第八演 正当な理不尽
会場が灰燼と化す五分前。
「……死んだ? 」
ロクスはダラりと義手を落とした。
無線相手はハレ。
苦しみを噛み砕くような声で、ロクスにこう伝えていた。
『子供たちは皆死んだ。もうフォルセダーを集めても意味が無い 』
「ははっ……そうか。死んだか 」
ロクスは笑った。
笑うしか無かった。
この滑稽な現実に、何も救えなかった自分に。
子供たちは急死してもおかしくなかった。
むしろ不安定な状態でよく生きていたと。いつ死んでもおかしくないのに、よく笑っていたと。
そう自分を励ました。
励ました。
なぜ死んだと怒りが沸いた。
そして無。
なぜ自分が今ここに居るのか、分からなくなった。
「うわぁ……酷い惨状ですね 」
「……誰だ? 」
商品すべて殴り壊された保管庫の中。
ロクスは虚無を思わせる無表情で問いかける。
その相手は背後にいた。
黒いパーカー。安っぽいサングラス。
どう見たって異様。
けれどロクスは、警戒する気にもなれなかった。
「ごめんなさい。もう少しはやく……いや、言い訳です。僕は彼らの存在を知っていました 」
ふらりと。
ロクスは力なく振り返る。
「フォルセダーを彼らに提供するために会場に来たんです。まぁ予算が足りなかったので盗もうとしたら偶然……聞いてしまいました。申し訳ありません 」
「……テメェは誰だ 」
「覚えていませんか? 」
ヘラヘラと笑うパーカーの男。
その目の前には、今にも白炎を吹き出さんとする義手が向けられた。
「殺すぞ? 」
「あなた達に救われた一人、虐待から救って頂いたんですよ 」
「……… 」
一人。ロクスは心当たりがあった。
そのサングラス越しに見える赤の瞳に。
「だから恩返しがしたかった。でも間に合わなかった。そしてもう一つ……タイミング最悪ですが、計画を持ちかけに来ました 」
男はサングラスを外し、手品のように手のひらで消し。
赤いボタンを手のひらに出現させた。
「もし二人の犠牲で、犠牲を増やすだけの社会を壊せるのなら。あなたは死ねますか? 」
悪魔ですらも持ちかけない、心の隙間に漬け込んだ問い。
けれど今のロクスは、子供たちを救うという大義が無くなったロクスは、
「あぁ 」
そのボタンを迷いなく押した。
そして現在。彼は円卓都市を堂々と歩いていた。
血まみれの白スーツ。
目を引くが、誰もロクスを見ないふりをした。
(笑えるよな。強すぎる抑止力が、逆に犯罪を野放しにしてるなんて )
ロクスは嘲笑っていた。この法の欠陥に。
暴力とは犯罪だ。ならばこう考えよう。
殴ってきた人を殴り返して怪我をさせた。
これはどちらが犯罪者だ?
正解は無い。だがこの都市では、その両方が処刑される。
子供が親を虐待していたとしよう。
そして子供が親を殴り返した。
どちらが犯罪者? どちらもだ。
騎士以外自衛すら認められない。
だからこそこの街は悪意は忌み嫌われ、そして不審者には寛容だ。
善良な市民であるために、誰もトラブルに口を挟まない。
「相変わらずここは……クソみてぇだな 」
ロクスは墓場に来ていた。
そこには大量の花が敷かれ、四つの花冠が造られている。
誰もがここで祈りを捧げている物静かな場所。
けれどここの下には何も埋まっていない。
「……… 」
柵を乗り越え、ロクスは対となった義手で墓標を撫でた。
そこにはリルカルゴ一家と掘られている。
リルカルゴ一家。それは犯罪者と迫害された、ただの市民だ。
彼らは武器商人だった。
先の大戦。延々とも言える戦争を支えた巨大な一家。
戦争が長引き、彼らは大量の儲けを手に入れた。
市民が一粒の豆を奪い合う中、彼らは暖かなスープを飲み、バターの入ったパンを食べていた。
火を奪い合い、暖かな人が冷たい肉になってゆく冬の中。
彼らは暑いと言いながら、薄着で暖炉の前で温まっていた。
そんな裕福な家庭で、ロクスは産まれた。
彼は不自由だった。
海という場所に行きたかったのに、戦争のせいで行けないのだから。
いつか家族で海に行きたいと、ステーキを食べながら語っていた。
ボヤき、不自由を思い続けるロクス。
そんな彼に妹ができた。
そしてこう思った。この子を守りたいと。
家族として、ちゃんとしたいと。
「お兄ちゃん……野菜とって 」
「おういいぞ。お兄ちゃんだからな! 」
「も〜う、しっかり食べなさい! 」
「そうだぞ! ほら、父さんの肉やるからしっかり野菜も食べなさい 」
妹は肺に病を持っていたが、この家庭は退屈にも思えるほど幸せだった。
それが壊れたのは新月の夜だった。
ロクスは妹を抱き、燃える家を見つめていた。
月の明かりがなかった。だから炎は白にも近しい輝きを放っていた。
金持ち。成金。
彼らの一家は妬まれ怨まれ、不満が溜まり続ける戦争の中では、絶好の発散道具だった。
「寒い…… 」
「我慢しろ。大丈夫だ 」
妹を抱え、ロクスは冬の街を走っていた。
その中で高そうな靴を見られた。
金持ちには不満が溜まる。
なぜか? 妬ましいからだ。
少なくともそう思う人間は多かった。
「すいません。金ならあります、泊めてください 」
両親が死んだというのに、ロクスは冷静に宿を探した。
けれど無駄だった。トラブルの種である金持ちなど店主は泊めたくなかった。
そして宿を出た瞬間、集団に襲われた。
何を言われているかも分からず、ロクス達は蹴られ続けた。
痛み。妹を守るという使命感。
その中で確かに聞こえた言葉。
『金持ち 』 『成金 』 『犯罪者 』
戦争で設けてる人が居るとしよう。
その人は悪か? いいや、仕事をしているだけだ。
その家庭で産まれた子供が居るとしよう。
その子は悪か? いいや、平等に産まれ落ちただけだ。
戦争の金で育った子供は穢れているのか。
そんなハズは無い。
ただ少なくとも彼らは、この子供は穢れていると思っていた。
いや、そうとすら思って居なかったのかもしれない。
だってコイツは金持ちだ。
今まで幸せだったんだ。
このくらいのバチが当たっていい。
その想いだけは皆同じだった。
「……… 」
気絶から目を覚ましたロクスは、横たわる妹を見つけた。
冬であるというのに、彼女は白い息すら出していない。
死んでいた。
ロクスはなぜ自分が生きているのかと思った。
考えてみれば簡単だった。
誰も人を殺すつもりは無かったのだと。
屋敷は火をつけられただけだ。
誰も直接、殺そうとはしていない。
自分たちも同じだ。
ただ金持ちの子供で鬱憤を晴らしたかっただけだと、ロクスは理解した。
そして成長した自分だけが生き残り、まだ幼い妹は死んだのだと。
ロクスの脳は無慈悲に理解した。
「……… 」
彼は妹を埋めた。
シャベルなど無かったから、自らの手で。
前日は雨が降っていたのか、土は湿気ていた。
それがロクスの指先を冷たい牙となって削っている。
けれど彼が最も痛かった瞬間は、こんな土を妹にかける時だった。
十年時が経つ。
ロクスは生き抜いていた。
盗み、脅し、身分を偽装して働き、日々金を稼ぐ。
そんな生活だったが、彼は殺しはしていなかった。
殺せば、最も怨む人間と同類になってしまうから。
「……? 」
そんなある日、彼は街がザワつくのを見た。
何か胸がざわついた。だから彼はゆっくりとそこへ向かった。
たった十年で街は変わっていた。
空き家が多かった家も生活感で満ち、少なくはあるが商品を外で出す店も増えている。
それほどまでに治安も安定していた。
たった十年。人が変わるのには十分すぎる時間。
騒ぎの中心には墓が出来ていた。
そこにはリルカルゴ一家と記された墓があった。
(……は? )
「可哀想よね。ただ金持ちだからと言って迫害されるなんて。まだ幼い子供もいたそうよ 」
「でも武器商人たちだろ? コイツらのせいで戦争が長引いたんじゃねぇか? 」
「だからと言って殺すのはやり過ぎだろ。だから墓を創ったんだ。せめて祈ろう。これから同じことが起こらないように 」
「……は? 」
言葉にならない怒りが、白い炎となって心を焼いた。
その炎は今にも、この街すべてを呑もうする程だった。
彼らは墓に、個人の名など書いていなかった。
彼らは墓を作り、ただ償った気になりたいだけだった。
彼らは身勝手に迫害し、殺し、ただ自分たちに余裕ができたから、あれは間違いだったと。
呑気に軽薄と勝手に語っている。
加害者からすれば嫌な事件。
被害者からすれば、人生すべてを焼き尽くす火種。
ロクスにとっては、市民たちの存在そのものが犯罪者に見えた。
「さて。始めるか 」
家族への祈りを終えたロクスは笑った。
この行動に意味が無いと理解しながら。
ただ怒りは収まらない。
あの炎は消えていない。
思い出せ。そして焼き付けろ。
迫害するという愚かさを。
怨みを買うという恐ろしさを。
「遺体無き葬儀 」
そうしてロクスは、白き炎を街へ放
「あれ、あの時のお兄さんですか? 」
ロクスの後ろには、桶を運ぶサイドテールの少女が居た。
ユフナと初めて出会った時、ロクスが助けた子供だった。
「えっ、血まみれ!? 大丈夫ですか!? 」
「……… 」
「怪我してるのならこっちに来てください! 絆創膏持ってますから!! あっ、それとお花は踏まないでくださいね!! やっと並べ終えたんですから!! 」
復讐の炎は未だに燃え続けている。
けれどロクスは迷ってしまった。
子供に責任はあるのかと。
何も知らない、ただこの時代に産まれただけの子供に。
いやある訳が無い。
それは自身と、死んだ子供たちが証明している。
ならば、この復讐に意味があるのかと。
そう迷った。
だが示さなければ、また自己満足の対応で終わってしまう。
その残酷さを、理不尽さを。
ロクスは知っていた。
だから……
「……ありがとな。花を供えてくれて 」
「……? はい! 」
少女は分からないながらも、無垢で優しい笑顔を浮かべた。
それに吸い込まれるようにロクスは近寄り、柵越しに少女の頭を撫でた。
「お前が大人になる時、こんな世界は無くなってるといいな 」
「……えっ? 」
白炎が駆ける。
家や道は一瞬で炎に呑まれ、遠くの方では強烈な爆音も弾けた。
何が起こったか分からない静寂。
そして悲鳴。
ようやく街は襲撃されている事に気がついた。
「……なんで 」
「家族を大事にしろよ 」
膝をつく少女に背を向け、ロクスは街へと向かう。
街はパニックに満ちていた。
思い出も日常も一瞬のうちに燃えた。
悲鳴も泣き声も。
すべてが当たり前のように満ちている。
「……気分が悪いな 」
そうぼやきながらロクスはスーツを脱ぎ捨てる。
腹にはフォルセダーが詰め込まれ、切り落とした四肢はすべて赤い作り物へと変わり果てていた。
彼はもう人間ではない。
憎悪のみを撒き散らす、ただの薪となった。
「貴様が犯人か!! 」
「見て分からねぇのか? 」
ロクスを囲うただの騎士たち。
彼らは犯罪者を殺す覚悟を決めていた。
「ごっ 」
だがその覚悟は水にすらならず、憎悪を肥大させる薪にしかならない。
街を侵食し始めた憎悪。
それを収めるのは、騎士などという枯れ木ではない。
「……来たか 」
円卓という、無慈悲な大海である。
「円卓の騎士 アグラヴェイン 」
白炎の中。
黒い騎士は犯罪者へと平然に歩み寄る。
対してロクスは名乗りを上げた。
「ロクス・リルカルゴ。侵略者だ覚えとけ 」
「処刑を始める 」
アグラヴェインが放つは、ただ無造作な突き。
ロクスはそれにカスった。
瞬間、遅れてやってきた音と共に両義手は砕け散る。
「っ!!? 」
後ろに引っ張られるように、ロクスの体は吹き飛ばされる。
家を五度突き破っても止まらず、池を跳ねても止まらず。
火の推進力で勢いを相殺しても効果は薄く。
円卓都市の外の荒野へと投げ出され、ようやくロクスの体は重力を感じた。
「うっえぇ!! 」
揺さぶられる内蔵は、胃液を異物と判断した。
それ程までに強大な一撃。
だがロクスは安心していた。
「ハハッ。アイツらほどの速度はねぇな 」
荒野の煙。
それを巻き上げながら飛んでくる鎧の破片。
炎熱によりそれは瞬時に溶解した。
「っ!! 」
ロクスが安堵する間もなく、地響き。
荒野は真っ二つに叩き割られ、山ほどの巨大な地面が今。
投げつけられた。
「誰に届かぬ鎮魂歌 」
燃え盛る閃光。
乱反射する炎。
すべては白き刃となり、強大な山を一瞬にて蒸発させた。
けれどもう一度、山は投げられる。
同様。白き刃の一閃は灰すらも焼き尽くした。
「……? 」
炎とカゲロウの揺れ。
ロクスの視界からアグラヴェインが消える。
「っ!! 」
当然だ。
彼女はロクスの後ろに立ち、拳をただ振り上げていたのだから。
「っ゛!!!? 」
肩へ攻撃を喰らう直前、ロクスは炎の推進力へ下へと逃げた。
義手をわざと外して勢いを逃がした。
地面を熱で溶かし、衝撃を分散させた。
けれど致命傷。
死にかけの燃えカスは、円卓の慈悲によって辛うじて立ち上がれた。
「リルカルゴ……あの一家の生き残りか 」
哀れに、そして傲慢に。
アグラヴェインはロクスへと言葉を使った。
復讐に燃える彼にとってそれは、油を注がれたようなものだった。
「理屈じゃ分かってんだよ 」
ロクスの心には炎が燃え広がる。
それに共鳴するように、荒野すら呑もうと炎は肥大してゆく。
「復讐なんて意味がねぇ。失敗すれば死ぬだけ。成功しても燃えカスしか残らねぇ。だが……俺には感情がある。分かるか? 」
「……っ!! 」
「納得できねぇんだよ!!! このままじゃなぁ!!!! 」
空から降り注いだ大量のフォルセダー。
それはモルガンの時と同様に、ロクスの義手へと結合される。
けれど量は比べ物にならない。
ロクスの腕と一体化した龍の爪のような義手。
白炎は溢れ、凝縮され、怒りを噴火させんばかりの口はアグラヴェインへと向けられた。
「……お前の怒りは正しい。だが平和にそれは不要だ 」
対してアグラヴェインは、その怨嗟に真っ向から立ち塞がった。
「私を怨め! ロクス・リルカルゴ!! すべて受け止めてやる!!! 」
それは高潔な慈悲だった。
円卓にとって、悪へと向けられるべきでは無い生ぬるい優しさ。
けれど相手は犯罪者。
「ほんとお前らは……優しいなぁ 」
そんな慈悲など知ったこっちゃない。
「……お前!! 」
「実り腐る悪意 」
雷にも似た白炎は空へと放たれ、降り注いだ。
アグラヴェインに。
では無く、その後ろの街。
無抵抗な人々が暮らす円卓都市へ。
裁きを届けるように。
すべてを焼き尽くす白き怨嗟は、街中へと降り狂う。
「きさっ」
「ハハッ……同じになっちまったな!! 」
傷をえぐるように笑い狂うロクス。
だが怨嗟は止まらない。
あの街が滅びてもなお、人類が滅びてなお。
この炎は止まらない。
「殺す 」
音よりも速く駆けたアグラヴェイン。
笑うロクス。
その合間に割って入ったのは、人型の赤い機械。
その中には拘束された人間が泣き呻いていた。
「っ!! 」
足が止まる。
その体に、雲を突き破るほどの白炎がぶつけられる。
アグラヴェインは軽い火傷で済んでいる。
だが酷く動揺していた。
「なんだその機械は…… 」
人を十字に括り付けるような兵器。
それは見せしめのようでもあり、盾のようでもある。
まるで人の善意に漬け込むような、あまりにも醜く効率的な美しさ。
最も兵器らしい兵器という訳だ。
「フォルセダーを基盤とし、人を捕え、死ぬまで肉体情報を抜き取り続ける。名は人狂防害。拷問と尋問を手軽にできる兵器だ。裏世界でコソコソ実験してたらしいが、その全部を俺が横領した。さて円卓? 」
兵器と共に歩み寄るロクスは、炎で涙を焼きながら笑っていた。
「痛いほど優しいお前らに、この人質が殺せるか? 」
『理想幻体 起動 』
アグラヴェインの鎧から響いた声。
と同時に。莫大な重みがロクスたちを拘束した。
「それが……お前の切り札か 」
黒から白へと変わった鎧。
円卓のみに許された白き兵器。
その能力は単純。
すべてのものに、自身と同じ質量を付与する。
「貴様 」
アグラヴェインは眉間に血管を走らせ、怒りの眼差しでロクスを睨んだ。
「この程度で、円卓をやれるとでも? 」
「じゃあ他の騎士共はどうかなぁ? 」
「っ!! 」
新たな爆音が街から響く。
それが何かは分からない。
ただアグラヴェインは直感で理解した。
「まさかっ 」
この人質ありきの兵器たちが、街を襲っていると。
「さぁ円卓ぅ!! 」
駆けた炎は燃え上がり、白炎の檻となってロクスたちを囲い込んだ。
ここは騎士を閉じ込める檻。
薪が燃え尽きるだけの墓。
だが、時間稼ぎには十分すぎる。
「受け止めてくれんだろ? 俺の怒りを 」
圧倒的な質量が付与された肉体。
それを怨嗟で叩き起したロクスは、瞳孔を開いて笑った。
「邪魔をするな! ロクス・リルカルゴ!! 」
導火線には火がついた。
ならば話は単純な物へと変わり果てる。
滅びへと引火する前に、その炎を消せるかどうか。
ロクスが死ぬか。
アグラヴェインが間に合うか。
迫られた二択の中で、彼らは怨嗟を喰らい合う。