くと、彼女には 既に恋人が居て、その恋人が 完全無欠の 男だったらしい。

自信を 無くした先輩は、敵前逃亡した訳だ。まったく 情けない話さ。』


石上 『恋って 残酷ですね。』

用務員 『でも、受け取って貰えた ケースもあったぞ。』得意げに言う目が輝いている。


石上 『で、結果は?』

用務員 『う、それは 言えん。』急に視線を反らし、遠くを見る。


石上 『教えて下さいよ。一番 大事な とこでしょ。』

用務員 『で、結果は、まあ 友達で いましょうとか、他に 好きな人が いますとか‥‥』


石上 『結局ダメじゃん! 効果あるんすか、コレ?』オルゴールを不審そうに見る。


用務員 『馬鹿野郎!!コレには 何の罪もないだろうが! 世の中、絶対ってのは 無いんだよ。

大きな 夢と希望が あるから 頑張れるんだ。

結果よりも、先輩方の 勇気を 尊敬すべきだ。』


石上 『ごもっとも』耳の痛い話だ。

結果を恐れて、何もできない 自分に比べれば、先輩を笑う資格なんかない。


用務員 『おっと、もうこんな時間か。悪いけど、今日は もう帰らないといけないんだ。』

石上 『あっ、こちらこそ、貴重なお話、ありがとうございました。大変 参考になりました。』


用務員 『今日の事、判ってるね?くれぐれも‥‥』

石上 『はい、判ってます。口外しません。』


(7) アタックプロジェクト ----------------------------------


風呂に 入りながら、今日の話を 思い出す。

先輩達は、どんな思いで オルゴールを 作ったんだろう?


100% 旨く行くなら、時間と労力を 惜しまないが、そうとも限らない訳で、

結果的に 無駄な努力を したにすぎない。後悔は しなかったのだろうか?


そう言えば、中本は 開花に告白して 一刀両断にされながらも、悔いはないと 格好の良い事を

言いやがった。本心からか、単に 強がっているだけなのか?どうなんだろう?さっぱり判らん。


ベッドに入り、寝ようとするが、目が 冴えて眠れない。用務員さんの 言葉を思い出す。


『絶対 旨く行くと判っているなら、誰も 努力なんかしねえよ。僅かでも 望みがあるから、

勇気を出す訳だ。問題は、どうやって 相手に 自分の想いを 正確に 伝えるかだよ。

オルゴールは 単なる手段の一つさ。』


ごつい顔に 似合わないけど 心に響く 良い言葉だった。

このまま、貴重な 青春時代を 終わらせるのは、あまりにも 愚かだ。

よし、俺も男だ。一丁 頑張ってみるか。どうせ暇だし。


-----------------------


翌日、することも無い、行く処も無い。遊びに行く相手も居ない。

なぜか、昨日の 用務員が気になる。顔に似合わず、案外 親切そうだし、暇だし。

そういう訳で、夏休み中の 学校へやって来た。そして、用務員室に入る。


石上 『こんにちは、』

用務員 『おう、やはり来たか 暇な生徒。』


石上 『ひどいですよ。事実だけど。』

用務員 『そうか、君の名前を 知らないものでな。いやスマン。』


石上 『1年5組の 石上といいます。よろしくお願いします。』

用務員 『うん。用務員の 森河だ。よろしく。で、今日も 花壇の水まきか?』


石上 『いえ、昨日の オルゴールの 話の続きを‥‥』

用務員 『んなもん、もうねえよ。あれで全部だ。』


石上 『えーっと、じゃ、質問して良いですか?』

用務員 『何だ?』


石上 『先輩達が オルゴールを 作ろうとした きっかけは?』

用務員 『そうだな、偶然 この用務員室に来た時に オルゴールを 見つけてだな、

     過去の 先輩達の話から 勇気を貰って、よし 自分も やってやると 考えた訳さ。』


石上 『お、同じだ。』これは、運命かも。

用務員 『ほーっ、君にも 好きな子が いるのか?』


石上 『まあ、一応。一方的に 憧れてるだけですけどね。』

用務員 『なんだ、随分 弱気だな。』


石上 『はい、なにしろ 相手は 学年人気No1でして‥‥』

用務員 『ぐわっは、ははは。言うと思ったぜ。』


石上 『え、何で 判ったんですか?』


用務員 『歴代の 先輩達と 同じだからさ。もう 決まり文句だよ。

そうやって、勝手に 相手を 高嶺の花にしておいて、自分が 臆病なだけなのに、

自分には 釣り合わない とか言って、逃げる。』


石上 『別に 逃げてる 訳じゃ‥‥』


用務員 『いや、誰が 見ても 逃げてるね。大体 その子自ら、No1を 名乗ったのか?

人気投票 でもしたか? 噂でって言うが、何人の噂だ?』


石上 『‥‥』返す言葉も無い。

用務員 『そら見ろ。結局、その子の せいにして、

自分の 腰抜けさを、正当化 している だけじゃんか、弱虫君!』


石上 『言いたい事、言ってくれるね。』ムカムカ。

用務員 『だって、そうだろ。君は 自分では 慎重派の つもりだろうが、

単に 失敗を 恐れているだけの 坊やにしか 見えないよ。

そんな弱虫じゃ、将来 何もできない 寂しい 大人になるよ。』


石上 『くっ、大きな お世話ですよ。失礼します。』我慢できすに用務員室を出る。

用務員 『毎回恒例の ワンパターンだな、しかし。そうなると、

     1時間も しない内に 帰ってくるはず‥‥。さて、木工細工の 準備をしておくか。』


-----------------------


校内自販機で アイスコーヒーを 飲みながら、頭を冷やす。

悔しいが、あのオヤジの 言う事は 正論だ。この モヤモヤした気分を 払拭するには、

当たって 砕けるしかないか。そうなれば、スッキリするかも。


コーヒーを 飲み終える頃、部活休憩中の 中本が やってきた。


中本 『よう、石上。夏休みなのに、登校して どうした?部活でも 始めたか?』

石上 『いや、ちょっとな。それより中本、失恋すると 本当にスッキリするか?』


中本 『へ? いきなり 何だ?さては、お前‥‥』

石上 『どうなんだよ?』


中本 『ああ、スッキリするさ。ショックは デカいが、モヤモヤは晴れる。

モヤモヤした 気持ちを ずっと 背負ってるなんて、俺には 無理だね。』


石上 『そうか、サンキュー。胸に 刻んどくぜ。』俺は、猛烈に 燃えてきた。


中本 『キャー!今日の 石上君、素敵!!』

石上 『ケンカ売ってんのか、この野郎!』


中本に 一発 蹴りを入れた俺は、用務員室に 向かって 全力疾走した。

決めた。やってやる。絶対に 告白する。そして、気持ちよく振られて、スッキリするんだ。


こんな 苦しみ、もう沢山だ。開花、覚悟しとけよ。

(他人とは 少し違う 意思での 決断だった。)


------ 用務員室 ------


石上 『用務員さん、先程は すみませんでした。』

用務員 『おう、早かったな。ん、どうした? シャツに 足跡が付いてるぞ。』

石上 『ああ、これね。さっき サッカー少年に 襲われて、でも大丈夫です。平気です。』


用務員 『そうか、で、やるのか?』じーっと見つめてくる。

石上 『はい、やります。やらせて下さい。』見つめ返す。やはり、ごつい顔だ。


用務員 『絶対に 途中で 辞めないか? ちゃんと 告白できるか?』しつこいオヤジだ。

石上 『もちろんです。誓います。』


用務員 『よし、では今から アタックプロジェクトを 始動する。

君は アタッカー No18だ。』


石上 『は? アタックプロジェクト? アタッカー?』


用務員 『いかにも、今は知らんが、昔は 告白することを アタックすると 言ったんだ。

だから君は、本プロジェクトの 第18代目の アタッカー って訳だ。』


石上 『過去に17人も 先輩が いたんですか?』

用務員 『おう、過去17人の 勇者がいた。』


石上 『結構、歴史があるんですね? 懲りないとうか、おせっかい というか。』


用務員 『何か言ったか? なんなら 止めとくか?』

石上 『いえ、ぜひ 挑戦させて下さい。』


用務員 『材料は ここに用意してある。図面はコレ。判らない時は 聞いてくれ。』

石上 『用意周到ですね。』


用務員 『まあな、君のような 腰抜けが 後を 絶たなくてな。』

石上 『大丈夫です。俺が プロジェクトの歴史を 変えて見せます。』


用務員 『うむ、健闘を祈るぞ No18。』

石上 『‥‥』あまり 嬉しくない 呼ばれ方だ。


(8) 入魂-----------------------------------


高校生活 最初の夏休み、俺は 偉大なる野望を 胸に抱いて 決意した。

ハンドメイドの 木製オルゴールを自作し、クラスメイトの 開花に贈り、告白する。

そして、一瞬で 一刀両断にされ、この心のモヤモヤが 消滅する。完璧なプランだ。


後は、魂を込めて オルゴールを 作るだけだ。頑張るぞ。

(熱い恋の想いとは異なり、何か 怨念のようなものが 込もりそうである。)


用務員さんの 作成した図面を よく見ると、ノコギリ、カンナ、やすり、ドリル等を

使用するらしい。家には、そんなもの 何一つ無い。そうなると、当然高校の工作室で

作業する事になるのだが、今は夏休み中で、工作室には しっかりと鍵が掛っている。

となると、やはり 用務員室の道具を借りるしかない。


----- 用務員室 -------


石上 『よろしくお願いします。』

用務員 『うむ、全て 予想通りだ。ここで 作業して 構わないぞ。』


石上 『見事な予想。そして 万全な サポートですね?』

用務員 『何しろ君で18回目だからな、この先 どの辺で 壁に当たるかも 想像つく。』


石上 『頼りにしてます。用務員さん。』

用務員 『おう、なんなら 結末までの シナリオを 書いてやろうか?』

石上 『いえ、それは 遠慮しときます。』


根気の無い 俺にしては、長続き していると思う。作り始めてからもう、2週間に及ぶ。

しかし、一向に完成しない。切るべき 個所を切らなかったり、寸法の測り違いで、

組み合わなかったりと、失敗ばかりを 繰り返している。もう、いい加減に うんざりだ。


用務員 『やはり、ここの 壁に当たったな。』したり顔が気味悪い。

石上 『少し 進んでは 失敗で、一から やり直し。これの 繰り返しですよ。

なかなか 完成しない。一体 いつ完成するのやら。』


用務員 『こういう作業は 初めてだろう?当然だ。先輩達も そうだったし、

人生も そんなものだぞ。恋愛だって そうだ。』

そう言って、アイスコーヒーを 差し出してくれた。


石上 『ありがとうございます。』コーヒーを飲んで一息付こう。

石上 『一度で 成功するケースは‥‥』


用務員 『そりゃ、単なる 偶然だよ。それか 天才だね。

普通の人は皆、失敗から 学ぶもんだ。何が原因で失敗したか、どうすれば

同じ失敗をしないか、学習していく。そうやって 成長していくんだ。

大人になっても、これの 繰り返しだよ。』


石上 『結構、大変ですね。大人になるのは。』

用務員 『だろう?甘い考えは 通用しないぞ!』満面の笑みになる。

石上 『覚悟しておきます。』


-----------------------


8月が 残り 1週間になり、オルゴールも 組み立てが 完成した。


用務員 『うん。良い出来だ。』ごつい顔の笑顔が怪しい。

石上 『そうですか?頑張りましたからね。ありがとうございます。』気分爽快。


用務員 『で、曲は もう決まったのか?』

石上 『えっ、曲? 何の曲ですか?』


用務員 『つまらんジョークだな。お約束か?』引き攣った笑いに変わる。

石上 『いえ、ですから‥‥僕の好きな曲ですか?』


用務員 『き、君の好きな曲でも 構わんが、彼女に 贈るんだから 彼女の好きな曲が

良いんじゃないの?知らないなら 聞けば 済むだろう。』眉間のシワがグロテスクだ。


石上 『彼女の 好きな曲を 聞いて、どうしろと‥‥』


用務員 『真剣に 判らんのか?オルゴールに 乗せる曲だよ。

曲が 流れないと タダの 置き物じゃないか。

それとも、オルゴールではなく 木工作品として 贈る気か?』


石上 『いえ、曲の事を すっかり忘れていました。』

用務員 『君、本当に アタックする気が‥‥』


石上 『ありますよ!かなり。』

用務員 『‥‥ここで躓くとは、予想外だ。』呆れた顔もやっぱりごつい。


(9) 切り札 ---------------------------------------------


オルゴールにとって 曲は心臓部。これが どんな曲かで 全てが決まる。

素人の ハンドメイドなので、外観と音質は 重視せずに、曲で勝負することになった。


問題は どの曲にするかだ。不幸にも 今は夏休み中。開花に 聞きたくても 会えないし、

連絡先も 判らない。大ピンチ。


む、待てよ。確か、夏休みが 終わる2、3日前に 登校日があった。

ちょうど 明日だ。明日、学校で聞いてみよう。


--- 登校日 教室 ---


岡 『うおっす、諸君。元気そうだな。』

植部 『久しぶりっこ。岡、随分 日焼けしたねー。』


開花 『ほんと、バスケ部なのに。さては 練習も ロクにしないで 遊んでたな!』

岡 『失敬な!みっちり 部活で 鍛えたわい。夏休み中の通学で 日焼けしたんだよ。』


石上 『ナルホド。開花も 通学焼けか?』

開花 『しげしげと 見ないでよー。』


植部 『石上も結構、焼けてるじゃん。』

開花 『ほんと、部活無しの 石上が 通学焼けな訳ない。遊び倒したと 見たね。』


岡 『本当か?オタクの石上?いつの間に そんなアクティボーイになった?』

石上 『誰が オタクやねん!』


植部 『ところで、岡、そんなに 頑張ったんだから、秋には レギュラー取れそうだね?』

岡 『もちろん、狙ってるさ。多分、いや絶対 取ってやるぜ。』


開花 『やるじゃん、岡。』

石上 『開花も レギュラー 取るんだろ?』

開花 『あったり前よ!その為に 頑張ってるんだから。』


岡 『オタクレギュラーの石上は、夏休み中 何やってたんだ?』

石上 『ふっ、人に言う程の事じゃないさ。』


植部 『人に言えないような事らしいわね。』

開花 『やばい、やばい。』

石上 『貴様ら‥‥馬鹿にしやがって。』特に開花!今に見てろよ。見返してやるぜ。


岡 『で、結局 何やってたんだ?』

石上 『オル、いや、俺は ほとんど家で 音楽を聞いていたかな。』あ、あぶねえ。


植部 『へー、どんな曲?』

石上 『ドーザの 勝ってね とか‥‥』

開花 『うわ、意外と まともじゃん。』


石上 『意外は余計だろ。開花は どんな曲聴くんだよ?』ナイスなタイミングだ。

開花 『マンズの もっと強烈に君を抱きしめられたら かな。』


植部 『あー、あの曲 良いよね。しびれるなあ。』

岡 『お、感電したのか?』


植部、開花 『相変わらず、バッカじゃない?アンタ達!!』

石上 『俺もかよ!!』

岡 『そうだ。』


納得のいかない 不毛な会話だったが、開花の お気に入りの曲を 知る事が 出来たので

今日のミッションは 達成できた。まあ、良しと しておこう。


後は、その曲の オルゴールを買って、作品に 搭載すれば 完成だ。

ゴールは近い。


(10) 決意 -------------------------------------------


夏休み、御盆を 除いて ほとんど毎日 用務員室に通い、オルゴールの 製作に挑んだ。

多くの失敗と やり直しを 繰り返した。その甲斐あって、やっと、自分で納得のいく作品が 完成した。


用務員 『おお、これは 素晴らしい。歴代アタッカーの中でも 屈指の 完成度だよNo18。』

石上 『えっ、本当ですか?やった。自信が 出てきたな。』


用務員 『そうだろうな、コレに 至るまでには 相当の苦難を 乗り越えないと無理だ。』

石上 『いやー。また、大袈裟な。』


用務員 『うむ、今言った 70%が ヨイショだ。同じ事を 毎回 言っている。』

石上 『まじっすか!?』いい加減に してくれ。


用務員 『ところで、No18。』

石上 『は、なんすか? 』不機嫌。


用務員 『オルゴールも 完成したし、後は いつ プレゼントを 贈るかだな?』

石上 『そうですね。』そーいや、考えてなかった。


用務員 『まさか とは思うが‥‥』

石上 『またあ、ちゃんと 考えてましたよ。』あぶねえ。


用務員 『いつだ?』

石上 『クリスマスに‥‥』


用務員 『4カ月も先か!夏に作った プレゼントを 冬に贈るのか?』

石上 『いや、ジョークですよ。決まっているでしょ!』ドキドキ


俺は 悩んでいた。『クリスマスまで 寝かしておくと オルゴールが腐る。』

という 用務員さんの 狂言は無視して、いつ 贈ろうか?


9月には、体育祭がある。『参加賞に どうぞ』というのは、情けない。

10月には、中間テストがある。『テスト よく頑張りました』では、イヤミになる。


11月は バレーボールの 秋季大会が始まる。『レギュラー奪取祝い』これだ!

これが一番 気が利いている。開花は絶対、レギュラー取れるはず。この時しかない。

しかし、11月も、12月も大して 変わらんな。どうするか?


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9月上旬。一学期の総決算、実力テストの真っ只中。そんな朝、登校してすぐの俺に

珍しく、植部が ひっそりと 小声で話し掛けてきた。


植部 『石上、良い情報があるよ。』

石上 『なんだよ、テスト問題を 事前に知ってるとか?』


植部 『私にとっちゃ、そりゃ重要だけど、アンタには それ程 重要じゃないでしょ?』

石上 『もっと 良い情報かよ、何、何?』


植部 『あのね、明後日 (開花)陽子の誕生日なんだ。』

石上 『‥‥ふ~ん、で?』 おお、なんと素晴らしく グレイトな情報!!


植部 『しらじらしい。隠すのが 下手ね。相変わらず。』

石上 『は?』ドキドキ、ドキドキ。


植部 『知ってるんだから、石上が(開花)陽子の事 好きなのを!』

 ドキッ ドック、ドック、ドック‥‥

石上 『‥‥』


植部 『陽子だって、気付いてる みたいよ~。』

石上 『何が 言いたい?』キッと睨みつける。


植部 『そんな 怖い顔 しなくても 良いでしょ。そんな事だから、ボウヤって 言われるのよ。』

石上 『‥‥』言い返したくても、言葉が見つからない。


植部 『素直に ありがとうって 言えば 済む事じゃない。』

石上 『アリガトウ』


植部 『棒読みね。ぜんっぜん 気持ちが 込って無い。』

石上 『‥‥本当に、ありがとう。いつか お礼をするよ。』

植部 『うん、期待してるわ。』


俺が 開花を 好きだという情報が、どこからリークしたのか気になるが、

リーク元については、考えない事にしよう。とにかく、プレゼントを渡すのは 明後日だ。

幸い、プレゼントも完成し、後は 包装するだけ。楽勝だ。


明後日は、実力テストの 最終日で11時には終了し、解散。植部の情報によると、

12時頃から、開花の家で 女子だけの バースデーパーティーが 開催されるらしい。


そこへ 俺一人が 乗り込む 勇気は無いので、チャンスは テスト終了から 下校開始までの

約30分間だけ。この30分の内に、開花を 人気の無い場所へ連れ出し、

5~10分間で 勝負を掛ける。パーフェクトプランだ。


ところで、結果は どうなるだろう? 予想通りOUTか、意外にもOKか。

OUTの場合、パーティーで 極上の 笑いネタにされる。マズイ。


まさか、植部は 初めから 俺を 笑い者にする為に、罠を仕掛けて‥‥

いや、そんな ペテン師じゃないはず。


え~い、今更 何を弱気な!そんな事も 覚悟して プロジェクトに 挑んだはず。しかし‥‥


し、しまった。テスト中だった!あと5分しかない。しかも、まだ半分も終ってない。

く~、頑張れ。根性だ!集中!!


(11) アタック ------------------------------------


9月×日 今日は 愛する 開花陽子の16回目の誕生日。

思い起こせば、4月に 知り合って 恋に落ち、その後、夏休み前まで 確実に 二人の距離を

詰めてきた。夏休みでは、一心不乱に 想いを込めて オルゴールを作った。


相手は 学年人気No1 最高峰の花。

そして、ついに今日‥‥どうしようかな、やっぱり 止めとこうかな‥‥



---- 登校直後、テスト前 用務員室 ------


石上 『おはようございます。』

用務員 『うむ、おはようNo18。 ついに来たな。ナニの日が。』


石上 『はあ‥‥』溜息をつく。

用務員 『さては、ここに来て 怖気づいたな?』


石上 『そんなことは‥‥ないです。』

用務員 『100% 怖気づいとる!!』


用務員 『今なら、まだ間に合う。止めたら どうだ?』

石上 『えっ、嫌ですよ。そんな、せっかく 作ったのに。』


用務員 『なっさけねー。せっかく 作った オルゴールが 勿体ないから、渡すのか?

君の気持ちは 二の次か? 本末転倒じゃねえか!

そんなんじゃ、受け取った 彼女は ちっとも 嬉しくないぞ。』

石上 『‥‥』


用務員 『いいかい ボウヤ。ある哲学者の話だ。

やった後悔と やらなかった後悔、どっちの ダメージが 大きいと思う?』

石上 『どっちも 後悔するんですよね?う~ん‥‥』


用務員 『やった後悔はな、時間が経てば 傷はやがて治る。次回の ステップにもなる。

しかし、やらなかった 後悔のダメージは 計り知れないぞ。得るものは何もない。

あの時 やっときゃ良かった を一生引きずる。それでも止めるか?』


石上 『そうでした。モヤモヤを 払拭する為に、ここまで 頑張って きたんでした。』


用務員 『結果より 大事な事は‥‥』

石上 『勇気を出して チャレンジする事です!!』


用務員 『よし、もう 迷うなよNo18。今日で 君の歴史が 変わるんだ。』

石上 『おう。』


用務員 『相手の眼を見て ビシッと 決めてこい。結果を 恐れるな!』

石上 『おお!』


最後に 用務員さんから 魂を貰い、不安は消えた。


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そして、実力テストの 全てが終了し、時は来た。


植部も 眼でエールをくれた。いいやつだ。

もう 恐れるものは 何もない。

よし、いくぞ。


全てのテストが 終了し、皆 教室で ワイワイと 騒いでいる。今こそ 絶好のチャンス。

俺は、開花に さりげなく 近づき、声を掛けた。


石上 『よう、開花、テスト どうだった?』

開花 『まあまあかな。石上は?』

石上 『完璧さ。』

開花 『へー、やるじゃん。』


石上 『ところで‥‥』

開花 『ん?なに?』

石上 『少し、10分だけ、時間 貰えないか?』緊張した面持ち。

開花 『‥‥いいけど。』緊張が伝わってきた。


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普段とは まったく違う 緊迫した雰囲気。言葉も無く、二人きりの 場所へやって来た。

二人の足が止まり、目線を合わすことなく、向き合う。


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開花 『わざわざ 連れ出して、何の用?』開花は、下を向いたままだ。

石上 『‥‥』背水の陣だ。逃げ場は無いぞ、決めろ。自分に言い聞かす。


石上 『あ、あのな、実は‥‥』声が震える。

開花 『何よ、変なの。』クスッと笑う。


石上 『俺が 真剣に話そうと してるんだから、茶化さず 聞いてくれよ。』入魂!

開花 『あ、‥‥うん。判った。』


石上 『今日、開花の誕生日だろ?』ガサゴソとプレゼントを 鞄から取り出そうとする。

開花 『えっ、何で知ってるの?』二人の視線がぶつかる。


石上 『‥‥俺、開花の事が好きだから。コレ渡そうと思って』プレゼントを差し出す。

開花 『はっ?』


石上 『開花さん、誕生日おめでとう。コレ、心を込めて作りました。受け取って下さい。』

開花 『まっ、マジで?また、からかってるんじゃ‥‥』ドッキ、ドッキ、ドッキ、ドッキ


石上 『俺の 頭のてっぺんから、つま先まで、見てみろよ。それでも 冗談に思えるか?』


開花 『‥‥』開花の瞳には、石上の 真剣な眼差し、プレゼントを 差し出した震える腕、

    そして、ズボンの裾が 小刻みに 揺れているのが映った。


開花 『あ、‥‥ありがとう。』ゆっくりと プレゼントを受け取る。

石上 『良かった。受け取ってくれて、嬉しいよ。』


開花 『でも、私てっきり、石上は 私の事を 女と思ってないのかと‥‥』

石上 『そんな 訳ないだろ! 出逢った時から、‥‥ずっと好きだよ。』

開花 『‥‥』頬を真っ赤にして、下を向く。


石上 『俺と、付き合って貰えないか?』

開花 『‥‥今すぐ、返事しないと ダメかな?』


石上 『いや、今が無理なら また今度 聞かせて欲しい。』

開花 『うん。近いうちに 返事する。』そう言って、その場から離れようとする。


石上 『判った。あ、ソレ 俺の 魂が込もった ハンドメイドのオルゴールな。

世界に たった1個しかないぜ。家に帰ってから、聞いてくれ。』見送りながら言う。


開花 『へえ、そんな 趣味が あったんだ?どんな曲?』立ち止まり、振り返る。

石上 『それは、帰ってからの お楽しみ。』ニヤケる。


開花 『やな奴!!バイバイ。』満面の笑みを浮かべて そう言いながら走り去った。


その場に 一人残った 俺は、両拳を 突き上げ、心の中で 絶叫した。

 『やった。やったぞ!最高峰の花に 手が届いた。』


(12) 恋から恋愛へ ----------------------------------


アタックを 無事 達成できた俺は、用務員室へと走った。

廊下を 走るなと 書かれた 張り紙が 風圧で ヒラヒラと舞う。

そして、ノックもせずに 室内へ 飛び込んだ。


石上 『用務員さん!』

用務員 『うわ! なんだ、No18か、驚かすな!!』


石上 『やったよ、やったんだよ 俺!!』興奮が収まらない。


用務員 『そ、そうか。渡せたか?』

石上 『ああ、バッチリ 受け取って貰えた。』


用務員 『肝心な事は‥‥伝えたか?』

石上 『もちろん、完璧に言えた。』


用務員 『そうか、でかした。で‥‥』

石上 『‥‥で?』


用務員 『勿体 ぶるなよ!こいつ!! で、結果は??』

石上 『保留。後日 返事するらしい。』


用務員 『むむむ、相手はNo18より 2枚も3枚も 上手だな。』

石上 『何の話ですか?』


用務員 『その子の事だよ。その場で 君を 一刀両断にせず、

数日間 期待させておいて、後日 背後から いきなり 君をバッサリと‥‥


お、冗談!冗談じゃないか!!拳を下ろせ。

校内暴力は ご法度だぞ!俺が悪かった。』


アタック達成の嬉しさに暴走した用務員さんは、俺に謝罪し、カップ麺を御馳走してくれた。


石上 『頂きます。ちょうど お昼ですね。』ズルズルと麺をすする。

用務員 『ああ、おかわり しても良いぞ。』ずずーっ。

石上 『ありがとうございます。』


用務員 『No18。ここからが、男としての 真価が問われるぞ。』割り箸を俺に向ける。

石上 『ですよね。』


用務員 『仮に OK貰ったとしてだ、付き合いだして、君に 男の魅力が 無いと判れば

     その時点で LOVE IS OVER だ。』

石上 『はい。覚悟できてます。』


用務員 『恋と恋愛は、まったく 別物だからな。』

石上 『えっ、そうなんですか?』


用務員 『おおよ。恋なんて、片思いも 含まれるだろ? 恋愛は二人で 進めるもんだ。』

石上 『ほうほう。』


用務員 『愛想を 尽かされたく なかったら、男を磨いとけよ。』

石上 『アタックプロジェクトの他に、交際プロジェクトなんて‥‥』

用務員 『ねーよ! そんなもん!!』


用務員室で、随分と話し込んだ。時計は 午後5時を過ぎていた。

開花のバースデーパーティーは 終っただろうか? 未だ 続いているだろうか?


用務員 『No18、落ち着かない様子だな?‥‥無理もないか。』

石上 『はい。また、緊張してきました。』


用務員 『そろそろ 帰ったらどうだ? 疲れただろ?』

石上 『連絡を 待ってるんです。』


用務員 『彼女からの?』

石上 『はい。プレゼントに 手紙を入れときました。俺の携帯番号とメルアドも書いて。』

用務員 『へ~、やるじゃねえか。』


石上 『まだ、連絡ないです。』

用務員 『今、パーティーの途中だろ。まだ、プレゼントを開けてないんだよ、きっと。』


石上 『何を 迷っているんだろう?それとも 迷惑だったのかな?』

用務員 『また、悩みだしたな?そういう 悩みは止せ。考えたって どうしようもない。』

石上 『‥‥』


用務員 『大体だな、もう 恋の矢は 放たれたんだよ。今の君には、どうする事も出来ないさ。

     後は、矢が 彼女の胸に 命中するのを 祈るだけだ。違うか?』


石上 『おっしゃる通り! しばらくの間、返事が来るまで、忘れます。』

用務員 『それがいい。テストも終ったし、何もかも忘れて 遊びに行けば良い。』


石上 『そうですね。今日は もう帰ります。お世話になりました。』

用務員 『おう、返事が来たら、聞かせてくれ。』


石上 『はい、じゃ失礼しま‥‥』 その時だった


石上 『うわっ!?』ブーン、ブーン、ブーン‥‥胸ポケットの 携帯バイブが暴れだした。

用務員 『ど、どうした? 発作か?』


石上 『電話だ。知らない 番号から‥‥』ブーン、ブーン‥‥『もしかして 開花?』

用務員 『出ろ!出ろ!すぐ出ろ!!』


石上 『は、はい、石上です‥‥』 電話の相手は開花だった。『うん。‥‥それでいい。‥』


二人にとって 初めての電話は、一分にも満たない 短い会話だった。

ただ、用件を 伝えただけで、他には 話せなかった。


用務員 『‥‥どう だった?‥‥』緊張でごつい顔が固まっている。

石上 『‥‥はい、おかげさまで、ボーイフレンドから始めようって‥‥』


用務員 『そうか、‥‥そうか、やったな遂に。クラスメイトから ボーイフレンドに昇格だ。

     やったぞ!!プロジェクト史上 初のアタック成功だ!ライバル達に勝った。』


まるで、自分の事のように はしゃぐ中年オヤジは 少年のような笑顔を見せて喜んだ。


石上 『はい、最高峰の花をゲットしました。』


お互い、両手で ガッチリと 握手を交わし、用務員さんは 涙を浮かべて こう言った。


用務員 『アタッカーNo18 。プロジェクトのミッションは完了した。

     従って、アタックプロジェクトを解散する。 石上君、あおめでとう!』


石上 『ありがとうございました!』


(13) 恋する意識の差 ---------------------------------------


難攻不落の城が 遂に落ちた。小人が 巨人を倒した。天使の戸惑い。女心と秋の空。‥‥

などなど、噂は 当事者の了承も得ず、好き勝手に 飛び交う。


とても、とても、白馬に乗った王子が 姫を迎えに来た などとは言ってくれない。

現実は、どうして こうも残酷なのだろうか?



----- アタックから1カ月後の朝 教室 ----


岡 『石上い、貴様、何か重要な事を 隠してないか?』ワナワナ。

石上 『うっ、その、岡が言いたいことは 大体想像付くけど、その‥‥個人情報だから‥』


岡 『そ~かい、そうなのか?俺は 貴様の恋を笑ったか?馬鹿にしたか?』

石上 『お、岡くん!実は君に 報告したい事があるんだ!!親友として。』


岡 『だろうな。良かろう、言いたまえ。』

石上 『あのな、実は、先月、告白を‥‥してだな‥‥』


岡 『で?‥‥』獣のような眼で俺を睨みつける。

石上 『で、その、一時保留にされたんだけど、友達から始めようって事で‥‥』


岡 『ほ~、それだけか?一部の情報筋によると、石上と開花は‥‥

恋人として 付き合っていると 報道されているぞ!!』


石上 『なに~?』それが事実なら嬉しいけど!!

岡 『この期に及んで、まだ シラを切るか?』


石上 『だから、まずは、ボーイフレンドとガールフレンドとして‥‥』

植部 『じゃ、今までは 何だって言うのよ?』


石上 『そりゃ、きみい、クラスメイトとして‥‥』

開花 『そうやって、動揺するところが、いかにも 嘘っぽいのよねえ‥‥』


石上 『当の本人が、よく そんな事 言えるな!?』は、恥ずかしい!


恋の噂が 飛び交う中、普段通りの バカな会話があった。

周囲に 悟られないような 仲間の 配慮だろうか?


それとも 単純に 話のネタに されたのかは 不明だが、

正直 仲間からの祝福は 嬉しかった。


生まれて初めて 好きになった人が、恋人に なりつつある。




------ 放課後 体育館 女子バレー部 -----


キャプテン 『みんな 集合!!』

部員達 『ハイ!』


キャプテン 『これより、監督から 来月の秋季大会出場メンバーを 発表して頂く。』

監督 『うむ。では、発表する。まず、第一回戦の スターティングメンバーは、

    香月、上本、岸、森口、名村、 開花で行く。異論は無いか?』

一同 『‥‥ ありません!』


キャプテン 『満場一致という事で、初戦は このオーダーで戦う。勿論、不備な点が

       見つかれば、都度修正していくので、気を緩めないように!』

一同 『ハイ!』


キャプテン 『特に開花。一年で レギュラー、いきなり スタメンだ 覚悟はいいな?』

開花 『ハイ!どんなボールにも 食らい付きます!!』


監督 『皆、よく聞いてくれ。今回、開花を スタメンに起用した理由は二つある。


一番目は情熱だ。待っていれば、いつか 自分の番が来るのではなく、

欲しい ポジションは、自分の力で ライバルから 奪うのだ!実力だ。


二番目は、他の選手を見る 広い視野だ。他の選手の欠点を 探るのではなく、

選手の個性を 見極める力がある。開花は、近い将来 チームの要となるだろう。


つまり、来年、さ来年を睨んだ 起用とも考えている。異議の有る者はいるか?』


一同 『 ありません。 』

キャプテン 『では、今日の練習はこれまで!』

一同 『ありがとうございました。』


レギュラー発表後、一年生の輪の中心に 開花が居た。

自分たちが出来ないことを、唯一 開花一人が やってのけたのだ。皆 開花を祝福している。

開花 『皆、ありがとう。精一杯 頑張るよ。』


その反面、一年生に レギュラーを奪われた 昨日までの レギュラーが居た。

その選手は、一人涙を流し、他人の慰めは 一切受け付けなかった。

ただ一人、厳しい現実に 打ち勝とうとしていた。


開花は、心の中で強く誓った。 (先輩から奪ったスタメンコートは、絶対に 譲らない。)

高校生活のほとんどを バレーボールに 費やすつもりであった。


石上と開花の 二人はまだ、恋の意識に 差がある事を 知らなかった。



(14) 恋しくて --------------------------------------------


情熱的な告白、劇的な恋愛 とは行かないまでも、それなりに 二人の関係は 続いていた。

教室では、今まで通りに 振る舞い、互いに 名字を呼び捨てで 呼び合っているが、

二人になると、名前を 呼び合うようになった。


----- ある夜の 電話での会話 --------


(開花)陽子『ねえ、勇気、聞いてよ!』

(石上)勇気 『どうした?ご機嫌 斜めだな。』


陽子 『今日ね、練習が終わってから 私一人 先輩に呼び出されて、すごく苛められたの。』

勇気 『なにい!それは ひでえな。かわいそうに。』


陽子 『でしょ!もう、腹がたつ。信じらんない。』

勇気 『先輩達は余程、陽子が 妬ましいんだな。』

陽子 『えっ?何で?』


勇気 『前に 聞いた事が あるんだけど、女子の部活って、

先輩は 可愛い後輩を 絶対 苛めるとか。


後輩が 自分より 可愛いのが 許せないらしい。

それで、可愛い陽子が ターゲットに されたって訳だ。』


陽子 『‥‥』

勇気 『ん、どうした?』反応が無い。怒ったのか?


陽子 『ねえ~、ゆうきい。お願い、もう一回 言って!!』い、色っぽい。

勇気 『かくかくしかじか。』


陽子 『何それ!ケチねえ。いいじゃん、別に 減るもんじゃ ないし、

お金が 掛る訳でも 無いでしょ。ホラ、早く、言いなさいよ!』


勇気 『落ち込んでる か弱い 彼女の為に 言ったつもりなんだが‥‥』

陽子 『あ、そーですか。どーせ 私は 強い女ですよ。』


勇気 『やっと、元気な陽子が 帰って来たな。』

陽子 『‥‥まったく、勇気、どこで そんな 女の扱いを 覚えた訳?』


勇気 『秘密、蜂蜜。』

陽子 『くっだらない!』


勇気 『なあ、陽子。 今度いつ会える?』

陽子 『えっ?う~ん、今部活 忙しいし、せっかく取った レギュラーだし、

練習サボると すぐ 取られちゃうんだよね。どうしようかな‥‥』


勇気 『俺達、まだ 一度も デートしてないな?』

陽子 『あ~、ゴメン。そこは 反省してるって。でも、会いたい 気持ちは 有るんだからね!』


勇気 『それを 聞いて安心したよ。少しだけ。』

陽子 『会うの‥‥秋季大会が 終わってからじゃ ダメかな?』


勇気 『‥‥厳しいな。仕方ない、待つよ。でも、大会には 応援に 行ってもいいか?』

陽子 『ダメダメ、絶対ダメ!!』


勇気 『何で? 頑張ってる 陽子の姿を‥‥』

陽子 『だから、ダメだって!!』


勇気 『理由を 教えてくれよ。』

陽子 『バレーボールをやってる時は、私 女を捨ててるから‥‥

だから、勇気にだけは 見られたくないんだ‥‥』


勇気 『そおお? うん、それなら いいや。』でれ~っと鼻の下を伸ばす。

陽子 『ほんと、ゴメン。』


勇気 『うん、いいよ。お休み。』 

陽子 『お休み。』


会えなくても、二人の心は 近づいていた。



(15) オフタイムは 恋のオンタイム -----------------------------------


秋季大会が終り、熱血 バレーボール少女も 小休止する時が来た。


二人は、クラスメイト でもあるので 毎日 顔を合わしていたし、

電話や メールも よく交わしていたが、


告白して ボーイフレンド OKの 返事を 貰ってから2カ月、

ようやく 初デートになった。


----------------------------


開花 『あ~あ、あと一歩で 県大会出場だったのに~。』

石上 『おめでとう。そして、おかえり。やっと、僕の元に 帰ってきてくれたね。』


開花 『あの場面では、絶対 カットサーブなのよ。でも、裏をかいて‥‥』

石上 『仕方ないさ、相手が 一枚 上手だったんだ。』


開花 『私が もう少し、反応良く ダイブできていれば‥‥』

石上 『忘れろよ、もう、それより 今日を楽しもう‥‥』


開花 『でも、最後まで コートを守ったから‥‥』

石上 『おいおい、いい加減に してくれよ‥‥』


開花 『何 落ち込んでるの?』

石上 『その、何だ、デートの認識が 無いのかよ? 熱血お嬢さん。』


開花 『冗談でしょ。ユーモアが 判んないのね。』

石上 『これじゃあ、教室に 居るのと 変わらないじゃんか。』


開花 『あ~そ、判ったわよ。これで、よくって? ダーリン。』といって腕を組んでくる。

石上 『‥‥ううっ‥‥』き、気持ちいい。


開花 『あら、ボウヤ。今のは 刺激が 強すぎたかしら‥‥』

石上 『‥いきなり、それは ‥反則だろ。』けど、嬉しい。


(開花)陽子 『で、勇気、今日は どうするの?』

(石上)勇気 『初デートの基本は、ズバリ 恋愛映画!』


陽子 『おお、出ましたねえ。』


勇気 『そうとも、照れくさい 恋愛映画でも観て、歯の浮くような セリフを 学習するのさ。』

陽子 『学習した成果を ちゃんと 活かしてくれるんだよね?』


勇気 『うん。退路を断ち、不退転の決意で、前向きに 挑む所存であります。』

陽子 『何が 言いたいのよ。さっぱり 判んない。』


---------------------


二人共、恋愛映画を観るのは 初めてだった。

恋愛TVドラマ、小説、漫画、噂話にも今まで 興味がなかった。


二人が 付き合いだしてから 共に 関心が 湧いて来たのだ。

映画の後、食事をしながらの 会話が弾む。


----------------------


陽子 『いや~、刺激的だったね。』

勇気 『うん。知らない 世界を 知ってしまった。』


陽子 『なんたって、彼氏役が 超イケメンだったよね。あ~、憧れるな。』

勇気 『う、でも、ヒロインの北尾キーちゃんには、あんな奴より 俺の方が似合ってるよ。』

陽子 『あー、そうですか!!』こ、怖っ。


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店を出た二人は、どちらから 誘う訳でもなく、ごく自然に 手をつなぎ、並木道を歩いた。

そして、噴水の有る 公園に着くと、二人は 肩を寄せ合うように ベンチに座った。


----------------------------


陽子 『やっぱり、出逢いは 偶然じゃなく、必然だよね。』

勇気 『‥‥そうだな。』


陽子 『どうしたの? 急に 物想いに 老けこんで?』

勇気 『あることを 思い出したんだ。』


陽子 『あること? まさか、前の恋を‥‥』

勇気 『今が 初恋なんだから、前なんて 無いんだよ!』


陽子 『なら、よろしい。』赤く染めた頬がかわいい。

勇気 『用務員さんとの 出逢いを 思い出したんだ。』


陽子 『ええっ、!ああいう 中年オヤジが 趣味だったの?』

勇気 『ちがーう!! 真面目に聞け。』


陽子 『ゴメン、それで?‥‥』

勇気 『実はな‥‥』


-------------------------


俺は、用務員さんと 偶然 出逢った時の事から、勇敢な 先輩達の歴史、

そして くじけそうな時は 用務員さんに 支えられた事も、

アタックプロジェクトの話を 包み隠さず 正直に 打ち明けた。


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陽子 『‥‥そんな ドラマが あったんだ。‥‥私なんかの為に‥‥』

勇気 『陽子なんかの為じゃなく、陽子の為だけに‥‥これこそ 運命だよ。』


陽子 『私、そんな‥‥どうすれば‥‥』

勇気 『あ、あの時のオルゴール‥‥』


陽子 『もちろん、大事に 持ってるよ。 落ち込んだ時でも、あの曲を聴けば 復活できる。』

勇気 『そ、そうか 安心したよ。もしかして、捨てられたらなんて‥‥』

陽子 『捨てる訳 無いじゃん!』

勇気 『よかった。』


陽子 『あのね、正直に言うと。プレゼントを貰った時、どう 断ろうかって 考えてた。』

勇気 『‥‥』 やっぱり!!


陽子 『あの日、パーティーの後、一人になった時に あの箱を 開けたの。

そしたら、あの手紙と オルゴールがあった。


手紙の文章は 単純で 小学生みたいって思ったけど、

  オルゴールの曲を 聴きながら読むと、嬉しくて 涙が止まらなかった。』


勇気 『‥‥』おお、起死回生。用務員さん、サンキュウ。


陽子 『だから、勇気をOKしたんだよ。』

勇気 『ありがとう。嬉しいよ。』


陽子 『私を 好きになった 理由を 教えてくれる?』


勇気 『始めて 君を意識したのは、入学二日目の食堂だ。

愚痴を 零しながら 昼食をとる仲間の中で、君だけが 前向きな 考えを持っていた。


それに、辛くても 凹まない 明るい 笑顔が 忘れられなかった。

そして、絶えず 夢に向かって 努力する姿に 憧れたんだ。


クラスメイト なんだから、何も 努力しなくても 楽しく会話ができる。

でも、 それだけじゃ 物足りなくなっていた。


その時、俺は‥‥君の事が 好きだと 気付いたんだ。』


陽子 『へへ。照れるな。』そう言って下を向く仕草が、また可愛い。


----------------------


秋風が 少し冷たく 感じる夕暮れ時、二人の会話が 途切れる度に、噴水の音が耳に入る。

そして、しばらくの間 会話が 途切れたままになっていたが、陽子が 沈黙を破った。


-----------------------


陽子 『勇気は、他の男子と違って、ちゃんと 私を見てくれてた。

外見だけじゃなく、性格や生き方までも‥‥それが嬉しいよ。


だから、遅くなったけど、真剣に 付き合いたいなって。』


勇気 『よ、陽子‥‥好きだよ。』陽子の肩を抱き寄せ、顔を近づける。

陽子 『‥私も‥好きだよ。』


見つめ合う 二人の顔が接近する。


勇気 『あの‥‥』

陽子 『何?‥‥』


勇気 『こういう場合、さっきの映画じゃ ヒロインは 眼を瞑ってたけど‥‥』

陽子 『あ、そうだった。‥‥』と言って 眼を閉じた。


そうして 二つの 震える唇は、ほんの 少しの時間だけ 重なった。‥‥

二人にとって 初めての 出来事でした。


(16) それぞれの夢


秋から 冬になり、12月の 期末テストを 終えると、いよいよ クリスマス。

クラスの グループで クリスマスパーティーを 開くことになった。


一同 『メリー クリスマース!!』それぞれのグラスが合わさり、音を立てる。

岡 『おお、このチキン旨そう。一番乗り!』と早速 箸を出す。


開花 『手が早いよね、食べ物には。』

植部 『ほんとよね、女には 奥手だけど‥‥』


岡 『ぐむっ、‥‥』喉を詰まらせる。

石上 『ははは、ズバリ 言われてら!』場内大爆笑。


岡 『‥‥はあ、君達、人が 食事してる時に 随分じゃないか。』

石上 『しかし、周知の事実だ。』

開花 『今の話を 疑う人は、岡を 知らない人だけね。』


岡 『てめえら、それだけ言って 覚悟は できてるんだろうな?』と石上を睨む。

石上 『‥‥』ドキッ


岡 『ところで、石上君 最近 彼女とは 旨くいってるかね?』にた~っと笑う。

石上 『まあ、ボチボチかな‥‥』うわ、来た。


植部 『彼氏は こう言ってますが 実の処 どうなんですか?開花さん!』

開花 『アンタは 芸能レポーターか!』


岡 『石上 男らしく 全てを語れ!楽になるぞ。』

植部 『プロポーズの言葉は?指輪は もう貰いましたか?結婚はいつ?赤ちゃんは‥‥』


開花、石上 『あ~、うるさい!!』『いい加減にしてくれ。』

岡 『それは 無理だと言ったろ。思春期の盛りに 他人の恋路が 一番の関心事なんだ。』


開花 『ほ~、そんなに 関心があるのに、なぜ岡は 硬派を気取るの?』笑顔で迫る。

岡 『うっ、‥‥』いいぞ、逆転した。


植部 『硬派とか言って、実は 単に恥ずかしい だけじゃないのお?』流し眼の笑顔。

岡 『‥‥』耳が真っ赤になる。


石上 『おおっと、岡選手、コーナーに 追い詰められた。これは、ピンチです。』


岡 『‥‥俺には 夢があるんだよ。絶対 叶えたい夢が。だから、恋をしている暇はない。』


開花 『恋をした方が 力が湧いて、より良い結果が 出せるかもしれないよ。』

岡 『そ、そうなのか?』すごい反応だ。


開花 『うん。辛い時なんか、すごく助けられるし、一人じゃないって思うと‥‥

ちょっと、何を言わせるのよ!』真っ赤な顔でバシッと隣の石上を叩く。


石上 『痛えな!なんだよ!良い話なのに 誤魔化すなって。』ドッキ、ドッキ、ドッキ。

植部 『あ~あ、見てらんないわ。ムカつく!』


開花 『何も、ベッタリ 付き合わなくても、お互いの 悩みを打ち明けたり、将来の夢を

    語り合ったり するだけでも、互いの 力になると思うけど。そう、支え合うのよ。』

石上 『‥‥』俺は、ベッタリ付き合いたいけど。


岡 『俺には、プラトニックな恋は無理だ。』

植部 『何で?』


岡 『俺、付き合いだしたら、きっと 何もかも 手に付かなくなる。

バスケ中も 彼女の事を考えて、それで 何もかも 失うと思う。』

開花 『岡の性格上、なんとなく 判るけど、全てを 失うのは、言いすぎじゃ‥‥』


石上 『あの、恋の価値観に 花が咲いているようだが、

それぞれ 将来の夢を一人ずつ 語るってのは どうだろう?』


一同 『賛成』『異議なし。』『お互い 茶化すのは 無しな。』


岡 『俺の夢は 生涯バスケットボールで 食っていく事。

まずは、インターハイ出場で 名前を売る。


そして、特別推薦で大学に進学し、ここでも大活躍。何かタイトルを 取って見せる。

大学卒業後は、実業団入りだ。ここでもさんざん 活躍した後、引退。


その後は、高校か大学で バスケ部の監督をする。

結構、無理があるが、不可能とは 思いたくない。


夢も希望も 無くしたら、頑張れないもんな。まあ、俺の夢は こんな感じだ。』


一同 全員で拍手。『おお~。』


開花 『私の夢は 高校の体育教師になる事。

大学の教育学部で教師を目指しながら、バレーボールをやる。


そして、卒業後は 教師と女子バレー部の監督ね。

結婚しても、この仕事は 続けたいと思ってる。絶対 叶えるからね。』


一同 全員で拍手。『すげえ。』


植部 『えっと、私は、未来の旦那と 喫茶店経営すること。

店は、若いカップルが 絶え間なく 出入りできるような 店にしたい。


その店に来ると 必ず将来 結ばれるなんて 噂が立つような店がいい。

未だ、彼氏は 居ないけど、いつかきっと 現れると 信じてる。


それまでは、喫茶店で 働きながら、未来の自分の店を 想い描くの。』


一同 全員で拍手。『やるう。』


石上 『俺は、大学で 心理学を学び、将来 カウンセラーになりたい。

    世の中、ちっぽけな事で悩み、苦しんでいる人が 沢山いる。


他人から見れば 些細な事でも 本人にとっては 重要な事だ。

そんな悩みを 持っている人の 背中を押す事ができれば、

その人の 悩みが 晴れるよう 役立つなら、

そう思い この道を目指した。


この道を 選んだ理由は、迷っている 自分が居たから。

弱い自分の 背中を 押して貰えたお陰で 勇気が湧いた。


だから、自分も 誰かの 役に立って、

その人が 勇気を 出せるよう 力になりたいと思う。』


一同 全員で拍手。『‥‥』あまり、反応なしか。


それぞれの夢を語り終えた処で、皆 互いの前途を祈り パーティーは解散となった。

夜も遅いので、俺は(開花)陽子を家の近くまで送っていく。

    

陽子 『意外だな。勇気が カウンセラー志望なんて。

てっきり、音楽業界に 進みたいって 言うと思った。』


勇気 『ちょっと 前までは、そうだったよ。』

陽子 『あ、判った。用務員さんの 影響だ。』


勇気 『うん。正解。用務員さんは、なぜかアタックプロジェクトを お忍びでやってるけど、

    俺は、もっと 視野を広げて 堂々とやりたいんだ。』

陽子 『高校生 だけじゃなく、老若男女が 対象ってわけね?』


勇気 『その通り。難しいと 思うけど、頑張るよ。』

陽子 『うん、応援する。』


陽子の家の 近所まで来て、二人は立ち止った。

そして、道端に 伸びた二つの影は 一つに重なり、また 二つに戻った。


(17) 風向き -----------------------------------------------


勇気と陽子の恋は 順調だった。自他とも公認で コソコソせず、堂々と 振る舞った。

その甲斐あってか、もう二人を からかう人間は 居なくなった。


季節は冬から 春になり、二年生に進級した。一年生の時 仲が良かった 仲間たちは、

見事に バラバラになった。


二年生にもなると、部活にも一層 熱が入り、レギュラーを取った者は、他人に渡すまいと

必死に 守ろうとする。どこの部も同じだった。

また、大会、強化合宿、テスト、と自由に 使える時間は 限られてくる。


陽子とは、メールを毎日交わすが、会うのは 月に一回程度だ。クラスも別れたので、

顔を合わす日が 極端に減った。話す内容も、部活や将来の事が中心で、甘い会話は

ほとんど無い。


季節が 夏に移った頃、男子バレー部の 本岸から 妙な噂を 耳にした。


本岸 『石上、お前、開花とは まだ付き合ってるんだよな?』

石上 『へっ?随分意味深な 聞き方するじゃんか。何だよ?』


本岸 『いや、春季大会の時に、開花は 別の高校のエースアタッカーから告白されて‥‥』

石上 『なにい!本当か?』


本岸 『うっ、知らなかったのかよ。相手は、D高校の3年で、バレー部キャプテン、

    ファンクラブができる程の 超イケメンで‥‥』

石上 『もういい‥‥』ダメだ。月とスッポン、勝負にならねえ。


最近、(開花)陽子と会う日が減ってるし、電話、メールの回数も激減。

大体 告白されたなんて初耳だ。これは、やばいかも。


慌てて、夜 電話をしてみたが、陽子は すぐに切ろうとする。告白された事を 尋ねると

驚いていた。電話じゃなんだから、明日 学校で会う事にした。


恋の風向きは、本当の季節とは逆に 夏の南風から 冬の北風に 変わっていった。


(18) 突然 -------------------------------------------------


7月のある日、俺は 陽子と学校で 待ち合わせた。

去年 俺が陽子に 告白をした場所で。


陽子 『昨日はゴメン。』

勇気 『あ、良いよ。電話じゃ 話しにくいんだろ? で‥‥話って?』


陽子 『私が春に、告白された事 誰から 聞いたの?』

勇気 『男子バレー部の ある人物から。』


陽子 『そっか、じゃ、もう限界かな?』

勇気 『????』


勇気 『まさか、とは思うけど‥‥』心臓バクバクバク

陽子 『うん。私、その先輩が 好きに‥‥なったの。』


勇気 『‥‥嘘だ。‥‥』

陽子 『本当。』


勇気 『俺が 嫌いに なったのか?』

陽子 『違う、そうじゃない。』


勇気 『じゃ、何で。』


陽子 『勇気は 最高だった。本当に 好きだった。

でも、先輩が 現れてから、全てが 変わったの。』


勇気 『‥‥そ、そんなこと‥』

陽子 『ゴメン、本当にゴメン。』


そう言って、俺に 抱きついてきたと思うと、頬に キスをして、去って行った。

俺の頬は、陽子の涙で 湿っていた。


そして、陽子は、二度と 俺のアプローチに 応じる事は無かった。

俺は、陽子にとって 恋人から 同じ高校の人 へ急降下していった。


(19) 自立 ------------------------------------------------


彼女に 振られた。大失恋だ。原因は俺にある。

男としての 魅力が欠けていたんだ。


彼女は 俺を 魅力に感じたんじゃなく、自分の 好きな曲が流れる

オルゴールに 一瞬 心が揺れただけだったんだ。


それを 贈った奴と 付き合ったという訳か。バカだった。

自分の 身の程も考えず、舞い上がっていた。


結局 あのオルゴールが 無けりゃ、俺には 何の魅力も 無いってことか‥‥


------ 放課後 用務員室 ------------


石上 『よーむ いん さーん‥』

用務員 『何だよ。石上君か、やだね、その力の無さ。まるで、彼女に 振られたみたいだな。』


石上 『やはり、わかります?』

用務員 『ええっ?』


石上 『はい、他に 好きな男が できたとかで、LOVE IS OVERでした。』

用務員 『くーっ、そうか、辛いな! 判るぞ、君の痛みが。』がっくりと肩を落とす。


用務員 『まあ、アイスコーヒーでも 飲めや。』

石上 『ありがとうございます。』


用務員 『残念だったな。』

石上 『はい、せっかく、用務員さんが応援してくれたのに、俺に 魅力が無いばっかりに』


用務員 『そういう 考え方は 止せって 言ったろ!』

石上 『せっかく、プロジェクト初の OKだったのに、また 失恋記録更新ですね。』


用務員 『いーや、実は 初じゃねえ。二回目だ。しかも、ほとんど 同じケースだ。』

石上 『えっ?』


用務員 『実はなあ、初代アタッカーは、一旦 OK 貰ってたんだ。

そして、数か月 付き合って、振られた。理由は、想像付くな?』


石上 『はい、俺と 同じですね?』

用務員 『‥‥』

石上 『その 初代アタッカーって、もしかして‥‥』


用務員 『そうだ、25年前の 俺だよ。いやー、本当に バカだったよ。

     オルゴール製作に 情熱を 注いだのは良いが、後の事を 考えてなかった。


つまり、オルゴールを 贈った時が 最高点で、その日以降、

魅力は 低下し続け、ある日、退屈な奴ねって 言われて、OVERさ。


     今回のように、彼女に 好きな人が できた訳でもないのに、まったく 情けねえよ。』


石上 『そんな事、ないです。』

用務員 『ほお、慰めて くれるのかい?』

石上 『別に そんなつもりじゃ‥‥』


用務員 『世の中にはな、腰抜けを見ると 背中を 押したくなるタイプと、

     意地悪したくなるタイプがあるんだ。

     俺や石上君は 前者だ。黙って 見てられないんだよ。』


石上 『はい、同感です。』

用務員 『で、その初代アタッカーは、用務員になった時、腰抜け生徒を見て手を貸した。

     それが アタックプロジェクトの 始まりだ。』


石上 『あの、用務員さん。こんな 結果になったけど、俺、後悔してません。

    どうか、プロジェクトを 辞めないで下さい。出来る限り 続けて下さい。

    俺の他にも 背中を 押して欲しがっている 生徒が たくさんいると思います。』


用務員 『ああ、判ったよ。』

石上 『いろいろ、ありがとうございました。』


用務員 『ああ、しばらくは 辛いが、君なら いつか 次の恋が 出来るよ。』

石上 『できますかね?』


用務員 『できるさ。間違い無く。』

石上 『何で 判るんですか?』


用務員 『ほんの少しだが、君は もう恋の味を 知ってしまっただろ? だからだ。』

石上 『‥‥キザですね~。全然 似合いませんよ。今の言葉。』


用務員 『ぐわっははは、‥』


石上 『用務員さん、俺、将来、心理学を 勉強して カウンセラーになります。』

用務員 『そうか、そりゃ立派な 夢だ。』


石上 『俺もそうでしたけど、世間には 精神的に 弱い人が 一杯居る。

    その人たちの 力に なりたいんです。』


用務員 『石上君、随分 たくましくなったな。去年とは 見違える程だよ。』

石上 『はい、自分でも 何か自信が 付いてきました。』


用務員 『いいかい、人生は 生放送みたいなモンだ。録画や再生、早送り、巻き戻し

     なんて出来ない。あるのは、今だけだ。過去を振り返らず、明日を夢見ろ。』

石上 『はい、覚えておきます。』


石上 『用務員さん、俺、もうそろそろ、用務員さんから 卒業します。

    いつまでも 甘えてたら、成長できない事に 気付きました。だから‥‥』


用務員 『ああ、判ってるよ。その方がいい。本プロジェクトはNo18を誇りに思うぞ。』

石上 『ありがとうございました。』


------------------------------------


それからの俺は 用務員室に 行く事は 無かった。

自分で考え、悩み、行動する事に決めた。


初恋の事は 忘れるが、初めて 告白した時の 勇気は 忘れない。


もう、結果を 恐れたりしない。もう、腰抜けじゃない。

自分の未来は、自分で 切り開いて行くんだ。


Be ambitious .




 完


初めまして、こんにちは。 来間(くりま)タローと申します。

この度は、本作を読んで頂き ありがとうございました。

楽しんで 頂けましたでしょうか?


本作では、気の弱い男子高校生が 初恋を経験します。

人を愛する喜びと、人から愛される幸せを知り、

失恋することで、 少しずつ大人へと成長していく過程を描いております。


本作を読んで頂いた事で、

これから恋愛をされる方の 背中を押す事ができれば

今 恋愛中の方の 良い刺激になれば

今 失恋中の方の 次への勇気になれば

恋愛を卒業した方には、楽しんで頂ければ

そう思い、書き上げました。


それでは、失礼致します。ごきげんよう。

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