あの人との約束
「今日が繰り返されている」と相談を受けた僕はあの人と解決策を考えた。さらに村澤に相談すると時間は繰り返すと言われた。
帰り際、あの人と約束したことを思い出す。今日の出来事を日記にすること。村澤に相談してみること。二十三時からあの人と電話を繋げること。余裕があればそのまま一睡もしないで朝まで耐えてみること。この実感のないループを解決しようと奮闘している自分は世界から切り取られて、宙を漂っている気がする。
時計を見る。時刻は二十二時半を過ぎたところだ。僕らの予想では、日付が変わった時に二人の世界が繋がっていたら無事6月14日を迎えられるはずだ。根本的な解決にはならないが、とりあえずやれることはすべてやってみたい、それがあの人の願いだ。きっと同じ日を繰り返すタイムループは辛いのだろう。僕には分からないが、寄り添うことくらいはできる。
目を閉じる。このまま新しい朝を、明日を迎えることがどれだけ幸せなことなのか。当たり前を当たり前と感じてしまったら人としての格が下がる。人間は満ち足りると感じることはない。人間を形成しているものは飽くなき欲望である。以前村澤が言っていたことを思い出す。
チロリン、チロリン、チロリン
急にスマホがなり出し、僕だけの世界から現実世界へと引き戻される。もうそんな時間かと思いながら、スマホへ手を伸ばす。
「もおし、もおしーちゃんと起きててくれたんだぁ」
心なしか眠そうな声が薄い板から耳へ伝達される。
「まあね。約束とルールは守るのが僕の信条だから。」
「ふうん。そうだ、一時間もあるからさ、どんな話でもできそうだよぉ」
「そんな暢気なこと言っている場合じゃないでしょ」
「あははーやっぱり君は真面目なんだねー」
「君はさ、怖くないの?」
もっとも気になっていた質問をぶつけてみる。
「怖いよ。今日だって、朝起きるのも、学校に行くのも、君に会うのだって怖かったよ。でもね、君は私の話を信じてくれた。それだけで救われた気がしたんだ。だからさ、ありがとね。」
おいおい、待ってくれ。アニメのクライマックスのようなことを言ってくれるなよ。なんて言えるはずもなく、言葉にならない相づちを打つ。
「そういえば、実は、このことを谷澤に相談したんだ。そういうことって起こりえるか。って感じで。」
「おー君も君なりに頑張ってくれているねぇ……それで、なんて言ってた?」
「東洋では時間は繰り返す。だからまったくあり得ない話ではないってさ。でも、理論的には説明できないだろうとのこと。」
「なるほどぉ」
絶対分かっていないなと思いながら、時計に目を向ける。時計の針は二十三時二十分過ぎを指している。僕は、規則正しい生活をしているから本来であれば、布団に入り寝ようとしている時間だ。
―ちょッと!起きなさい!もうこんな時間よ!―
時計を見る。時刻は七時二十分だった。
「もう日曜だからって昨日夜更かししたんでしょう⁉」
そうだ。確かに、昨日は寝る時間がいつもより遅かった。だけど何か違う。昨日食べたものが胃の中で黒く濁っている。気分が悪い。吐き気を催すような朝だ。一体この得体の知れない何かの正体はなんなのか。朝から非常に腹が立つ。このイライラの矛先にあるのは胃の中の異物だけではない感じもする。それ以上に残る違和感が確かにある。その違和感にこれでもかというくらい腹が立つ。喚き散らしても、ほざいても、どうにもならない。文豪はよく神経衰弱になっているが、これがその入り口だったらどうしよう、なんて妄想までしてしまう。とりあえず今日の学校は休もう。
母に学校を休むことを伝えると、たまには休んだっていいと僕の考えに理解を示してくれた。それどころか、父も今日は仕事ないらしく、二人でドライブにでも行ってリフレッシュすることを提案する始末だ。休みの日の父はいつまで経っても起きる気配がない。母がパートへ行った後、学校を休む連絡を入れる友だちもいないため、なんとなく何も持たずに家を出る。
近所を散歩しながら、先日観た映画を思い出す。僕にしては珍しくアニメではなく、三次元の映画だ。自分で作った会社を追い出された主人公は当てのない電車旅をする。そのときに偶然見つけた居酒屋の名前が「一休みはより長い旅のため」を意味する中国語だった。
そうだ、今日の休みはこれからまだまだ続く人生という旅路を力強く進むためだ。決してずる休みなどではない。
散歩をする間、得体の知れない異物について考えていたが、よく分からなかった。結局単なる寝不足だと割り切るふりをして、家に帰った。
「あ!いたいたいた!」
まだ、時刻は九時になったばかりだ。それなのに相変わらずの元気であの人が僕を出迎えている。