ピーマン
「まずっ」タダシは思わず口から緑色の野菜を吐き出した。
それを間近で見ていた母が口を出す。
「こら、タダシ!ちゃんと食べなさい!」「だってまずいんだよぅ」タダシは涙目で母に訴える。
「好き嫌いはいけません」母はとりあわず、ぴしゃりと言う。
彼はピーマンが苦手である。給食でも毎回きれいに残しており、皆には周知の事実である。
もう彼にとって「ピーマン」という単語を聞いただけで悪寒が走るまでになっていた。
苦いし、食感(ていうの?)が何より受け付けなかった。
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また別の日の事だった。
家庭科の授業で使う材料を探すため、タダシが冷蔵庫の野菜室を開けたときのこと。
「ん?」ピーマンにそっくりの赤い野菜が置いてあった。
その日の夜、
食卓に出てきた野菜炒めの中に、昼間に冷蔵庫で見かけた例の赤い野菜と思われるものが刻まれて入っていた。
こうやって入っているのを見ると、ますます形状がピーマンにそっくりである。 唯一違うのは、色だろうか。
「・・おかあさん、これ」 タダシは思わず母に問いかけた。すると母は「ああ」とうなずき、にっこりと笑ってこう言った。
「パプリカよ」
初めて聞く名前だった。「美味しいわよ~」「・・・・」ピーマンではないようだ。
なんとなく警戒心が解け、タダシはおそるおそる”それを”口に入れてみた。
・・・・・・。
「どう?」母が感想を求める。「まずくはない」とタダシは答えた。
”つかみどころがない味”というのが正直な感想だった。ただ、ピーマンとは違い、食感が柔らかく、こちらの方が甘みがあって食べやすい気がした。
「食べられそう?」と母。
ごくん、とパプリカを飲み込み、「うん」とタダシは答えた。
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10年後、大人になったタダシは就職を機に、一人で暮らしていた。
たまには自炊をしようと思い、近所のスーパーで買い物をしていた時の事。「あ・・・」野菜コーナーでピーマンを見かけた。タダシは反射的に寒気を感じて身震いした。
今日はオイスター炒めを作る予定だ。もちろん大好物のパプリカを入れて。
しかし、「無いな・・」パプリカがない。どこにもない。なぜだ。
そのとき店員がタダシの前を通りすぎようとした。
「あの、すみません」「はい?」店員は忙しそうだが振り返ってくれた。
タダシはたずねる。「パプリカはどこにありますか?」 すると店員は、、、、
「あー」と言い申し訳なさそうに言った。
「赤ピーマンでしょ、今ねぇ、偶然品切れしちゃってるのよ~悪いねぇ、お客さん、明日の朝には入ると思うからさぁ」
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その晩遅く、タダシは母に電話をかけた。
母は話をひととおり聞き終えてからおごそかにこう言う。
「・・言いたい事はよくわかるわ。確かに緑のピーマンを熟させると赤くなったり黄色くなったりするわ。パプリカもそのピーマンの一種といえるわね。・・でもね、こう考えてごらんなさい。いい?タダシ、色が変わっただけでもとは一緒。あなたはピーマンを『克服』できたことになるのよ。あの日を境にね。」
成人した男が母親とするような会話ではなかった。が、母はちゃんと相手になってくれている。
「で、あなた、その後パプリカは食べたの?」
「うん、めっちゃ美味かった。」
完