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甘美な時間

「あの人」に発破をかけられ平真子とデートをする約束をした「僕」は、次の日学校でいつも通りの日々を送る。

 「ねえねえ!どうだったー?デートのご予定は決まりましたかぁ?」

「朝からそんな大声でやめてくれ。」

平さんとのデート。一夜経った今でも地面が綿飴でできているような心地がする。右も左も分からない僕は、とりあえず、あの後平さんとのLINEで決まったことを伝える。

「えぇー!じゃあ、週末二人で映画行くんだ…君、大丈夫?」

「何が?」

「いやー、色々さ色々。会話とかご飯とか服装とか集合時間とか振る舞い方とか髪型とか」

無限に心配事が溢れてくる。お節介と言いたいところだが、どれも否定できない。

「ふふふ。さっぱりだね。とりあえず、大きい声をどうにかしてくれないかな。敵を作りたくはない。」

「ピピッー!たった今強敵が誕生しました!」

はあ、とため息をつく。そういえば、タイムループの話は何もしてこない。

「それで、その、ループの方はどうなっているの?今のところ、知覚できるのが君だけだからさ。」

「あ、昨日は一日で過ぎたよ」

 事情を信じない人が聞けば、何を当たり前なことを言っているのだろうと訝しく思うだろう。水曜日はループしなかったことを村澤に言っておく旨を伝えて、僕は自席に戻った。



 そこからの二,三日はあっという間にすぎていった、と僕は思う。無論、ループをしていたかもしれないが、僕にはその実感が一切ない。ループについてあの人と話そうと思ったが、どうやら小さな劇場で行われる劇に出演が決まったらしく、学校には来なく、まともに連絡すらとれなかった。

 朝十時になり、ようやく起きてきたパジャマ姿の妹に出かけることを伝えて、いつもと同じドアを開けて、右足から家を出る。ワイヤレスのイヤフォンで、僕の好きなバンドを流す。希望と記号で韻を踏んでいる曲でなんとも軽快なテンポで自然とスキップしそうになる。これは、そう。この曲のせいだ。どこか浮き足立っているのではないかと逡巡することはなかった。


 少し早く着きすぎてしまった気もしたが、冷静を装うには時間が必要だったらしい。集合場所の駅前に着いてから一五分たって、平さんが来た。

 「お、おはよう」

今日の彼女は格別に輝いて見える。普段は眼鏡をかけているが、今日は気合いを入れているのか、コンタクトレンズにしている。大きくて純粋でつぶらなその瞳に吸い込まれそうになる。出会って数分のうちに、僕の中の邪な感情は浄化された。

「じゃあ、まず映画行こうか。」

どこかぎこちない声をかけて、駅ビルに入っている映画館へ向かう。


 「じゃあ次は、カフェだね。」

映画の余韻に浸る間もなく、次へ向かおうとする平さんは意外とせっかちなのかと心の中で驚く。

「ちょっと、トイレ行ってもいい?」

そうでも言わないと間を作れない。完璧な人間はいないとつくづく思う。平さんの場合はそれを差し引いても断然完璧に近いが。

 束の間の余韻にさよならを告げて、そそくさと行こうと決めていたカフェへ向かう。


 駅ビルの一階に入っているカフェは、女子高生やデート中のカップルでごった返していた。その中に、スーツ姿でパソコンと対峙しているサラリーマン風の男が二,三人いる。なぜこんな騒々しいところで、なんて思う。が、すぐに彼らはそうしている自分に酔っているのだと得心する。

 僕たちはちょうど空いた席に座ることができた。そこで、キャラメルラテと抹茶のパウンドケーキを頼む。平さんは、ほうじ茶ラテだ。

「あの、急かしちゃってごめんね。実は色々私なりに考えてたの。最近なんか悩んでそうっていうか、何かあった感じがしたから、私でよかったら頼ってほしいなって。」

不意に背後から竹槍で突かれる思いをして、僕は思わず狼狽する。

「待って、待って。確かに最近色々ありすぎているけど、平さんには荷が重いっていうか相談はしない方がいい気がする。」

「どうして?私が中学の頃振ったから?そういえば、高校に入ってから急によそよそしくなったよね。苗字にさん付けで呼ぶし、廊下ですれ違っても知らないフリするし、まるで赤の他人というかただの背景にしてる感じ。」

「そんなことは―」

否定はできなかった。それ以上の言葉が出てこない。

「私は、嫌いになんかなってないし、ずっと中学生みたいになんでも話せる関係でありたいよ。今でもそう思ってる。だからその肩に乗せている荷物を少しだけ分けてよ。それだけできっと心が軽くなるからっ!」

ああ、そう、この感じ。この言い回し。遠慮のない語圧。身の丈をすべて言葉に乗せることしかできない不器用さ。これが僕の好きだった平真子だ。

「さすが真子だね。僕のツボをよく理解している。」

「だってそっちが教えてきたんだよ。このミュージシャンすごいよ!って。目を輝かせながら。そのうち給食の放送で流すように早紀ちゃんに頼み込んでたし。」

「そういえば、そうだったね。」

思いもよらぬところで思い出話に花が咲く。

「それで、何に悩んでるの?」

「それだけは、言えない。まだ。もう少し付き合ってほしい。」

―ただこの甘美な時間を楽しんでいたい―

ただそれだけの強い願いだった。

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