第九演 身勝手な救済
最初はただの侵略だった。
赤い人型の兵器が人々を襲う、分かりやすくも残酷なものだった。
だが変化が訪れたのは最初の犠牲の時だ。
「助けて!! 」
「っ…… 」
一人の騎士は迷った。
人を襲う人型の兵器を切るかどうか。
その兵器の中に人が居ると分かっていたから。
人を救うために騎士となった彼は、人質に取られた者へ剣を向けられなかった。
「なんで助けてくれないの!? はやく助けて!! 」
「うぁ 」
騎士であるにも関わらず、彼は情けない声を出す。
そして兵器によって腹を貫かれ倒れた。
それを見た街の人間は失望したのだ。
騎士は私たちを守ってくれるものだと言うのに。
なぜそれすらも出来ないのかと。
極限状態である炎の中で、冷たく身勝手にそう思った。
「逃げろ!! 」
彼らは自衛の術すら知らない。
なぜなら騎士に禁止されていたからだ。
だから街を襲う兵器から、人々は逃げるしか無かった。
追い詰められた。
その時。
足元に銃が落ちている事に気がついた。
拾い、撃つ。
中の人間ごと兵器を貫いた弾丸は、彼らにとっては騎士よりも頼りになるものだった。
「……ははっ 」
初めて火を手にした人類と同様。
彼らは兵器の有難みを知った。
弾を撃てば殺せる。自らを守れる。
彼らは転がる銃をなんの疑問を思わず拾い、自分たちを襲う兵器を駆逐する。
自衛という仕方なくも残酷な虐殺をする中。
彼らには騎士たちから静止がかかった。
そんな物は捨てろ。
避難しろ。
このままじゃ犯罪者になるぞと。
だが頼りない騎士たちの言葉よりも、極限状態の彼らは銃を信用した。
正しさを求める騎士はそれを許さなかった。
一人を拘束した。
ならば話は速かった。
「うぁ 」
助かりたい市民。それを邪魔する騎士。
敵は何か明確だった。
盲目的に救いへと進む市民たちは、自分たちを邪魔するもの全てが敵に見えた。
騎士も兵器も撃たれ倒れゆく。
市民たちは冷静では無い。
死の恐怖を感じる彼らは冷静ではいられない。
だが規模が違った。
市民の発砲は街中で起きている。
それに紛れ、騎士たちに怨みを持つもの達はたくさんの弾丸を浴びせた。
悪人も紛れた。
焼ける家から物品を盗む者もいた。
この気を境に、円卓を潰そうと考えるものも混じっていた。
平穏の裏には必ず、不満という薪が溜まっていく。
それを騎士たちは放っておいたのだ。
今の平穏を守るために。
それは間違いでは無い。むしろ平和を維持した事は賞賛されるべき事だ。
だが放置された不満は、段々と殺意によって乾いていく。
そして今日、白き炎が火種となった。
瞬く間に燃え広がった炎は混沌を呼び、人の判断を鈍らせ、悪という灰を大量に撒き散らす。
この炎の中では、もはや秩序は意味をなさない。
平和と歌われたこの都市は、一瞬にして悪はびこる無秩序に包まれた。
人が撃たれ倒れる。
助かりたいと邪魔者をうち倒す。
そんな地獄はただ、たった一人によって仕組まれたものだった。
円卓の騎士モルガンは、この街に居ない。
アグラヴェインも外でロクスを止めている。
他の円卓も人を殺す能力ばかり。
暴動を抑える力は持っていない。
この混沌を収めるものは、ここには居ない。
「……雨? 」
いや。一人だけ居た。
混沌を求め、こうなるように仕組んだ一人のピエロと反するように。
混沌を納め、恩人がもう、誰も殺させないようにと願う者が。
「火無き冬 」
この街一番の高台に立つ者。
それは死にかけのハウだった。
彼女は知っていた。
何かあれば、ロクスは必ず復讐のためにここを襲うと。
それ程までに彼は不安定だと。
だから一足先に、この街を氷漬けにした。
なぜ? 街に大量の水分を含ませるために。
「おい雨だぞぉ!!! 」
炎は水分を飛ばす。
大量の熱気が集まれば尚更。
そして水蒸気となった水は雲となり、この混沌を癒すような雨が街中に降り注いだ。
怪我人は癒えない。
だが市民たちは、少なからず冷静を取り戻した。
「あっ、やっと見っけ 」
ハウはふらりと体を倒し、スコールが降り注ぐ街に落ちた。
着地した正面。そこには銃を持つ、一人の騎士がいた。
彼はハウたちが強盗に入った店にいた騎士。
ユフナの部下である男だ。
今は不完全ながらも、円卓の座に着いている。
「なぜここにお前が。主犯か? 」
「今すぐ暴動を収めないと、市民の半分くらいが死ぬよ 」
「っ!! 」
騎士はすぐさま銃の安全装置を外す。
だがハウはゆったりと首を傾げ、微笑んだ。
「なのに、街を助けに行かないの? 」
「……っ。容疑者を放っておけるか! 」
「違うでしょ? 助けられる自信がないんでしょ? 」
動揺する騎士。
その目をじっと観察しながら、ハウは彼の義手へと指先を伸ばした。
「その義手さ、私にちょうだい 」
白い義手。
それは円卓のみが使用を許された高潔な物である。
「何故これをお前らに」
「ユフナが来るから。多分だけどね 」
その一言で騎士は黙り込んだ。
そう、彼はこの街を救える力を持っていない。
理想幻体は使用する人物によって、能力が異なってしまう。
しかも彼には実戦経験など無きに等しい。
ハウの言うことは正しい。
だがやはり、犯罪者にこれを渡すなど
「お願いします 」
騎士が迷う間に、ハウは土下座をした。
スコールの中。死にかけの体で。
綺麗な髪を街の泥水で汚しながら。
「……っ 」
所詮犯罪者の戯言。
そうやってハウを拒むこともできた。
だが彼は迷った。
そして考えた。
正義とは、悪とは、平等とは。
この緊急時で、深く考えなければならない事かと。
行動を起こさない自分に意味があるのかと。
彼は答えを見いだせなかった。
だからその義手を外し、それをハンカチと共にハウの前へと差し出した。
迷う自分よりも、迷わない彼女の方が。
そしてあの人の方が、この武器を使うに相応しいと思ったからだ。
「その義手には、様々な騎士たちの想いが詰まってる。それを悪用したのなら俺はアンタを許さない 」
「うん 」
「街に行く。この体でもやれる事はある 」
騎士は義手を置いたまま、路地裏から街の中央へと向かった。
目的は達成したハウ。
けれど彼女は起き上がれず、その体は着々と死へと向かっている。
当然だ。
血が足りていない。ろくな治療も受けていない。
しかも低体温。
雨も相まっていつ死んでもおかしくは無い。
(寒いなぁ…… )
呼吸を弱くするハウは走馬灯を見た。
それは今と同じような景色だった。
食べるものがない冬。
力が弱い彼女は、体を触られることでしか火にたどり着けなかった。
それが嫌で、お腹が空いて、寒さに狂わされ。
彼女は冬の雨水をたらふく飲んだ。
そして低体温を起こし、路地裏で凍えていた。
「……さむい 」
「……生きてるのか? 」
彼女は目を開けられなかった。
それが幻聴だと思っていたから。
「……生きてるんだな 」
ハウは怖かった。
また蹴られるんじゃないかと思っていたから。
だが彼女の体には暖かいものが被せられ、その中には暖かな麦の香りが広がった。
「…………パン? 」
目を開ければ、バケットいっぱいのパンがあった。
夢かと思った。
だから思いっきりそれにかぶりついた。
吐き出してしまいそうなほどのバターの香り。
鼻水の、涙のしょっぱさ。
そして暖かい温もり。
ハウは奪われぬよう、一心不乱に温もりを貪った。
「ロクスお兄ちゃん? パンはどうしたの? あと上着も 」
「落としちまった。なぁに気にすんな、母さん達は許してくれる 」
上着に包まれ、パンを食べ、ハウは生き延びた。
その後、ハウは聞いた。
あの兄妹が成金であると。
自分の家族を奪った戦争。それを助けていた人だと。
そして思った。
そんなのは関係ないと。
私は助けられた。だから恩を返したい。
ただ……それだけの想いだった。
けれどその想いは、彼女の意志を燃え上がらせた。
「……酷い 」
ユフナは走っていた。
半壊し、もはや原型などない円卓都市に向かって。
騎士や市民が戦争を始めた地獄に向かって。
そして同時に迷っていた。
(自分は……正しかったのだろうか? )
結果から見れば、ユフナは大間違いだった。
初めて出会ったあの日、ロクスを殺していればこうはならなかった。
最初から今の正義を疑わず、すべての悪を根絶やしにすればこうはならなかった。
ならなかったハズだ。
(そんなのは結果論だ……それにもう、戦いは起こっている )
言い訳も理屈もいらない。
戦争が起これば、戦うしかない。
何かを守るためには殺すしかない。
それだけはユフナは過去の経験から知っていた。
ならばどうするか。
何を殺し、何を守るのか。
「……っ!? 」
ユフナは降り注ぐ雨の中に、覚えのあるものを見つけた。
それは白い義手。
自分の恩人。リルが遺した忘れ形見。
「……… 」
ユフナは加速し、飛び上がり、その義手に手を伸ばす。
彼は美しいものを見たことがなかった。
満天の星空も、脂の浮かぶ血溜まりと変わりないと思っていた。
人は殺し殺されるだけの存在だと知っていた。
けれどあの日みた笑顔。
リルとカルマの居るあの暖かな家庭。
それを見て、初めて彼は思ったのだ。
この美しさを護りたいと。
平穏を思えば、悪人は殺すべきだ。
平等を思えば、罪人は許すべきでは無い。
『世界平和なんて実現しないよ 』
(でも僕は……あなたと同じような事がしたい。平穏に殺されかけた僕を救ってくれたように……平和で救われない彼らを、平穏の裏で苦しむ彼らを、僕は救いたい!! これからの事を考え!! 正義が動けないのなら!! 僕が動く!! 僕が救う!!! ……そうすれば少なくとも、目の前の人は助けられる )
傲慢。その考えは過ち。
けれどその行動は、正義によって行われる考え無しな救済だ。
『理想幻体 起動 』
白銀の輝きはユフナの両腕を包み、その右掌には指揮棒を模した細長い剣が握られた。
「水境断香 」
空中にとどまったユフナは指揮棒を横に斬った。
弾けた雨粒は停滞。降り注ぐ雨すらも止まった。
「終戦への侵攻 」
振り上げられた剣とともに、街からは赤い兵器たちが空へと浮かび上がる。
その中に閉じ込められた人は優しく地上へ。
血の通わぬ鉄くずは無慈悲に空中へと。
怪我人は雨を避けるように避難。
雨ですら消えぬ炎は、滝のように唸る雨粒の集合体にかき消された。
理想幻体は装着者によって能力が変化する。
その原動は、想い。
その人物の根幹にある願望を具現化する。
ユフナはあの平穏を守りたいと想った。
あの笑顔を守り続けたいと願った。
故に、彼に備わった能力は『空間支配』
自身より非力なものすべてを操ることが可能。
ただそれだけの能力。
だが驚くべきはその精度。
ユフナは見下ろす街は愚か、降り注ぐ雨粒すべてにすら意識をさき、コントロールできる。
その恐ろしさを目撃したものは言った。
彼は最も恐ろしい、裏切り者の騎士だと。
その慈悲深さを。
敵味方すら助ける高潔さを目撃したものは言った。
彼は最も素晴らしい、騎士の中の騎士だと。
彼の名はユフナ・コルテ。
円卓の騎士 ランスロット。
円卓という平等を破壊し、不平等に善悪を救う騎士だ。
「悔いなき 」
集められた兵器は凝縮され、すり潰され。
赤い熱塊となりて異音を放ち。
「終戦を 」
ユフナが手を握りしめる瞬間。
それはこの世から消失した。
規格外すぎる業を前に、誰もは怒りを忘れた。
そして恐れを、敬意を、冷静を。
彼らの心の中に芽吹かせた。
「怪我人の治療を急げ!! 下敷きなった者は居ないか確認しろ!!! 」
両腕のない騎士の叫び声で、冷静を取り戻した騎士たちは慌ただしく捜索を始めた。
それを見て逃げる市民もいれば、そのまま捜索に加わる者も居た。
そのどさくさに紛れ、ユフナはハウを回収した。
彼女は辛うじて生きていた。
「やぁ……カッコイイねぇ 」
「とりあえず温めますよ 」
「その前に……ロクスを助けて。たぶん……戦って死ぬつもりだから 」
「……でしょうね 」
ユフナはハウに上着を被せ、そのまま加速した。
朝日が昇っていると錯覚するほどの荒野へ向けて。
「はぁ……はぁぁ…… 」
「……… 」
ロクスはもはや人の形を保っていない。
皮膚は焼け切られ、赤い筋肉の中下には白い物が見えるほどに重症だった。
けれどアグラヴェインは軽度のやけどしか負っていない。
彼らの間には残酷なまでに実力差があった。
「殺す……何もかも!! 」
「……そうか 」
アグラヴェインはもう見ていられなかった。
自らを薪とし、無理やりにでも燃え続けようとせんこの犯罪者を。
「もう……終わらせよう 」
「サナ。待ってください 」
件を抜こうとしたアグラヴェインは動きを止めた。
名を呼ばれたから。ではなく、この声に聞き覚えがあったから。
「……ユフナ 」
荒野に現れたユフナは、燃える木の傍にハウを寝せた。
そして情に訴えるようにアグラヴェインの目を見た。
「ここは任せてくれませんか? 」
「……えぇ 」
アグラヴェインは素直に変わる。
そして今度はユフナがロクスの前に立った。
ロクスの体は焼けている。
だがその顔には火傷の痕は無い。
彼は無意識にブレーキを踏んでいたからだ。
家族の顔を、傷付けてはならないと。
「ユフナ……てめぇも……殺」
「ロクス 」
けれどユフナは珍しく、強めな言葉で吐き捨てた。
「死にたいなら僕に勝て。じゃなきゃ、無理やりにでも生かす 」
対してロクスは、投げやりな笑みを浮かべた。
「あぁ!!!! 」
燃え上がる白炎は日輪にも劣らない輝きだった。
もはや薪で燃えているとは言えない。
命という根源を燃やすほど、壮大で命懸けなものだった。
(……やっぱり、似てるなぁ )
なんとなくユフナは、今のロクスに共感を覚えていた。
強すぎる感情は、もはや理性では制御できない。
そんな人間が冷静になれるわけが無い。
だから、誰かが受け止めてやらなければならないと。
ユフナの場合、それがリルだった。
ならばロクスの場合は?
「ユフナ・コルテ。殺してでも受け止める 」
「ロクス……リルカルゴ!!!! 殺す 」
一瞬にてユフナの足を白炎が呑む。
拘束。からの大振りな炎のかち上げ。
それをユフナは避けずに受け止めた。
「あぁあああ!!!!! 」
喉が破れるほどの慟哭。
悲しみのように降り注ぐ炎雨はユフナを襲う。
(あぁ……痛いなぁ )
認知すら及ばぬ複閃は雨を弾く。
だがロクスの怒りにより加速。
スコールのような爆炎はユフナを襲う。
けれど一瞬。さらに加速した剣は雨をすべてかき消し、ロクスの胸に廿字の斬撃を浴びせた。
吐血。斬撃によりすべてのアバラは断ち切られた。
それで止まるほど彼の怒りはぬるくない。
「ユフナァァァ!!!! 」
喉は完全に潰れていた。
にも関わらずに叫ぶロクスの心臓からは、36の白炎が産まれた。
それは怒り。
ロクス本人の怒りでは無く、平和に殺された家族。
子供たち。
そのすべてを継いだ怒りだ。
「死者無き納棺!!! 」
海のように揺れる空気。
それを震わす怨嗟。
ロクスは手を合わせ、怒りを代弁するかの如く声を上げる。
「遺骨無き墓!!!! 」
そして白き怨嗟が、終音となって荒野を呑む。
対し、ユフナは静かに剣を掲げた。
ロクスは未だに殺すべきかと迷っていた。
けれどユフナは迷っていなかった。
ならば勝敗は明白だ。
「苦音呑みの剣 」
楽器のように軽快な剣音。
シの音。
それは怨嗟の炎を跡形もなく呑み込み、静寂をだけを辺りに残した。
「…………負けか 」
ようやく膝を着いたロクス。
その体はユフナによって支えられた。
「なぁ……ユフナ。俺は生きる理由があるんだろうか? 必死こいて助けたかった子供たちがさ、みんな死んじまったのに 」
「……えぇ、ありますよ。不平等という苦しみを知っている。だから平等に苦しめられてる人を理解し、これからも救うことができる。帰ったらたくさん泣いてください。そして、生きてください 」
「ハハッ……厳しすぎんだろ 」
「負けたのに何言ってるんですか。ハウ! そろそろ起きてください!! 」
「パン……おいしぃ…… 」
「起きませんね……仕方ない 」
ロクスを背負い、夢見るハウも持ち上げるユフナ。
それを見ても、アグラヴェインは何も手を出さなかった。
「見逃すんですか? まぁ貴方とは戦いたくありませんけど 」
「ここは……円卓外です。法の外ですので強制力はありませんし……私個人も、貴方とは戦いたくない 」
「……ありがとうございます。それと、ロクスの事もありがとうございます。剣も抜かなかったし……貴方が殺す気なら、ロクスは簡単に殺されてたでしょうしね 」
「心が半端なだけですよ。正当な怒りを無視できなかった。それだけです 」
「ハハッ。僕と同じですね 」
二人は軽く笑い合い、ユフナは頭を下げた。
「……それじゃあ、また会いましょう 」
「えぇ……また何処かで 」
そうしてユフナは、死にかけの二人を連れてアグラヴェインの前から消えた。
本日。円卓都市には怨嗟による大火災が起こった。
けれどそれは、様々な想いが交差した豪雨によってかき消され。
怪我人数千。重傷者百二十。
そして死者ゼロとして、鎮火した。