表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

後悔と愛着

原因不明の倦怠感に見舞われ学校を休んだ「僕」は、河川敷で「あの人」に電話をかける。

「それでなんだけど、昨日の話をしたくて電話したんだけど、今時間ある?」

「あー、その話ね。」

声に明るさがなくなる。

「やっぱり何か特殊な力が働いているとしか考えられないの」

一体何を言っているのだろう。だが、ここは話をもう少し聞いてから考えるしかない。

「僕の記憶を改ざんする何かが存在しているわけか。」

「ううん。違う。私ね、今日を繰り返しているの。ずぅーと月曜日が続いちゃうの」

「なるほど。もう少し詳しく。」

「その話を昨日したの。そしたら、君が、夜日付が変わる瞬間に誰かに認識されていたら、その人と同じ時間の流れに乗れるかもって。だから、昨日の夜11時から電話してたの。そしたら11時半過ぎから君の声がしなくなって、最初は無視するなーって思ってたんだけど、何言っても反応しなくなっちゃって。そしたら、急に不安になって。また、この月曜日から抜け出せないんだって。またひとりぼっちになったって。だから、その、寂しかった。辛かった。」

スマホ越しの声に嗚咽が混ざっている。頭にバカがつくほどの正直者のこの人が泣いている。僕が泣かせたのだ。記憶にはないが、そんな約束をしたくせに果たさなかった。

 朝から続いている気持ち悪さはこれが原因かもしれない。ごくごくたまに前世の記憶が現世に流れ込むことがあるらしい。後味の悪さ。寝起きの時感じた違和感。これらはその約束に起因している……そう考えると、体内にある重く鈍い鉛が軽くなる気がする。何か都合の良い理由を見つけたからではない。まさにこれだ。一切記憶なんてないけど、ただただ漠然と、あの人が言ったことが昨日起こったという強く鋭い感覚が僕を支配する。

「ごめん。正直のことを言うと、まったく記憶にはない。でも君が嘘をついているとも思えない。だから、君は今日という日を何度もループしてしまう。そして君はそのことを僕に相談した。だが、解決できなかったどころか、僕は自ら取り付けた約束も果たすことができなかった。僕はこう信じることにしよう。」

「ありがとう。」

なんとかありがとうとだけは聞き取れるが、それ以外は涙の滲む声に嗚咽が混ざって聞こえない。ただ、何か感謝を伝えているだろうとだけ推測できた。

父はたばこを吸い終わり、駐車場から河川敷へと続く階段に座っている。

「それで、どうする?」

正直、まったく手を出せない状況だ。多くの場合は原因を究明した上で、解決策を探る。そのためにはまず仮説を立てる。さらに、仮説を立てるための情報が必要だ。今あるのはせいぜい電話越しのあの人が月曜日を半ば永遠にループしていることくらいだ。これではまるで太刀打ちできない。

「あ、もう時間だ!じゃあまた後で!」

そう言ってあの人は電話を切る。ちなみに、うちの学校は朝ショートから帰りのホームルームまではスマホの電源は切らなければいけない。

「おう、もういいのか」

父が声をかける。父は大学で主に東洋哲学の研究をしている。それもあって哲学の話はよくきく。今年から助教授になったらしく今までよりも研究に打ち込めると意気揚々にしていたが、思いのほか忙しく、昨日まで学会に出席していた。そのため今日は休みをもらったらしい。もう十分だと伝えて車に乗り込んだ。


「あのさ、ある日突然同じ日が繰り返すことってあり得る?」

父との貴重なドライブの時間を使って、なんとか情報を集めたい。

「時間が繰り返す?そうだな…例えば、人間の身体は様々なものが循環しているだろう。」

「身体?」

「そう。人間の思考は脳で行われる。しかし、体内環境はどうだ?学校でやっただろ」

「あー恒常性、ホメオスタシス。」

「そういうこと。つまり、体内環境は一定に保たれている。そのために、血液や呼吸、睡眠も一定の状態が循環している。循環器内科なんてものもあるくらいだからな。」

車はスピードを上げる。

「それで?」

「時間は人間が自分たちの都合に合わせて作り出した発明の一つだから、もしその人がその期間に何か強烈な後悔や、どうしてもやりきれないことがあったなら、無意識に時間を巻き戻すこともある。」

―後悔ややりきれないこと―

あの人にはそんな憂いなんてないように見える。そのくらい元気がいいし、落ち込む様子など見たことがない。でももしも、人知れず悩んでいることがあるとしたら、誰にも言えない分肥大化しているに違いない。その積もりに積もった、計り知れない苦しみがこのタイムループを引き起こして、さらに苦しめることになっているのか。それはまた皮肉な話である。

「あとは単に成長したくない。いつまでもずっとこのままでいたいという願いが何かしらの力で顕然化した帰結ということも考えられる。」

そっちの方があり得るな、と思う。いや、きっとその方がハッピーエンドになるからそう願う。いつしか、僕まで蜘蛛の糸に縋り付いている。いくらか細い糸と言ったって、よもや二人では切れないだろう。


 いつから寝ていたのか分からない。気がつくと家のすぐ近くまで来ている。スマホを見ると、14:05を表示している。こんな1cmにも満たない薄い金属の板。それなのに、さっきは電話をして、今は時間を教えてくれる。電話するまでは、音楽を流していた。進化とは環境に適応することであり、太古の時代からあらゆる生物は進化してきた。きっと人間はこうして身体ではなく、僕らの使ういわば食物連鎖で勝ち抜くための武器を発展させて、進化させてきた。そう思うと、人間でなくたってよいという目的と手段が転倒した結論に達してしまう。僕の悪い癖だと村澤言われたことがある。でも、それは現代の社会を見ればいくらでも起きているではないか。

「さっきの話の続きだけど、例えばそういう強い後悔とかその日に対する並々ならない愛着みたいなものをその人から引き剥がせば元通りに時間が進むってこと?」

家に戻り今度はコーヒーを挟んで尋ねる。無論僕はミルクとシュガー入りだ。

「まあ一応はな。」

 終わりのない闇が続くトンネルの遠くの向こうに少しだけ光を感じた気分だ。僕らは、決して今日が複数回あるなんて毛頭思っていない。だけど、あの人の純粋に透き通ったきれいな声は確かにそのことを物語っていた。


 時刻は16時だ。夕方の情報番組は今昨日のスポーツの話題を扱っている。最近は贔屓にしている野球チームが交流戦で調子を落としていて、三カード連続負け越している。選手層がやはりまだ薄いから選手の疲労が出てきているとOBは解説している。

 チロリン、チロリン、チロリン

スマホが鳴る。予想通りあの人からだ。部活には入っていなく、演劇のスクールに通っているらしい。

「もうしあげますぅ、もうしあげますぅ」

「なんの真似?」

「今日、たにかわ先生がね、もしもしの語源について話してくれたんだー」

黄昏時、いわゆる昼でも夜でもない、妙にセンチメンタルな気分になりやすいあの時間に、人ではない何かに出遭うことがある。幽霊は同じ言葉を繰り返し言うことができないから、「申します、申します」と二回連続で言って自分も相手も幽霊ではないと証明していた。それが省略され、今の「もしもし」になったらしい。

「それで、何か用?」

「おいっ!これでもそんな冷たくされたら傷つくんだぞぉー声が聞きたかっただけかもしれないじゃん」

「まあちょうど良かった。少し作戦会議をしたいと思っていたところ。でも、はっきり言って、今日は解決できないと思っている。だから、今から話すことを忘れないでほしい。頼りないけど、僕はまた忘れてしまうだろうから。」

「んーん。ありがとね。私のために。」

「君のためでもあるけど、君だけのためじゃない。だって、もし神様が僕らの世界を俯瞰して見ていたら、がっかりなさるだろう。おまえら何回6月13日繰り返しているんだよってね。」

「ははっそれ笑えるー」

「意外と棒読みであしらわれるのも悪くないね。」

「変態」

「くぅー」

「君ってこんなキャラだったんだねー結構面白いじゃん」

「キャラ崩壊だね。まあいいや、それで作戦についての話だけど―」

あの人は適宜頷きながら話を聞いてくれる。こういうところに人間的魅力があるのか、なんて少し思いながら、後悔があるかどうかを尋ねる。しかし、今日に対する後悔はこれと言ったものはない、というのが電話越しのあの人の言い分だ。では、愛着があるのかと言えばそういうわけでもない。一ヶ月後に控えている期末テストがとてつもなく嫌だということは言っていたが、それ以外は特に今日を繰り返す理由はなかった。期末テストの件も別に今日である必要はない。

 「まあでも、一つの仮説が潰れたことだけでも大きな収穫だと考えよう。じゃあまた。」

そう告げて僕は電話を切る。

外では近くの小学校のグラウンドで遊んでいる声が聞こえる。今朝感じていた正体不明な違和感はすっかりなくなっていた。



チロリン、チロリン、チロリン

 朦朧とした意識の中でスマホがなる。僕は目覚まし時計派なので、スマホのアラームは設定していないはずだ、とぼんやり思いながら、スマホに手を伸ばす。

「はぁい、こんな朝早くにめいわ―」

こんな早朝に電話をかけてくるなんて非常識も甚だしい、どういうおつもりですか、と説教を垂れようとする僕の声を遮った透き通る声。次の瞬間耳を疑った。

「もしもし!今日6月14日!火曜日!月曜日から脱出したよ!」

「……え?」

急いでリビングのテレビを見る。確かに火曜日になっている。しかも昨日の記憶もある。

「とりあえず、よかったね。じゃあ準備するから電話切るよ。また学校で。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ