第七演 迷い無き者
ロクス出発から30分後。
寝ていたハウはベットから起き上がった。
「……寝過ぎた 」
ふらりと風呂場へ赴き、シャワーで髪を洗う。
襟も背中も、長い髪もすべてびしょ濡れ。
それを軽く絞ってから、ハウはアジトの入り口に向かう。
「ふ〜ん♪ 」
鼻歌交じりの闊歩。その途中で彼女はユキと出会った。
「ハウさん! 髪びしょ濡れじゃないですか!? 」
髪を後ろにまとめたユキはすぐさまふわふわのタオルを取り出した。
「そのうち乾くよ 」
「風邪引きますよ! ほらしゃがんで!! 」
少し身をかがめたハウの髪は、馴れた手つきで拭き取られていく。
もうこのやり取りは、彼女たちにとって日常的な事だった。
「あっ、これ貰うね 」
「えっ、返し」
ユキから髪留めを奪うハウは、スっと手紙を差し出した。
突然の事。ユキは反射的にそれを受け取った。
「なんです……これ 」
「私の遺書。隠してるお金の場所書いてるから、みんなと分け合ってね〜 」
ハウはタオルからするりと抜け出した。
そのままいつもと変わらずにアジトの出口に向かう。
その背に。
ユキは思いっきり抱きついた。
「こんな生活してますから……普通の幸せは無理なのは分かってます。でも……私はあなたが大好きです。助けてくれたあなたが家族です。血は繋がってませんけど、あんなヤツらなんかより……優しいあなたが、私のお母さんです 」
「ん〜、お母さんは嫌かな 」
ポタポタと落ちる涙を指に伝わせ、ハウは優しく振り返り。
そして微笑んだ。
「私はお姉ちゃんだよ。年齢的にもね 」
「…………はい 」
歪に、無理をして、ユキはまた強く抱きついた。
その体を抱き返したハウはそのままアジトの外へ。
あの場所へと向かい始める。
円卓都市 一番通り。
この世で最も安全、そして犯罪者が骸へと変わる場所。
そこが彼女の目的地だ。
「貰うね〜 」
通りについたハウはとりあえず果物屋からいちごを盗んだ。
けれど店主は何も言わずに店のシャッターを閉めた。
なぜか? 返り血を恐れたからである。
「最も安全な場所って言われることだけあるね〜 」
いちごをジュクリと吸い潰し、ハウは後ろの女性に微笑みかけた。
黒い鎧。血濡れのアグラヴェインが。
そこには居た。
そう、ここは円卓の管理場。
どのような犯罪であれ、現場の判断で殺しが許される処刑場である。
「遺言は? 」
「このいちご、凄く酸っぱかったよ 」
ハウは赤い舌を出して、仕込んだ氷針を目へ吹き出す。
そして白髪を渦巻かせながら白凪の刀を生み出した。
「白土の赤雨 」
冷たき一撃。
それは首に触れた瞬間に崩壊。
まぶたにぶつかった針も同じく砕け散った。
「ほんとに人間? 」
氷の破片により乱反射するアグラヴェインの目。
その全てはハウを捉えていた。
「アグラヴェインの名を持ち、犯罪者を処刑する 」
アグラヴェインは指先で氷のつぶてを弾いた。
頭が潰れるような異音。
散弾のような破片はハウの腹を貫通。氷は地面に沈みこんだ。
「死んだらどうするの? 」
白い吐息。
駆ける冷気はアグラヴェインにぶつかり、街の中央に白氷の波を作り出した。
停滞した波。
その頂点から、腹を凍らせたハウは騎士を見下ろした。
「お返し 」
ふわりと落ちるハウ。
その背後から飛び出たのは氷で象られたシャチ。
冷気を泳ぎ狂う捕食者がアグラヴェインを襲う。
「はぁ 」
けれど軽く投げられた小石は、容易くシャチを砕いた。
「噂と違うね 」
シャチの影に隠れていたハウは、氷の蛇を柔らかな首へ放つ。
けれどアグラヴェインにとっては薄氷に変わりなく。
ただ手を振るうだけで砕け散る。
ハウの攻撃はあまりにも弱い。
そのぬるさが、アグラヴェインにとっては違和感でしか無かった。
「情報だとさ、アグラヴェインは最悪な騎士だって有名だったよ? 剣を使わぬ怪力任せのバケモノ。人を投げて霧散させるとか、子供の首を嬉々としてもぐとか。権力に依存する騎士の恥だとか 」
「……… 」
「でも噂は噂だね。キミからはそんな感じがしないし、周りの建物を気遣って全く本気を出せてない。優しいね〜 」
「何が目的だ? 」
中身のない話を続けるハウに対し、アグラヴェインは少しだけ怒りを顕にした。
一瞬の間。
そしてハウは自慢げにフフんッと笑った。
「私は助けたいものだけ助けたい。それと時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう 」
二人の合間に影が落ち、そのシミは段々と広がっていく。
影が広がる。
つまり、上から何かが落ちてきているという事。
「神曇りゆく黄昏 」
それは氷山だった。
街ひとつ軽々と飲み込めるほど巨大な氷塊と言ってもいい。
圧倒的質量。
天災にも似た現象を前に、アグラヴェインは自らの鎧の一部をむしり、握力のみでそれを潰した。
「血濡れの執行者 」
ただの投擲。
にも関わらず、地響きにも劣らない轟音がひびく。
不可視の破片は氷山をバラバラに。
クズゴミへと変わり果てた氷は、冷気と共に地上へと落ちてきた。
「っ…… 」
「めちゃくちゃ寒いから、やりたく無かったんだけどね 」
そう、冷気が落ちてきた。
停滞した波の中心。氷の檻に閉じ込めれた二人の元へ。
一瞬にして気温はマイナスに。
二人のまつ毛や髪先は凍結を始めた。
「火無き冬 」
風すら凍る檻の中で、凍った舌先を出すハウは優しく問いかける。
「よく人を殺してるからさ、分かるよ。キミは肉体的に強いだけ。そういうヤツらをどう殺してきたか、教えてあげる 」
ヘラっと、目を細めて笑うハウ。
その前には眩い砂金のような輝きが現れる。
それは極小の針。
肌を貫かれたことすら気が付けない、無痛の死。
「細いでしょ? これは皮膚の隙間を通って、内蔵だけを掻き回す。まぁ暗殺とかにもってこいな物なんだよね〜 」
「おい 」
空気が揺れ、アグラヴェインの眼がハウを見た。
その目に正義は無い。
ただ底知れぬ憎悪だけが満ちていた。
「ランスロット殺害事件。その犯人はお前か? 」
「えっ? 知らないけど……なにそれ? 」
首を傾げながらもハウは針を放つ。
けれどアグラヴェインは安心していた。
こいつはあの事件に関わっていないと直感で理解していた。
なら、もう生かす理由は無いと。
安堵した。
「えっ 」
隙すら生まれない一瞬で、アグラヴェインはハウの肩を掴んだ。
低体温、雨すら凍る冷気の中で。
音を置き去りにして動いた。
そしてハウの体を振り上げた。
人という脆いコップを。硬い地面に落とすために。
「っう!! 」
氷よりも冷たい死の予感。
ハウは肉を凍らせ自切。鎧を蹴って距離を取った。
白い冷気と混ざりゆく赤。
叩きつけられた肉は血煙となった。
叩きつけられたのが人だったのなら。
そんな考えが頭にチラついたのか、ハウは右頬だけを上に釣り上げた。
「噂は本当だったみたい 」
「今のを死ぬまで続ける。死にたくなったら言え 」
「……うん 」
首を曲げて鳴らすアグラヴェイン。
その圧、生物としての格の違いを前に。
ハウはにっこりと優しく笑った。
「死にたくないから逃げるね 」
ボトボトと空から落ちてきたもの。
それはただの爆弾。
知識されあれば誰でも作れる爆弾だ。
「これだけの冷気が瞬時に熱せられる。どうなるかな? 」
「……自爆か 」
「どうかな? じゃあネっ!!? 」
ハウの細首を、アグラヴェインは確かに掴んだ。
「その前に死」
『助けて 』
首が握りつぶされる寸前、アグラヴェインの背後から声がした。
振り返る。けれど誰も居らず、そこには人の声を真似る機械があるだけだった。
「本当に優しいね 」
アグラヴェインはすぐさま首を潰す。
けれど手のひらには、氷かけの皮しか残っていなかった。
「チッ 」
白い光がアグラヴェインを包む。
瞬間、強大な爆発が氷の檻すべてを消し飛ばした。
「……状況は? 」
無傷のアグラヴェインは遅れてやってきた白い騎士に問う。
「確認中ですが、現在のところ死人は愚か怪我人すらいません 」
「なら囮か。厳戒態勢をひいて、周辺の市民に避難指示を。それとあの女を指名手配。重症だからすぐに見つかるし、爆発に巻き込まれてるから遠くにはいけてない 」
「かしこまりました 」
白い騎士は立ち去り、爆心地には黒い騎士だけが取り残された。
(……あの女、目的は何? )
命令をするために囮だと言ったが、実のところアグラヴェインはハウの目的を分かっていない。
襲撃……ならば隻腕の相棒を連れてくればいい。
それだけで先の戦いとは比べ物にならない被害を出せる。
囮……ならば姿を現す理由は無い。
その辺の建物に放火、もしくはならず者を雇い事件を起こせばいい。
考えれば考えるほど、ハウが単独で出てくる必要性が見えない。
その謎がアグラヴェインを悩ませていた。
(ヤツはなんのために……いや、必要以上に考えなくてもいい )
不要な追求は無駄な時間を費やしてしまう。
だからこそ彼女は考えることをやめた。
(この街を守る。それが私の使命だ )
現場をほかの騎士に任せ、アグラヴェインはそのまま仕事に戻った。
それと同刻。
ユフナ達は裏のオークション会場に到着していた。
「ここかぁ。思ったより広いな 」
赤と金を基盤としたその会場は、まるで金持ちのためだけの場所だった。
ゴージャス、ロイヤル。
そんな言葉では表し足りない別世界。
ここは犯罪はびこる裏で、一番のオークション会場だ。
「ロクス……見えにくいです 」
「サングラスは初めてか? 」
変装のために、ロクスは白いスーツに身を包んでいた。
フラフラとやってきたユフナはサングラスを。
目立つ空色の髪は、ワックスを使ったオールバックで誤魔化していた。
「髪も気持ち悪い……ここまでする必要ありますか? 」
「裏の連中は情報速いからな。お前の顔はすぐに割れてる 」
「……? なら変装する意味は無いと思いますが 」
「いいや。情報の更新が速すぎてどれが本当で嘘かが分からねぇんだ。情報屋の派閥争いも激しいし、信ぴょう性もコロコロ変わる。だから少し印象を変えるだけでもかなり誤魔化せるんだ 」
「そんなもんですか 」
人波に揉まれながら、目立たないようロクス達は歩いていた。
ロクス達が居るのはオークション会場の入り口。
ごった返す人波では話し声も薄れ、辺りの警備員もそれに気付いていない。
近くにいる人間は気付いている。
だが誰もトラブルに関わるつもりは無く、無関心を装っている。
「ちなみに資金は? 」
「600 」
「……足ります? それ 」
ん〜と口をとがらすロクスは、何気なくユフナの腕を掴む。
すると声が彼の耳に届いた。
『聞こえるか? 聞こえるなら合図くれ 』
「ゴホッ 」
『よし、じゃあ今からの作戦を説明する。あっ、ちなみに骨伝導だから体に害はねぇぞ 』
そうしてロクスは今回の計画を説明し始めた。
『計画は2つ。オークション開始前に商品の場所を特定し強奪。もう一つはオークション会場に商品が出てきた瞬間強奪。以上!! 』
「適当…… 」
『その方が臨機応変に動けるから気にすんな。んで、俺が潜入する。ユフナは会場の動向を探ってくれ。人を見るのは得意だろ? 』
「えぇ 」
『じゃあ頼んだ。異変を感じたらこれを押せ 』
ユフナのポケットに赤い機械をねじ込み、ロクスはそれとなく離れていった。
一人になったユフナは会場の壁側に移動。
嘘の仮面を付け、虚飾と酒を嗜む金持ちたちの観察を始めた。
(6……12……28。武装してる人が多いなぁ )
脇の下や膝の裏。付けている仮面にまで、彼らは武器を隠している。
そう、隠し持っている。
護衛……では無く暗殺を狙っているような雰囲気。
それをユフナは察知していた。
(……誰かを狙って)
「いやぁ良いですよね〜ここ。会場を一目で見渡せる 」
当たり前のようにユフナの隣に現れた男。
彼は黒いパーカーに身を包み、安っぽいサングラスをしていた。
スーツやドレスが色めき合う会場では、彼は浮いている。
けれど目立つ様子もなく溶け込んでいる。
彼は異様に満ちていた。
「何か用ですか? 」
「……ハハッ。騎士ですか 」
一度の問答。それだけで男はユフナの正体を看破した。
だがユフナは動じずにフッと笑った。
「元ですよ。ちなみにどうしてそう思ったんです? 」
「誰と聞かれなかったからですよ。騎士は犯罪者の名前を覚えません。犯罪をした動機しか見ませんから。それと所作とか落ち着きよう。あとは勘ですかね 」
「いい観察眼ですね。欺くことに長けている 」
「そういう貴方の目は冷たいですね。人を見てると言うより、実験動物を観察してるに近い 」
「「アハハっ 」」
この会場で騒ぎを起こせば両者が損をする。
そう分かりきっている。
だからこそ格下には見られぬよう、騒ぎを起こせばお前も道連れにすると示すように。
二人は笑いあった。
「いや失礼、謝罪しましょう。あなたを甘く見ればこちらが死にそうです 」
先とはうってかわり、男は丁寧に頭を下げた。
けれど口だけは笑っている。
「言葉だけの」
「謝罪はいりませんよね? ですから贈り物です 」
そっと、男はユフナに何かを握らせた。
それは手書きの地図だ。
「商品の保管場所です。ロクスさんに渡してください 」
「……知り合いですか? 」
「いいえ? ただ彼は人気者ですから、知ってるだけの者は多いですよ。僕みたいにね 」
「っ 」
ユフナはすぐさまボタンを押した。
ロクスに。この異様な男の存在を知らせるために。
けれどそれを察知した男は、安心したように肩の力を抜いた。
そして笑った。
「あぁぁぁ……ユフナさん、あなたが騎士で良かった 」
「……なぜ名前を」
「だからこそ 」
男は手をかかげ、いっせいに注目を浴びた。
その手には何かのスイッチが握られている。
「っ!! 」
「困ってる人を見捨てられない 」
起動音。そして爆音。
会場の天井は崩壊した。
群がるアリを踏みつけるような落石。
ユフナはテーブルにある食事用のナイフを手に取り、そのすべてをこま切れに。
瓦礫に頭を貫かれそうな人を確認。
その全員を引っ張って救助した。
(とりあえず死者はゼロかな? というかさっきの男は何処に )
「ん? 」
ブーメランのように飛んできた騎士の剣。
それを軽く切り落としたユフナは、会場の上を見あげた。
そこには白い鎧に身を包む騎士が立っていた。
天井に、逆さに。
まるでギロチンの刃のように。
誰の首を落とそうかと吟味していた。
だがここに居る人間は、それに怯えるほどか弱くは無い。
「殺せ!! 」
すぐさま放たれる衝撃波の銃弾。
頭に当たれば脳は高速で揺れ死に至る必殺の弾丸。
それを切り捨てるべく騎士たちは剣を抜く。
けれどそのすべては認知すら及ばない音速の複閃によって消し飛ばされた。
「……ここに居る全員、僕の間合いです 」
いつからか皆の指先からは血が垂れていた。
そこには小さな傷。
数秒で血が止まる、致命傷にも至らない傷。
それはメッセージだ。
お前らはいつでも殺せるという警告。
円卓からの慈悲でもある。
「……… 」
ユフナのメッセージを理解した人々は平等に、恐怖を前に動きを止めた。
いや一人。ユフナの前に立ち塞がる、白い騎士が居た。
「そいつらを殺します。ランスロットさん 」
「ルイス…… 」
「こんな下っ端の名を覚えてるんですね。光栄です、だが邪魔だ 」
騎士は剣を抜く。
罪人と成ったランスロットの首を落とすために。
「処刑隊所属。ルイス・ダン。参ります 」
「元円卓。ユフナ・コルテ 」
名乗り、決闘が始まる。だが勝敗は決まっていた。
騎士の足裏が地面に擦れた瞬間。
500の斬撃がほぼ同時に。そして全身にぶつかった。
八方からの攻撃を受け、騎士は吹き飛ぶことも無くその場で膝を着いた。
人殺しに向かない食事用のナイフ。騎士の鎧。ユフナの慈悲。騎士の鍛え挙げられた体。
そのどれかが足りなければ、騎士は即死だった。
それ程までに円卓とは別次元である。
「なぜ貴方ほどの方が、犯罪者を守るのですか? 」
歪んだ兜を脱ぎ、騎士は静かに問う。
ルイスの青い瞳。
それには敗者に相応しい死の覚悟が満ちていた。
「そいつらは裏で何人も殺しています。証拠を残さないよう、人を使い、悪を循環させて平和を乱しています。なぜそのような物を守るのですか? 」
前のユフナには答えがなかった。
なぜ自分がこのような事をしてるかも分からなかった。
だが今は違う。
ロクスの言葉。ハウの答え。
そして悪によって救われている人々。
それを見た彼には、答えがあった。
「今の正義では救えない人がいる。悪によって生かされる人がいる。だからこそ見定めたい。悪を滅ぼして終わりではなく、悪でしか救われない人々を、正義で助けるために 」
「そんな悠長なことを言ってれば……死ぬ人が増えます!! 」
「だからと言って見捨てることはできません。むしろ、そんな人たちを見捨ててしまえば、理不尽の正義を怨む人が増えるだけだ 」
「悪は悪です!! 悪を犯したものはそれが当たり前になる!! 」
それは違うとユフナは知っている。
ユフナも人を当たり前に殺していたが、今は殺すことが異常だと解っているから。
だがそれを認められないも知っている。
例外を当たり前にすれば、簡単に平穏は崩れる。
一貫性のない正義は、ただのワガママ。独裁だと。
ユフナはカルマから教えられていた。
「平和な世界に悪はいらない!! 悪がある限り、平和は実現しない!! 」
それは違うとユフナは知っている。
悪が無くなれば、今度は正義と正義がぶつかり合うだけだ。
平和は単純では無い。実現しない。
ユフナはリルからそう教えられた。
「ヤツらも人だ! けれど躊躇えば多くの人が死ぬ!! だから悪だと決めつけて殺すしかない!!! 」
極論ではあるが、騎士の言うことは正論だ。
これから起こる犯罪すべての事情を聞いて回るなど、非効率極まりない。
仕方がない犯罪もあるだろう。
だがそれに時間を奪われるくらいなら、抑止力を維持するためなら、犯罪者だと決めつけ全員殺す方が効率がいい。
「でも、それでは救われない人がいます 」
けれどユフナは目を背けず、同じ正論で返した。
実現しない平和へと立ち向かう、ロクス達を思い浮かべながら。
「今の騎士が間違いとは言いません。むしろあなた達が居るからこの国の治安は維持されている。だが、正義が届かない場所をどうやって救うつもりなんですか? 」
「そんなヤツらは…… 」
「僕は、そういう人達を救いたい。正義だとか悪ではなく、どう救われたらいいか分からない人達が、生きれるという選択を取れるようにしたい。正しさに見捨てられる人の手を取りたい。そうしてこの世界を」
世界平和は実現しない。
「平和な世界に近づけて行きたい 」
けれど平和に近付くことはできる。
それがユフナの答えだった。
「……… 」
「あなた達と敵対するつもりはありません 」
ナイフを捨て、ユフナは落とされた兜を騎士に被せた。
「あなた達は抑止力に必要だ。だからこれまで通り正義を続ければいい。僕は社会や法を変えない。ただ……法で救われない人達を助けるだけだ 」
騎士を否定せず、今の体制を否定せず。
けれど自分ができる事を、自分で救えるものを救う。
そのユフナの選択は、法律上では間違いである。
けれど人としてはどうか。
正義としてはどうか。
この場にいる騎士は誰も決めきれず、ユフナに何も言えなかった。
そしてある種の誇りを見た。
彼はどこまでも平等。
正義に目を焼かれぬ、最も騎士らしい騎士だと。
「カッコイイなぁ、ユフナ。ほんと目が焼けるほどだ 」
静寂の場に現れたのは、赤い義手の男だった。
白いスーツはいつの間にか血にまみれ、その表情には影が差している。
けれどロクスは笑っていた。
「ロクス……何をして 」
「だがな、思ったよりもこの世には馬鹿なヤツが多い 」
ジャリジャリと瓦礫を踏みながら、ロクスはユフナの後ろにいる金持ちたちを見つめる。
「誰もがお前の正論に心をうたれる訳じゃねぇ。そんなの知らねぇよと嘲笑うヤツもいるし、騎士さえ居なくなれば平和だと抜かす奴もいる。そもそも平和なんか求めねぇ奴も……仕方がない事だが居る。そんなバカ野郎たちのために、分かりやすくしてやろう 」
「……っ!! 」
目が焼けるほどの熱気。
吹き上げる白炎は、羽織がいい人間を焼き尽くした。
文字通り、焼き尽くす。
骨も灰も、金も築き上げてきた権力でさえも平等に。
「さて、自己紹介といこうか騎士共 」
焼け狂う火の中で、スーツを直しながらロクスは笑う。
「ロクス・リルカルゴ。悪人だ 」
「どういう心境の変化は分かりませんので 」
音速を超える一閃はロクスの義手を正確に切り落とした。
「説明をお願いします 」
「嫌だね 」
蛇のように舌を出すロクス。
足から噴出された白炎は建物すべてに燃え広がる。
(足から? なんで? あの義手からしか……フォルセダー義足血……切り落とした? 自分で? )
ユフナは明らかに迷った。
その一瞬で、ロクスのもう片腕には白炎の紋章が浮かぶ。
熱。揺らぐ白炎。
それはこの戦いに置いていかれた、騎士たちに向けられる。
「っ!!! 」
騎士たちを動かす。
そうすれば炎は街に行く。
彼は受けるしかない。
「ほんと……お前は騎士の鏡だよ 」
ユフナは騎士たちの盾になろうとした。
それを読み切ったロクスは炎を消し、炎によって推進力を得た蹴りを。
その一撃がユフナを蹴り抜いた。
「っ!!? 」
柱を壁を家すら貫き、ユフナは街を壊す砲弾として吹き飛んだ。
「アハハハハッ!!! 」
熱気にやられた騎士たちは気絶。
もとはオークション会場だった燃えカス達の上で、一人の悪人は白炎をまとい高笑っていた。
「さぁ騎士たちよ! 平和の中の住人よ!! 俺を知れ!! この悪を知れ!!! そして思い出せ!!! お前たちが忘れた罪を。裁かれることのない、無自覚な悪を 」
悪人の涙。
それは白き炎によって掻き消されていった。